第23話 海賊島 *

[*三人称視点]


 船がトルティガーの船着き場に止まる。ラムズは既に支度を終え、船首楼甲板せんびろうかんぱんから駆け下りるジウを待っていた。ジウはそれを見て声を放つ。


「連れてくる!」

「頼んだ!」



 ジウは船長室に入ると、長椅子に寝かされていたメアリを背負った。ルテミスのジウならば余裕で担げる重さだ。部屋から出ると、ラムズと一緒に下船する。

 下船の段取りは、全てロミューに任されていた。メアリに物を投げた人間たちも、特に問題が起こることなく荷物を持って出ていったようだった。



 海賊島トルティガー

 それは海賊たちしか知らない秘島だ。

 島の場所は、一般に使われる地図には載っていない。海賊の中の限られた者だけに伝えられている。どの国からも追われる海賊たちは、安全な場所としてトルティガーという一つの都市を作り上げたのだ。

 

 トルティガーでは大抵の物が手に入る。宿屋で休憩することも、娼館や賭博場などで遊ぶこともできる。

 また海賊の集まる都市だからといって、盗難や暴行が横行する、というわけでもない。休息に来ている同職の者を襲うのは、海賊として恥ずべき行為だからだ。島を出れば敵同士、だが島の中にいる限りはあくまで休戦しよう、というわけだ。



 船着き場を離れると、簡素な城塞じょうさいが目に入る。石を積み上げただけの城塞で、高さは人の二倍ほどしかない。

 入口には、人より少し背丈の低い石像が左右それぞれに置いてある。ワイバーンという魔物の石像だ。小さなドラゴンのような見た目である。

 ラムズたちが石像のあいだに足を踏み入れると、片方の石像が重々しい音をたてて口を開いた。


「ドコノ カイゾク ダ」

「シャーク海賊団だ」

「トオレ」


 無機質な言葉を発したあと、また口が閉じていく。

 石像は魔道具だ。そこには海賊の名簿が登録されていて、通る者が海賊かどうかを判断している。団の船長は、石像を通して新しい海賊、船員を登録できる。

 石像の前を通った時、登録されている海賊でない場合は、まずはワイバーンの目が光る。それでも通過しようとした時は警報が鳴り響き、島の海賊達に外部の者が入ったと知らされる。もちろん、石像が壊された時も。


 ジウもラムズも、またメアリも元より登録されていたので、なんの問題もなく通過した。



 とりでを過ぎるとにぎやかな街に入る。入ったところは三本道に別れており、様々な建物が建ち並ぶのが見える。

 他の街と一番違うところは、言わずもがな、歩く人が海賊である──つまりのほとんどの者の身なりは汚く、カトラスを腰にぶら下げているというところだ。

 また陽気な音楽が鳴っているのも、他の街とは違うところだろう。街のあちこちに、石段の上で酔っ払いの海賊が歌っていたり、地べたでリュートと呼ばれる弦楽器を引き鳴らす者がいたりする。

 少し小汚くはあるが、武器の工房、居酒屋、宿屋もある。一階から二階までの高さで、木造の建物が多い。


 ラムズたちは店には見向きもせず、三本のうちの中央の道を進んでいた。女を背負って走る彼らに目を向ける海賊もいたが、ほとんどは気にも留めていなかった。トルティガーではこんなこと日常茶飯事だ。



「広場に行くぞ」


 ラムズだけが知っている宿屋であるため、彼が先頭になって駆けた。しばらくすると開けた空間に出る。街の中心である、広場だ。

 広場の中央には井戸があり、その周りに露店ろてんが並んでいる。物をる声や客引きの声が聞こえた。

 ラムズは通行人を華麗に避けながら、広場を突っ切っていく。広場の周りには放射状に道が何本もあり、ラムズはそのうち右側の道へ迷わず入っていく。


 しばらくいくと娼館が並ぶようになり、怪しい雰囲気の店が多くなった。ラムズは小さな路地を曲がる。




「っはぁ……」

「一旦歩こう」

「ああ」


 自分の体力のなさに苛立っているのか、ラムズは小さく舌打ちをした。彼らが走っていたのは、わずか15分程度だった。

 ラムズは、シャーク海賊団のどの船員よりも──ルテミスだけでなく人間の船員よりも、体力がない。それはジウも知るところであった。


「もうすぐ着く」

「わかった」



 細い路地を何度か曲がったあと、人が通ることはおそらく想定されていない道を彼らは入っていった。体を横にしないと通れないため、ジウはメアリを高く持ち上げている。

 

 そこを抜けると、小さな露店のような店があった。


『異端の会』


 看板は薄汚く、かろうじてそう文字が読み取れた。

 麻布の屋根が気持ちばかりあり、その下に木の長机が置いてある。机に並んでいるのはカトラスだったり、三角帽子だったり、海賊が普通の人を装うための服だったり、ブラシや櫛、本も置いてある。チグハグな商品にジウは首を傾げた。



 店主らしき男は、机の奥で肘掛け椅子に座っている。男はもちろん海賊のようだ。手に持った三角帽子をくるくる回しながら、二タニタと笑っている。


「──久しぶりだな。お買い求めは?」

「宝石だ。隣はツレだ」


 店頭に宝石は置いていない。だがラムズの答えを予想していたようで、男はわざとらしく頷く。


「あーいよ」


 男は帽子を被り、顔を隠した。ラムズはそれを見ると店の横の壁の方へ向かった。ジウは怪訝けげんそうな顔をするが、そのままついていく。

 そしてラムズは壁の中に吸い込まれるようにして消えた。ジウは驚いて一歩後ろへ下がり、店主の方を見やった。男は相変わず二タニタ笑っているばかりである。

 恐らく魔法なのだろう。意を決してジウも、その壁の中に足を踏み入れた。




 ふわっとした違和感を感じたあと、ジウは店内に入っていた。そこは何の変哲もない、木造の居酒屋のような場所だ。ジウが想像していたよりも広く、長い机が4つ並んでいる。その横には椅子がいくつか乱雑に置かれている。

 ただ店員はいないようだ。カウンターがあり、その奥に厨房のような場所も見えるが、そこに立つ者はいない。

 全部で五人の客人がいた。そしてその中に、かなり目を引く客人が二人いた。


 一人目は、一番奥の机で、独り酒を飲んでいる少女だ。その者がどれほど飲んでいるのか、それは床に転がった酒瓶を見れば明らかだった。ざっと見るだけで10本。それに机にも、まだ開けていない瓶が5本載っている。

 そしてもう一人は、剣で自分のてのひらを突き刺している男だ。刺しては抜き、刺しては抜きをひたすら繰り返している。足元には太い鉄のとげのような物が置いてあって、裸足の足でそれを踏みつけていた。もちろん周りは血塗れだ。


 それ以外には、一人で楽器を弾く者がおり、その近くに男前で端正な顔立ちの男と、聖女のような雰囲気を待つ女が話し込んでいた。

 


「あれえ、久しぶりなの。ヴァニのこと覚えてるの?」


 幼さと妖艶ようえんさが混じったような声がした。


 酒を飲んでいた少女が、酒瓶を持ちながらラムズの方へ歩いてくる。桃色のツインドリルが、ぴょんぴょんと跳ねている。身長は100センチルほどで、子供と言っても通じそうだ。顔つきは六歳くらいに見える。

 瞳はくりくりとして大きく、ピンクがかった赤い目を持っている。あどけない容貌のわりに胸の膨らみは大人のそれで、話し方も舌っ足らずな感じはあまりない。もはや大人なのか子供なのか分からない。 

 

 相当飲んでいると踏んでいたジウであったが、彼女の足取りは軽く、全く酔っていないようだ。

 ラムズは彼女に返事をした。

 

「ああ。こっちは変わってねえ。なあヴァニラ、エルフの知り合いはいないか!? 俺の宝石が、壊れた」

「ほんとなの!? ヴァニに任せるの!」


 少女──ヴァニラは目の色を変えると、腰のカトラスでさっと指に傷をつけ、血を出した。指から小さく血が滲んでいく。幼い顔とは似つかない、凛とした声で詠唱する。


「【友よ、の風よ、具現せよ


 ── Dryaventティヤヴェイト Dimiディム Expecamicエクスパーミィ】」


 ヴァニラは、指の傷に向かって息を吹きかけた。血が数滴空中に飛んだかと思うと、それがふっと消える。



「おい、宝石が壊れたって本当か?」


 横から声をかけたのは、オレンジがかった茶色の短髪を持つ好青年だ。いつの間にか席を立っていたらしい。程よい筋肉に目鼻立ちのはっきりとした顔で、人が良さそうな雰囲気である。


「ラムズの宝石が壊れたなんて……。大変ですわ」


 青年と会話をしていた、聖女の雰囲気を持つ女だ。

 金の髪はふんわりと揺れ、ヴァニラやメアリよりもかなり胸が大きい。小首を傾げる彼女は誰もが認める美人だ。着ている服は白が貴重になった祭服さいふくのように見え、ところどころの金色の刺繍ししゅうが美しい。

 ジウは金髪の彼女に話しかける。

 

「聖職者なの?」

「あら、違いますわ。でもそう言ってもらえるとなんだか嬉しいです。わたくしのことはロゼリィと呼んでくださいな」 


 天使のような微笑みで、ロゼリィはジウに答えた。


 他の3人の客人も、みんなラムズの発言を聞いてこちらを心配そうに見ている。ラムズの宝石狂いについて、皆よく知っているようだ。おそらくこの宿をよく利用する客なのだろうと、ジウは検討を付ける。



「エルフ、もう来るからの!」


 ヴァニラがそう言った瞬間、どこからともなく風が巻き上がった。小さな竜巻のようなそれが、ジウやヴァニラ、ラムズの髪の毛を揺らす。そしてその風から溶けだすようにして、金髪の男が現れた。


「呼んでくれてありがとう」


 清々すがすがしく透んだ声だ。容姿はほとんど人間と同じだが、長く尖った耳だけが特徴的である。男の肌は白く、金の瞳を持っている。男は前髪を上げて額を出しているせいか、戦いの得意そうな印象を受ける。


 ヴァニラが返事をする。


「ラムズの宝石が壊れたの! 助けてなの! 治してほしいの!」

「わかった。よし、宝石はどこだ?」

「ボクが背負ってる」


 周りにいた者──エルフの男、聖女のようなロゼリィ、幼い見た目のヴァニラ、そして残りの客人たち──が揃ってジウを見た。正確には、ジウが背負っているメアリを。


「どういうことだ? 宝石じゃなかったのか? ああ、自分のことはノアと呼んでくれ」


 エルフの男、ノアはラムズに向かってそう言った。


「メアリは俺の宝石なんだ。メアリが魔法で倒れたから治して欲しい」


 ラムスのあまりの言葉足らずに、ジウは思わず口を挟む。


「ボクはジウ。この子はメアリ。人間の足がついているけど人魚だよ。ラムズは、メアリの鱗を宝石と同じ、それ以上の価値として見ているの。メアリは、ラムズの雷魔法に打たれて気を失ってる。早く助けて!」

「わかった。部屋を貸してくれ。ジウだったか? ルテミスだな。運んでくれ」


 ついて行こうとしたラムズだが、男と聖女のロゼリィが止める。


「あの子の様子を見たら、また貴方はおかしくなってしまいますわ」

「そうだ。きっとあのエルフが何とかしてくれる。ラムズはここで待っていろ」

「……ああ」




 ヴァニラは部屋を案内すると言って、左奥にあった階段を登っていった。


 部屋は全部で四つほどあった。宿屋にしては少ない数だ。そのうち一番奥の部屋にヴァニラは入る。あとに続いて、ノアとジウも入った。

 部屋はベッドと小さな机、椅子があるだけだ。全て木造である。一人用らしく、部屋はかなり狭い。子窓からの光だけで、十分に部屋が明るくなっている。


 ジウはベッドにメアリを寝かせると、エルフのノアを見た。ノアは彼女の心臓の辺りに手を当てて、彼女の状態を確かめている。


「相当やられているな」

「ノア、頼むの」

「分かっている。だがこれは自分だけじゃ無理だ。そうだ、アイロス・サーキィという名の爺さんを探せ。人間だ」

「あの大魔導師の?! でも、他のエルフじゃダメなの?」

「いやアイロスの方がいい。魔力は足りているんだ」

「分かったの」

「ボクも行ってくるよ」



 ここにいても何もできないことを悟って、ジウは部屋を出る。後ろからヴァニラもひょこひょこ付いてくる。

 階段を駆け下りると、椅子に座ったラムズが目に入った。


「アイロス・サーキィって名前の魔導師を探せって言われた」

「分かった。俺も行く」


 何もできないのはラムズも同じだったようで、すぐに立ち上がった。


わたくしも探しに行きますわ」

「俺も行こう」

「ヴァニも行くの!」


 全員で手分けして探すことを決め、5人は宿屋を飛び出した。

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