第十一章 それはとても幸せなことなんじゃよ
093
僕はとっさに身構えた。銃は持ってないし、この部屋に武器があるとも思えない。こんなところでファントムと出くわすなんて。
そんな僕の心中などお構いなしに、ファントムはくだけた感じで両手を広げて話しかけてきた。
「まあまあ、そう構えないで。私は君と話がしたいだけなんだ。シル、灯りを点けて」
部屋が明るくなった。これほど間近でじっくりとファントムの姿を見たのは初めてだ。見るものを威圧するような黒いヘルメットとボディスーツ。でもあまり恐怖は感じない。慣れたからだろうか。
「私は伯爵(カウント)。もちろん本名じゃないよ。伯爵――っていっても分からないよね。貴族の称号なんだけど、まあ、偉い人につける愛称みたいなものだと思っておいて。各地区に駐屯してる人間の責任者は代々そう呼ばれているんだ。若干の皮肉を込めてね。ところで、レンと呼んでもいいかな」
いいも悪いもない。この状況がよく飲み込めなかった。レッドフィールドが屋敷で通信していたのも、この前教会にいたのもこのカウントというファントムだ。いったいどういうつもりなんだ。
「まあ、そんなに恐い顔をしないでよ」
無言の僕にカウントは手のひらを向けた。
「あ、そうか。ちょっと待って、ヘルメットを脱ぐから。これじゃ話しづらいよね」
「え……」
驚く僕の目の前で、カウントはヘルメットの継ぎ目に手をやり、プシュッという音と共にあっさりとそれを脱いでしまった。
ファントムの素顔は僕たちとなんら変わることのないものだった。長く伸ばした髪の毛は真っ白だったけど、顔立ちはまだ若い。三十代半ばぐらいの男性だった。
「あなたたちは、火星ではヘルメットなしで生きられないんじゃ……」
「ああ。普通の人間、君たちがいうところの一般的な地球人(テラン)は生きられないよ。でも私は違うんだ。私はここで――火星で生まれた。私は『先祖返り』、TBなんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。