第十一章 それはとても幸せなことなんじゃよ

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 僕はとっさに身構えた。銃は持ってないし、この部屋に武器があるとも思えない。こんなところでファントムと出くわすなんて。

 そんな僕の心中などお構いなしに、ファントムはくだけた感じで両手を広げて話しかけてきた。

「まあまあ、そう構えないで。私は君と話がしたいだけなんだ。シル、灯りを点けて」

 部屋が明るくなった。これほど間近でじっくりとファントムの姿を見たのは初めてだ。見るものを威圧するような黒いヘルメットとボディスーツ。でもあまり恐怖は感じない。慣れたからだろうか。

「私は伯爵(カウント)。もちろん本名じゃないよ。伯爵――っていっても分からないよね。貴族の称号なんだけど、まあ、偉い人につける愛称みたいなものだと思っておいて。各地区に駐屯してる人間の責任者は代々そう呼ばれているんだ。若干の皮肉を込めてね。ところで、レンと呼んでもいいかな」

 いいも悪いもない。この状況がよく飲み込めなかった。レッドフィールドが屋敷で通信していたのも、この前教会にいたのもこのカウントというファントムだ。いったいどういうつもりなんだ。

「まあ、そんなに恐い顔をしないでよ」

 無言の僕にカウントは手のひらを向けた。

「あ、そうか。ちょっと待って、ヘルメットを脱ぐから。これじゃ話しづらいよね」

「え……」

 驚く僕の目の前で、カウントはヘルメットの継ぎ目に手をやり、プシュッという音と共にあっさりとそれを脱いでしまった。

 ファントムの素顔は僕たちとなんら変わることのないものだった。長く伸ばした髪の毛は真っ白だったけど、顔立ちはまだ若い。三十代半ばぐらいの男性だった。

「あなたたちは、火星ではヘルメットなしで生きられないんじゃ……」

「ああ。普通の人間、君たちがいうところの一般的な地球人(テラン)は生きられないよ。でも私は違うんだ。私はここで――火星で生まれた。私は『先祖返り』、TBなんだよ」

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