051

 ポートタウンの北に、その広大な領域はあった。

 アナサインド・テリトリー――誰も足を踏み入れない不吉な土地。

 でも、僕たちはレッドフィールドに追いつくため、アナサインド・テリトリーの中を通過していた。

「本当に大丈夫なの?」

「まあ、通り過ぎるくらいならな」

 MAのうしろの座席からバーニィが答える。

「ただし、俺たちの動きは監視されている。ヘタな動きをしたら撃ち落されるぞ」

 操縦桿を握る手に力が入って機体が揺れる。

「ちょっと、脅かさないでよ」

 うしろからバーニィの笑い声がする。

 まったく。

 でも、上空からの眺めはやっぱり最高だ。僕たちのちょうど真下をTBが跳ねるように走っている。ふと左手を見ると、透明なお椀を伏せたような建造物が森に囲まれて建っているのが目に入った。

「バーニィ、あれは」

「あれがライブラリだ。ああいうドーム型の建物がこの領域内にいくつも点在している。大昔、地球人(テラン)が建てたものだ」

「あのお椀のなかに人が暮らしていたの」

「地球人(テラン)たちは火星の環境下では生きられない。だから、この星に来た当初はああいうドームのなかに住んでいたんだ。やがてこの星の環境に合わせて徐々に変化していった。それが俺たちだ」

「ファントムが僕たちより優れているわけじゃないんだね」

「この星には宇宙からの有害物質が常に降り注いでいる。地球人(テラン)にとってそれを浴びることは致命的なんだ。地磁気というものが火星にはないからだそうだ。地球人(テラン)もそれを改善することはできなかった。ファントムのヘルメットと防護服は火星に降っている有害物質から身を守るためのものでもあるのさ」

 ファントムにも弱点があるということか。でも、あの黒い姿を思い出すと、理由のない恐怖に襲われてしまう。

 夕方、僕たちは一日目の野営地点に到着した。みんなで焚き火を囲む。一日中走りっぱなしだったTBはさすがに少し疲れているみたいだった。

「明日は少しペースを落とすか」

 塩漬け肉とじゃがいもの煮込みをほおばりながら、TBが首を横に振る。

「わかった。でも、無理はするな。肝心なときにダウンされちゃかなわん」

 こくこくとうなずいて、TBは三杯目を平らげた。

「まあ、その様子じゃ大丈夫そうだな」

 結局ひとりで鍋の半分以上を食べてしまうと、TBはさっさと寝てしまった。

「ずっと考えてたんだけど」

 焚き火の炎を眺めながら、僕は誰にいうともなしに口を開いていた。

「どうして地球人(テラン)はこの星に住もうと思ったんだろう。だって、地球人(テラン)の体はこの星の環境には合わないんでしょ」

「理由はいくつか考えられる。人間というものは未知の領域を開拓する性質がある。たぶん最初はそうやって始まったんだろう。地球の人口が増えすぎたから、ともいわれている。でも、一番大きな理由は、地球に何かが起こって、住めなくなる可能性が出てきたからだ。地球に何が起こったのか、それは誰にも分からない」

 ヨミがココアをすすりながら答える。

「ファントムに直接訊くしかないな」

 バーニィが苦笑いを浮かべた。キャットが首を振る。

「俺は遠慮したいな」

「えらく弱気じゃないか、キャット」

 バーニィの問いかけに、キャットは答えた。

「わかんねぇ。そうかもしれねぇな。確かに奴らは俺たちよりも強いし賢い。できればやり合いたくはないよ。でも、もとは同じ人間だろ。どんな理由があるかは知らねぇ。ただ、俺には奴らのやり方が正しいとは思えねぇんだ。どうしてもな」

 キャットの言葉と、パチパチと焚き火のはぜる音が夜の闇の中に吸い込まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る