020

 僕は裏口から外に出た。バーニィから聞いた話はあまりに突拍子もなくて頭の中がうまく整理できなかった。

 宿屋の裏には納屋と倉庫が建てられていて、倉庫の中でマックスが作業している。倉庫脇に積まれた木箱の上にヨミがぽつんと座っていた。僕に気付くと顔を上げた。

「話は聞けたか」

「うん。でも僕にはまだよく理解できない」

「いきなりすべてを理解するなんて無理だ。少しずつ分かっていけばいいさ」

 僕は彼女の隣の箱を指差した。

「いいかな」

 ヨミがうなずいたので、僕は彼女の隣の箱の上に、あまり近づき過ぎないようにして座った。そして、手に持っていたカップを彼女に差し出した。

「バーニィが持って行けって」

 ヨミはカップを受け取ると、鼻先に近づけた。

「おお。ココアじゃないか」

 両手でカップを持って、少しずつ大事そうに飲み始めた。

 たまに突風が吹くけど、嵐はもう止んだみたいだ。山の向こう側に太陽が沈もうとしていた。空が赤く染まり始めている。

「君のあの力、TBやファントムと関係があるの?」

 ヨミは首を振った。

「あいつらとは直接関係はない。完全にイレギュラーな事例だ。たぶん私だけだろうな、こんなのは」

 ヨミはカップを脇に置いて箱からぽん、と降り立つと、すぐそばに咲いている野生のアネモネの前にしゃがみこんだ。マントの中から出した手を伸ばす。

 彼女が触れると、その白い花はみるみるうちにしおれていき、やがてからからに干からびてしまった。

「これでもかなり制御できるようになったんだ。でも、やっぱり直接触れると生命力を奪ってしまう。だから私には触れるなよ」

  ――怪物はお前たちだけではないんだよ、TB。

 初めてヨミに会ったとき、彼女がいった言葉がよみがえった。

「物理的エネルギーの無効化は完全に制御できるようになったんだけどな」

 たぶんあの黒い霧のようなもののことをいってるんだろう。

「さっきは余計なことをしちゃったみたいだ」

 ヨミはこっちを振り返った。

「いや、私も説明しているヒマがなかった。それに、ちょっと……」

 彼女の黒い瞳がきょどきょどと揺れて、ふいっとまたむこうを向いてしまった。そうやってうつむいてしゃがんでいる後姿は、まるで拗ねている小さな子どもみたいだった。

「明日、僕たちも協力するよ」

 ヨミは立ち上がった。

「わかった。あとで打ち合わせに行くと伝えてくれ。フィッシャーを見てくる」

 夕焼けの下、少しこちらを振り返った彼女の顔は赤く染まっていた。

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