017

 TBと同じぐらいの長身の体全体が、真っ黒で光沢のある布にぴったりと覆われている。頭には丸くて黒い金属のようなものを被り、肌が露出している部分が一切ない。

 ザッ、とブーツが砂を噛む音とともにTBが『黒い奴』に襲い掛かった。ひと足で相手の懐に飛び込み、拳を繰り出す。

『黒い奴』は上半身をのけ反らせてTBの突きを軽々とかわすと、そのまま宙返りして数メートル向こうに降り立った。

 バーニィと『眼帯』の銃が同時に火を噴く。

 キン、という甲高い音。頭部に当たった銃弾が弾き返された。奴が体をかばうように構えていた左腕を振ると、建物の壁に何かがカン、という音を立てて当てて転がる。左腕に着弾した弾丸だ。

 銃が効かない。

 僕は思わずじりじりと通りに這い出していた。

『黒い奴』は宿屋の二階を見上げた。

「馬鹿、顔を出すな!」

 ヨミが叫ぶ。宿屋の二階の窓に眼鏡をかけた若い男の顔が見えた。男の顔がさっと退く。射線軸上の屋根の破片が上空に散らばるのと同時に銃声が聞こえた。

 どこから取り出したのか、『黒い奴』は見たこともないごつごつとした黒い銃を宿屋の二階に向けていた。

「お前たち、戻れ!」

 TBたちに向ってヨミが叫ぶ。待てよ。ヨミだって丸腰じゃないか。『黒い奴』がゆっくりとヨミの方を向く。僕は思わず駆け出していた。ヨミの前に立ちふさがる。

 困った。体が勝手に動いてしまった。ここからどうしたらいいのか分からない。立ちつくす僕に背後のヨミがささやくように告げた。

「邪魔だ」

 僕の目の前を黒いフードがすっと横切る。胸の前で合わさった手のひらの中に黒い球のようなものが漂っている。今度はヨミが僕の前に立った。滑らかな動作で『黒い奴』が銃口をこちらに向ける。

 ヨミは両手を大きく左右に広げた。僕たちの目の前に黒い霧のようなものが広がる。

 その黒い霧に稲妻が走り、同時に銃声が聞こえた。ヨミの足元に銃弾がぽとりと落ちる。この霧は弾を防げるのか。TBたちが霧のうしろ側に飛び込んできた。

 そのとき、強烈な突風が巻き起こった。僕たちは思わず顔を覆う。目を開けると黒い霧はなくなっていて、あの『黒い奴』の姿も消えていた。

 溜息とともにヨミが膝をついた。

「大丈夫?」

 僕はヨミの肩に手をかけようとした。

「私に触れるな!」

 ヨミが叫ぶ。

 思わず手を引っ込めた僕に「大丈夫だから」といって立ち上がると、彼女は少し寂しそうに笑った。

 それ以上かける言葉も見つからなくて、僕は『黒い奴』に撃たれた男のところへ走った。即死だとは思ったけど、医者の息子として放っておくわけにはいかない。

 やっぱり男はこと切れていた。銃弾が貫通した周囲の体組織がボロボロになっている。これまで銃創は何度も見たけど、これほど威力のある銃は初めてだ。

 僕はそばに立ったバーニィを見上げて首を振った。

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