第一章 怪物はお前たちだけではないんだよ
001
「なあ、ドク。もしかして、あんたの息子のほうが腕がいいんじゃないか?」
腕に包帯を巻く僕の手元を見て、その日最初の患者、マッコイ爺さんが父にいった。
「確かに、包帯の巻き方はうまい」
手術用の器具を片付けながら父が答える。
「あんた、本当に包帯を巻くのが下手だったもんなぁ。いつもエレナがやり直しとった。レンはあれだな、母親似だな」
「はい、終わったよ」
包帯の端を結び終わった僕に、マッコイ爺さんがうなずく。
「ありがとうさん。レンももう十六だろ、そろそろ独り立ちしてもいいんじゃないか、ドク」
「何をいってる、まだまだ半人前だ」
僕とマッコイ爺さんはこっそりと顔を見合わせて笑った。
爺さんは腰かけていたベッドの足元からブーツを取り上げて履き始めた。かかとについている拍車がカチャカチャと鳴る。
片づけを終えた父が、ベッドから降りる爺さんに手を貸した。
「まだ激しく動かすなよ。それと、もう古い銃は使うな。暴発の仕方によっては左手が吹っ飛んだかもしれないんだぞ」
「わかっとる、わかっとる」
爺さんは立ち上がると僕の母の写真の前で簡単なお祈りをして帽子をかぶった。
僕が生まれる前の母だ。胸に花束を抱えて笑っている。写真に色はついていないけど、ラベンダーだから花の色は紫色、そして母の肌は深い褐色だ。母よりも少し薄い僕の肌の色は彼女の血を受け継いでいる。
僕たちは外へ出た。一昨日からの砂嵐はようやくおさまって、今は赤茶けた大地が地平線まではっきりと見渡せた。
爺さんは片手で器用に柵から馬留めをはずして手綱を握った。
「そういえば、窃盗団が出没しているそうだ。ドク、あんたたちも気をつけろよ」
「うちは盗られて困るものなんてないよ」
「しかもなんだか物騒な噂を耳にした。奴ら化け物みたいなものを連れているとさ」
「化け物?」
「ああ。馬よりも大きな動物なんだが、どうも鉄でできているみたいだったんだと。そんな生き物いるわけが……」
「鉄でできている?」
「町ではそんなようなことをいっとったが……」
父は口を開こうとしたけど、遠くの音に耳を澄ますように黙り込んだ。一瞬僕たちの間に沈黙が訪れる。でも、風が枯れ草を揺らす音以外、何も聞えない。
「どうした?」
「いや。なんでもない。どうせ飲んだくれのジョニーあたりが野生のバイソンでも見間違えたんだろう。気にすることはないさ。爺さん、手を貸そうか?」
「けっこう。これでも昔はラフストックで鳴らした腕だ」
爺さんは軽々と馬にまたがった。
「じゃあな、レン。そうだ、ばあさんがパイを作っとるんだ。夕方取りに来てくれんか」
「うん。ありがとう」
「いつもすまないな、爺さん」
「いや、こちらこそありがとう、ドク。じゃあな、レン」
去っていく爺さんを見ながら、僕は父にいった。
「さて、馬の世話をしてから患者さんを迎えに行ってくるよ」
「ああ、そうだな」
僕が厩舎のほうへ行こうとすると、父が呼び止めた。
「レナード」
「うん?」
「いや、なんでもない。気をつけてな」
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