猛将の復活

 その街は、辺境の地にあったが、廃れていたわけではなかった。良くも悪くも平凡な街であり、他所の街への通行には難儀するが、それ以外では土地も肥沃で街一つを賄うぐらいの余裕もあったのだ。

 その街に影が落ち始めたのは、オグレスが皇帝の座についてひと月もしない内であった。遠く、離れた首都で戦争が起きたことは知っていたが、この辺境の街に大きな影響はないと思われた。住民たちもそのように感じていた。

 だが、オグレスは周辺地域の警備などに手をまわすことはなく、次第に首都以外の街々の治安は悪化に一歩を辿っていた。

 そして、この街もまた、治安悪化の波を受けていたのである。


「案ずるな市長。貴様らのいう不逞の輩はこの私がねじ伏せてやる」


 市役所として稼働する館の一室に、ヘルマンはいた。

 ヘルマンは街を治める市長に詰め寄りながら、豪快に笑っていたが、対する市長やその部下たちは沈痛の面持ちであった。


「いえ、お気持ちはありがたいのですが、野盗たちにはガイアスがあります。あなた様がどのようなお人なのかは私どもにはわかりませんが、生身の人間で太刀打ちできるものはありません……それに、出すものを出せば、連中は帰ります……」


 つまるところ、街を脅かすのは野盗であった。その野盗が、一体どこで手に入れたのか、騎士の武器であった巨大な機械仕掛けのガイアスを手にして大暴れを続けていた。幸いというべきか、街に破壊などの被害はなかったが、代わりに野盗は金品と食料を要求してきた。

 それに従う内に、要求はエスカレートした。今度は娘たちを要求し始めた。それすらもしぶしぶ従った。そうしたら、今度は幼子まで要求してきた。噂では奴隷商人に売り飛ばされて言ったと聞く。


「そうして、へこへこと頭を下げ続けた結果が、女子供を食い物にされる今の末路ということだな?」


 ヘルマンは腕を組み、ジロリと市長たちを睨みつけた。

 かつて戦場を猛々しく駆け抜けたヘルマンの眼光に委縮しない民間人はいない。当のヘルマンは己の出自を隠しており、隠居の貴族というていでいるのだが。


「いや、失礼、気を悪くしたのなら謝る。民は武器を持たず、その代わりに騎士は剣を握り、盾となる。それが由緒正しき帝国騎士団の習わしであったが、その威光は既にないのであったな……」


 遠い過去、華やかなりし頃の思い出に浸るようにヘルマンは呟いた。


「ご、ご老公、そのようなお言葉は……!」


 市長は目を見開いて動揺した。

 隠居であっても帝国貴族。そのような男が、今の帝国に仇なすような言葉を吐いた事実を彼らは信じることができなかった。もしも、そんな言葉を今の帝国に知られれば公開処刑も免れない。


「フン、わしは事実を言ったまでだぞ? かつての皇帝、ストラトス陛下が生きておられた頃は、兵士も貴族も平民も健やかなる日々を過ごしていたわ。それをオグレスめ逆賊如きが……」

「ご老公、わかりました。わかりましたから、それ以上は……!」


 市長たちはなだめるようにして、ヘルマンを制止した。こんなことがもし知られたら、彼本人だけではなく、自分たちまでとばっちりを受ける可能性もあるからだ。

 とはいえ、ここは首都より遠く離れた辺境の街。何の経済的、軍事的意味ももたない僻地である。かつてはさておき、今となっては駐留する帝国兵士もいないので、いかなる罵詈雑言も届きはしないが、それでも彼らは皇帝がオグレスに変わってからは、過敏となり、恐れていた。

 別の街では密偵が放たれ、日夜不穏分子の捜索が続けられ、時には捏造された罪で処刑されるものもいたと聞いている。


「ともかく、お前たちの安寧はこのわしが取り戻してやる。なに、心配することはない。貴様たちの話ではガイアスはたったの三機なのだろう? 恐れるものではないわ!」

「相変わらず、猪突しか能のない男だな、貴殿は」


 豪勢な笑い声をあげるヘルマンに釘を刺すように凍土の底から響き渡るような鋭い声が部屋に木霊した。

 ヘルマンはぴたりと笑いを止めると、その声の主、ベルナーへと振り返る。


「ベルナー、来ていたのか」

「フン、貴殿の好きにさせていては、遠く離れても私にとばっちりが来る。それだけは避けたい。思案した結果、不本意ではあるが、私も貴殿の愚行に乗ることにした」

「おぉ! やはり貴様も、腐っても帝国軍人であったか!」

「否、だ。これ以上、貴様が暴れて取り返しのつかぬ事になる前に、事態を最小限に抑えたいだけだ」

「なんだとぅ!?」


 感激したかと思えば、今度は激昂してベルナーに殴りかかろうとするヘルマン。そんなヘルマンの威圧を受け流しながら、ベルナーは部屋の中央まで進み、市長たちに視線だけを向けた。


「ところで、道すがら街の者から話を聞いていたのだが、野盗の使うガイアスだが、本当に三機で間違いないのだな?」

「え、あ、はい。連中は必ず三体で来ますので……」

「ふむ、ならば最低でも三体ということだな。して、その色と形状は?」

「は、け、形状ですか?」

「必要なことだ」


 まるで尋問のような空気が流れだした。ベルナーの問いは、その無機質な声音と矢継ぎ早な速さのせいで催促されているように感じられる。市長たちはベルナーの問いに、慌てふためきながらも、記憶の棚を急いで開け放っていた。


「形状と申されましても、ガイアスは人の形をしているのが基本でありますし……しいて言えば――」

「――そうか、わかった」


 ベルナーによる質問は五分程度のものであった。

 彼の奇妙な質問全てに市長たちは生真面目に答えた。そして、ベルナーは無言のまま部屋を後にしようとしていた。


「おい、待て!」


 その後をヘルマンが追いかけていく。

 残される形となった市長たちは互いに顔を見合わせて、唖然とした。


***


 さっさと館を後に後にするベルナーを捕まえたヘルマンは鼻息が荒かった。


「おい、ベルナー。貴様、説明をせぬか」

「相手はただの野盗ではない」


 ヘルマンに肩を掴まれたベルナーだったが、彼は振り向きもせず答えた。


「なに?」

「私の話を聞いていなかったのか? 市長たちの語ったガイアスの特徴だ」

「特徴といってもな、丸みを帯びた形状、卵のような頭部、盛り上がった肩……それがどうしたというのだ?」


 首を傾げるヘルマン。

 対するベルナーは立ち止まり、ジロリとヘルマンを睨みつけるように振り返った。


「な、なんだ?」

「そこまで言ってもわからんのか? それらの特徴は帝国軍において使用されていた旧式のガイアス、グロームではないか」

「グロームだと? 馬鹿を申せ、確かにあれらは旧式も旧式。だが、帝国の礎に貢献した名機であり、帝国の機体だ。野盗どもに渡るはずが……」


 そこまで言って、ヘルマンも悟った。


「まさか……」

「オグレスは従来の帝国を打ち消そうと躍起になっている。その愚行の中で、グロームをわざと野盗どもに売り払うぐらいはする。そもそも、奴の私兵の大半はその手の連中だ。奴個人にもそれらへのつてがあるのだろう。それに、グロームは知る人ぞ知るガイアスだが、それでも事実、帝国を支えた機体。それが、野盗に成り下がったという事実が広まれば、歴代帝国の威光に泥を塗りたくることになる。オグレスめの狙いはそれだろう」


 ベルナーは淡々と語った。

 しかし、ベルナーの言葉が紡がれる度にヘルマンの顔は憤怒に彩られ、今では赤く血を登らせているようであった。


「ゆ、許せぬ!」

「所詮、使い道のない兵器だ。飾り立てておくよりは有用やもしれん」


 ベルナーは冷ややかだった。


「だが、無駄使いだな。野盗如きに売り渡すとは、オグレスは商売人としての腕は皆無のようだ。これでは国の財政官も嘆くだろう。確か、オグレスに取り立てられた財政官は意地汚い商人だったな。あれも、あと数年で首を斬られるやもしれぬな」

「そのようなことはどうでもよいわ! しかし、その野盗どもにオグレスの息がかかっているのであれば、ますます見逃すわけにもいかぬ。帝国軍人の威信をかけて、そ奴らを滅せなければならぬ!」 

「あの……」

「えぇい、止めるなよベルナー。俺はもう我慢がならん!」


 呼びかけられた声に反射的に反応を返したヘルマンは真っ赤な顔のまま振り返ってしまった。すると、少女の小さな悲鳴が耳に入った。


「む?」


 その声はベルナーのものではなかった。当たり前だ。奴は男だ。

 しかし、今しがた聞こえた声はまさしく少女のものだった。ヘルマンは目を丸くして、その少女を見つめた。そこには十四、五歳ほどの少女がいた。


「お、おぉおぬしか! すまん、すまん!」


 ヘルマンの顔は相変わらず赤いが、今度のそれは照れ顔であった。後ろ頭をかきながら、ヘルマンは取り繕うべく笑顔を見せてみた。

 少女は少しだけ、深呼吸をした。


「あの、お爺様。もうよろしいのです。私如きの為に、お爺様がそのような危険なことをする必要はないのですから……」


 少女は、よく見れば煽情的なドレスを着ていた。それは娼婦のような出で立ちであった。


「なんだ、この娘は。ヘルマン、貴様、大層な事をほざいているが、よもや娼婦如きに……」


 ベルナーは一層の批難と侮蔑の視線をヘルマンに向けた。


「バカ者が! わしがそのようなことをするわけがないだろ! この娘はな、件の野盗どもに売り飛ばされるのだ。故に、このような破廉恥極まる格好をさせられ……クッ、嘆かわしい……このような年端もいかぬ少女を食い物にするこの暗黒時代の到来……帝国の汚点だ!」


 ヘルマンは涙した。

 彼女こそ、ヘルマンが野盗退治に乗り出すきっかけとなった少女であった。当然、ベルナーはそのことは知らないが、ヘルマンの態度を見れば、察するものである。

 大方、街に繰り出した際に、この少女を見かけ、あれこれと世話を焼いたのだろう。


「フン、貴様はやはり厄介な男だ……」


 ベルナーは無表情のまま、ヘルマンを無視して、少女へと視線を向けた。氷の瞳に睨まれた少女は無意識に後ずさった。


「下らぬ。娘、貴様はさっさと普通の服に着替えるがよい。結婚もしていない娘が、いやしくも肩を露出させるものではない」

「い、いえ、良いのです。私一人が売られることで、街に危害は加えられません。彼らも、言うことを聞いている内は、街に手を出すことも……」

「要求をのみ続ければ、いずれ搾取の感情は、蹂躙へと切り替わる。暇を持て余し、刺激に駆られると人は簡単に残虐性を見せる。それが従順であり、歯向かえないものだとわかるとなおさらだ。このまま、そうだな、あと数週間もすればこの街は奴らの手によって地図から消えよう。あの手の連中は、そういうものだ」

「それは、街のものも理解しております……ですから、もう放っておいてください。どうせは消える街なのです。私は、奴らの女になれば、生きながらえるという下心もあります。ですので、どうか、もう、関わらないえください」


 少女は深々と頭を下げた。その声はかすれていた。


「しかし、な娘よ!」

「それは無理だな」


 前に出るヘルマンを抑えるように、ベルナーが言った。


「この男はな、こうだと決めると決して捻じ曲げん男だ。残念ながら、私ではこの男の手綱は操ることは出来ん。故に、関わる関わらないを私が決めることはできないし、結局は私もこの男に振り回さるだけだ。しかし、安心しろ。この男は野盗如きに遅れをとる男ではない。戦うことだけがこの男の唯一の利点であり、活用方法だからな。それに、お前が売られようと、売られまいとこの男は野盗に噛みつく。こいつはそういう男だからな」

「おい、ベルナー! 貴様、褒めるのか貶すのかどちらなのだ!」

「最上級に褒めているつもりだ」


 食って掛かってくるヘルマンはいなすように返すベルナー。

 彼はそれだけを言うと、くるりと踵を返し、さっさと歩いていく。


「この街に迷惑はかけん。では、な。我々は先を急ぐ」

「お、おいベルナー、待て、待たんか」


 先を進んでいくベルナーを呼び止めながらも、ヘルマンは少女へと振り向き、言葉を詰まらせた。


「あー、まぁ、なんだ。あれも、アイツなりの心配の仕方なのだ。ま、ここはアイツの言う通りに、しておけ。家族のものも心配するだろう」


 ヘルマンはポンポンと少女と頭を軽く撫でてやると、ベルナーの後を追いかけた。

 少女は唖然とその姿を見送るしかなかった。


***


「それで、ベルナー。貴様の作戦とやらを聞こうではないか」

「あいにくだが、作戦と呼べるようなものはない。ただ、連中を叩けばよいだけのことだ」

「ほぉ、それは良い案だ。貴様にしては素直な考えだな?」

「貴殿は、それしかできぬであろうに。それに、グロームを放置するわけにもいかん。確かにあれらは役にも立たん旧式だが、良き時代の帝国の象徴でもある。かつての栄光に泥を塗られるのは癪だが、このような辺境にグロームがあるということは、もう広くグロームは売り飛ばされたとみるべきだろう。ならばこそ、貴殿が連中を滅しなければならぬ」


 ベルナーは相変わらず無感情な視線をヘルマンに向け、淡々と語った。


「帝国きっての猛将であり、ストラトス陛下の信頼が最も厚かった男、ヘルマン・アルムス・ビクステード、そして貴殿が操るジャック・グローリーでなければならぬのだ」

「フン、言われるまでもないわ!」


 にやりと笑みを浮かべたヘルマンは天高く右腕を掲げた。それと同時に地震が起きる。ぼこ、ぼこ、と街の周囲を取り囲む雑木林が沈没していく。大地は盛りあがり、轟音と立てながら何かが迫っていた。

 それは、地中の底から、ヘルマン達の背後に、そして街の盾となるべく出現した。赤銅に光る堅牢な鎧、地中から現れたはずのその騎士は、しかし艶やかな光沢を放っていた。その右手には巨大なランスを携えていた。全身を露わにした赤銅のガイアス――ジャック・グローリー――は背部の装甲を展開し、内部に収納されていた真っ赤に揺らめく炎の如きマントを翻す。


 それこそが、ウォーグライド帝国において最強を誇ったガイアス。一騎当千、無双の力を振るい、巨大な撃槍の一突きはあらゆる外敵を粉砕すると謳われた今なお伝説を作る巨人。

 それこそが、ジャック・グローリー。それこそが、ヘルマンという男である。


「行くぞ、ベルナー!」

「私は、騎士ではないのだがな……」


 ジャック・グローリーの胸部コクピットが開かれ、主を飲み込む。それに流れるようにして、ベルナーもコクピットに収納された。ヘルマンはメインシートへ、慣れた動きで乗り込み、機体の完全起動を行う。

 対するベルナーは仮設されたサブシートにしがみつき、それでも無表情を貫いた。


「ヘルマン将軍、敵の反応をキャッチした。話の通り、三機。しかし、こ奴らを倒しても油断めされるな。援軍を呼ばれる可能性もある」

「フン、何機こようと、帝国軍人の誇りなきものに遅れは取らぬわ!」


 ジャック・グローリーは槍を腰だめに構え、そして、大地を蹴った。

 重厚な鎧に身を包んだジャック・グローリーの姿をいかにも鈍重そうな見た目をしているが、そのような姿とはかけ離れた俊足をもってして、赤銅のガイアスは駆けた。

 前方には三機のガイアス。卵のような丸い頭部を持つグロームがいる。動きは緩慢であり、訓練など受けていない素人のものだとすぐにわかる。そして、突然、現れた機影に動揺しているのが見て取れた。


「きけぃ! 我こそはウォーグライド帝国第一機甲師団軍団長ヘルマン・アルムス・ビクステードである! 我が撃槍に誓おう! 今日より、この街の安寧を脅かす不届き者どもに天誅を下すとな!」

「派手に名前を上げるなと、いつも言っているのだがな……」


 ベルナーの呟きは、ヘルマンの大声と撃槍に貫かれるグロームの破壊音で打ち消されていた。

 ジャック・グローリーは高々と貫いた敵機を掲げ、唸り声の如き動力音を轟かせる。

 その咆哮は、大地の隅々まで響き渡る。

 そして……

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