②
しょうじを通して差し込んでくる月のあかりが、まぶしすぎて眠れない。それにあんまりにも静かすぎる。すいこまれるような、静かさ。
寝返りを何度かうっていたら、柱時計が午前二時を知らせた。
・・・もうがまんできない。あの光の正体を探しに行こう。
隣で寝ている母さんとひろ子を起こさないよう、そぅっと部屋をぬけ出し、家の外に出た。
わぁっ、満天の星だぁっ!
じいちゃんの自転車をなたから引っ張り出す。少し大きすぎるかな。よっこらしょっとまたがって、ゆかたじゃ、ちょっとこぎにくいけど・・・行くぞ!
夏の終わりの夜風って、少しぬるい感じがする。心地いいしめり気と草のにおい。時々、ライトに照らされるコスモスの花。へぇ、野生で咲いてるの、初めて見た。
自転車で東に二十分位こぐと、ものすごい数のコスモスの野原が見えてきた。赤色、ピンク、白・・・星のかたちの花たちが波のようにいっせいにゆれる。まるで、ぼくに手招きするみたいに。
そして、また耳の気圧が下がる。今度は低いチェロみたいな、変な音。音といっしょに、花がぼーっと光って見える。月明かりのせいかな。
ぼくは、自転車をみちばたに止めて、その草原の中に入って行った。母さん、コスモス好きだし、つんで帰ったら、夜中にぬけ出したの、おこられずにすむかも。
「その花にさわらないで!」
とつぜんの声が、空気をするどく動かした。本当に、花を折ろうとしたぼくの右手を、風がはらいのけたんだ。
まずい・・・そういえば今ってうしみつ時だ。おまけに、ここはおはかのそば! ・・・でもゆうれいにしちゃ元気な声だね・・・。ぼくは、ゆっくり、ゆっくり、ふりむいた。
月の光をぼーっとてりかえすコスモスに包まれて、その男の子は立っていた。ぼくと同じ年くらいの男の子。
「ごめんね、大きな声をだしちゃって。その花い妹のともだちなんだ」
花が、ともだち?へんなことを言う。
白いTシャツ、半ズボン、一見ふつうの人間だけど、こころもち手足が細長い。髪の色だって、銀色かな?と思うけど水色かも。目ははちみつみたいな金色。・・・ああ、そうかぁ!
「きみ、宇宙人?さっきUFOからぼくを見てたろ?」
「ボクはモエギ。うん、確かに、さっききみを見た。きみがともだちのヒロキに似てたんで、あれ?と思ってさ」
「ヒロキ? それ父さんの名前だ。ぼくは涼平」
そうぼくが言うと、モエギはさびしそうにほほえんだ。
「ボクの星での一週間で、やっぱりこの星では20年くらい過ぎてしまうんだね」
そう言ってモエギはお寺の方をまっすぐ指さした。境内に、大きなニレの木がある。モエギは風のような笑顔で、ボクに手をさしのべた。
「おいでよ」
ぼくたちは、手をつないでその木に近づいていった。
「ボクは、ヒロキとここで出会ったんだ」
軽そうな体ですいすいと、モエギはその木に登り、いちばん低い、太い枝にすわった。木登りに慣れていないぼくは、見かけよりうんと力持ちの彼にひっぱりあげてもらい、隣の枝にすわった。
「みきに耳を当てて、目を閉じてごらん」
モエギの言うとおりにしてみると、頭の中にセピアがかった映像が流れる。ぼくによく似た、これは幼い日の父さん。そして今と変わらない、モエギの笑顔。
「ボクの星はこの星よりも自転するスピードはおそいんだ。だから、時間の流れ方も全然ちがってる。これは、ボクにとっての一週間前・・・この星での20年前。この木と、ボクの共通のきおく。ほら・・・次はもう20年昔。この木はまだ登れないくらい小さかったっけ。ぼくは、きみのおじいさんとも、ともだちだったんだ」
いがぐり頭の、やっぱりぼくそっくりの少年が、モエギといっしょに、木の前の空き地に何かの種をまいている。あ、もしかしてあのコスモスたち?
「ボクの星の二週間前に、妹から預かった種をまいたんだ。ふしぎだよねえ、何十光年もはなれたところにある星なのに、同じ花が咲くんだよ」
ぼくは、モエギが話すスケールがでっかいぐうぜんの話に大感激した。宇宙には無限の星たちが存在しているんだもの、こんなささやかなぐうぜんがあっても、おかしくない、と思う。感動をかみしめながら、目の前の星空のような花の海をながめていた。
「ボクの妹のルリは、生まれつきの重い病気で、外で自由に遊んだり、ましてボクらみたいな宇宙旅行もできなくてさ。家の中で花や草を育てたり、星を観測したりするのだけが、楽しみなんだ。特にね、ボクらの星と環境がよく似ていて、同じ植物が育つ、この地球が大好きなんだ」
そう言いながら、モエギは目の前の風景をいとおしそうに見回す。彼の細い髪は風になびく、というよりも、風とじゃれ合って、遊んでるみたいだなぁ・・・。
「でもね、ルリも大きくなって、少しくらいきつい手術がまんできるくらい体力がついたんで、半年前に入院したんだ。その日にね、ルリの一番好きな花の、コスモスの種をひとつぶ、渡されて、地球のどこかにまいてほしいって頼まれたんだ。退院するころには、うんと増えているはずだから、それを見に来るんだって」
「ふーん、それでモエギは時々様子を見にきているんだね」
「うん、来るたびにどんどんふえていくから、びっくりするよ。早くルリにも見せたいなぁ」
モエギはそう言って星空を見上げた。
- 2 -
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます