第2話 気ままな王子と父親

 僕が初めて、自らが治めるはずの国を見たのは5歳のころだった。

 てっきり、大きな城や城下街と壮大な草原が広がっているものだとイメージしていた僕は、拍子抜けしたものだ。

 何故なら、国の姿は『日本』と殆ど変わらないものだったからである。

 皇居は金属で作られた頑丈で、芸術品のような細かさと綺麗さの目立つビルのような建物。

 街は一軒家から店までが日本のそれと同じ。

 違うのが、『安全ではない』という点だ。

 巨大な街一つを囲む巨大な外壁、それを多く上空の障壁。

 『魔法』や『武器』というものがあるのも『日本』ではない証拠だった。

 上空の障壁も、『魔法』で保たれていて、国を守るための仕組みなのだという。

 もっとも、僕が見た街は国の一角。

 実際に王が最も強固に守る王都『エヴァン』だった。

 つまりは、もっと国は広いということ。

 これだけで僕は行く先が不安になったことを良く覚えている。


 僕は今日、17歳の誕生日を迎える予定だ。

 この年まで王都エヴァンで相当な英才教育を受けてきたが、その日々も今日で終わり。

 しかし、この日から少々『面倒くさい』行事に出なければならなかった。


「王子~、準備出来ました?」

「…えっと…これでいいの?」


 僕の手元には大きなカバンが二つ転がっていて、中には必要な物が入っている。

 幼い頃から召使として仕えてきている『リーゼロッテ』が中身を確認すると、微笑みながら大きく頷いた。


「はい、必要な物はばっちり入っております。これで旅路は完璧ですね!」

「…リゼ、兵士とか居ないときは友人として会話してくれるといいんだけど…」

「は、はいっ。そ、そうですね、王子扱いはお嫌いだったんですよね…えと、クラージュ…?」

「…うん、それがいい」


 毎度彼女は僕の名前を恐る恐る呼び捨てにするが、僕が頷くと不安そうな顔が途端に笑顔に変わる。

 いつも思うが、そんなに表情を変えて疲れないのだろうか。

 僕は自分でも感情の起伏が殆どなく、表情もない。

 そのためしょっちゅう変わる彼女の感情を見るのはとても面白いものだった。


「…失礼します、そろそろ謁見ですが?」

「…ああ、リオ…絶対、父さんに会わないとダメ?」

「駄目です、暫くお会いになれないのですから、ご挨拶せねば」


 父に会うのは気が引けるが、旅に出て暫く帰ってこれないのならば会わなければならなかった。

 重い腰をあげて荷物は執事に頼み、リゼとリオと共に『謁見の間』へ急ぐ。

 黒い大理石で作られた壁と階段を上がり、大広間に出ると王座の証である椅子に座る父の姿が見えた。

 僕と同じ、黒髪に紅い瞳の男性。

 既に少しだけ黒髪には白髪が混じり、足も悪いのか杖を持っている。

 その男性こそ僕の父親である。

 我ながら、自分の顔立ちは父と良く似ていると思う。


「…陛下、クラージュです。旅路の別れを」

「…ああ、お前か。準備は?」

「先ほど終えました。陛下のお言葉一つで出発できます」

「なら行け、無事を祈っている」

「……はい」


 たった3分のやり取り。

 親子であっても、『謁見の間』では王と王子として接するように言われていた僕は、足早に階段を下りて部屋を出て行った。

 後ろからリゼが不満そうに呟く。


「…暫く会えないのですから、今くらい陛下は親として接してさしあげるべきです…」

「リゼ、お前が生意気にそんなことを言うな。陛下にも色々とお悩みがある」

「で、でもっ…ご子息を政略結婚に駆り出すなんてこと…クラージュ様が可哀そうです…」

「…リゼ、僕は別にいい。それに相手は、敵国の巫女だし…何より、僕の大切な人だから」

「…そ、そうですね…別に私はお相手様の『ステラ・アステール』様のこと嫌いなわけではないのです…ただ、政略結婚が嫌なだけで…」

「どんな形であれ、国のためだよ。ステラも了承してくれてる」


 はい…、と自分のことのように落ち込むリゼの頭を撫で、王宮を出る。

 王宮敷地には出入口にゲートがあり、大きな庭が広がっている。

 相変わらず続く大理石を歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。


「…クラージュ、少し待て」


 父だった。

 父の『デュンギル・レイ・ソロモン』は、一つのカギを取り出す。


「これをお前に託そう。私の車の鍵だ。旅路は長くなる、車があれば楽になるだろう」

「…ありがとうございます」

「礼はいい、今は…私は親として、お前に接したい。敬語もいらない」

「…分かった。ありがとう、父さん」

「構わぬ。…リーゼロッテとリオンだったな。頼りなく貧弱な息子だが、旅路の間どうか宜しく頼む」

「「は、はいっ、お任せください!」」

「ああ。…クラージュ、一つ約束をしてくれないか?」

「…何?」

「…何事も経験だ、辛いことも降りかかろう。しかし、辛い時こそ…誇りを忘れるな。常に胸を張って、私の息子であること、ソロモン家に生まれ出たことを誇れ。お前は私の自慢なのだから」


 父は僕の両肩に手を置き、まっすぐと目を見て言った。

 昔から前世の記憶のある僕にとって、王は父親だと実感の湧かなかった僕だが、この時になって初めて、僕の父親は絶対にこの人なのだと確信した。

 それほどまでに目の前の王は立派な父親であり、何よりも僕はその血を継いだ王子であることを誇りに思ったのである。


 たとえ、父が治める魔法の国『エストレア』が、機械の国『シュヴァルツ』と長年戦争を続けていたとしても。

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ソロモン王創世記 神村椋 @ryo1964

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