第4章 光る触覚ヘアバンド
大盛やきそばを皮切りに、美春は順番に露店を回り、値段とその内容を健司に確認させては逐一メモにとった。中にはチェックなしでいきなり列に並ぶこともあった。
あんず飴の店もその一つだった。
客が子どもの場合、売り子のおばさんとじゃんけんをして勝ったらおまけでもう1本もらえるという仕組みらしく、すんなり勝利を収めた美春は1本分の料金で飴を2本手に入れた。
「良かったな」
美春に言ってやると、美春は戦利品の1本を健司に差し出しながら当然だというような顔でうなずいた。
「だって、パー出すの分かってたもん」
知る人ぞ知るサービスみたいなもので、売り子の出す手にはパターンがあるのだと言う。他の子がやるのを見ておいて、自分の順番が来るまでにパターンが分かれば、当然勝てるというわけだ。聞けば竹中家では毎年この方法で健太と美春が2本ずつ、家族四人分を手に入れているらしい。
数年ぶりに口に入れたあんず飴は、甘ったるいことこの上なかったが、歯と舌が水飴と格闘する感覚が懐かしい気もした。
露店を一巡し、入口近くに戻ってきた時には、日も落ちて辺りは暗くなりかけていた。
「これでよしと。あとはよーく考えなくっちゃ」
ふふーんと勇ましく鼻から息を吐き出すと、美春は街灯の傍にあるベンチを選んで座った。健司も隣に腰を降ろす。盆踊りはまだ続いている。人混みを通して見えた浴衣から判別するに、先ほどとは別の団体が踊っていた。
従妹は難しい顔をして、
「これとこれは絶対。これはいらない」
ぶつぶつつぶやきながら、メモに丸だの×だの印をつけた。それから顔を上げて言った。
「けん兄は何が食べたい?」
「俺はいいよ。美春が好きなものを好きなだけ買えばいい」
「だめだよ。食べないと大きくなれないよ」
「これ以上大きくならなくていいって」
苦笑しながら言った健司だったが、いつになく空腹を覚えているのに気づいて我ながら驚いた。久しぶりとはいえ少し歩いただけなのに。それとも祭りの雰囲気と、あちこちから流れてくるソースだの醤油だのの匂いに刺激されたのだろうか。
「じゃあ、少し分けてもらおうかな」
何を食べるかは美春に任せると健司が言うと、美春は満足げにうなずき、再びメモに向かった。
「お好み焼きのお店、二つあるよね」
確かそうだった。
「300円と400円、どっちがおいしそうだった?」
「そうだな。量はともかく、300円の方がうまそうに見えたな」
美春はさらにたこ焼き6個入りか8個入りかで悩み、フランクフルトの大きさが値段に見合うかで検討し、吟味に吟味を重ねた。
「あとはビールと、ラムネ」
「ビール?」
「あれ、飲まないの?」
酒まで勧められるとは思わなかった。ありがたくご馳走になることにした。
「やきとり屋さんで一緒に買おう」
メモ用紙がめくられた。
「お母さんのわたあめに、わたしのヨーヨー」
土産も買うつもりらしい。
「そうだ。ヘアバンドどっかで見なかった?」
ミツバチみたいなやつ、という美春の説明と身振りから察するに、先端に光る球をつけた針金が頭頂部付近から2本突き出ている、要は昆虫の触角を模した髪飾りを探しているようだ。
「そんなの売ってたかな」
露店巡り中、美春が尋ねてきたのはほとんど食べ物関係だったので、どんなおもちゃが売られていたかまでは詳しく覚えていない。
「腕輪は、美春も見たよな」
美春と同い年か少し小さいくらいで、手首を光らせている子どもを何人も見かけた。ただ、美春の様子から、その手のおもちゃには興味がないのだろうと思っていた。
「そう。あんな感じで球が光るの。今年は売ってないのかなあ」
意外なほど気にしている。腕輪は要らないのにヘアバンドにはご執心というのが不思議だ。
「光らなくても、似たようなのでいいんだけど――あ!」
美春が立ち上がり、突然前方に向かって駆け出した。
「おい」
追おうとして腰を上げかけたが、美春の目的が分かったので、その場で待つことにした。
美春が話しかけているのは腕輪と触角ヘアバンドを両方身に着けた女の子だった。美春は予想通り、嬉しそうな顔ですぐに戻ってきた。
「やっぱり腕輪と同じお店だって」
でも思ったより高かった、とまたメモに目を落とす。
「やめるならかき氷かな。けん兄、なくてもいい?」
調整が必要になったらしい。
「俺は全然構わないけど、美春は楽しみにしてたんじゃないのか」
かき氷の店では、レモンのシロップがあるか念を押された。
「しょうがないよ。だって」
ヘアバンド買わなくちゃいけないもん、と微笑む。
「“買わなくちゃいけない”?」
「うん。お父さんに頼まれたの」
まさか、たか兄が着けるのか? 健司の表情から察したのか、美春が笑った。
「違うよ。お父さんがお母さんにお願いして着けてもらうんだって」
去年は“ちょうちょみたいな”羽飾りだったという。
「すっごく可愛かったよ」
健太の次は恵子さんが家出するんじゃないか? 健司は思ったが、コメントは差し控えることにした。
「あとは、おバカなお兄ちゃんのために景品取ったら、終わり」
満足げにうなずいてメモを巾着にしまうと、美春は戦いに挑む戦士のような面持ちで立ち上がった。
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