第5章 射的の名手

 先に一巡した時が販売のピークだったようで、健司と美春はどの露店でもそれほど並ばずに目的のものを買うことができた。

 どの店で何を買うかまで決めているので買物の効率は良かったが、一度に手荷物が増えてしまった。袋入りのわたあめやら、大盛り焼きそばやらを両手に抱えて、健司は美春を見失わないよう必死で後を追いかけた。

 父親への土産である触角ヘアバンドを一時的に自分の頭に着けた美春が、最後にたどり着いたのは射的の露店だった。水風船のヨーヨーを健司に預けながら景品を指差す。

「狙うは一等!」

 一等は新しいゲームソフトだ。

「取れなかったら、健太には土産なしってことか」

 土産が一等景品か全くなしとは、ずいぶんな博打だ。

「うん。でも大丈夫」

 小声ながら自信満々に言うと、美春は残っていた小銭を香具師に渡し、鉄砲とコルク弾を10個受け取った。右から左にすばやく移動する10個の的に全て弾を当てれば一等が取れるシステムのようだ。

 深呼吸して屈みこみ、コルク鉄砲を構えかけた美春だったが、ひゃああ、と妙な声を漏らして香具師に待ったをかけた。

「モッフィーが、モッフィーがいる!」

 何事かと美春が指差す方を見ると、二等の棚にねずみとももぐらともつかない動物のぬいぐるみが置いてあった。

「しかも限定カラーじゃん……」

 はうう、と呻いて肩を落とす。その様子を見ていた香具師が笑った。

「お嬢ちゃん、8個当てたら二等がもらえるよ」

 がんばって、という声に哀しげな表情で応えると、美春は健司の方を振り返った。

「お祭りの日にわざわざあんなことして倒れちゃうなんて、お兄ちゃんはほんっとバカだよね」

 健司が返事に困っていたら、今度は前に向き直って吐き出すように言った。

「来て自分で取ればいいんだよ。お土産なんかあげることない」

 お兄ちゃんが悪いんだから、と文句を言いながら再び鉄砲を構え、準備完了の合図を送る。最初の的が流れてきた。

「お兄ちゃんのバカ!」

 当たった。二発目を込める。

「バカ!」

「みんなで」

「来たかった」

「のに!」

「バカ~!」

 兄への恨み節とともに、発射されるコルク弾が次々に的を撃ち落としていく。大したものだと感心しながら健司が見守っているうちに、美春は8個の的に弾を命中させた。これで“モッフィーぬいぐるみ(限定カラーバージョン)”が獲得できる。

 だが、美春は9個目の弾を手に取った。

「ほんと、お兄ちゃんは」

「大バカだよ!」

 結局10発全部当ててしまった。

 周りから拍手が巻き起こる。カランカラン、と福引が当たった時のような威勢の良い鉦の音が鳴り響いた。

 こういう場合、一等の権利を放棄して二等を選んでもいいのだろうかと健司が考えていると、美春は立ち上がって一等の景品を受け取った。周囲の称賛を浴びながら、当の本人は残念賞でも引き当てたような顔で、ソフトをたこ焼きの袋に滑り込ませた。

 射的の露店を離れようとして、健司はポケットの中の硬貨のことを思い出した。

「美春、100円残ってないか」

「どうして?」

「俺のと合わせたら、もう一回できるぞ」

 あの腕前なら、今度は美春自身のためにぬいぐるみが取れるだろう。

 だが美春は首を横に振った。

「けん兄のお金は使っちゃだめなの。それに」

 自分用にはすでにヨーヨーを買ってしまったからこれ以上はだめだと言う。“お土産は一つだけ”という不思議なマイルールがあるらしい。

「けん兄」

 射的を終えた直後よりは、少し穏やかな顔で美春が言った。

「わたし、えらかったよね」

「ああ。えらかったぞ」

 従妹に水風船のヨーヨーを返しながら、健司はうなずいた。

「よくがまんしたな」

 再度褒めると、ようやく笑顔が返ってきた。


* * *


 周辺のベンチは人で埋まっていたので、腰掛けるのに良さそうなブロックの階段を見つけて二人で座り込み、買った食べ物を広げた。

「うん。まだあったかい」

 串ものはそれぞれ1本ずつ、後は美春のを少し分けてもらいながら、健司は祭りの味覚を堪能した。誰かと一緒に食事をするのも、旨いと思いながら食べるのも久しぶりだ。

 引越し以来、なんとなく遠ざけていたアルコールも今日で解禁だ。途中で美春から支給された生ビールは、強い酒を毎日惰性で飲んでいた時の数倍も旨く感じた。

 実のところ二杯目が欲しかったが、スポンサーが綿密な計画の下に資金を使い切ったことを知っているので、もちろん口には出さない。

「もうすぐかな、花火」

 美春が大きなたこ焼きを飲み込んで、夜空を仰いだ。

「ここ、けっこうよく見えるかもね」

 頭の触角がゆらゆら揺れる。

 そうだ。この祭りのメインは花火なのだった。まあ美春の気が済むまではここに居なければいけないのだし、アパートの中で爆発音だけ聞いて苛々しているよりはましだろう。半ば強引な連れ出され方をしたが、明るい従妹のペースに合わせているうちに、少し気が晴れたのは確かだ。

 今日は夜、眠れるかもな。狂ってしまった時間の感覚を戻すきっかけになりそうだ。心の中で美春に感謝していると、

「よかった。少し大きくなったね」

 美春が健司を見て満足そうに言った。と思ったら、自分のセリフで何か思い出したらしく、ぴたりと箸を止めた。

「大変! 大事なこと忘れてた」

 慌てて焼きそばの残りをかき寄せ始める。

「急がなくちゃ」

「どうした?」

 咀嚼を終えても美春は答えず、ゴミと土産を手早くまとめて抱えると立ち上がった。

「もう終わっちゃったかなあ」

 言いながら露店の方を見渡していたが、

「けん兄、行こ」

 小さく叫ぶなり駆け出した。

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