第10話

 魔力を持ち魔法が使える者は、その者達で集まり村を作ることが多い。魔力のない者に魔法を利用されない為にというのが主な理由だった。仕立て屋を営んでいるコンラッドとマリーのように、一般的な社会や警護団に属する者もいるが、それは最近のことで、昔はコミュニティから外に出ることは珍しいことだった。


 ヴァンの故郷の村サーシアもコミュニティのひとつだった。ここは、比較的魔力が強い者が集まって出来ていた。

 その中でも、ヴァンの魔力は特に高い方だった。



「でも、私はもとからここにいた訳ではないんです」

 ラウルの過去は語り終わったので、今度はヴァンが話し始めた。フィリアはラウルの話にひどく衝撃を受けていたが、ラウルは特に変わった様子はなく、淡々とヴァンに話を促したのだった。

 フィリアも、ヴァンの話が始まると、しっかり聞いてくれていた。

「そうなんだ」

「ええ。確か九歳頃、別の村で倒れているところを助けられたそうなんです」

 サーシアの民が数人で各地を見て回っていた時、ヴァンのいた村にもやって来た。近くに来た際、何かただならぬ気配を感じ、急いで向かったと聞いていた。

 着いた時には既に何かが起こったあとで、村の中は静かだった。ヴァンだけではなく、周りにも倒れている人が何人もいたという。体に穴が空き血を流していたり、首に絞められた跡があったりと、何者かに殺されたようだった。家の中までくまなく見たが、ヴァンの両親含め村人は全員亡くなっており、生き残っていたのはヴァンただ一人だったそうだ。

 村を調べているうちに、ヴァンが目を覚ました。名前を聞かれると、ちゃんと答えたという。だが、ここで何が起こったのか聞くと、辺りを見回し、全然分からないと言ったそうだ。それからだんだんと状況を飲み込み、家族を失った悲しみや何があったのか分からない混乱から泣き出してしまった。

 これを目の当たりにしたサーシアの者達は、ヴァンをこのまま放っておく訳にいかないと、自分達の村に連れて帰ることにした。


「きっとノーマに襲われたのでしょうが、そのショックで忘れているのではないか、と皆言っていました。今でも思い出せていません」

 ヴァンは軽めに話したが、フィリアは少し心配そうな面持ちをしていた。両親が殺されたのに、その最期を覚えていないことは辛いのではないかと思っていたからだった。自分も家族になにがあったか覚えていない為だった。

「大丈夫ですよ、ありがとう」

 それを察したヴァンは穏やかに笑って言った。ようやくフィリアの表情も少し晴れた。


 

 サーシアは、村全体に強い結界が張ってある。これは他のコミュニティにおいても同様であった。ノーマや外部の人間に見つからないようにする為だった。

 結界は村の魔力が強い者達数人がかりでかけたものだった。他の者が解こうとしても、簡単には解除出来ないようになっている。

 結界には、外から村が見えなくなる効果があった。サーシアの民ですら、一歩外に出てしまうと村を認識出来なくなってしまう。何軒もの家や畑などがあったはずなのに、何もない更地にしか見えなくなるのだった。周りの風景を頼りに村のそばだと思う場所に来て、村に足を踏み入れていたとしても、村を見ることは出来ない。

 空間移動の魔法を使っても帰ることが不可能だった。村の景色を強く思い浮かべ、魔法を使おうと試みても、その場からどこにも飛んでいけないのだった。

 だから、村から出る時は、また帰って来られるようその結界に合った魔法をかける。いわば鍵のようなもので、この魔法をかけておけば、外に出ても村が見え、空間移動で村の中まで帰って来られる仕組みとなっていた。


 外からの人間も、ノーマも来ることはない。閉鎖的とも言える環境だが、そんな村の中で、住民は穏やかな生活を続けてきていた。



 村で一番の高齢で、また、魔力も強い、長とされている者がいた。ヴァンは、その長ドルジに引き取られて育てられた。

 ヴァンの魔力は、まだ幼い頃から他の同年代に比べ格段に高かった。大人にもひけをとらない程だった。

 そんなヴァンにとって、ドルジは魔法を教えてくれた師匠だった。訓練を受け、 魔法の精度もみるみるうちに上がっていった。

「ヴァンは本当にすごいな。私より強い魔力を持っているのではないかな」

 ドルジは、皺の多い顔で笑うと、よくそう言ってヴァンを誉めてくれた。これは親バカなどではなく、本気でドルジはそう思っていたのだった。



 高い魔力を持ち強力な魔法を使えるヴァンは、周りからの希望もあり、子供達に魔法を教えていた。年齢層に幅はあったので、小さな子供は魔法の使い方など基本的なことを、ある程度使えるような子供には応用を教えていた。

 

「今日は丸い的を燃やす練習ですよ」

 ある日のこと、ヴァンは比較的魔法が上手に使える子供数人に教えていた。歳の頃は十三歳位から十七歳ほどだった。火の魔法の練習をするという。子供達の目の前には、的が括り付けられた木の棒が一本ずつ立っていた。

「ただし、棒まで燃えてしまってはいけません。的だけ燃やすようにして下さいね」

 ヴァンの指示を聞いた子供達は、それぞれ的に向かって火の玉を飛ばす。しかし、的に命中しても、的だけではなく棒まで燃やしてしまう子供がほとんどだった。

「的だけが燃えているところをイメージしてみて下さい。これでは、例えば家のそばでノーマと戦った時家までも燃やしてしまいます。狙ったものだけ燃やせるようにならなければなりませんよ」

 上手くいかない子達に、ヴァンがアドバイスを送る。子供達はなるほどといった表情を浮かべ、また火球を飛ばした。的は、ヴァンがすぐ魔法で用意した。

 一度聞いただけですぐに出来るようになる子はおらず、何回も繰り返していた。

 実際、狙った物だけをピンポイントに燃やすというのは、高度な技だった。ヴァンもそれを理解しているが、子供達の技術の向上の為にあえてやらせていた。出来なくても、当たり前と思って教えていた。

 

 そんな中で、一人、一回目から的だけ燃やした少女がいた。

「おお、チェスカ、上手ですね」

 チェスカと呼ばれた少女は、ヴァンを見ると、垂れ気味の目を細め、照れたように笑った。背中の辺りまで伸びた少し癖のある茶色い髪が、ふわりと揺れる。


「チェスカはちょうどフィリアと同じ位でした。引っ込み思案ですが、魔法のセンスはとても良い子なんです」

 ヴァンから手解きを受けるのは長く、魔法の飲み込みも早くて上手かった。しかし本人はいつも謙遜していて、あまり自信のない感じだった。

「そうなの? 会ってみたいな」

 フィリアは嬉しそうに言う。ヴァンも、きっとチェスカも喜ぶ、と笑った。

 ヴァンは、自分と話しているときのチェスカの笑顔を思い出しながら、ぽつりと独り言を呟いた。


「……今、ちゃんと元気にしているといいんですが」

 伏せた目には、打って変わり不安そうな色が宿っていた。

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