第8話

 周りに家も何もない一本道を、二人は歩いていた。


 この先に町があるのだが、距離が遠くまだまだ見えない。道の脇には草や木々が生え、離れたところには川も流れている。見える限りに他に人の姿はなかった。

「結構歩いたな。休憩するか。飯にしよう」

 ガンドルが提案し、ラウルも同意する。道から出て草の上に座った。鞄の中を漁り、食事を取り出した。湯で温めて食べるスープや携帯用の乾パンだった。

「川に水汲みに行ってくる。火着けたりしててくれ」

 そう言って、ガンドルは容器を持って川に向かった。ラウルは木のそばで枝を集めて戻ると、荷物の中からマッチを取り出した。

 

 空気が動いた感覚があった。

 動きを止め、勢いよく顔を上げる。上に、なにかいる。



 空から降りてくる影があった。

 人の形をしているようだ。どんな姿なのかは、まだ分からない。

 分かるのは、その影が持っている、あまりにも大きな鎌。

 ラウルがそれを認識した時、影は、鎌を振り上げた。


「な……っ」

 次の瞬間には、影は目の前まで迫っていた。落下のスピードに乗り、ラウル目掛けて鎌を振る。

 ラウルは咄嗟に後ろに跳び退き、間一髪で刃を避けた。脇に置いてあった剣を掴み取るのも忘れなかった。

 影は、ものすごい勢いで落ちてきていたが、地面に着く直前に速度を緩めると、少しの土も舞い上げず、ふわりと着地した。

 ラウルは両手で剣を構える。ようやく、降りてきたものを正面から見ることが出来た。


 少女が一人、立っていた。意外な姿に、ラウルは思わず目を丸くする。

黒いロングコートが、まるでドレスのように揺れている。裏地は濃いピンク色をしていた。短いパンツから伸びる細い脚を、膝下まである編み上げブーツが覆っている。いずれも黒く、白い肌が一層映える。

 一つに束ねられた金色の髪は、日差しを浴びて輝いていた。

 まだ幼さが残るが美しい顔をしており、見入ってしまう程だった。彼女が普通の少女ならば。

 少しつり上がった大きな真っ赤な目は、ラウルを確実に狙っていた。ラウルもまた、目を離せないでいた。

 ノーマだ。気配を消しているのか、近くに来るまで少しも分からなかった。

 しかも、覚えがある。

 少女が持つ、似つかわしくないもの。漆黒の柄に、巨大な刃の生えた鎌。殺意の象徴のような形のそれは、確実にラウルを捕らえんとしている。

 見る者に絶望を与えるようなその姿は、正に。


「死神……」


 ラウルがぽつりと落とした。あらゆる場所で警護団から聞いたノーマそのものだった。

 こんな何もなく、他に人もいないような場所で、まさか自分が出会ってしまうとは思わなかった。

 だが、ラウルの驚愕などお構いなしに、ノーマは地を蹴った。

 来る。そう思った時には、刃は眼前にまで迫っていた。

 剣で凶刃を受け止める。細い体躯から繰り出される一撃は、とてつもなく重かった。剣を持つ手が痺れる。

「ぐうっ」

 我慢できず呻き声が漏れる。しかし、剣を握り直す暇も与えられずに次の攻撃が来た。それをまた、剣で受ける。今度はそのまま力づくで刃を押し付けてきた。負けじと押し返すが、少しずつ後ろへ下がっていってしまう。一体この小さな体のどこにこんな力があるのかと驚くばかりだった。

 このまま押すより次の攻撃に移った方が良いと思ったのか、ノーマが一度後ろへ跳び、また武器を構えた。ラウルは急に相手がいなくなった為ふらついてしまうが、すぐに体勢を立て直す。ノーマと正面から向き合うと、今度はラウルから動いた。走り出してノーマとの差を詰めようとする。ノーマは鎌を振ろうと構えた。その隙を突いて、懐に入り込もうとしたのだった。

 しかし、構えてから動作に移すまでが恐ろしく早かった。予想以上に素早い動きに、ラウルは一瞬戸惑うも、横に跳んで避ける。地面に転がるがすぐ立ち上がりノーマと向き合った。

 大きな動作の隙を見て近づくことは難しかった。柄が長い鎌と剣ではリーチの差が大きく、なかなか距離を詰められない為、その方法に賭けていたのだが、上手くいかなかった。

 どうやって自分の剣を相手に当てればいいのか。考えている間にもノーマは矢継ぎ早に攻撃を放ってくる。鎌を一度振るだけでも相当体力がいるはずだが、何度も繰り返し刃が襲ってきた。

 最早、なんとか避けるか受け止めて防御するほかに手はないのか。

 思うように反撃出来ないことに、ラウルは焦りを感じていた。


 剣を習い始めたばかりの頃は、素振りだけで精一杯だったり、ガンドルとの手合せも、すぐ疲れてしまったりした。だが稽古をなんどもしていくうちに、力も技も身に付いた。自分より大きなノーマだって、一人で倒せるようになった。

 強くなれたと、自負していた。


 自惚れだったと気付いた。自信は、跡形もなく崩れ去っていた。

 しかし、それでも、心だけは折れてはいけないことも、分かっていた。

 攻撃を受け止め続けながらも、頭では打開策を必死に探していた。


 何度目かの刃を受け止めた時、剣から今までと違う音がした。ひびが一筋、剣に入っている。

 このまま受けていたら折れてしまう。ラウルは一瞬思い切り刃を押し返すと、後方に跳んだ。ノーマは突然ラウルがいなくなった為攻撃を止めきれず、先程までラウルがいた場所を大きく斬りつけた。

 肩で息をしながら、剣の様子をちらりと見る。恐らく、もうあまり攻撃を受けることは出来ないだろう。これが折れてしまっては、自分に残された武器はなくなってしまう。距離が詰められるまではなるべく刃を避け、ノーマを斬るときまで剣を温存しようと決めた。

 ノーマが跳びかかってくる。その速い刃を一瞬で見極め躱す。少しでも気を抜いてはならない。全神経を、ノーマの攻撃に集中させていた。

 ノーマが鎌を引いて構えた。次にくる攻撃に備え、片足を大きく後ろへ下げて避けようとした。

「うわっ!?」

 何か丸い物を踏みつけた。その拍子にバランスを崩す。足元には、いくつも石が転がっていた。それを避けることまで気が回ってはいなかった。


 

 目の前で、死神が一層大きく鎌を振った。


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