第7話

 小振りの剣ですら、ラウルにはとても重いものだった。


 剣を教えてもらえることになったラウルは、街で早速剣を買ってもらった。武器屋で実際に持ってみたり、少し振ってみたりして選んだ。

 ラウルとしては、ガンドルが持っているような大きいものが欲しかった。ガンドルが軽々と振り回すのを見てきたから、自分でも簡単に扱えると思っていたからだった。だから、武器屋でガンドルに小さな剣を薦められた時は不満だった。

 しかし、持ってみると意外と重い。ラウルの腕より短い剣だが、数回振るのでやっとだった。

「まずは素振りで筋肉つけないとな」

 へばってしまったラウルから剣を受け取りながら、ガンドルは笑った。


 色々な村や町で、警護団の団員からガンドルが声をかけられることがあった。この街でも、警護団の詰所の前を通りかかった時、若い団員から呼び止められた。団員は嬉しそうにしており、ガンドルも楽しげに話をしていた。

 今まで会った団員も皆、ガンドルに対して親しげであったり敬意が感じられたりした。


「どうしてそんなに警護団の人に知り合いが多いの?」

 団員と話し終えたガンドルに、ラウルが聞いた。ああ、とガンドルは返事をして、警護団の詰所を眺めながら答えた。

「前は警護団にいたんだ」

 その返答を聞いて、ラウルの目がきらきらと輝きだした。

「すごい!」

 ノーマと戦い人々を守る、そんな強い警護団はラウルにとって尊敬の対象だったからだ。

 だからこそ、ある疑問が浮かび上がった。

「なんでやめちゃったの?」

 素直な問いかけに、ガンドルはラウルを見下ろして答えた。

「団員として仕事をする中で、ノーマに家族を奪われた子供を何人も見てきた。そういう子供の為に何か出来ることをしたいと思ったんだ」

 子供の姿を思い出したのか、少しだけ、悲しそうな目をした。

 警護団に所属していない方が自由に動ける。そう考えて団員を辞めたという。各地にあるノーマによって親を亡くした子供が暮らす施設に、金や物資の寄付をして回っていた。ラウルの故郷には、その道中で偶然立ち寄ったのだった。

「辞める前や辞めてすぐの頃は、これでいいのか迷うこともあった。警護団になって守るために戦うのは、小さい頃からの夢でもあったからな。でも」

 そこで一度区切ると、ラウルの頭をがしがしと撫でた。

「今は、それでよかったとはっきり言える。お前に会えたからな」

 ラウルは突然頭を撫でられて、ぽかんとしていたが、だんだんガンドルの言葉が飲み込めてきたようで、頭の触られた所に手をやり、嬉しそうに笑った。

「僕もガンドルさんに会えてよかった。ありがとう」

 ガンドルもまた、ちょっとだけ照れ臭そうに笑った。



「すごい人だね」

 ガンドルの旅の理由を聞いたフィリアが、称賛の声を上げた。ラウルはそれに微笑みながら頷いて答えた。

「理由は他にもあった。ノーマと人間の隔たりを少しでもなくしたい、って」

「え……?」

 フィリアは一転して怪訝そうな表情を浮かべた。ヴァンはそんなフィリアを横目で見た。

「ノーマと人間が仲良くしてる場所もあるんだ。そういう所が増えていけばいいのに、って言ってたな。実際一緒に生活してる村にも行ったことあったし」

 互いに助け合いながら親しく暮らしている。そんな地域を見て回り、ノーマと人間が近づくヒントを探していたのだという。

 それに、と、ラウルは楽しげに続ける。

「ガンドルさんは、前にノーマと人間のハーフにも会ったことあるんだって。すごいよな」

 ラウルは少々興奮した口調で話すが、フィリアの面持ちはどんどん暗くなっていってしまった。

「私は、正直信じられないな……。だって、私にとって、ノーマは嫌な存在でしかないから」

 俯いて話すと、ごめんね、と小さく落とした。

「いや、無理ないよ。俺も親を殺されたばかりの頃はそうだった」

 故郷をノーマに襲われたばかりのフィリアにしてみれば、ノーマと友好的など考えられないのだろう。同じような経験をしたラウルにも、それは容易に想像出来た。

「でも、素晴らしい方ですよね。前に話を聞いた時も思いましたけど」

 ヴァンが明るい調子で話すと、フィリアも同意した。

「そう! それは本当にそう思う。やりたいことがあって、その為に行動してて。かっこいいね」

 ラウルはまるで自分が褒められたかのように、口許を緩めた。

「うん。俺もそうありたいって、本気で思える人なんだ」



 ラウルとガンドルは宿を取った後、一度街から出て、剣を使ってみることにした。

 今のラウルの実力は武器屋で既に分かった。自分が思っていた以上に力がないと感じたようで、早く強くなりたいとの焦りからだった。しかしやはり、何度か素振りしただけで疲れてしまい、落ち込むラウルを促し早々に宿に帰った。

「焦るな。ゆっくり鍛えていけばいい。体も、剣もな」

 ガンドルはそう励ましてくれたが、ラウルは肩を落としたままだった。 

「でも、早くガンドルさんみたいになりたいのに」

 ちょっと口を尖らせて言うラウルに、ガンドルは目を丸くして、それから、大声で笑った。

「ははは、そうか」

「なんで笑うの!」

 自分は真剣なのに、笑われたことが悲しくて、ラウルも負けじと大きな声を上げた。

「悪い悪い。嬉しくてな」

 優しい声で言うと、またラウルの頭を何度も撫でた。

 ガンドルの笑顔を見たラウルも、同じように嬉しそうだった。




 ラウルは時間をかけて特訓を受け、ついには実戦でもノーマを一人で倒せるまで強くなった。十年程経った頃には、ガンドルの得物には敵わないが、大きな剣を容易く扱えるようになっていた。

 お互い、初めて会った時とは見た目も変わったが、変わらず二人で旅を続けていた。



 ある村を訪れた際、警護団の者からノーマの情報を聞いた。ガンドルが警護団を抜けてから何年も経っていたが、未だに話しかけてくる団員は多かった。

「ジェラルドの軍団に、とても強いノーマがいるようです。気を付けて下さい」

 ジェラルドというノーマが率いる軍が人間を襲うことは、ガンドルが警護団にいる頃から頻繁にあり、ラウルもそのことは話に聞いていた。その中に、少し前から、強力なノーマが新たに見かけられるようになったらしい。もともと怪力だったり魔力が高かったりするノーマが多く集まっているが、特に戦闘能力に長け、実力が高い団員でも何人も犠牲になっているという。

 長い金髪を一つに束ねた、まだ十四、五歳くらいの少女の姿をしているが、自分の背丈より大きな鎌を振り回して周りのあらゆるものを薙ぎ払うそうだ。

「見た目は結構可愛らしいみたいですけどね、油断したら大変な目にあいますよ。なんと言っても、死神、ですから」

 巨大な鎌で命を攫う、死神。その少女のノーマはそう呼ばれていた。

 この村以降、行く先々で死神について注意を受けた。警護団だけでなく一般にも広く知れ渡っており、皆怯えていた。

 

 実際に死神に襲われた町にも立ち寄ったことがあった。ラウル達が来る数週間前に襲撃されたという。

 建物はほとんど壊され、わずかな生き残った人々には、悲壮感が漂っていた。警護団から援助を受けているそうだが、もとの生活に戻れるのはいつになるか、そもそも元に戻るのかも分からない状況だった。


 ガンドルも警護団を通して寄付をし、その町は早々に立ち去った。

「厄介だな、死神。あまり村や町を襲わないでくれりゃあいいんだが」

 町を出てしばらく歩いたあと、振り返り、いまや廃墟だらけになってしまった場所を眺めて、ガンドルがぽつりと言った。

 悲しみや怒り、色んな想いが詰まっていた。


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