第4話

 町の中程まで来た三人は、ある店の前で立ち止まる。看板には、シャツやスカートなど服のイラストが描かれていた。マリー、という店名のようだ。ヴァンが扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

 威勢のいい声が飛んでくる。女性と男性どちらも聞こえた。

 男性物や女性物の様々なサイズの服がたくさん店の壁に沿ってかけられている。真ん中のテーブルには布が山積みになっていた。その山の後ろから、女性が顔を出す。

「ああ、ヴァン! 久しぶり」

 端正な顔で嬉しそうに笑い、前に出てきた。水色のシャツに白い七分丈のパンツで爽やかな印象を受ける。その声を聞いて、もう一人山の向こうから姿を現す。灰色のワイシャツの袖をまくった、背の高い男性だった。

「おお、よく来たな」

「お久しぶりです。マリーさん、コンラッドさん」

 ヴァンが二人に挨拶し、親しげに話す。二人とも三十代前半程で、マリーは黒いヘアバンドでショートカットの青い髪を上げ、コンラッドは深い緑色の髪を短くしており、作業のしやすい髪型でいる。

 二人はヴァンの故郷サーシアの出身で、魔法を使うことが出来る。その魔法で服を作り販売していて、オーダーメイドも受けている。この店に来る前に、フィリアはヴァンから聞いていた。

「相変わらず、すごい量の布だな」

 ラウルは以前にも来たことがあるような口ぶりで笑った。そこにマリーが噛み付く。

「当たり前でしょ、布から服を作るんだから」

「小さくできないの? ヴァンみたいに」

「簡単に言ってくれるね。あんなの相当魔力が高くないと出来ないんだっての」

 それを聞いたフィリアは思わずヴァンに目をやる。抱える程大きな袋を掌に納まる位に小さくしていた。魔法を使える人は皆出来ると思ったが、違うらしい。


 ラウルとマリーのやり取りを微笑ましそうに見ていたコンラッドが、不意にフィリアに話しかけた。

「あれ、新入りさんかい?」

「えっ? あっ、はい」

 急に聞かれたフィリアは少し大きな声を上げて返事をした。ラウルが気付いたようで、二人に紹介する。

「そうそう、フィリアっていうんだ。今日はフィリアの服を買いに来たんだよ」

「そうなの? 早く言ってよ。可愛い子じゃん」

 マリーもフィリアに近付いて来て自己紹介した。その後、店に並んでいる服を一緒に見始めて、数着選んだ。フィリアは終始楽しそうな笑顔だった。

「今着ている服も作り直そうか。長いスカートじゃ動きづらいでしょ」

 マリーがフィリアの服を見て提案する。確かにスカートは膝より随分と下まであり、これから旅することを考えると不向きそうだった。

「いいですね。私のこのコートも、ローブから作ってもらったものなんですよ」

 ヴァンもフィリアにリメイクを薦める。ヴァンの故郷では皆ローブを着ていたが、村の外では少し目立ってしまう。どこでも溶け込めるようにコートに作り替えたのだった。

「サーシアを出た時、自分で出来るのに、わざわざここまで来てくれたんだよねえ」

「自分でやるより、プロにお願いした方が絶対いいですからね」

 フィリアは履いているスカートとヴァンのコートと交互に見比べる。マリーは再びフィリアに尋ねた。

「それでいい? フィリアちゃん」

「はい。お願いします」

 聞かれたフィリアはしっかりと頷いた。

「よし、じゃあやるよ」

 まずコンラッドがフィリアのスカートに手をかざすと、布が膝よりちょっと上で切れ、余った布がばさりと落ちた。次にマリーが糸を手に持ち、その先端をスカートの裾に当てると、針を通さずとも縫われていく。その様子をフィリアは食い入るように見ていた。

 長かったスカートは、あっという間に膝上までのキュロットに様変わりした。

「わあ、可愛い。ありがとうございます」

 フィリアはとても気に入ったようで、手で裾をひらひらと揺らせてみせた。マリーはその姿を見て満足げに笑った。


 マリーとフィリアが話しているのを横目に、コンラッドがヴァンにこそりと話しかける。

「ところで、まだ帰れなさそうか?」

「はい、すみません。早くどうにかしないとと思っているのですが……」

「いいよ、悪かったな」

 そのやり取りは、服を見ていたラウルにのみ届いた。


 マリーとコンラッドに別れを告げ、三人は店を出た。歩く度にキュロットがふわりと踊る。

「魔法ってすごいね。ラウルも使えるの?」

 未だに嬉しそうにしているフィリアが聞くと、ラウルは首を左右に振った。

「俺は使えない。代わりに剣で戦うんだよ」

「そうなんだ。でもどこにあるの?」

 フィリアはラウルの体をあちこち見るが、剣を持っているようには見えない。

「これだよ」

 ラウルは腰に付けている剣の形をした飾りを見せた。柄を握ると、たちまち大きくなる。フィリアは驚いて声を上げた。

「これもヴァンにやってもらったんだ。すぐ使えるし、また小さくなるし。持ち運びしやすくていいよ」

 元の大きさに戻った剣をフィリアは顔を近付けて見つめる。柄は細かい傷がいくつもあり、ラウルが持つには少し古いものに見えた。


 今日はこの町で泊まることに決め、宿まで歩く。その道中、武器屋の前を通りかかった。窓から中を覗くと、立派な剣がたくさん売られている。

「ここは見ていかなくていいの?」

 フィリアがラウルに聞く。せっかくだから新調すればいいと思ったからだった。

「俺の剣はこれだから」

 しかしラウルは剣の飾りをぽんぽんと叩き短く答えると、武器屋には目もくれず歩いていった。



 町の中に宿は数軒あり、中でも一番大きい所を選んだ。部屋が多い方が空きもあると踏んだからだった。それは的中し、幸い二部屋取れたので、フィリアと後の二人とで分かれて泊まることにした。フィリアは全然気にしない、むしろお金のことが心配だと話したが、覆ることはなかった。


 部屋は分かれたが、寝るまではラウルとヴァンの部屋で三人で過ごすことにした。小さなテーブルセットが一つにベッドが二つというシンプルな造りだが、掃除が行き届いていて清潔感があり居心地が良い。ベッドに腰掛けたラウルが口を開く。

「フィリアの村を襲ったのは、多分ジェラルドってノーマが束ねる一団だろうな」

 ジェラルドというノーマが他のノーマを傘下に置いているということは、警護団の調査によって明らかになっていた。ほとんどのノーマを束ねており、実質ノーマの王のような存在らしい。

 人間に対して相当敵対的で、大群で町や村を襲うことが多い。警護団とは数えきれない程衝突してきた。本拠地もある程度場所は絞られているが、周りはノーマだらけで近付くことも出来ない状況だという。

「前線に出ないから明らかなのは名前だけで、顔とかは分からないけど、あの魔力の強さ、もしかしたらジェラルド本人だったのかも」

 村一つを覆う、決して中に入ることの出来ない程強力な結界、そして対峙した時に感じた悪寒や圧力を思い出す。椅子に座るヴァンも頷き同意した。

 しかし、疑問が残る。

「……そんな強いノーマが、なんで私の村を襲ったんだろう」

 ヴァンの向かいに座るフィリアがぽつりと呟く。その通りだった。

 ラウルとヴァンは襲われる前の村を知らないが、面積からして小さい方の村だった。フィリアは大勢のノーマが現れたと言っていた。大軍で、しかも自ら赴いてまで襲う理由が分からない。

 フィリアの目から涙が零れ落ちた。それを手で拭う。

「また泣いちゃった。ごめんね」

「いいよ」

 努めて明るく振舞おうとするフィリアに、ラウルが短くも優しく返す。

「ありがとう」

 フィリアは少し、安心したように笑った。


「二人はどれ位一緒に旅してるの?」

 ラウルとヴァンはお互いの顔を見ると、ラウルが質問に答えた。

「一年位になるのかなあ」

「そうなの? 意外と短いんだ。どうして旅してるの?」

 二人ともロードを手に入れるという目的はあるが、魔力を持たないラウルと魔法が使えるヴァンが何故共に旅をしているのだろうか。そもそもどうやって出会ったのか。フィリアは多少気になっていた。二人はまた、顔を見合わせる。

「そうだな、話すと長くなるんだけど」

 ラウルは両手を体の後方に付いて話し始めた。

「まず、俺達の旅の目的はロードだけじゃない」

フィリアは少しだけ目を大きく開いた。出会った時に聞いたことの他に、目的があったのか。ラウルは、目線を下に向けて続ける。


「ヴァンは、故郷に戻る為。ノーマに襲われた、な」


 え? と、フィリアは正面に座るヴァンを見た。ヴァンの表情が微かに翳る。

「そして俺は」

 ラウルは両手をベッドから浮かせ、膝の上に肘を乗せ前に体重をかける。


「あるノーマを見つけて、殺す為だ」


 フィリアは思わず息を呑む。ラウルの目は、あまりにも暗く冷たかった。

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