第3話
「はい、着きましたよ」
ヴァンは自分の肩の向こうで、固く目を閉じているフィリアに声をかけた。それを受けてフィリアはゆっくりと目を開ける。すると一瞬にして、その表情は驚きと喜びに染まった。
多くの店が並ぶ、商人が集まる町ユニオール。
フィリアの故郷から徒歩で行こうとすると何日もかかる距離だが、ラウル達三人はヴァンの魔法で一瞬にして町の入り口まで来ていた。
「すごい、本当にすぐ着くんだ」
フィリアは初めて体験した魔法に興奮しているようだった。
「どこにでも一瞬で行けちゃうの?」
「そういう訳ではないんです。一度行ったことがあったり、本で見たりしてとても詳しく知っている所しか行けないんですよ」
「それで十分じゃない。すごい」
フィリアは変わらず笑顔で返した。そして町に向き直る。
町は木で出来た柵で囲まれていて、出入口は一つしかない。入り口付近に店が集まっており、奥の方は居住区となっている。
町に足を踏み入れたフィリアは、物珍しそうに周りを見回した。
武器、防具、装飾品や食品に至るまで何軒もの店や屋台が立ち並び、人々が物色しながら往来している。故郷の村から出たことがなく、このように活気に溢れる大きな町に来たのは初めてのフィリアにとって、全てが新鮮に映っているのだろう。
その側でラウルがヴァンに声をかける。
「よし、俺、行ってくるよ」
「いいですか? ありがとうございます」
ヴァンはラウルの言葉を受けると、コートのポケットから何かを取り出した。小さな布袋だった。するとそれが突然大きくなり、両腕で抱え込む程の大きさになった。まだまだ魔法に慣れずびっくりしているフィリアの前で、ヴァンは抱えた袋をラウルに渡す。
「お願いします」
「おう。じゃあ、また後でな」
袋を受け取ったラウルはそう言って走り出した。見送ったフィリアはヴァンに尋ねる。
「あの袋には何が入っているの?」
「ノーマの角や爪、額に付いている石などです。それらを売ってお金に換えるんですよ」
フィリアがなるほどと言うように細かく数回頷く。しかしその後、不思議そうに首を傾げた。
「ノーマって死んだら消えちゃうんじゃなかった?」
村から出たことがなく、ノーマを見たこともなかったフィリアだが、それだけは聞いたことがあるという。ヴァンはフィリアの疑問にゆったりと答える。
「確かに、ノーマは死ぬとその体は消滅してしまいます。ですが、生きている間に角などを取れば、本体が死んでも消えずに残るんですよ」
「へええ、そうなんだ」
フィリアは感心した声を上げた。ヴァンの説明は続く。
「固くて強度のある角や爪は武器や防具に、石はアクセサリーなどに加工され販売されます。なので、角ならば太くて立派なもの、石は透明感があって綺麗なものが高く売れるんです」
ヴァンは近くの屋台に目を向けると、ほら、とフィリアにその屋台を手で示す。
「あそこで売られているアクセサリーは、ノーマの石から作られているそうですよ」
フィリアは屋台に近付いた。立て掛けてある木の看板には確かに、ノーマの石を用いていると書かれていた。
ネックレスや指輪、ブレスレットなどのアクセサリーが並び、フィリアは目を輝かせる。使われている石も、ピンクやオレンジなど可愛らしいものから、黒や灰色といったシックなものまで様々だった。ノーマに付いている石にはこんなに種類があるのか、と驚いてしまう。男性向けのシンプルなアクセサリーも多い。
どれも可愛いいと眺めていたが、ふと、ヴァンの様子が気になって目を向ける。ヴァンは真剣な顔つきで商品を選んでいた。何をそんなにじっくり見ているのだろうと視線を追うと、色々な種類のピアスが並んでいた。
そういえば、とフィリアはヴァンの耳を見た。いくつものピアスが付いている。なんでこんなに付けているのかな、と少し気になる位だった。そんなフィリアの視線に気付いたのか、ヴァンがフィリアに顔を向けた。
「ああ、すみません。つい欲しくなってしまって……」
ヴァンはちょっとだけ照れ臭そうに言うと、暗めの水色と紺色の石のピアスを一組ずつ購入した。金属だけのもいいけど、綺麗な石が付いているのもやっぱりいい。ヴァンはそう小さく呟いた。
「たくさん付けるんだね」
「ええ。魔力を貯めておく為なんです」
どういうこと? とフィリアが尋ねる。ヴァンはお釣りで受け取った紙幣を財布にしまいながら話しだした。
「魔力とは絶えず身体で作られているものなんです。ですが、溜め込むと身体が耐えられなくなってしまうので、常に放出しているんです。出しっぱなしではもったいないから、何かに貯めておいて、また使うんですよ」
服でも装飾品でも、身に着けるものならば何でもいいという。
「私はピアスですね。小さいので予備のものも持ち運びしやすいので」
そう言うと、ヴァンは買ったばかりのピアスを手で包み込む。
「ただ付けているだけでは役割を果たしてくれません。魔力を貯め込む為の魔法をかけないと」
一瞬だけ、手の中から淡い光が漏れた。
「見た目は特に変わりませんが、これで貯めてくれるようになりました」
手を開く。フィリアはまじまじと見るが、確かに見た所何も変わりはない。
「ただいま、っと。え? また買ったの?」
角などを売りに行っていたラウルが戻ってくるなりヴァンに聞く。ヴァンとフィリアもそれぞれ、おかえり、と迎えた。
「いくつあってもいいですからね。ところで、どれ位で売れました?」
「まあまあだな。角があまり太いのがないってことで、そんなに高く売れなかった」
「ええ……、森で戦ったノーマの角なども取っておけばよかったですね」
「そっか。でかかったもんなあ。まあ、金がない訳じゃないしいっか」
ラウルとヴァンが資金の話をしている横で、フィリアはアクセサリーを熱心に見ていた。ラウルが気付き、声をかける。
「フィリアも何か買う?」
「えっ?」
フィリアは驚いた様子で振り返る。そして、両手を胸の前で振った。
「いいよ、ただ見てただけだから」
「遠慮しないで。どれがいいですか?」
ヴァンも優しく言って、並ぶアクセサリーも眺める。フィリアは少し遠慮がちに口を開いた。
「私も、ピアスしてみたいなって。でも、穴開けるのは痛そうだし、買ってもらうのは悪いし、いいよ」
「いいって、好きなの選びな。この金は三人のものなんだから、俺達が買ってあげるってことじゃないしさ」
「そうですよ。穴だって、開けなくたって魔法で付けてあげます」
二人の言葉に、フィリアはちょっと嬉しそうな表情に変わった。そして、これがいい、と、おずおずと一つのピアスを指さす。小さめだが、淡いピンクから赤へのグラデーションが美しい石のものだった。
「綺麗じゃん、買おう」
そう言うと、ラウルはそのピアスを店主に渡し会計を済ませた。店から数歩離れて待つ二人のもとに戻ると、すぐさまヴァンに手渡す。ヴァンがピアスを先程のように軽く握り手を開くと、金具が外され石だけになっていた。
「耳に当てるだけで付けられますよ、どうぞ」
ヴァンの掌から石を受け取り、言われた通りに耳たぶに当て手を離す。すると本当に、石は落ちずに耳に付いたままになった。
「どれだけ動いてもきっと取れませんよ。外したい時は、そう思って触れば外せます」
ヴァンの説明を聞いているのかいないのか、フィリアは嬉しそうに何度も石を撫でる。
「二人とも、ありがとう」
満面の笑みで礼を言われると、二人の顔も綻んだ。
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