陽炎の森67   夕餉の支度が出来たので笑美姫の部屋へ行き座ると、お膳には見事な鯛の塩焼きが乗っています、よく手に入りましたねというと、昨日そなた達の婚礼の許し、


陽炎の森67

 

夕餉の支度が出来たので笑美姫の部屋へ行き座ると、お膳には見事な鯛の塩焼きが乗っています、よく手に入りましたねというと、昨日そなた達の婚礼の許し、

を父上が早馬で俊隆様に届けたそうなのです、許すとの返書が今日届いたのです、お祝いに早馬にて江戸湾の鯛が10匹ほど届き、早馬は1日しかかからない、

ので新鮮なのです、


父上達も召し上がっていますよといったので、私達の為にそのようなお気ずかい申し訳ありませんと恐縮すると、懸念には及びません、真一朗殿の馳走のお返し、

だと書状には書いてあったそうです、遠慮なく召し上がってください、私達も馳走になりますといい、さあメイも箸をつけるのですよと促したのです、


塩加減も丁度よく美味しいので、これは美味しいといい、皆で食べたのです、ところで伊織殿、武蔵殿は今まで一度も勝負に負けた事がないと聞いていますが、

その極意は教わったのですかと聞くと、親父殿はそんな事は教えませんよ、人は人の流儀があり、教えられるものではない、とつねづね言っていましたと返事した、

ので、そうですか、手前勝手ですが良く調べてみると、


ある人の兵法を学んだ結果ではないかと思われるのですがと言うと、笑美姫がそれは誰ですかと聞くので、唐の昔の兵法者、孫子ですと答えると、どんな人ですか、

と聞くので、箸をつけながら聞いてください、まずこの人の信望者は武田信玄公です、旗印になっていた、風林火山は、ある時は風の如く早く、林の如く静かに、

行動し、火の如く侵略する、また動かないときは山のごとく動くなと、


戦いをする時の極意です、武蔵殿の戦いで有名なのは吉岡一門との決闘です、武蔵殿は決闘する場所から遠い所に宿をとりますが、これは敵を油断させる為に、

わざと遠くに宿を取つたのです、夕餉をとると夜陰にまぎれて必ず場所を見にいっているのです、そして伏兵の配置しそうな場所をあらかじめ調べ、一旦宿へ帰り、


次ぎの朝はやく宿を出立し伏兵の潜んでいる場所を林の如く静かに近づき次ぎ次ぎと倒して行き、迂回して刻限には真正面から火の如く攻め立て敵の大将を討ち取る、

と風のごとく立ち去るのです、また戦いが済めば山のごとく動かないので、敵は策があると近づかないのです、


また巌流島の佐々木小次郎との戦いでは小次郎の刀より3寸長い木刀を船の櫂で作ったのですが、これは小次郎の刀は長く相当訓練しなければ振る事は出来ないと、

思い、それより長くても簡単に振れて丈夫な櫂を使ったのです、小次郎をいらだたせる為に刻限に遅れたのではなく、戦い後、巌流島から素早く逃れる為に行く時は、

満ち潮、帰る時は引き潮の一番いい時刻を見はからったのです、


武蔵殿は一撃を与え失神させただけで風の如く逃げ去ったのです、その後細川の家人が小次郎にとどめをさしたのでしょう、ぐすぐずしていれば隠れていた細川の、

藩兵に殺される恐れがあった為です、勝続けたのは敵の情報を、徹底的につかんだ結果なのです、勿論これは私の考えですがというと、なる程剣の極意とにていますね、

一つの事は万に通じるというわけですかと笑美姫が感心しています、


伊織が確かに親父殿は誰よりも冷静で決して挑発にはのらず、なかなか動かない人ですが、一旦動くと火のように攻撃します、その流儀かもしれませんと納得した、

みたいです、剣は腕でするのではなく頭でするのだという人もいます、やり方は人それぞれでしょうと結んだのです、


食事も終わり、昨日のように伊織を残し部屋に引き上げたのです、それでは明日常陸屋に行こう、お父上が許してくださってよかったと話すと、父は真一朗様に、

惚れているみたいですよ、だから簡単に許してくれたのでしょう、笑美姫様と伊織様もうまくいけばいいですねというので、姫は気が強いのでそれをどうするかだよ、

と言うと、


大丈夫ですよ、好きな男が出来ると姫様も所詮女です、優しくなります、今日の伊織様との立ち会いでも、伊織様が姫様の胸に触れたのでピクッとし一瞬ひるんだ、

ので負けたのでしょうとメイが笑ったのです、な~んだ分かっていたのかと真一朗がいうと、姫様が一番わかっていますよ、普通だつたら汚い戦法だと、怒る、

はずですけど、


何食わぬ顔して真一朗様に負けた、伊織殿をかばったではありませんか、しかし真一朗様はずるい事をやつても、恨まれないから不思議ですねと真一朗の顔をまじまじ、

見たのです、メイには何もやっていないよ、お前が大好きだからずるい事は出来ないよと笑うと、この女たらしと腕をつねったのです、


そのころ笑美姫の部屋では今日は負けましたが次ぎはそうはいきませんよ、というと、伊織がもう少しで笑美殿に打ち据えられるところでした、馬術も負け、剣も負け、

では立つ瀬がありませんよ、もう少し精進し腕を磨きますといったのです、笑美姫がお峰の方が男の子を生んでくれればいいのですがと伊織の顔を恋しそうに見たので、

尚が台所にいってもうすこし肴を持ってきますと二人に気を使い部屋を出たのです、


尚が席をはずしたので、伊織が笑美姫に近づき酌をすると、一口でのみ伊織に盃を渡し酌をして、私との勝負にむきにならないで、私は女子ですよと伊織の顔を見ると、

申し訳ござらぬと頭をかいたのです、笑美姫がほらもう私の策に乗っていますよと笑うと、いけない、笑美殿も油断も隙もないですねといったのです、


真一朗殿と旅をしていれば、これくらいの策は自然と身につくのですよと、大笑いしたのです、この様子を襖の陰で見ていた尚はなんだか大事な人を伊織に取られた、

みたいで、私も好きな男が欲しいと思ったのです、



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