第12話19時間後

 笑美子と琴音の背後でドアが閉じた。


 緊張が解けたのか、琴音の足がふらついた。笑美子は慌てて支えるように腰に手を回した。琴音が笑美子の肩を抱いた。


 琴音が礼を言った


「ありがとう。こんなに疲れたのは初めてだ」

「私も疲れました。おなかペコペコです」


 琴音は苦笑した。


「あんた、大物だよ」


 ゲームが行われている短い間に、待機場所の様子が変わっていた。ホールとラウンジに向かう廊下は壁で遮られ、なくなっていた。変わりに広い廊下が左右に分けれいた。


 笑美子は亜美を探したが、亜美の姿はなかった。


 その代わりに、一人の黒服と二人のメイドが笑美子と琴音を待っていた。


 カトーマスクをつけた三人が笑美子と琴音に会釈をした。黒服が一歩前に出て話しかけた。


「お二人には特別室をご用意しております。九十分後の最終戦まで、そちらでおくつろぎください」


 琴音が不満気に言った。


「時計なんて持ってないよ」


 黒服が軽くうなずいた。


「特別室にご用意しております。また、お休みになられても、お時間二〇分前になりましたらメイドをうかがわせます。ご安心ください」

「分かった。案内を頼む」


 琴音は軽く笑美子の背中を叩いた。


「疲れていても背筋はまっすぐに」

「はい!」


 メイドが歩き出した。琴音は右の通路に消えていった。


 笑美子もメイドにうながされ、左の通路を進んだ。


 用意された部屋で亜美が待っていた。笑美子はホッとした。


 亜美は笑美子を見て驚いたように目を見開いた。


「はた目には頭も体も使わない楽そうなゲームに見えるけど、キツそうだね。時間まで横になっていなさい」

「眠くないです」

「いいから。目の下のクマがひどいよ」


 亜美に言われたせいで、急に体が重くなったように笑美子は感じた。


「じゃあ、すみません。お言葉に甘えます」


 笑美子はベッドにもぐりこんだ。


 目を閉じると、あっという間に別の世界に落ちた。


 ゆっくりと笑美子は暗闇を落ちていた。冷たく、寂しい場所だった。


 周囲からは呪詛のような言葉とすすり泣く声が聞こえた。


「私の人気が一番なのに……」

「まわりには敵しかいない……」

「私の人気が一番なのに……」

「妬むものが足を引っ張る……」


 笑美子はほのかに光る床にふわりと落ちた。床の光で、そこだけ薄闇になっていた。


 笑美子がキョロキョロあたりを見ていると、つぶやいていたモノたちが先に笑美子を見つけた。


「おまえ、だれ!

「なぜ、おまえが来た!」

「純子はどうした!」

「なぜ、純子がここに堕ちてこない!」


 悔しさをにじませた声が笑美子を責め立てた。 


 笑美子が答えに困っていると、 キィキィという今では聞きなれた音が聞こえてきた。


 闇の奥から老婆が押す車椅子が現れた。車椅子の老人が静かに命じた。


「いさかいはやめよ」


 オキナの一声で闇が口を閉ざした。その声には、うむを言わせない静かな迫力があった。


「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちは…… こんばんは、かな?」


 オキナが笑美子を見つめた。


「妙なところで会うな。お前はここが気にならないのかね」


 笑美子は夢にしては不思議な感じだと思っていた。だが、夢だから自分はこれほど落ち着いているとも思った。


 オウナが笑った。


「いつもだったら落ち着いていないのかね」


 笑美子は照れ笑いを浮かべた。


「腰を抜かしてますよ」


 薄闇の中で三人は笑った。


「ここに来たことを後悔しているかね?」


 オキナに問われ、笑美子はすぐに頭を左右に振った。


「いえ! 友だちができたし、親切にしてくれる人たちに会えたし……」


 笑美子の哀しげな表情を浮かべた。オウナが心配そうに聞いた。


「後悔しているんだね」


 笑美子は慌てて言った。


「違います! あの、良いこともあるけど、悪いこともあって…… 友だちや私より凄い人たちが、ひどい目に遭ってるのがちょっと…… イヤだなって」


 オキナとオウナだけではなく、暗闇にいるモノたちも息を呑んだ。


 オキナがつぶやいた。


「ここに至っても、自分のことではなく人のことを心配するのか」


 笑美子は笑った。


「だって、まだあのカラいのにやられてないですもん」


 笑美子はオズオズと二人に尋ねた。


「あの…… 聞いていて半分くらいしか分からなかったんだけど…… 私たちって、運を吸い上げるポンプなんですか?」


 笑美子に問われて、オキナとオウナは顔を見合わせた。一瞬どうしようかという迷いが見えた。


 オキナが逆に尋ねた。


「道具はイヤかね」

「道具がイヤなんじゃなくて…… ファンの人が知らないんだったら、なんだか騙しとっているみたいな感じがイヤなんだと思います」


 オウナが面白そうに、フ、フと笑った。


「これほど御前にはっきりものを言う娘は初めてじゃ。小気味いいわい」

「あ! ごめんなさい」


 オキナが顔の前で手をひらひらと振った。


「いいんじゃよ。お前は優しい娘じゃ。運をファンから騙しとっているように感じておるのじゃな」


 笑美子はうなずいた。


「心配することはない。運はお前たちのために少しずつもたらされるもので、理不尽に奪いとっているものではない」


 オウナがクツクツと笑った。


「ファンからは、な。お前たちを愛でるための料金のようなものじゃて。じゃが、お前たちに欲望を向ける愚か者からは容赦無く吸い出しておる。それはお前たちのせいではないから気にすることはないんじゃよ」


 キィキィという音ともに、オキナとオウナの姿が下がり始めた。凍りついている柔和な表情が遠ざかっていく。


 能面のような老人たちの顔が言った


「お前はお前の好きにするがいい」

「それがおまえの運なのじゃろう」


 オキナとオウナの姿が小さくなるにつれて、暗闇の中がかしましくなっていった。


「おまえはなんだ?」

「おまえはなんだ?」


 笑美子を糾弾するモノに何かが答えた。


「友だちだよッ!」


 声と共に幾筋もの閃光が闇に輝いた。


「おお!」


 暗闇に囚われていたモノたちの異様な声が聞こえた。


「ポテちゃんは友だちだ!」

「ポテコちゃんをいじめるな!」


 暖かな風が光から吹き出し、闇を払っていく。


 風を受けたモノたちは歓喜の声をあげ、自身も輝き出した。


 うっとりと光の踊る様子を見ていた笑美子が感嘆の声をあげた。


「キレイだなぁ」


 笑美子は暗闇がさまざまな色の光に変わっていく様子をニコニコしながら見ていた。


「キレイ? 私たちが?」


 周囲の声に応えようと、笑美子は大きく右手を振った。


「みんな、すっごくキレイ!」


 光が喜びの声を上げた。


「おお! おお!」


 大勢がそばにいながら冷たい孤独の暗闇の中で固まっていたモノたちは、解放された喜びを歌いながら笑美子のまわりを飛び回り始めた。


 笑美子を呼ぶ声がした。


「ポテコ…… ポテコ…… ええい! 面倒くさい!」

「いてッ!」


 笑美子はデコピンで目を覚ました。


「大丈夫か? うなされていると思ったら、寝ながらヘラヘラ笑い出して…… 見ていて気持ちが悪かったぞ」


 額をさすりながら起きると、亜美が心配そうに見ていた。


「大丈夫か?」

「大丈夫です」


 亜美は何も聞かなかった。これまでの間に、館の中では「それぞれが知るべきこと」があり、うかつに他人に話せない内容もあると気づいていた。


 笑美子もまた「言っていいこと」と「言ってはいけないこと」があることに気づいていた。それは直感に過ぎなかったが、笑美子はその直感に従うことにした。


「クマが少し薄れたな。化粧で隠せるだろう。さ、用意しよう。最後のゲームだ」


 亜美に言われ、笑美子はうなずいた。



 笑美子の着替えと化粧を亜美は手伝った。


 最後の衣装はシルバーのレオタードと、サイド四ヵ所にシルバーの留め具がついたサイハイブーツだった。


 笑美子はサイハイブーツを手に取り、いぶかしげに眺めた。亜美が不審そうに尋ねた。


「どうかしたの?」

「ヒールがないですよ。これ」

「ヒールレスのサイハイブーツだろう。どうせ長い距離を歩くわけでも、長い時間立ってるわけでもないんだから」

「それもそうですね。倒れる時に倒れやすそうだし」


 笑美子はそう言ってからクスクス笑った。


「呑気なヤツだな。最後だっていうのに」


 亜美が呆れたように言った。


「もうだって、努力とか根性とか関係ないじゃないですか。才能も知識もいらないわけで。ここまで来たら、怖いからって逃げるわけにもいかないし」


 サイハイブーツを履き、コツを確かめるように歩きながら笑美子は言った。


「それもそうだな。それにしても……」

「なんですか?」

「似合わない格好だね」


 亜美に言われる前から、笑美子は自分でもそう思っていた。


「私がコーディネートしたわけじゃないですよ。これ、琴音さんとか亜美先輩のスタイルに合わせたんですよ、きっと」


 笑美子は足元を見て、ぼやいた。


 少ししてメイドが迎えにきた。


 亜美は座ったまま、笑美子に言った。


「私が手伝えるのは、ここまで。あとは一人でなんとかしなさい」

「ありがとうございました」


 笑美子はお辞儀をして、部屋から出ていった。


 少し遅れて、亜美も部屋を出た。階下に降り、ブックメーカーのところに向かった。


 賭けを取り扱うブックメーカーたちは、鉄格子で作られた檻の中にいた。数カ所、鉄格子が切れて窓になっているところがあった。


 客たちはそこでブックメーカーにカードか現金を渡していた。


「ちょっと、あなた、先にいいかしら」


 振り返ると、かつての「早乙女選抜」代表、御園まやがいた。数人の取り巻きが非難するように亜美を見ていた。


「あ、どうぞ」

「悪いわね」


 言葉だけは済まなそうに言い、御園は亜美を見下した視線で一目見て前に出た。


 上昇中の会社「ドラゴンキッズ」の社長らしく、高級なオートクチュールを身にまとい、遠目にも華やかなネックレスやブレスレット、ピアスを身につけていた。


 くたびれた黒服姿の亜美とは大違いの華やかさだった。


「姐さん、こっち、空いたぜ」


 二つ隣の窓口から声をかけられ、亜美はその窓口に行った。


 背後で声がした。


「絶対琴音ちゃんよ。あんなチビに負けるわけがないわ」

「さすが元早乙女代表! これは今回もズバリ的中ですよ」

「まや様と一緒に賭けて、私も一財産できましたわ。ご一緒できてホント光栄です」


 取り巻きの男女のおべっかのあとに、気持ちよさそうな笑い声が続いた。そこに愛想笑いが重なった。


 亜美は振り向かずに苦笑いを浮かべた。


 兄弟なのか、鉄格子の中では似た顔立ちの男たちが、せわしなく働いていた。


 亜美がカードを差し出すと、受け取った男はカードを読み取り口に差し込んだ。ディスプレイから目をそらさずに、ぶっきらぼうに男が言った。


「幾ら?」

「全部」

「だれ?」

「妹尾笑美子」


 亜美の即答にディスプレイを見ていた男は口笛を吹き、初めて顔を上げて亜美を見た。


 目の濁った、不健康な顔色の男が嘲笑うように口元を歪め、しゃがれた声で言った。


「姐さん、地獄で待ってるぜ」


 開いた口に、牙のような長く鋭い歯が見えた。


 亜美は涼やかな声で答えた。


「残念。こっちには天使がついてるんでね」


 男の顔色が真っ青になった。


「縁起でもねぇや。ほら、登録済みのチケットだ。用が済んだらとっとと失せろ」


 控えを受け取り、亜美はブックメーカーから離れた。会場に行き、客席の豪華なソファには座らずに壁に寄りかかったまま、ステージを見上げた。


『あそこにあこがれたこともあったな』


 KDT24在籍中に、亜美が早乙女に選ばれたことはなかった。純子や美千香をうらやましく思った時期もあった。


 思いは脱退してからも残っていたが、今では消えていた。


 何回戦目か、ここでゲームを見ていた時に感じた一瞬の不思議な風が、引きずっていた思いを持ち去っていった。


 亜美が風を感じたのは、その一瞬だけだった。


『たぶんポテコが持っていったんだろう。いつでも風を感じ取れることも早乙女選抜に参加できる資格なのかもしれない』


 亜美は考えた。


『今も集中すれば感じ取れるのかもしれないけど…… ステージに立つあの子たちより、ほかにやりたいことが多すぎて集中できないんだよね』


――雑念が多すぎるものはゲームに参加できない。思いを集中できる純粋なものだけが選ばれる……


 亜美は自分が選ばれなかった理由に思い至り、サバサバした気分になった。


 亜美が執着することは、ほかにあった。それが「何か」は、今でははっきりしていた。


 ステージの上に現れた笑美子に、亜美は感謝の視線を送った。


「琴音ちゃん! がんばって!


 近くから、御園まやの甲高い声が聞こえた。


 亜美が声の方を見ると、御園と取り巻きがステージに向かって手を振っていた。


 その姿に亜美は醜悪さを感じた。堕落した「早乙女選抜」代表の姿には、運のカケラも感じられなかった。


「あッ……」


 亜美は声にならない声を上げた。


 御園たちの姿を見て、亜美は「早乙女選抜」の観客たちも「運を吸い取られるだけのこやし」でしかないことに気づいた。


 観客たち一人ひとりは、それぞれのアイドルのファンとは比べ物にはならない権力や財力を持っている。それは当人が生まれながらに持っている運から生み出されたものなのだろう。


 それを当人たちは「オキナとオウナに協力することで得られた運のおかげ」と思い込んでいるようだった。


『このゲームは運を得たいと思っている観客たちから運を吸い取り、どん底に突き落とすための装置だ!』


 亜美は壮大な茶番に目が眩みそうになった。ここにいる「運の信奉者たち」は大勢のファン同様の「アイドルに運を吸い取られる存在」でしかない。


『もし、本当に運のおこぼれが得られているんだったら、破産して死んでいる客なんか出るはずがない』


 そんな単純なことにさえ、狂乱した観客は気づいていないと亜美は思った。


『気づくのは全てを失ってからなんだろう。その時は、もう戻れない』


 亜美は哀れみを感じた。


 オキナとオウナ、あるいは直属の黒服やメイドに言葉巧みに誘導されたのだろう。


『何を言ったか分からないけど、オキナ様とオウナ様も人が悪い』


 観客の狂騒のどこかから、正解にたどり着いたものを愛で、そして口外しないように威圧する、低い含み笑いが聞こえた。


 見えない二人に、亜美はおどけた様子で頭を下げた。そして、爽やかな声で礼を言った。


「いろいろ見せていただいたことに感謝します。おかげ様で、やりたいことが見つかりました。これからはここにいるマヌケどもを反面教師として、気を引き締めて生きていきます」


 答えはなかった。ただ、喧騒の中、キィキィという車椅子が遠ざかる小さな音だけが聞こえた。


 亜美は壁から背を離して伸びをした。


「くたびれて電車で帰るんじゃ気の毒だな。車の用意でもしておこうか」


 熱狂する観客たちに背を向けて、亜美は歩き出した。



 笑美子と琴音はドアから少し離れたところに並んで立っていた。


 黒服がスイッチのそばから二人に話しかけた。


「それではご入場をお願いします」


 ドアが開くと、どことなく荘厳な曲が響き出した。笑美子はすぐに曲名が分かった。


「『Rhapsody』の『Ira Tenax』だ」


 琴音が小声で聞いた。


「意味、分かってる?」


 笑美子は頭を小さく左右に振った。琴音がかすかに笑みを漏らした。


「確か『激怒』、だったかな」


 それだけ言うと、琴音はステージに向かって歩き出した。


 笑美子は毅然とした後ろ姿に見とれていたが、慌ててあとを追った。


 観客からの熱狂的な声援が場内を満たした。


「ラストゲームに使う銃弾はデンジャラス・エーンド・ヘビーだぜぃ!」


 リュウが手を伸ばすと、今までと同じように黒服と諸積が入れられた水槽がせり上がってきた。


 諸積の顔はよだれや鼻水、涙で汚らしく汚れていた。その汚れに抜け落ちた白髪がこびりつき、さらに不潔さを増していた。


 口はだらしなく開いたままだった。唇が分厚く腫れ上がり、閉じれなくなっているようだった。まぶたも腫れてふくれ上がり、外が見えていないようだった。


 リュウが諸積に声をかけた。


「ヘイヘイ、ボーイ! ラストバトルに協力してくれよ。マイ・ブラザー!」


 諸積はピクリとも動かなかった。耳も聞こえなくなっているのかもしれなかった。


 リュウが紹介した。


「それじゃあ、最後の銃弾…… ハバネロが三十五万スコヴィル…… その四倍以上を誇る悪魔の香辛料! 『トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー』だぁぁぁッ! エーンド・それに加えて…… 寿司でおなじみの日本産香辛料……」


 リュウが目を大きく見開き、ニヤリと笑った。


「ワッサビだぁぁぁッ!」


 黒服が諸積に近づいた。諸積は逃げる素振りさえ見せなかった。


 リュウが恐ろしいそうに言った。


「粉ワサビにはカプサイシンが入っていないから、スコヴィル値では測れない。さぁ、未知のテリブル香辛料、カッモーン! 最後のひとっぱたらきだぜ、ブラザー!」


 黒服が銃身を諸積の口に突っ込んだ。


 ハンマーを起こして、トリガーを引いた。


 いきなり諸積の頭が凄まじい速度で左右に振られた。その振動だけで、首がねじ切れるのではないかと思えるほどだった。そして、その苦しみから逃れようとするかのように背骨が折れそうなほど体をそり返らせた。


 目、鼻、口など体中の穴から出せるモノは全て出していた。


 哀願する声も苦痛の悲鳴も聞こえず、ただ観客が大笑いする声だけが場内に響いた。


 ニヤニヤしながらリュウが大仰にお辞儀をした。


「サンキュー、ブラザー! 君は素晴らしいワーカーだった。このあとさっきのメガネと同じに…… こうだけど、もう痛みは感じなそうだなぁ」


 リュウが何かをつまんで、はさみで切るマネをした。再び客席から笑いが起こった。


 水槽が消え、客たちの視線が笑美子と琴音に戻った。


「ラストゲームの時間だ」


 リュウがおごそかに宣言した。


「銃弾は五発。引き分けは、ない。勝負がつくまで繰り返す。さぁ、穴にインサートしろ!」


 黒服が近づき、笑美子に銃を差し出した。


 笑美子は受け取ってシリンダーを開いた。


 黒服は一発ずつ銃弾を差し出した。笑美子はゆっくりと弾を込めた。


「用意はいいか? お互いに向きあえ!」


 笑美子と琴音が引かれた前の上に立ち、向かい合った。


 リュウが叫んだ。


「シリンダーを回せ! グルグルと! 回せ! 回せ! 回せッ!」


 笑美子と琴音は見つめ合いながら、シリンダーを回した。


「ストップ! ハンマーを起こせ! 右手を延ばして、左手を腰に当てろ!」


 二人の様子を見て、リュウは言った。


「13番、お前、右足を半歩前に出して、手を伸ばしてみろ」


 笑美子が半歩前に出すと、銃口が琴音の口元に近づいた。


「よし。お互いに黒くて長くて硬いヤツをくわえろ!」


 笑美子は銃身を口に含んだ。


 場内が静まり返った。照明が薄暗くなった。


「ファイブ・フォウ・スリー・ツー・ワン・シュート!」


 カチッ……


 二人は無事だった。


 琴音が横を向きながら、銃身を吹き飛ばした。笑美子も真似をしたが、銃身は足元に落ちた。


 客席がどよめいた。


 リュウが右手をはらうように振りながら言った。


「予備の銃と銃弾を渡せ」


 待機していた黒服が予備の銃を持って笑美子と琴音に近づいた。


 再び銃弾を装填し、シリンダーを回す。


「さぁ、レッツ・ドゥ・イット・アゲイン! 行くぜッ! スリー・ツー・ワン・シュート!」


 カチッ……


 再び、琴音が銃身を口から飛ばした。今度は笑美子も上手に飛ばすことができた。


 うめきにも似た声が客席に広がった。


 実力しか信用することなく、運などありえないと考えているリュウも恐れを押し殺すようにつぶやいた。


「なんだよ、おまえら。同じくらいの運の持ち主だっていうのかよ」


 ハッとしたように、リュウは頭を振った。


「ネクスト!」


 三たび、黒服が二人に銃と銃弾を渡した。


「シリンダーを回せ! グルグルと! 回せ! 回せ! 回せッ! これで、どうだ! さぁ、右手を伸ばし、左手を腰にあてろ!」


 リュウの言葉を待つまでも啼く、二人は口に冷たい銃身をくわえた。


「これで決まるかッ!! カウントダウンだ!


 照明が薄暗くなった。


「…… ファイブ・フォウ・スリー・ツー・ワン・シュート!」



 相手の体が視界から消えた……

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