第11話15時間後

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。


 演奏の高揚感が抜けないうちに四回戦が始まった。


 前座に諸積が引き出されていた。


 もう着替えも不要と判断されているようだった。


 白いスーツの上半身は赤、下半身は黄色や茶色に染まっていた。それとは逆に、髪は真っ白になっていた。


 諸積の顔からは、KDT24マネージャーだった頃の傲岸さや精悍さは消えていた。


 少しは気の毒に思っていた笑美子も、今では諸積に興味を失くしていた。


 ステージから客席を見下ろすと、異様に盛り上がっている客と身動きひとつしない客に分かれ始めていた。上機嫌で、笑い、騒いでいる客たちの後ろに、その騒ぎに加わることなく横たわっている客が見えた。


 笑美子が見ていると、身動きしない客の一人にメイドが近づいた。メイドは腰をかがめて話しかけたが、客はまったく動かなかった。


 慣れた様子でメイドが手を上げた。二人の黒服がメイドに近づいた。黒服たちもまた、慣れた様子でソファから持ってきた台車の上に客を「置いた」。


 客は髪の毛の薄い中年の男だった。


 遠いにも関わらず、笑美子には台車の上で寝転んでいる男の表情が見えた。


 微笑のようにも、苦悶のようにも見える奇妙な表情がこびりついていた。その表情は台車の上に置かれてからも、まったく変わることがなかった。


『自分が負けた時、きっとあんな表情を浮かべて凍りつくんだ』


 笑美子は思った。


 自分のこと以上に、ほかの参加者のことを考えると心が痛んだ。


『あんな顔をさせたくないな』


 それは自分が負けることを意味していたが、笑美子はまったく気づいていなかった。


 親しくなった少女たちとのゲームが、笑美子には次第につらくなってきていた。


『ほかの子たちはどうなんだろうな?』


 笑美子はチラチラとまわりの少女たちを見た。


 どの少女たちも能面のような表情で空を見ている。そこにはなんの感情も見ることができなかった。


 諸積の表情を思い出し、笑美子は顔をしかめた。


 それはゲームをしている少女たち全員に対する冒涜だった。


 だが…… 「恐怖と屈辱に耐えている」という似ている状況を否定しきれなかった。


 その痛ましさを思い、笑美子の背筋に冷たい汗が流れた。


 笑美子の反対側にいた童夢は、落ち着きのない笑美子の様子を目の端にとらえた。わずかに顔を動かして見ていると、参加者の様子が気になってしかたがないようだった。


『初めて参加した時の自分も、ああだったのかな』


 童夢はアイドル声優として初めて「早乙女選抜」に参加した時のことを思い出そうとした。まわりのキラ星のような参加者に圧倒されたが、次第に慣れていき、参加者の様子が気になるようになっていった。


 それでも、どう自分の能力を美化しても、その境地に達したのは数回参加してからだった。自分と比較すると、笑美子の適応は異常に早い気がした。


 童夢も、「いつかは純子を追い抜いて『早乙女選抜』の代表になりたい」と考えていた一人だった。


 アイドル声優の頂点として選ばれていたが「早乙女選抜」が始まってしまえば、参加者がどの業界所属かなど関係なかった。


 重要なことは、運の強さだけだった。


 声優の参加者は今でも少なく、童夢が負い目を感じることがないわけではなかった。


 なみいるアイドルを倒して頂点に立つ。


 特に今まで君臨していた高臣純子を倒して……


 それが夢だった。


 純子が脱落して夢が消え、童夢は半分抜け殻のようになっていた。


 今も純子に手を出した男が前座の余興で痛めつけられていたが、それを見ても哀しみが増すだけで何も感慨はなかった。


 ふと弱い風が吹いていることに、童夢は気づいた。


 完全に外界から閉ざされているステージで、風が吹くことなど考えられなかった。


 柔らかな風は童夢の肌を撫ぜて、心の中を吹き抜けていくようだった。


『こんなこと、今までなかった』


 童夢は不思議に思った。


 風がどこから吹き、どこに吹いていくのか。


 童夢は神経を集中させた。


 気がつくと、絶望や恐怖が消えていた。空虚だった心がうるおい、癒されたように童夢には感じられた。


『集中したからかな』


 そうではないことに、童夢は気づき始めていた。


 動かなくなった諸積を入れた水槽が客席から消えた。


 リュウの声が全員の意識を現実に呼び戻した。


「今年のエブリバディは運がいいかもな。前座付きで、しかも今から四回戦だ・ぜッ!」


 リュウが左手を突き上げると、背後からピンク色のスモークが吹き上がった。


「ステージに残ったベイビーたちも運の強さは飛び切りだ……」


 リュウは笑美子を見て、ニヤリと口元を歪めた。


「とっても、そうは見えないのも残ってるけ・ど・なッ! イエーーイ!」

「イエーイ!」


 さらに観客の声が続いた。


「イエーイ! ポ・テ・コ!」

「イエーイ! ポッ・テッ・コッ!」


 ポテココールにリュウは驚いたようだった。


 苦笑しながらリュウは言った。


「こんなひいきは始めてたぜ、13番。期待に応えて、なんとかアライブしろよ。と・は・い・え! お前の力でどうにかなるってもんじゃないんだがな」


 小さくなったサークルに二十四人が並んだ。


「四回戦は銃弾三発だ。シリンダーを開けろ! 銃弾を受け取ってインサートしろ!」


 虚無の穴が三ヶ所ふさがれた。


「シリンダーを回せ! グルグルと! 回せ! 回せ! 回せッ!」


 シリンダーの回る音がステージを満たした。


「ストップ! ハンマーを起こせ! 右手を横に伸ばせ! 左を向け! 目の前の銃身をくわえろ…… ファイブ・フォウ・スリー・ツー・ワン・シュート!」


 笑美子の前に立っていた少女の膝から力が抜けた。思わず笑美子は目で追った。


 のどを押さえた少女がガラスの上で悶え狂っていた。下半身は水浸しで、その水を通して見える客たちの顔は歪んで怪物めいていた。


 笑美子は少女の視線に気づいた。


 苦しげな表情の中で、目だけが哀願していた。


「ごめんね」


 笑美子はそっと囁くと、慌てて少女から目をそらしてドアに向かった。


 ぼやけた視界の先のドアは異様に遠く見えた。



 ドアを越えたところで、笑美子の少し前を歩いていたアリサの体が揺れた。笑美子は慌てて抱きとめた。笑美子はアリサの華奢な体に驚いた。


 アリサが顔を動かした。プラチナブロンドの髪が笑美子の顔を撫ぜた。


「ポテちゃん。ありがと」

「大丈夫? 少し顔色悪いよ」

「平気。でも、なんだか疲れちゃった」


 アリサが弱々しく微笑んで笑美子から離れ、助けに寄ったサライの肩を借りた。マネージャー役でゲームには参加していないサライも目の下にクマができていた。


 笑美子は二人が心配になった。自分より大人びているが、実際にはまだ十四才だった。二年差の体力は大きいのかもしれなかった。


 ゲームをやめるようには言わなかった。それは許されないことだろうし、何よりアリサが望まないことが分かっていた。


 それでも笑美子は諭すように言った。


「今度はラウンジじゃなくて部屋で休みなよ。眠れなくても横になっていれば疲れが取れるから」

「うん…… そうする」


 アリサは素直に答えた。


「えっと…… あのね」


 アリサが恥ずかしそうに言った。


「もし、私が撃たれて倒れても見ないでね」

「え?」

「恥ずかしいし、汚い格好で嫌われるのヤだから」


 倒れた少女の哀願する視線を笑美子は思い出した。笑美子は大きくうなずいた。


「見ないよ。だけど、見たって嫌わないよ。大丈夫だよ」


 笑美子は近づいて、アリサとサライを抱きしめた。


「嫌ったりするもんか。友だちじゃない」


 二人の嬉しそうな声がした。


「良かった」

「良かったね。お姉ちゃん」


 笑美子は二人が「クレージー・シスターズ」と言われたわけを理解した。


 二人だけの世界が恐ろしく、心細かったのだと……


 アリサとサライはそばにいた者に頭を下げて、部屋に戻っていった。


 瑠奈が琴音に声をかけた。


「どうする?」

「私も部屋に戻る」


 琴音の返事に瑠奈がうなずいた。


「私もそうする。さすがに疲れたわ…… じゃあね。ポテちゃん。皆さん」


 琴音と瑠奈は軽く手を上げて、三人の前を通り過ぎていった。

 笑美子は不安そうな声で亜美に聞いた。


「童夢さんは?」

「一番先に帰ってきたよ。フラフラしていたから、自分の部屋に戻っただろう」

「良かった」


 亜美の答えに笑美子はホッとしたように言った。


 美千香がつぶやいた。


「ポテコは勝ち抜いたヤツに良かったって言えるのか」


 笑美子の困った表情に気づき、美千香は慌てて言った。


「いや、いいんだよ。それが普通だと、最近気づき始めたところなんだ」


 亜美が美千香に聞いた。


「どうする? 部屋に戻るか」

「ラウンジに行って、テイクアウトで飲み物をもらってから部屋に行くよ」

「そうだね」

「私もそうします」


 笑美子たちはラウンジに向かった。ラウンジには参加者は誰もいなかった。


 アイスティーを頼み、三人はソファに腰を下ろして待った。


 美千香が表示を見た。


「二十四人から十一人か。次で決まるかもな」


 亜美が眉をひそめた。


「分かるの?」


 美千香が笑った。


「分からないけどさ。次は六発のうち四発が『当たり』だからね。たいていのヤツは、そろそろ運が尽きる」

「弱気だね」

「弱気にもなる。あの連中に運を吸い取られてるんだから」

「あの連中?」

「下にいるセレブ気取りの餓えた鬼どもだよ」


 亜美の問いに美千香が吐き捨てるように答えた。怒りがこみ上げてきたのか、美千香は憎々しげに続けた。


「私たちはファンから運を吸い上げるポンプだ。吸い取られ続けてファンはダメになっていく。純子は吸い上げた運を溜めておくタンクだった。タンクに運が一杯になるとアイツらに吸い上げられる。その時に私たちにも運が少し残るんだよ」


 亜美が聞いた。


「オイル交換でレベルゲージから抜くと、オイルパンに少し残るっていう話と同じ理屈かな。まぁ、全体に回ってるから下抜きでもオイルは残るわけなんだけど」


 車好きの亜美の理屈に美千香は苦笑した。


「詳しく知らないけど、そんなところなんだろうね。残りカスでも運が残ってる。だから、私たちがアイドルなんて言っていられる。ファンにアイドルにしてもらう。まさにその通りなんだ」


 押し殺した美千香の声には、静かな怒りと自分の力を否定されたことへの哀しみがあった。


 亜美は少し首をかしげた。


「私にも残っていたのかな。『早乙女選抜』にも選ばれなかったのに」


 美千香は虚をつかれたようだった。ソファに深く座り直してから言った。


「あんたは純子を支えていたからね。純子に流れ込む運を人より多く浴びていたと思うよ」

「それだけ運を浴びていても選ばれないのか。不公平なもんだね」

「世界は不公平でできてるんだよ」


 亜美も美千香も「オキナとオウナ」の名は出さなかったが、不公平の頂点が年寄り二人と思っていることは確かだった。


 笑美子は人の良さそうな老夫婦を思い浮かべた。あの二人が人から運を取り上げているとは、笑美子には思えなかった。だが、大勢の運を得て、御前と言われる地位を築いているのかもしれなかった。


 笑美子の哀しげな表情を見て、美千香は右手を延ばして頭を撫ぜた。


「そんな顔をするな。少ない運がもっと少なくなるぞ」

「はい。なんとかします」


 その奇妙な返事に、亜美と美千香は苦笑した。


 美千香はカップを受け取って、笑美子と亜美と別れた。


 部屋に戻り、テーブルの上にカップを置き、美千香はベッドに寝転んだ。


 眠れるとは思わなかったが、体を休めておきたかった。


 美千香もステージの上で風を感じていた。風を感じたのは初めてではない。「早乙女選抜」のステージで、すでに何度か経験していた。


「でも、今日のあの風は……」


 美千香はつぶやいた。


 今までの風は冷たく、その風に触れられると絶望しか感じられなかった。


 今日の風は暖かく、心を洗うように感じられた。


『もし、運の風というものがあったとしたら、あんな感じなんだろう』


 美千香はそう思った。その風は美千香の気負いを消してしまっていた。


「純子のために勝ちたかったんだけどなぁ」


 美千香のつぶやく声には、無念の音はなかった。


 美千香は頭の後ろで手を組んだ。


 美千香には純子を倒してまで「早乙女選抜」の一位になりたいという強い思いはなかった。だが、純子が参加しない今回は、「自分が純子の代わりにならなければ」と考えていた。


 純子の代わりは自分ではないのかもしれない……


 その思いにも、残念という意識はなかった。


 格下と思っていた笑美子がミニコンサートの中心になっていたことに気づいた時に、すでに美千香はそう考えていた。そして、「敵」が勝ち抜いたことを「良かった」と言える心の持ちようは驚きでもあった。


 温和な瑠奈や童夢たちでも、純子に話しかけることなどなかった。まして、プライドの塊のような琴音や一瞬で狂気に染まるアリサたちが「純子と共にいたい」などと言い出すことは考えられなかった。


『純子にまとめられなかった連中を自分がまとめられるはずもないしねぇ』


 美千香はため息をついた。自分に関して言えば、もう勝負はついているのかもしれなかった。そのことも、美千香には心残りはなかった。


「ま…… 後輩のために一歩引くっていうのは先輩の務めだから、な」


 勝負を諦めたわけではない。


 ただ「新しい道」が見つかっただけだった。



 五回戦の始まりが告げられた。


 笑美子がホールに入ると、すでに全員が集まっていた。笑美子は参加者の顔を見て感心した。それぞれがすでに「アイドルの顔」になっていた。


『みんなにとっては当たり前なんだろうな』


 笑美子も真面目な顔で列に並んだ。


 ドアが開き、観客の騒音が聞こえる。笑美子は「よく寝ないで騒げる」と思った。


 ゲームに生死を賭けるほどの大金を投じ、勝敗に取り憑かれた者たちの狂乱は笑美子には想像ができなかった。


 ステージに描かれた円は、さらに小さくなっていた。それとは反対に客席の声援は狂乱と言えるほど大きくなっていた。


「さぁさぁ、ここで、ジ・エンドか? それとも、第六戦に雪崩込むのかッ! 運の威力を見せてくれェェェッ!」

 リュウの叫びが観客の声をかき消した。


 リュウは「アイドルを使って一般人の運を吸い上げてセレブに再配分する」という「早乙女選抜」の説明をまったく信じていなかった。


 世間では派手好き、オカルト好きと思われていたが、目に見えること以外は信じない現実主義者だということは自分が一番知っていた。


 だからこそ、「一回のMCで口止め料込み三億のギャラ」を目の前に積まれ、すぐに快諾した。ほとんど寝る時間はないが、せいぜい二日のしごとだった。それで三億円になる仕事は美味しかった。


 最初は少女たちがあらわな肢体を見せて潰しあうゲームを目の当たりにして興奮したが、数回MCを務めるうちに興味を無くした。


 彼女たちは運を吸い上げるポンプの名目で戦っているが、それをまったく信じないリュウにとっては「参加する価値」が分からなかった。


 同様に大枚を賭けに使えるセレブを自称する観客に最初は興味を持ったが、次第に関心が薄れた。今のリュウの評価は「金の価値が分からないバカども」だった。


 唯一オキナとオウナへの興味は残っていた。ただ、それを知ることは自身の命運を枯らすことになることも覚えていた。


 身分を与えられたことを忘れ、自分の能力と勘違いしてオキナの逆鱗に触れた、KDT24の支配人やプロデューサーを気の毒とも哀れとも思わなかった。


『単に自己管理できないバカどもだったんだな』


 リュウはせり上がる水槽を見ながら、そう結論づけた。


 リュウは今回もいつも通りに仕事をこなすつもりだった。だが、自分でも不思議なことに、今回の仕事は面白いと感じ、次第に熱が入った。


『あの風のせいかもな』


 ある瞬間に、ふいにリュウはどこかから吹いてきた風に気づいた。それはほんの一瞬だったが、リュウが感じているオキナとオウナに対する恐怖、観客や少女達に感じている嫌悪を拭い去った。


 爽快には程遠い仕事のはずが、ふいに面白くなった。


 それがポテコと呼ばれる少女のせいなのかどうかは確証は持てなかった。


 しかし、今回は「13番」と楽しんで仕事をしてもいいとリュウは思っていた。


 リュウの声が会場に響いた。


「さて、また銃弾の中身が変わ・る・ぜッ! 催涙弾もビックリの、ブート・ジョロキア、一〇〇万スコヴィルだぁぁぁッ!」


 十字架にかけられた諸積は今では常に小さくえずいていた。体が揺れるごとに真っ白になった髪が少し抜け、今では頭頂部にはまったく髪がなくなっていた。


「さぁ、ブラザー! 残り少ない仕事、ファ・イ・ト! だぜ!」


 黒服が口に銃を突っ込んでも、もう諸積は抵抗すらしなかった。


 黒服が撃つと、諸積の頭部が九〇度後方に反り返った。口の両側から赤いものが垂れた。


「元気ねぇなぁ! おい!」


 リュウの呼びかけにもまったく反応しない。リュウのガッカリしたような呼びかけと、その姿が逆に観客に受けて大爆笑になった。


「で・は! 前座を引っ込めて本番のはっじまりだぁぁぁッ!」


 笑美子たち一人ひとりに黒服が一人ずつついた。


 笑美子は黒服から銃を受け取り、慣れた手つきでシリンダーを横に開いた。


 リュウが低い声で言った。


「いよいよ、銃弾は四発! 好きなようにインサートしろッ!」


 黒服から銃弾を受け取り、笑美子は次々に込めた。残った暗闇のような空間が運に続いているとはどうしても思えなかった。


 リュウが叫んだ。


「シリンダーを回せ! グルグルと! 回せ! 回せ! 回せッ!」


 回しているうちに、運はどこかに行ってしまうのかもしれないと笑美子は思った。


「ストップ! 右手をまっすぐ上げろ! 左手を腰に! 左に向いて銃身をくわえろ!」


 機械仕掛けの人形のように笑美子たちは動いた。これほど息が合った動きは仲間同士でもなかった。


「ハンマーを起こせ! 右手を横に伸ばせ! 左を向け! 目の前の銃身をくわえろ…… ファイブ・フォウ・スリー・ツー・ワン・シュート!」


 立っていたのは笑美子と琴音だけだった。


 笑美子は琴音の姿をじっと見つめた。


 前方少し上を見たまま背筋をまっすぐに伸ばしていた琴音が口から銃身を吹き飛ばした。笑美子も背筋を伸ばしたまま、くわえていた銃身を吐き出した。


 琴音がゆっくり歩き出した。足を伸ばし、先を探るような小さな歩幅で歩いている。


『琴音さんも仲間を気づかっている……』


 笑美子も真似をして、すり足で琴音のあとを追った。


 すぐに誰かに当たった。倒れている者が必死に動いて笑美子に道を空けている。笑美子は頭を動かさずに次の一歩を進んだ。


 倒れている誰かを踏まないように注意しながら。


 観客の歓声に紛れ、うめき声も泣き声も聞こえなかった。


「ポ・テ・コ!」


 突然の呼びかけに、笑美子は一瞬ギクッとした。


 それに対抗するようにコトネコールが始まった。


「コ・ト・ネ!」


 応援する相手の名前を叫んでいれば、運をつかめるとでも思っているようだった。


「ポッ・テッ・コッ!」

「コッ・トッ・ネッ!」

「イエーイ! ポッ・テッ・コッ!」

「イエーイ! コッ・トッ・ネッ!」


 二人が並んでドアの向こうに消えるまで、大歓声が続いた。

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