第10話 7時間後

 二回勝ち抜き、笑美子にも少し気持ちに余裕ができ始めていた。三回戦目のステージに立って落ち着いて客席を見ると、熱狂する男女の観客たちが見えた。


 そのほとんどが、自分たちを見ていないことに笑美子は気づいた。観客たちはオッズの書かれたスクリーンを見ているだけで、ゲームを行っている者に注目しているわけではなかった。


『誰でもいいのか……』


 笑美子は不愉快になった。


『みんな、体を張ってガンバってるのに』


 今までなかった気持ちを笑美子は感じていた。


 それは静かな怒りだった。


 幾らか空いたものの、客席はいまだに盛況だった。だらしなく倒れている者もいたが、多くの男女がスクリーンの数字を歓喜の表情で見上げている。


 今では笑美子にはリュウの声も耳障りに聞こえていた。


「さぁさぁ、第三回戦、スッタァァァトだぁぁぁッ」


 リュウの呼びかけに観客たちは大声援を送った。


「まだ早乙女たちはサーティワン残ってる。そうそう終わりそうにないんで、今回はブラザーには休んでもらうことにした」


 ブーイングが起こった。


 リュウは押さえるように片手を動かし、得意そうな表情を浮かべた。


「ノー・プロブレムだぜ! 実はクソ野郎はもう一人いたんだッ! そいつもとっ捕まえてるんだぜ。これからつぐないをさせる・ん・だ・ぜッ! イエーイ!」

「イエーイ!」


 リュウの声に観客が応えた。


 大きく手を振り回してから、リュウが正面のモニタを指さした。それを合図に、左右、後方の四面のモニタが同時に西村の顔をアップで映し出した。


 歓声や拍手に混じって、悲鳴混じりの声が画面方向から聞こえた。


 笑美子は耳を澄ませたが、何を言っているのか聞き取れなかった。


 リュウが耳元に左手を当てた。場内が次第に静かになった。それに合わせるようにスピーカーの音が大きくなっていった。


「やめろ! ボクを誰だと思ってるんだ! テレビ局に顔が効くプロデューサーだ! 警察に訴えてやる!」


 はっきりと聞こえた西村の第一声に、観客が嬉しそうに笑った。


「貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思ってるのか! 日本には法律ってものがあるんだ!」


 西村の頭の下に、くぼみがある枕が押し込まれた。くぼみに西村の頭を入れると、足先を見下ろすように窮屈な角度に曲がった。


 足元は映らなかった。


 ただ、西村の額に噴き出した汗で、楽しい状況ではないことが分かった。


 西村の口調が変わった。


「な、な、金ならあるんだよ。ボクが売れっ子だって知ってるだろ? それをおまえたちにやるからさ。ここは見逃してくれよ」


 客席から大爆笑が起こった。


 西村の資産など米粒のような人たちなんだろう、と笑美子は思った。


 笑美子に取ってプロデューサーの西村は、支配人の諸積以上の「神」だった。笑美子がサードとして所属してから西村にあったのは入所時の挨拶くらいで、それ以降は顔を見かけたこともなかった。


 その西村の哀れな声は笑美子には信じがたいものだった。


「な、な、こ…… ここにはボボボクと君たちしかいないじゃないか。ちょっと目をつぶってくれれば、大金が手に入るんだよ。悪い話じゃないだろ。な?」


 西村は画面からは見えない者たちに向かって、必死に話しかけていた。


「考えても見ろよ。オキナとオウナなんて先が短いんだ。ボクに投資しても損はないだろ」


 見えない場所で、布が裂ける音がした。


 どこかで金属がぶつかる乾いた音が響いた。


 西村の顔色が変わった。


「すすすす・すみませんすみません。言い過ぎました。オキナ様とオウナ様には逆らいません。ううううやまいたてまつりますボ・ボ・ボクがやったことは警察に言います罪をつぐないますやっちゃった子たちにはお詫びします全財産で賠償します」


 画面の外から手が伸びて、西村のずれていたメガネを外した。メガネを外した汗と涙、鼻水だらけの西村の顔がタオルでぬぐわれた。少しして、キレイに拭かれたメガネがきちんとかけ直された。


 西村が足元を凝視した。再び、西村の額や鼻先に汗が浮かび上がった。


「つままないでつままないで…… やめてやめて…… せめて麻酔を!」


 西村の顔が恐怖で歪んでいった。 


「やめてやめれやめやめや……」


 あごが外れたのではないかというほど、西村の口が大きく開いた。


 絶叫が口から溢れる前にモニタは消えた。


 不満の声が客席から漏れた。


 リュウがバカ丁寧にお辞儀をした。


「勘弁してくれ。この先は十八禁なんだよ。あそこにはガールやベイビーがいるからね」


 リュウは笑美子たちを手で示した。


「あとで参加者のみんなには全部映ってるブルーレイを送るからな。家でじっくり見てくれ! くれぐれもボリュームは小さくし・ろ・よッ! イエーイ!」

「イエーイ!」


 リュウの声に再び観客が答えた。


「それじゃあ、本番のはっじまりだぁぁぁッ!」


 照明が点滅して、客席の視線が笑美子たちに戻った。


 黒服たちが銃と銃弾を配っていった。


 リュウが説明した。


「今回から銃弾二発だ。並べてインサートしてもいいし、離してインサートしてもいい。おまえたちの好きなようにインサートしろ」


 笑美子は二発を並べて入れて、シリンダーを戻した。


「よし! 全員ハンドガンを構えろ!」


 笑美子は顔の前に銃をかかげた。


 もう手本を示す黒服たちの姿はなかった。


「シリンダーを回せ! グルグルと! 回せ! 回せ! 回せッ!」


 笑美子は二発の銃弾が来ないように必死に回した。


「ストップ! ハンマーを起こせ! 右手を横に伸ばせ! 左を向け! 目の前の銃身をくわえろ!」


 笑美子は銃身を口に含んだ。


 場内の照明が明滅し、薄暗くなってからカウントダウンが始まった。


「ファイブ・フォウ・スリー・ツー・ワン・シュート!」


 倒れたものたちを晒し者にするかのように照明が明るくなった。


 倒れる音。


 手足をばたつかせる音


 必死に吐き出そうとしている吐瀉音。


 かすれた泣き声。


 いろいろな音が聞こえる足元を見ないように、笑美子は少し上に目をやった。


『もし自分が倒れたら、ほかの人に見られたくないもんなぁ……』


 うめき声に顔を向けないことは、暗黙の礼儀なのかもしれなかった。


 笑美子はできるだけ下を見ないようにして、ドアに向かった。



 ドアの外では亜美たち五人が笑美子を待っていた。


 笑美子が小走りに近づこうとすると、後ろから声をかけられた。


「新人さんなのに待っててくれる人がいるなんて凄いね」


 笑美子が足を止めた。目を輝かせて振り向いた。


 ゆるく編んだ三つ編みをアップにした、ほっそりとした少女が面白そうに笑美子を見ていた。笑美子には亜美と同年代か、少し下のように見えた。


「アッタシが誰かわっかるかなぁ?」


 笑美子が即答した。


「『ファイティング・ダンサー』の『アンジェ』の声!」


 笑美子の勢いに一瞬飲まれて目を丸くしていた少女は、すぐに笑い出した。


「よく知ってたわねぇ」

「大好きで毎週見てますよ! ファンなんです」

「アイドルにファンって言われるのも変な感じだわ」


 亜美たちが近づいてきた。アリサとサライが笑美子を守ろうとするように一歩前に出た。


「心配しなくていいわ。私は声優の倉影童夢」


 童夢に名乗られて、アリサとサライは無言でお辞儀をした。


 亜美が名乗った。


「私は高柳亜美……」


 童夢が手を上げて制した。


「あなたたち、仲がいいから目立ってるわ。みんな、知ってる。美千香さん、アリサさん、サライさん、瑠奈さんでしょう。よろしく」


 童夢はそれぞれの名前を呼んでから頭を下げた。四人も慌てて頭を下げた。


「それにポテコちゃん」

「よろしくお願いします」


 笑美子も慌ててお辞儀をした。


 美千香が童夢を見た。


「アイドル声優か。いろいろなアイドルが来てるんだな」


 童夢がうなずいた。


「今までここで私たち、あまり話をしなかったから」

「私たちもそう」


 美千香が肩をすくめた。


「まさかクレイジー・シスターズとお茶することになるとは」


 アリサが応じた。


「失礼なマッスル娘」


 お互いの罵りあう声も、どこか以前と違っていた。


 サライが小首をかしげた。


「でも…… 失礼かもしれないですが、グラビアとかモデルのアイドルは見ないですね」


 童夢がケラケラと笑った。


「だって、ほら、あの人たちモテるから、ね。早乙女の絶対条件をとっくに失くしてるのよ」


 アリサとサライが顔を見合わせて、クスクス笑った。


 童夢は自分より年下の、二人の反応に苦笑した。


 改めて童夢は美千香に言った。


「貴臣さん、残念だったわね」


 美千香はフッと息を漏らした。


「まぁね。ただ、ヤツらはそれなりの罰を受けてるから…… それでいいってもんじゃないけど…… それにアイツにはアイツなりに何か考えがあったんだろう」

「考え?」

「ああ、純子はヤケになって無茶するタイプじゃないからね。今思えば、だけどさ」


 童夢はうなずいた。


 ラウンジに入ると、カウンター席に座っていた琴音が立ち上がる姿が目に入った。


 その視線に気づいた瑠奈が笑美子たちから離れた。琴音に近づいて声をかけた。


「今度は休憩できそうね」

「ああ、さっきはひどい目にあった」


 琴音が瑠奈を睨んだ。カウンターの上に飾られている銀のコンポートからクルミを一つ取った。


「向こうにいなくていいのか? オトモダチが不安がってるよ」


 瑠奈が肩をすくめた。


「ここに友だちなんていないわ。コーヒー飲まない?」


 瑠奈が一歩歩いて、止まった。琴音は笑美子を睨みつけていた。


「なぜ、あんなヤツが純子の代わりに来てるんだ。13番、ド素人じゃないの?」

「あの子が気に入らない?」


 琴音が苦悶の表情を浮かべた。


「私は純子に勝ちに来たんだ。それなのに…… 邪魔したクズどもは相応の罰を受けてるみたいだけど、私は納得していない」


 琴音が一歩前に出た。


「やめなさいよ」


 前に立った瑠奈を右手で横に押しやり、持っていたクルミを笑美子に向かって投げつけた。


 笑美子の顔の前で、亜美がクルミをつかんだ。


「何するんだ!」

「元KDTの怪力女か」

「失礼だね。怪力って、こういうことを言うんだよ」


 亜美は美千香にクルミを放った。


「どっちが失礼なんだか。ひどい言われようだ」


 美千香がクルミを右手の親指と人差し指、中指にはさんだ。二の腕の筋肉が緊張する。


 クルミの硬い殻が割れた。


 美千香が琴音を睨んだ。


「で、何か用?」


 琴音が近づいた。


「お前になんか用はない。13番が気に入らないだけだ」


 琴音が歩き出した。


「ふざけるな」


 亜美と美千香が琴音に詰め寄った。亜美が右腕を、美千香が左手首をつかんだ。


 琴音が足を止めて微笑んだ。


「小賢しいわ!」


 琴音が軽く体を動かすと、亜美と美千香の体が一回転して背中から床に落ちた。


「なに? 今の? すっげぇ!」


 自分が狙われていることを忘れて、笑美子は琴音の動きを目で追った。


 アリサが笑美子に声をかけた。


「ポテちゃん! 引きなさい!」


 アリサが笑美子を後ろに下げて前に出た。姉の動きを見て、サライがアリサの左横に並んだ。二人の表情には死ぬ気で戦う覚悟が見えた。


 琴音が二人を睨んだ。


「お前たちまで…… なんだって言うんだ」


 アリサが嘲笑った。


「友だちがいない人には分かんないよ」

「なんだと……」


 アリサとサライが腰を沈めた。蹴りのような大きなモーションでは避けられるか、投げられるか、されそうだった。両足にしがみつけば、起き上がりかけている亜美と美千香が何とかしてくれると考えていた。


 静かな声が室内にいる者たちに呼びかけた。


「お嬢様がた」


 田中を先頭に、黒服たちがラウンジに入ってきた。


 童夢が背後をチラッと見てから、琴音とアリサたちの間に割って入った。


 童夢が真剣に琴音に言った。


「もうやめなさい」


 琴音が童夢を睨んだ。


「どけ!」

「あなたのイライラ、分からなくもないけど。この子にあたるのは間違ってる。あなたも分かってるんでしょう?」


 琴音の表情が絶望に歪んだ。ガックリと肩を落とし、つぶやいた。


「分かってる…… ああ、分かってるさ。もう取り返しがつかないことくらい」

「やるせないのは、あなただけじゃないんだから」


 琴音は童夢を見つめた。


「そういや、あんたも常連だったな」


 童夢はうなずいた。


 琴音はため息をついた。ゆっくりと笑美子に近づいた。道をふさごうとしたアリサとサライに手を振った。


「もう何もしないよ。通らせてくれ」


 笑美子も声をかけた。


「心配ないですよ」


 アリサとサライは笑美子の横に並んだ。琴音の口元に笑みが浮かんだ。


「友だちか…… お前たちが荒れていたのはそういうことだったのか」

「何よ!」


 アリサが低い声で言った。それには答えず、琴音は笑美子に頭を下げた。


「すまなかった。ずっと八つ当たりをしていた」

「いいんですよ、気にしてません」

「そうか…… 時期が来たら、必ずこの詫びをするから」


 囲んで待機していた黒服たちが道を作った。


 田中が琴音に尋ねた。


「もうよろしいのですか?」

「ああ…… もう気が済んだよ」


 琴音の声を聞き、田中が少しだけ不思議そうに目を細めた。


 どこか憑き物が落ちたような明るい表情と声だった。


 琴音は手を降って田中をどかしてラウンジを出た。



 笑美子たちが席に座ると、まわりで見ていた者たちがそそくさとラウンジを出ていった。一人、瑠奈だけが笑美子たちのそばに戻ってきた。


 少女たちは笑美子の横を通る時にチラチラと見ていった。静かな表情だったが、笑美子と目が合いそうになると視線をそらした。


 笑美子は最後の一人がいなくなってから、亜美に聞いた。


「なんか怖がられてます?」


 亜美が肩をすくめた。


「気持ち悪がられてんだよ」


 瑠奈が吹き出した。


「気持ち悪がられるアイドル…… キモドル? 斬新じゃない」

「そんなアイドル、イヤですよ」


 笑美子が抗議した。


 美千香がモニタを見た。


「三十一人から二十四人か…… さすがに残ったヤツらは運が強いね」

「その中にポテコちゃんがいるのが納得いかないんでしょうね」


 童夢が言った。


 アリサがそわそわしながら笑美子に聞いた。


「ポテちゃん、何か楽器弾けるの?」

「え? なんで?」


 いきなり振られて、笑美子は聞き返した。


「ベルベット・アンダーグラウンドを知ってたから。それにステージに出ると、よくステップ踏んでるし」

「ああ…… シューゲイザーをよく聞くかな。ここでかかっている曲はけっこう知ってた。楽器は…… ギターを少し…… ギュインギュインって感じで」

「ちょっと演奏しようよ。サライがキーボードできるから」

「シューゲイザーなんて知らないわ」

「いいから」


 少し考えて、笑美子が聞いた。


「『My Bloody Valentine』の『When You Sleep』は?」


 アリサとサライが顔を見合わせた。アリサが笑美子の手を取った。


「知ってる。練習なしだから、下手でもいいじゃない? やろうよ」


 童夢が立ち上がった。


「楽器は引けないから、バックコーラスをやってあげる」


 笑美子の目が輝いた。


「すっごい! 夢みたい」


 四人が舞台に向かった。


 亜美が美千香を見た。


「ドラム、できるんじゃなかったっけ?」

「少し、ね」

「少しでいいんじゃないの。付き合ってあげなよ」


 美千香がやれやれという様子で立ち上がり、笑美子たちのあとを追った。


 面白そうに見ていた瑠奈がドアの開く音に振り返った。


「あら……」


 イヤそうに、琴音が右手を上げた。


「どうしたの? 今まで?」

「トイレだよ」

「ほんと、負けず嫌いだよね」


 琴音の真っ赤な目を見て、瑠奈は笑った。


 琴音はごまかすように舞台を見た。


「何をするつもりなんだ?」

「演奏会だって」

「参加しないのか」


 瑠奈は肩をすくめた。


「ブラスセッションを作れるほど人がいないし。それにサックスがないもん」


 じっと見ていた琴音がつぶやいた。


「ベースなしじゃ、格好がつかないな」


 瑠奈が驚いたように目を見開いた。


「参加する気!」

「おかしいか?」

「いいえ…… じゃ、私もバックコーラスに入れてもらおうかな。亜美さんはどうするの」

「観客が一人もいないんじゃ張り合いがないんだろ? 私は聴いてるよ」

「それもそうね」


 二人は舞台に向かった。


 亜美は舞台の様子を見ていた。


 琴音が指示を出して、それぞれが音を合わせていく。


 美千香がスティックを打ってタイミングを取って、演奏が始まった。


 即興の演奏にしては聴き応えがあった。アリサの高音に童夢と瑠奈が上手く合わせていた。


 意外なことに笑美子の声が全体にマッチしていた。少しかすれたような変わった声質が不思議な雰囲気をかもしだした。


『売れるんじゃないの? これって』


 亜美のほほが緩んだ。


「これは素晴らしい」


 亜美の考えが聞こえたかのように、いきなり右後ろからオキナの声がした。


 亜美は慌てて立ち上がろうとした。


「気が付きませんで……」


 背後にいたオウナが手で亜美を制した。


「よい。演奏の邪魔になるから、座って聴いていなさい」


 オウナの押し殺した声に、亜美は腰を下ろした。

 亜美の横に並んだオキナが面白そうに言った。


「それにしても、今年の『早乙女選抜』は不思議なことばかりじゃ」


 立っていたオウナが亜美の肩に手を置いた。置かれたオウナの手のひらの暖かさを亜美は感じた。


「あの子を見ていてもらって良かった」

「こちらこそ…… あの…… 私もおかげさまで一財産作れました」


 二人の含み笑いが聞こえた。


「ここで降りるのかね」


 オキナに言われ、亜美は初めてその選択肢があったことに気づいた。


「今まで、それを考えていませんでした。どうせポテ…… いえ、笑美子にもらったような金ですから」

「そうじゃな。じゃが、お前自身の運も強かったんじゃろうよ。その金を活かすも殺すもお前次第、というところじゃて」


 自分にそれだけの運が残っていたとは、亜美には信じがたいことだった。だが、そうでもなければ得られない金を今は手に入れていた。


 一曲では終わらず、二曲目の「What You Want」が始まった。


 共演したことがある者もいたが、「早乙女選抜」参加者は、どこで出会ってもたいていは仲が悪い。


 それが今は琴音でさえ笑みを浮かべている。


 全員が今までのことを忘れでもしたように、演奏を楽しんでいた。


 不思議な光景だった。


 オキナも同じように感じていたようだった。


「あの子は妙に人を惹きつけるようじゃ。あるいは本当に『ウズメ』なのかもしれん」


 今度はオウナも笑わなかった。オウナがオキナに言った。


「『ウズメ』であれば、しばらくは安泰かもしれませんね」


 亜美は「『ウズメ』とは何か」を尋ねたかった。だが、アイドルをやめた時に分をわきまえることを覚えていた。分をわきまえず、図に乗った者たちの末路は見たばかりでもあった。


 亜美の心を覗き込んだかのように、オキナが伝えた。


「その慎み深さがあれば、お前はもっと先に行けるじゃろうよ」


 オキナの言葉が亜美の心に残った。


 笑美子たちの演奏が終わった。


 アリサの声が聞こえた。


「ポテちゃん、スザンナ・ホフスみたいな声してるよね」

「亜美先輩におんなじこと言われたよ…… アリサちゃんみたいな声が良かったんだけど」


 童夢が言った。


「でも、ロックには天使の声より、少し癖があるほうがいいんじゃない」

「そうそう。クラシックじゃないんだから」


 アリサがうなずいた。


 楽器を置いて戻ってきた笑美子たちに挨拶させようと、亜美が立ち上がった。


「お前たち、オキナ様とオウナ様に…… あれ?」


 振り向いた先には誰もいなかった。


 笑美子が不思議そうに聞いた。


「どうしたんですか?」

「いや…… 今までオキナ様とオウナ様と一緒に演奏を聴いてたんだけどね……」


 美千香が亜美の肩を叩いた。


「ドラム叩きながら見てたけど、誰もいなかったよ。なんかひとり言を言ってたのは見えてたけどさ」


 琴音がやっと言い返せたというように亜美に言った。

「ゲームに参加してない人間がそんなことで、どうするんだよ」


 瑠奈も笑った。


「持ちなれない大金を持って気が動転してんじゃないの? 半分預かってあげようか」


 亜美は苦笑するしかなかった。

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