第8話 2時間後

 美千香と黒服に引きずられ、笑美子は廊下に戻った。二人が手を離すと、笑美子の体が廊下に落ちた。


 ドア近くの壁に寄りかかっていた亜美が、笑美子の様子を見て顔をしかめた。


「なんてザマだ」


 亜美のつぶやきに、美千香が顔を向けて声をかけた。


「なんだ、来てたの」


 亜美は肩をすくめた。そして、壁から離れて美千香に近づいた。


「まぁ、ね…… 久しぶり」


 黒服は亜美と美千香に軽く頭を下げた。


「では、私はこれで失礼します」

「ありがとう」


 美千香が礼を言った。

 亜美は笑美子の首筋をつかんで猫のように持ち上げた。


「アイドルは人前でだらしない格好をしない!」

「いててて!」


 立ち上がった笑美子の背中を亜美が叩いた。


「背筋を伸ばして、しゃんとする!」

「いてッ! はい!」

「親切にしてもらったら、すぐお礼を言う!」

「はい! 黒服さん、美千香さん、ありがとうございましたッ!」


 黒服は足を止めて振り返った。


 笑美子は腰が直角になるほど頭を下げてから、風音がしそうな勢いで直立不動に姿勢を戻した。


「どういたしまして」


 わずかに微笑みを浮かべた黒服は、軽く手を振って再び歩き出した。


 美千香が亜美に聞いた。


「時間ある?」

「あるよ」

「話がしたいんだけどね」

「ポテコか、アンタの部屋に行こうか?」


 美千香が首を振った。


「いや…… のどがカラカラなんだ。二時間くらい休憩があるから、とりあえずラウンジに行こう。あそこにはドリンクと軽食がある」

「いいよ。私もこいつも、ここは初めてだから任せる」


 亜美と美千香が並んで歩き出した。その後ろを笑美子はついていった。


 美千香が不審そうに亜美の姿を見た。


「関係者以外立入禁止の場所にどうしてと思ったけど、黒服になったんだ。でも、黒服にしろメイドにしろ、カトーマスクを外しちゃダメなはずだろう?」

「いや…… 全然部外者だったんだけど、来てから黒服にスカウトされてさ。今は黒服を廃業して、ポテコのボディガードをやってる」


 美千香が振り返って、笑美子を見た。


「ボディガード付きか。たいした出世だね」

「そんなことないですよ」


 笑美子は頭を振った。美千香は手を伸ばし、笑美子の頭を軽く叩いた。


 美千香が亜美に言った。


「まぁ、純子の危惧も当たったから、まんざら笑い事じゃないんだけどね」

「純子が?」

「私も頼まれたんだ。こいつの護衛」


 亜美が眉を寄せて、美千香に尋ねた。


「何かあったの? カウントダウンまでは客席にいたんだ。カウント中に客席を出て、ここに戻ってきた。舞台の様子は最後まで見ていなかったんだ」


 亜美の心配そうな表情に、美千香は頭を振ってあごで笑美子を示した。


「最後にポテコがドジって琴音に腹を蹴られた。止めに入らなかったらヒールで顔を踏まれてただろうね」


 亜美が目を細めた。


「あいつ! バカ女は手加減しないからな」

「いや……」


 美千香が小首をかしげながら言った。


「それが、どうも、少しは加減してくれたらしい」

「あいつが?」

「ああ。それに琴音が悪いってわけでもないんだよ」

「あの状態でポテコに何かやれたの?」

「いや、何もしないから腹を立てたんだ、と思う」


 美千香に睨まれ、笑美子は小さくなった。


「引き金を引かなかったんだ…… こいつ。ここに来たくせに覚悟ができてなかったみたいでさ。その分、あいつに迷惑をかけた感じ」


 笑美子が後ろから謝った。


「すみませんでした」


 確かに覚悟がなかった、と笑美子は思った。雰囲気に飲まれたというのは言い訳でしかない。


『もっとしっかりしなくちゃ』


 笑美子はくちびるを噛んだ。


 廊下の反対側からメイドが近づいてきた。亜美の前で立ち止まって声をかけた。


「高柳様、失礼します」


 亜美たちも立ち止まった。


 亜美がメイドに声をかけた。


「なにかな?」

「結果をお持ちしました。お納めください」


 メイドは白いエプロンのポケットから、金の縁飾りがついた封筒を出して亜美に差し出した。


「私に? 結果?」


 メイドはチラッと笑美子に目をやってから、ゆっくりとうなずいた。


「さきほどのゲームの結果でございます」


 メイドの目配せに気づき、亜美は礼を言った。


「ああ、そうか…… 分かった。ありがとう」


 メイドは丁寧にお辞儀をして戻っていった。


「客席で何をしてたんだ? イヤミじゃなく、私は客席側のことをあまり知らないから」


 美千香が興味ぶかげに封筒を見つめた。


「『賭け』だよ。その結果が、これ」


 美千香が不愉快そうに言った。


「人の痛みを金に変えるアレか」

「そう言うなよ」


 亜美は小さく乾いた笑い声を上げた。


「アイドルの商売なんて、大なり小なりそんなもんじゃないか」


 美千香が不服そうに言った。


「気分は『元アイドル』だね」


 亜美は軽く応えた。


「まぁね。未練はないよ」

「そんなにNo.2がイヤだったの?」


 美千香の問いに、亜美は首を左右に振った。


「いや、そんなことはない。自分の技量や運には気づいていたから。純子ほどの覚悟はなかったし」

「それじゃ、なぜ」

「あのメガネブタに抱かれる気がなかっただけだよ」


 美千香は亜美を見つめた。亜美の目が笑っていた。


「メガネブタ…… 西村か! あいつ、アンタに手を出そうとしたの!」

「手を出そうとしたんじゃなくて、手を出したんだ」

「それで」

「『金だったら幾らでもくれてやるぞ』って鼻高々に言いやがったから、その鼻、へし折った」


 亜美が右拳を振って見せた。


「あ! アンタが退団したすぐあとくらい! 三ヶ月くらい大きなマスクをしていたけど、あれがそうだったんだ!」

「人間の鼻が福笑いみたいに、あんなにずれるとは思わなかった」


 亜美の涼やかな声に美千香が吹き出した。そして、すぐに真面目な顔で言った。


「なんだか諸積支配人はゲームの前座になってたけど。西村プロデューサーも来てるんだよ。大丈夫なの?」


 亜美が振り返った。笑美子と目が合った。


 亜美が何でもないというように言った。


「ああ、大丈夫。もう済んでる。西村も諸積と一緒にオキナ様に捕まったよ。ポテコに手を出そうとしてね」


 ラウンジのドアに手を伸ばしていた美千香の動きが止まった。まじまじと笑美子を見つめながらつぶやいた。


「私も来ているのに私には手を出さないで、こいつを、か」


 亜美がドアを押した。


「手を出して欲しかったの?」

「いや、鼻を曲げるどころか、顔の形を変えるチャンスだったのになぁ、って思ってさ」


 美千香がニヤッと笑った。



 ラウンジという話だったが、テニスコート四面ほどの広さがあった。


 ドアの正面は舞台になっていた。ギターやベースが並べられ、ドラムとエレクトーンが置かれていた。


 左右にカウンターがあり、中にはメイドが二人ずつ待機していた。


 室内にはガラステーブルが幾つかも配置されていた。それぞれに高級そうなソファが二脚ずつ対座するように置かれていた。


 亜美が席を見た。


「二人掛けなのか?」


 美千香が答えた。


「たいていは参加者だけか、参加者とあんたみたいな保護者の二人組だからね」


 三人が立っていると、黒服が近づいてきた。


「いらっしゃいませ。どのお席にいたしましょう?」


 美千香が中を見渡した。右側奥に清水琴音と「沖縄可憐演奏団(ウチナー・ファンシー・オーケストラ)」の真志喜瑠奈(ましき るな)が話をしている姿が見えた。


 美千香が二人から離れた左側のテーブルを指さした。


「向こうに。あと、椅子を一つもらえる?」

「承知しました。ご用意いたします」


 亜美が笑美子と美千香を先に座らせた。自分は近くの席から黒服が持ってきたソファに腰を下ろした。


 美千香がカウンターの上のデジタルパネルの表示を見た。


「『40/48』か。一回戦で八人脱落だったね」


 美千香の声に、二人もカウンターの上を見た。


 亜美が気の毒そうに言った。


「運が悪いな」

「そうでもないかもよ」

「そうなの?」

「最後まで付きあえば分かる」


 美千香は謎めいた表情で笑った。


 やってきたメイドにそれぞれドリンクと食事を頼んだ。


 笑美子は少し空腹を感じていたが、舞台のありさまを想い出して食事を我慢した。


 美千香が不思議そうに聞いた。


「お腹すいてないの?」

「いえ…… すいてます」

「じゃあ、好きなものを頼みなよ。タダだぞ。しかも、超高級レストランの料理だからね。悔しいけど美味しいよ」

「え、でも……」

「なに?

「次負けたら、全部出しちゃって大変ですよ」


 にこやかに微笑みながら、亜美が呼びかけた。


「ポテコ」

「はい…… いてッ!」


 笑美子が顔を向けると、デコピンが待っていた。亜美が涼やかな声で言った。


「最初から負ける気でいるんじゃない! さっさと食べたいものを頼む! 食べるんだから、絶対に次、負けるんじゃないよ! 分かった?」

「はい! 分かりましたッ!」


 笑美子はコーヒーフロートのほかに、カルボナーラとサラダを頼んだ。


 料理が出てくる間に、亜美は封筒を開けて中の手紙を見た。


「これはこれは……」


 亜美が呆れたような声を出した。


 亜美の声の調子と唖然とした様子を、美千香は見落とさなかった。


「どうしたの?」

「なに?」

「その手紙。なんかつまらないことが書いてあったんじゃないの」


 亜美が苦笑した。


「つまらないことじゃないんだけどね。ポテコに賭けたら、あんまりな金額が一瞬で稼げた。現実感がない金額」


 美千香が不機嫌そうなフリをした。


「元同僚の私に賭けたんじゃないのか! これだから、あんたはアイドル仲間に友人が作れないんだ」


 亜美が口元に笑みを浮かべ、手紙を差し出した。


「高瀬川美千香サンは二番人気で1.4倍だ。元金が小さいから、それじゃ稼ぎにならなかったの」

「欲が深いね。強欲は身を滅ぼすよ」

「そうかもしれない。見なよ。それ」


 美千香が目を見開いた。驚きの様子で、ソファの背もたれに寄りかかった。


 亜美が説明した。


「オキナ様から先払いでいただいた今回分の稼ぎを、ポテコの一点買い」

「1000倍か」

「ああ」

「幾ら?」

「全部。二百万円」

「あの一瞬で二十億円の儲けかぁ」


 二人は乾いた笑いを漏らした。


 メイドがアイスティを二つ運んできた。亜美は自分と美千香の前にグラスを置いた。


 美千香がストローを手にしながら言った。


「次回は私も賭ける方に回りたいね」


 アイスティを一口飲んで、亜美が応えた。


「気楽に言うなよ。あの瞬間で五百億近く動いて、五十億は胴元に取られてんだよ。それに場所代と手数料として、最後に二割引かれる」

「桁が大きすぎて想像ができないけど…… やるなら胴元ってことか」

「そうだね。人件費を引いてもボロ儲けだ。何人かは一瞬で人生から退場してるって金額だけど、胴元は気にもしていないだろうね」


 笑美子は話を黙って聞いていた。自分も賭ける側に回りたかったと考えたが、生活が精一杯で貯金など皆無という現実を思い出して悲しくなった。


 亜美はチラッと笑美子を見て、話を続けた。


「まぁ、倍率はポテコが突出していたから、賭けた人間も少なかった。金額も全部で二百五万円だったっけ」

「そう書いてあるよ。あんたと誰か、だけだったみたい。五万円は自分のおこづかいって感じだね」


 美千香は見ていた手紙を亜美に返した。亜美が美千香を褒めた。


「アンタだって1.4倍だけど、賭け金は八億超えてるんだ。大したものだよ」


 美千香が短く口笛を吹いた。


「その分で、CDを買ってもらいたかった」


 亜美が笑った。


「ほかの連中で高くて180倍くらいだったけどね。琴音が1.2倍。あとアイドル声優のなんとかっていうヤツが2.5倍だったかな? アリサが12倍ってところ」

「琴音が一番人気なんだ」

「毎回、純子の後釜って言われてたからね。そう言うと、本人はまた怒るだろうけど。ヤツの実力からしたら仕方がない」


 美千香が真面目な表情でたしなめた。


「勝とうと思っている人間の前で、そんなことを言うなよ」

「あ! ごめん」


 亜美は顔の前で両手を合わせた。


 料理が運ばれてきた。


 笑美子はカルボナーラを一口食べ、目を丸くした。


「う……」


 笑美子の声に亜美と美千香の手が止まった。


「どうした!」

「旨い! 旨いですよ、これ」

「脅かすな」


 美千香が安心したように言った。笑美子が飲み込んでから言った。


「大盛りにしておけば良かったです」


 亜美が苦笑した。


「ポッコリお腹で舞台に立つ気? まだ仕事中だよ」


「そうでした」


 笑美子はゆっくり味わうように食べた。



 食べ終える頃にアリサとサライが入ってきた。


 アリサはゴシックだがスカートがより広がったデザインのピンクの衣装に着替えていた。


 アリサは笑美子を見つけると、嬉しそうに小さく手を振った。笑美子も同じように手を振り返した。


 笑美子の様子を、亜美が意外そうに見ていた。


 黒服がアリサとサライに声をかけた。アリサが笑美子たちを指差した。黒服に案内され、二人は笑美子たちに近づいてきた。


 美千香が亜美に目配せした。二人は体を少しずらし、いつでも立ち上がれる体勢をとった。


「ポテちゃん、良かった。勝ったね」


 アリサの声に、美千香が『おや?』という表情を浮かべた。笑美子を見ながら尋ねた。


「お前、クレージー・シスターズと知り合いなのか?」


 アリサが眉を寄せた。


「しっつれいね。怪力女」

「なんだと」


 腰を浮かしかけた美千香を、亜美は苦笑しながら手で制した。


「無駄にケンカをふっかけるなよ」


 美千香は思い直した様子でソファに座り直した。


 サライが黒服にテーブルと椅子を運ばせた。


 アリサが膝をついて笑美子の手を取った。


「ポテちゃん、ありがとうね」

「どうしたんですか? いきなり」


 サライが説明した。


「おこずかい五万円賭けさせてもらったの。爆益でした」

「本当に、こづかいだったのか」


 美千香が吹き出した。


「あの五万円は、あんたたちのか」


 亜美が聞いた。


「そう。今月分の二人のおこづかい。親と会社に内緒の口座を作るわ」


 アリサは嬉しそうに言って、運ばれてきたソファに腰を下ろした。


 アリサが笑美子のテーブルを見て、顔をしかめた。


「よく食事できるね。あのザマを見たでしょう」


 笑美子がうなずいた。


「そう思うよね、やっぱり」

「思うよね、じゃなくって……」


 からかうように美千香が言った。


「負ける気たっぷりの二流同士の会話は意味が分からないなぁ」

「なんですって!」


 アリサは一瞬で意味を理解した。


「いつもいつも、あんなゲームで私が負けるわけないでしょう。このビーフカレーを食べるわ、私。サライは出ないんだから好きなだけ食べなさい」

「お姉ちゃん、着替えたばかりなのに」 

「エプロン借りればいいでしょう」


 サライが諦めたようにため息をついた。


 亜美が笑美子に聞いた。


「いつ、アリサたちと知り合ったんだ?」

「この館に入って、すぐくらい、です。部屋のそばで」

「喧嘩をふっかけられた?」


 じろっとアリサが亜美を睨んだ。


「どうして、そういうこと言うかなぁ」

「四年前に会ってるんだぞ。忘れてる? 番組で一緒になって、いきなり思いっきり足を踏んでくれただろう」

「そんなことあったかな? その頃、まだ一〇才だし」


 アリサはテーブルに置かれたカレーを口に入れた。


 笑美子がエッという表情で尋ねた。


「アリサちゃん、今、十四才?」

「そうよ」

「年上だと思ってたら、二つ年下だった……」


 笑美子は情けなさそうにつぶやいた。


 サンドイッチをつまんでいたサライが亜美に聞いた。


「貴臣さん、どうかしたんですか?」

「心配してくれるんだ」

「まぁ…… 正直な話、それで姉が荒れて大変だったんです。目標だったから」


 アリサは聞こえていない、とでもいうように食事を続けた。


「詳しいことを私は知らないんだ。退団しているからね」


 亜美は正直に言った。


「こいつ、美千香に聞いて、今日も尋常じゃなく、何かあったらしいことは分かってるんだけどね」

「尋常じゃなかった?」

「身内の恥だけど、ポテコが諸積支配人と西村プロデューサーに襲われてた」


 アリサがスプーンを落とした。


「それで」


 アリサの目付きが変わりかけていた。サライが何かあったら止めようと椅子を動かした。


 亜美は事も無げに言った。


「二人とも、私が殴り倒した」


 心配そうに、アリサが聞いた。


「ポテちゃんはなんともなかったの?」

「私が殴り倒したんだぞ」

「そう…… 怪力女、ナンバー2だった……」


 アリサの声に、亜美は軽く頭を下げた。


「お褒めの言葉と受け取るよ。二人ともオキナ様直属の黒服に捕まった。それで諸積支配人はゲームの前座に使われた。西村プロデューサーは行方不明」


 アリサの表情が元に戻った。メイドが持ってきたスプーンを受け取り、亜美に笑いかけた。


「あなた、いい人ね」

「どうも」


 アリサがスプーンで美千香を指した。


「美千香も案外いい人だわ。ポテちゃんを助けてくれて」

「これはこれは……」


 亜美と美千香は顔を見合わせて苦笑した。美千香が笑美子に言った。


「ずいぶん気に入られたもんだな。人見知りがひどくて、気性の激しいヤツに。妹も危ないけど、妹がいないこいつは思いっきり危ないんだぞ」


 アリサがサライに話を振った。


「そんなことないよね」

「え…… まぁね」


 サライが困ったように答えた。


 美千香が小さい声で言った。


「まぁ、うちの支配人があんなことになってることで、状況を察してくれると嬉しい」


 アリサが眉を寄せた。


「それって、もう『早乙女選抜』じゃ、純子と勝負できないってこと?」

「そう思ってくれていい」

「あんなクズに…… 勝負を邪魔されるなんて」


 アリサは不愉快そうにつぶやいた。美千香が礼を言った。


「そこまで言ってくれてありがとう。純子に伝えておくよ。アリサが倒したがってたってね」


 アリサは深いため息をつき、小さくうなずいた。


 食事を終えて、笑美子は亜美に聞いた。


「ここに来た時、黒服さんに『武闘』をやってるか聞かれたんですけど…… 亜美先輩や美千香先輩は何かやってるんですか?」

「武闘?」

「戦うヤツです」

「ああ……」


 聞いていた美千香がアリサを見ながら苦笑した。


「何よ?」

「黒服たちが苦労しているって噂を聞いたことがある」

「私達のことじゃないわよ。和服コスプレ女のことじゃない?」

「和服コスプレ女?」


 笑美子が目を丸くした。美千香が説明した。


「琴音のことだよ。今度、あいつのイベントに言ってみるといい。そうだな…… あいつは危険度マックスだからな」

「そうなんですか?」

「あいつはどこかに伝わっていた秘伝の武術の達人だ。あんな蹴りなんて本気じゃない」


 美千香は亜美を見た。


「亜美はボクササイズをやっていた」

「ボクササイズ?」


 亜美が補足した。


「ボクシングを取り入れたエクササイズ。それが面白くて、本格的にボクシングを習った」


 美千香が続けた。


「私は子供の頃から空手を習ってる。でも、そっち二人の動きには追いつけない」


 アリサとサライが話を振られて、顔を見合わせた。サライが話を継いだ。


「私たちは母さんから『動くヨガ』を習っただけなんだけれど」

「動くヨガ? やっぱりエクササイズ?」


 笑美子が聞いた。


「カラリパヤットって言うの」


 アリサが笑った。


「エクササイズでもあるし、武術でもあるの。サバットってフランスの武術の源流の一つって言われてる」

「みんなスゴいな……」


 笑美子が四人を見た。


「私はバレエで苦労しているのに」

「どこで苦労してるの?」


 アリサが聞いた。チラッと亜美と美千香を見てから、笑美子は小声で答えた。


「カンブレ……」

「ちょっとやって見せて」


 笑美子は立ち上がって、体を動かした。見ていたアリサがサライにひそひそと話しかけた。サライがうなずくと、アリサが笑美子に声をかけた。


「ポテちゃん……」

「はい?」

「体、固いでしょ」


 笑美子の体が硬直した。


「さようなことはございませんよ」

「ウソはだめ」


 アリサが右手の人差指を立てて、左右に振った。


「緊張してたのは分かるけど、それでも体が曲がってないもん」


 亜美と美千香がため息をついた。美千香が笑美子を睨んだ。


「帰ったら、地獄の柔軟特訓だ」


 笑美子はがっくりとして、椅子に座り込んだ。


 五人が話していると、黒服が近づいてきた。


「ご歓談中、失礼します。如月様はすでにお召し替えをすませていただいておりますが、高瀬川様と妹尾様もお召し替えをお願いします。あと二〇分ほどで次のゲーム開始です」

「分かりました」


 亜美が返事をした。黒服はお辞儀をして、再び離れた。


「私はポテコの手伝いをするけど、一人で大丈夫?」


 亜美が美千香に言うと、アリサが声をかけた。


「私は着替え終わってるから、サライを貸してあげるよ」


 亜美の視線に気づき、美千香は礼を言った。


「ありがとう。助かる」

「どういたしまして。じゃ、サライ、頼んだよ。私は部屋で待ってるからね。ポテちゃん、またあとで。今度はケーキ、食べよう」

「いいね」


 五人は立ち上がった。

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