第6話  7時間前

 部屋の片隅の椅子に腰をおろし、笑美子は二人の男を見ていた。男たちは時々きつい目で笑美子を見下ろしながら言い争っていた。


『居心地悪いよね……』


 笑美子にとってはよく知っている男たちが罵り合う様子は、悪夢のようだった。


 KDT24の対外的なマネジメントの全てを取り仕切る、小太りで黒縁のメガネをかけた西村巌(にしむら いわお)が火を吹くような勢いで言った。


「なぜ純子が来ないで、ポテが来てるんだ。え! 総支配人さんよ。納得できるようにボクに説明してくれないか」


 KDT24の劇場と寮を管理する総支配人、ほっそりした諸積ひさし(もろづみ ひさし)が七三に分けた髪を神経質そうに左手で撫でつけた。


「まいっちゃったなぁ。まさか、こうくるとは」

「こうくるとは、じゃないですよ。どうしてこんなことが起きたんだ!」


 西村がテーブルを叩いた。その大きな音に笑美子の体がビクッと動いた。


 笑美子の様子を好色な目で舐め回すように追っていた諸積が言った。


「あんた、何を怯えてるんだ」

「何を、だと!」


 西村は飛び上がるようにして立った。


「オキナ様に逆らった者たちがどうなるのか忘れたのか! ここに牧田がいない理由を教えないとダメなのか! あんたは!」


 牧田浩三(まきた こうぞう)はKDT24の出資者だった。IT企業の社長として一財産築いた牧田は、KDT24が軌道に乗るまで潤沢な資金で全ての金銭的な面倒をみていた。


 総合プロデューサーの西村にしても、総支配人の諸積にしても、頭の上がらない存在だった。


 生きている間は……


 諸積は牧田の名を聞き、不快そうに眉間にしわを寄せた。


「あいつはやりすぎたんだよ。文字通りな。手当たり次第にガキとやりまくってオキナの逆鱗に触れたんだ」


 諸積はニヤリと笑って笑美子を見た。


「オレはファーストの商品に手を出したのは、今回が初めてだからな。それほどマークされてねえよ」


 西村の顔がみるみる青ざめていた。


「バ、バカが…… やはり純子を……」

「そう言うなよ。たった一回だけだよ。あいつも、もう女になっていい年頃だろう?」


 西村のひたいに汗が噴き出した。


「お前、『早乙女選抜』の条件を忘れたわけじゃないだろうね」

「田植えは処女で、ってか? 古臭い話だと思わないか? 処女に生産の力があり、幸運を招くなんて」


 諸積がニヤッと笑った。


「純子にそんな幸運があるんだったら、ここにいても良さそうなもんだと思わねえか。それに話が本当だったら、今オレが何をしたって悪いことは起きねえよ。純子がオレを食ったんじゃねえ。オレが純子を、運ごと食ったんだからな」


 くぐもった笑い声が笑美子の耳を打った。耳を塞ぎたかったが両手がふさがっていた。笑美子は両足を椅子に乗せ、しっかり膝を抱えて固まっていた。


 西村が右手の甲で汗をぬぐった。


「少し黙れ」

「何をびくついてんだ。天下のKDT24、天才総合プロデューサー様が。オレはKDTの中にいる限り無敵だ。劇場や寮での出来事はオレが許可しなけりゃあ、この世に出てこない。オキナが知るはずがない」

「なぜポテがここにいるのか、分からないのか。もうバレてるんだよ。だから、身代わりでも通用したんだ。選ばれた参加者が一人でも欠けることを、オキナもオウナも、あの連中も許さないからな」


 西村はメガネを外し、白いハンカチで丁寧に拭いた。


 諸積が口元を歪めた。


「そうかもしれねえが、それがどうした。今日稼げば、また何年か遊んで暮らせる金が手に入るんだ。あの連中に負けないくらいな。メディアを牛耳ろうってお方が小娘みたいに震えやがって」


 メガネをかけた西村が、その揶揄に目を釣り上げた。


「すぐにボクたちの時代が来る。だから、慌てるなと言っているんだ。年寄りどもの時代はあとわずかだ」

「だろ。だったら少しくらい今からオレたちが好きにしたって構わねえじゃねえか」


 二人は顔を見合わせた。そして、無表情のまま、笑美子の方に顔の向けた。


 諸積が眉を寄せた。


「それにしても、まさか純子が他人を寄こすとは。まだ誰も来ない方が良かったんだがな」

「ああ、このバカがカードを渡しているから、今更、純子も代理も急病で来ていません、とは言えないよ」


 西村がため息をついた。


「どっちにしろ人数は減らせない。欠けたらオレたちが殺される」

「どうかな?」


 諸積が端正な顔を醜く歪めた。


「逆にここまで来たら誰でもいいって話になるんじゃねえか」


 諸積が一歩、笑美子に近づいた。慌てて西村が諸積の肩をつかんだ。


「よせ! これ以上、厄介ごとを増やすな」

「やってみる価値はあるさ。支配人のオレと統合プロデューサーのお前の言葉だ。小娘の言葉とは重みが違う。それに……」


 笑美子の耳に悪魔の声が聞こえた。


「オレが食った残りカスが『早乙女選抜』に出るってのも面白いじゃないか。こいつが選ばれでもしたら、幸運はオキナたちのもんじゃねえ。オレの総取りだ」


 諸積が西村の手を払った。西村は力なく手を下ろした。


「毒食わば皿まで、か」

「案外珍味かもしれねえぞ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


『助けて助けて助けて……』


 笑美子は一心不乱に、何かに祈った。せっかくチャンスを譲ってくれた純子の好意を無駄にしたくなかった。


 突然、爆発するような音がした。すぐに爽やかな声が笑美子の耳に入った。


「このゲスどもがッ!」

「ゲフッ!」

「ギャッ!」


 叫び声と何かが床に落ちる音がした。さらに笑美子は体を縮めた。


 カツカツと足音が近づく音を聞き、笑美子は全力で膝を抱えた。ひたいを膝に押し付けていると、声をかけられた。


「おい、大丈夫か?」


 聞き覚えのあるキレイな声だった。こわごわ顔を上げると、カトーマスクで目元を隠した黒服の女性が立っていた。


「亜美先輩!」


 亜美は優しく微笑んで手を伸ばした。


「イテッ!」

「正体をばらしたら、カトーマスクをしている意味がないでしょう。おバカ」

「うへへへ」

「デコピン食らって、なに笑ってんの」


 笑美子はおでこをさすりながら、泣き笑いの表情で亜美を見つめた。


 笑美子が慌てて指さした。亜美はすぐに振り返った。


 ほほを押さえた西村が立ち上がっていた。


「マスクをしていようが、こんな怪力女が何人もいるものか。高柳! なんの用だ」

「なんだと。また鼻をへし折られたいのか。クズプロデューサー」

「うるさい!」


 西村が慌てて左手で鼻を隠した。


 脇腹を押さえて床で悶えていた諸積もヨロヨロと立ち上がった。


「くそ…… 不意打ち食らっちまった。さすが美千香と双璧の体力バカのことはあるな」

「うるさいよ。もう一発食らうか」

「ふざけんな。オレもダテに新宿でホストをやってねえんだよ」


 ボクシングをかじっている諸積が斜に構えた。


 キィキィという音が聞こえた。


 西村と諸積の動きが止まった。二人の目が大きく見開かれた。西村の歯がカチカチと鳴り出した。


 閉じかけていたドアが開いた。


 諸積が震える声で言った。


「話し中だ。出ていけ」

「わしに言ったのかのぅ」

「オキナ様!」


 大の大人の恐怖の声を、笑美子は生まれて初めて聞いた。



 西村が左右を見回して脱出できる場所を探した。出入り口は一ヶ所しかない。そこをオキナとオウナがふさいでいた。


 西村は絶望の表情を浮かべたが、一瞬で愛想の良い笑顔に変えた。西村は腰をかがめてオキナとオウナに近づいた。


「これはオキナ様、オウナ様。ようこそ、お越しくださいました。お迎えもしないで大変申し訳ございません」

「久しぶりじゃな。西村とか申したか」

「さようでございます」


 両手をこすりあわせながら、西村は深々とお辞儀をした。微笑んでいたオウナが杖を振りかざして、西村の後頭部を打ちすえた。


「ウギャ!」


 後頭部を打たれただけのように見えた西村が悲鳴をあげて床に倒れた。潰れたカエルのような姿で後頭部を抱えた。


「この愚か者が」


 オウナの憎々しげな声が部屋に響いた。のろのろと体を起こした西村は口を動かしたが、声にならなかった。


 オキナが憐れむように西村を見た。


「インターネットのインチキ商材売りの才能を見込んで、プロデューサーに取り立ててやったものを。恩を忘れた上に欲をかきおって」


 ずれたメガネを直すことも忘れて、西村はオキナの前で土下座を始めた。


「恩を忘れてはおりません! もちろんでございます!」


 冷たい目で見下ろしていたオウナが西村に尋ねた。


「去年と今月までの退団者は何人じゃ?」

「え……」

「聞こえぬ耳なら要らぬわな」


 オウナの杖が西村の左耳を軽く叩いた。


「ヒギャアァァッ!」


 西村が耳を押さえて転げ回った。


「お許しを。十一名…… 私が関係した者はセカンド二名、サード四名でございます。ファーストには手を出しておりません」

「我らがお守りする早乙女に手を出しおって」


 オキナは転がる西村を鋭い視線で睨みつけた。


 唖然として見ていた諸積が表情を変えてオキナに殴りかかった。素早くオウナが杖を振り回すと、諸積のほほに龍の飾りが触れた。


「ウゴォウッ!」


 諸積の口から凄まじい悲鳴が飛び出した。ほほに傷はなかった。だが、すぐに諸積は数本の歯を吐き出した。


「人心掌握に長けたホストというから支配人に取り立ててやったんじゃが…… 商品に手を付ける愚か者じゃったとはな」


 オキナが諸積を睨んだ。その視線に諸積は初めて恐怖を感じたのか、ヒィとのどを鳴らして這いずって逃げようとした。


「取り押さえよ」


 オキナの声に、背後から四人の黒服が現れた。足音もなく、幽鬼じみた動きだった。ゆっくりと二人に近づくと、西村と諸積の両腕を押さえた。


 ここで初めて、オキナとオウナは笑美子の方を向いた。オキナが声をかけた。


「無事じゃったか。お嬢ちゃん」

「はい」

「車椅子を押してもらった恩は返せたようじゃな」


 西村が目を見開いた。


「ポテ! お前がオキナ様とオウナ様の知り合いだと! だから、純子の身代わりになれたのか。オゲッ!」


 黒服の一人が西村の腹を撫ぜるように叩いた。それだけで、西村の体が飛び跳ねた。


「御前の前で勝手に口を動かすな」


 西村は恨みがましく黒服を見たが、顔色一つ変えない黒服を見て激しく震え出した。


 オウナが笑美子に微笑みかけた。


「もう少し待っておいで。仕事を済ませるからな」

「はい」


 西村と諸積に顔を向けた時には、オキナとオウナの表情には優しさは一かけらも残っていなかった。


 オキナが低い声で言った。


「おまえたちは我らの早乙女神事に泥を塗った。特に早乙女のおさである娘を犯した諸積は万死に値する」


 腕を外そうともがいていた諸積の動きが止まった。


「西村も同罪じゃが、幾ばくかの差はあるのぅ。とはいえ、まずはおまえたちの不浄なモノを斬り落としてくれるわ」


 西村と諸積がうめいた。


 オウナが車椅子の老人に提案した。


「御前。神事の前に人死には不吉。ここは二人に最後の仕事をやらせては?」


 オウナの言葉にオキナは口元を歪めて笑った。


「仕事か。それも一興じゃな」

「イヤら。はらせ! そうじゃなきゃ、ひろ思いにころへ!」:


 諸積は歯の抜けた口で喚いた。


「やかましいわ」


 オウナが諸積の腹を龍の頭で少しだけ突いた。口から泡を吹いて、諸積は気を失った。


 西村のズボンの前から湯気が立ち昇った


「ボボボボクは、そそそれほどのことは、してしておりません。きききいて、聞いてください! オ、オキナ様! オ、オウナ様! これには、深い訳が!」


 オキナは笑った。


「もちろん何事にも訳はある。わしは公平で気も長い。聞いてやるぞ。ゆっくりと、仕事をしながら、な」


 オキナが何かをつまみ上げるような素振りで右手を上げて、ハサミにした左手を動かした。


 すぐに西村は、その意味を理解した。


「ややや、やめてくれ! せめて麻酔を!」


 黒服は嫌がる西村を引きずって外に出した。


「オキナ様、オウナ様、お助け、助けて! 助けてくれぇぇぇッ!」


 西村のわめく声が次第に小さくなり、消えた。


 すぐメイド服を着た女性が五人現れた。床の汚物を掃除し、テーブルや椅子を直した。室内をキレイに拭き、消臭剤を部屋にまいた。作業が終わると戸口に並び、深々とお辞儀をしてから部屋を出ていった。


 オキナが声をかけた。


「田中はおるか?」

「はい」


 車椅子の脇に田中が膝をついた。


「どうやって、あの者たちがここまで入ったかを調べよ」

「はい」

「関係した者たち全員、あとで連れてくるがいい」

「承知いたしました」

「行け!」


 田中の姿が消えた。黒服の姿も消えていた。



 オキナとオウナにお辞儀をして、亜美も部屋から出ていこうとした。


「あ、先輩!」


 笑美子の小さな声を聞いたオキナが亜美を呼び止めた。


「待ちなさい」

「はい」


 亜美が足を止めた。


「ドアを閉めて、こちらに戻り、しばし控えておるがよい」

「はい」


 亜美はドアを閉め、オウナにうながされて笑美子の横に立った。


 笑美子のほっとした表情に目をやり、オキナは何かを感じたようだった。


「こんなことはないんじゃがな。全てわしの責任じゃ」


 オキナは笑美子に頭を下げた。


「いいんです。いいんです。なにもなかったんだから」

「許してくれるかの?」

「許すも何も、お爺ちゃんとお婆ちゃんは私の恩人です」

「良かったわい」

「ほんに良かった」


 オキナとオウナは顔を見合わせて笑った。


「あの…… 聞いていいですか」

「なんじゃね」

「私がここに来て、貴臣先輩に迷惑がかかりませんか?」


 オキナは目を細めた。


「早乙女のことや自分のことではなく、人のことを聞くのかね?」

「え…… 早乙女のことも聞きたいけど答えてもらえなそうだし、自分のことはとりあえずいいです」

「いい子じゃな。そう、貴臣純子、か」


 純子の名に、冷静を装っていた亜美も一瞬みけんにしわを寄せた。


 オキナはため息をついた。


「迷惑をかけたのはわしたちの方じゃ。わしの油断があの子に迷惑をかけてしもうた。これ以上、あの子に迷惑がかかることなどあるまいよ」


 固まっていた笑美子が息を吐き出した。


「良かった」

「純子はわしたちの庇護からは外れるが、これまで神事のおさとして過ごしておる。身の内に蓄えた運はなまなかな量ではあるまい。充分平穏な人生を歩んでいけるじゃろう」

「運を蓄える?」

「うむ。ちと話しすぎたかの。なに、お嬢ちゃんが心配しなくてもよい、という話じゃ」


 笑美子はキョトンとしていたが、その説明に少し安心した。


 オウナもうなずいた。亜美を見ながら言った。


「心配することはあるまいよ。あの子が正しく生きているということは、この娘を見ても分かるわい」


 急に振られて、亜美が目を丸くした。


「私、ですか?」

「おぬしも純子のそばにおったのじゃろう?」

「ええ、まぁ」

「それで運が身についておるんじゃな。しかも、それをあてにして生きてこんかったから、まるまる残っておる」

「私は彼女を助けただけです。『早乙女選抜』に選ばれることはありませんでした」

「誰もが出られるわけではないが、出た者が偉いというわけではないんじゃ。早乙女同士の関わり合いなくして神事は成り立たん」


 オキナがうなずいた。


「おぬしはそういう役割なんじゃよ。早乙女を守るという。次はこの子を守るがよい」


 オキナは笑美子を指さした。


「ポテコを、ですか?」

「この子に出会ったから、わしらの元に来た。そして、わしらと動いていたから、この子にまた会った。この子に関わり合うことがおまえの運であり、幸運のようじゃ」

「幸運だったのかな」


 亜美が首をかしげた。確かに普通であればオキナやオウナに会い、雇われることはなかった。今頃は自宅に帰っていただろう。


 オウナが笑った。


「どちらにとっても、大事な出会いだったのでしょう」


 亜美は覚悟を決めた。


「分かりました。その任務につきます」


 笑美子は嬉しそうに亜美を見上げた。そして、慌てて、オキナとオウナに頭を下げた。


「まだ、お礼を言ってませんでした。助けてくれて、ありがとうございました。あと亜美先輩を残してくれて、ありがとう」


 オキナが手を左右に振った。


「大したことはしておらんよ。さ、神事までにはまだ少し時間がありそうじゃ。少し休むがいい」

「ほんに長居してしまいましたな」


 笑美子が尋ねた。


「すぐには始まらないんですか?」


 オウナがうなずいた。


「この場所に馴染んで運気を練ってもらうでな」

「どうやって?」

「ただ息をしておればいいんじゃ」


 オウナは答えてから、笑美子を見つめた。小さな目の中に無限の深さがあるように笑美子は感じた。


 オウナは不思議そうに言った。


「おまえはその必要がなさそうじゃな。変わった子じゃ……」


 オキナも目を凝らした。


「早乙女どころか、ウズメかもしれんな」


 オウナが吹き出した。


「ウズメとは…… まさか……」

「言い過ぎか?」

「さて?」


 二人は含み笑いを漏らした。


 オキナとオウナが出て行ってから、笑美子は亜美に言われてソファで横になった。


 興奮して眠れないと思っていたが、いつの間にか寝込んでいた。


 亜美は椅子に座り、笑美子の寝顔を眺めていた。


「まさか。こんな関わり方をするとはね」


 亜美は苦笑した。


 貴臣純子の力量とストイックな姿勢に惚れて、亜美はKDT24在籍中にはNo.2として純子を支えていた。当時のNo.3、高瀬川美千香とは反目することはあったが、純子を支えるということでは同じ意識を持っていた。


 それでも、「自分が早乙女選抜に選ばれない」ということに苦悩することもあった。KDT24を離れた今でも、それは細いトゲのように心に刺さっていた。


 オキナやオウナに笑美子を守るように言われた時に、そのトゲは抜けたような気がしていた。それが運命であり、自分にとっての幸運であれば、それに従おうと決心していた。


 ドアがノックされた。


「どうぞ」


 亜美が声をかけると、メイドがドアを開けた。


「そろそろ、お時間になります」

「分かった。用意させます」

「あの…… ご存知とは思いますが、カードを持っている方しか会場には入れません」

「分かってるよ。私がこの子を守るのは、こちら側でだけ、だよ。向こうには一人で行ってもらう」

「ご協力、ありがとうございます」


 メイドは頭を下げて、ドアを閉めた。


 笑美子は肩を揺らされて目を覚ました。


「起きなさい」

「もう少し…… いてッ!」


 デコピンで目が覚めた。


 爽やかな声が笑美子に命じた。


「仕事だよ。顔を洗って、シャンとする!」

「はい!」


 笑美子はバネじかけのように上半身を起こした。

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