第4話 11時間前
○11時間前
白亜の洋館の周囲は賑やかだった。
洋館に向かう者は、ほとんどが男たちだった。わずかに男たちが連れてきた女がいたが、誰もがドレスを身にまとって着飾っていた。
『スゲー! アカデミー賞とかでしか見たことないよ』
笑美子は男女が入っていく壮麗な扉の前でキョロキョロとあたりを見た。扉の近くにいた黒服の男たちが怪訝そうな表情を見せたが、笑美子に声をかけることはなかった。
扉の中に入っていく男女も、笑美子に声をかけることはなかった。それどころか、笑美子の姿が見えないとでもいうように目を向けられることもなかった。
『幽霊みたいだね……』
笑美子は扉の先に向かった。
ライトの配置なのか、次第にまわりが薄暗くなっていった。目の錯覚なのか、思ったよりも出入り口は客が入っていく扉から離れていた。
『勝手口、って感じだ……』
周囲が暗くなると、喧騒も遠ざかった。
トボトボ歩いているうちに、再び笑美子の気分は暗くなっていった。
勝手口のような扉は木製の質素なものに見えた。ノブの横の壁に小さなランプがあり、かろうじて足元が見えるくらいを照らしていた。
「わッ!」
わずかな光が黒い塊を照らしていた。照らされているものに気づき、笑美子は声を出して足を止めた。
扉の前に、上半身裸の男が腕を組んで立っていた。それほど背は高くはないが、筋肉質で、二の腕や太ももが異常に太かった。
大男はへの字に口元を曲げて、全身から不機嫌さをかもし出していた。
「ヨリンアム・剛次だ……」
笑美子がつぶやくと、男の目が動いた。
「おまえか。変なガキってのは?」
「ガキだけど、変じゃないよ」
笑美子の抗議に、ヨリンアム・剛次が鼻を鳴らした。
「五色沼から連絡があったよ。五色沼を知っているような女は十分変だ。しかも、引退して五年になるオレの名前も知っているんだからな」
「ラ・ケブラータ、かっこよかったっす」
「地が出てるぞ」
ヨリンアム・剛次が苦笑いを浮かべた。
笑美子が近づいていくと闇の中から溶け出るように、もう一人の男が現れた。
スラリとした男だったが、ナイフのような冷たさをまとっていた。
闇の一部のようなカトーマスクで目元を隠し、黒いスーツ、蝶ネクタイ姿の男が柔らかな声で言った。
「いらっしゃいませ。邸内を管理している田中学(たなか まなぶ)と申します」
笑美子は驚いて足を止め、慌てて頭を下げた。
「お邪魔します」
笑美子の唐突な挨拶に、田中の口元が一瞬緩んだように見えた。
田中はわずかに会釈してから、笑美子に尋ねた。
「プロレスがお好きなようですが、何か武闘を?」
「体育でダンスを…… あと今はバレエを習ってるけど下手くそです」
男はわずかに首をかしげた。そして、思いついたように問い直した。
「ああ、これは失礼を。舞い踊る方の舞踏ではありません。格闘技の方です」
笑美子が勘違いに顔を赤らめた。
「ごめんなさい…… あたしが、ですか? 見るのは好きだけど…… 案外運動はダメです」
「それはいいことです。お互いにとって」
笑美子が訳が分からずにいると、笑みを浮かべかけた田中が口元に右こぶしを当ててわざとらしく一つ咳をした。
「失礼。カードをお持ちですか?」
「カード?」
「お送りしたカードです」
「あ! はい」
笑美子は手に持っていたカードを田中に渡した。田中はカードを笑美子に見せながら、数回回した。
カードを止めると、ドア横の街灯の光に当たったカードに数字が浮かび上がった。
「13……」
カードに浮き出た数字を笑美子は口にした。
「さようでございますね」
田中は闇に手を伸ばした。手品のように、プラスチックのプレートが現れた。
「邸内では、これを首にお下げいただきます」
縁を金で囲まれた透明なプレートに、黒で「13」と書かれていた。プレートの両側から金のチェーンが伸びていた。
「どうぞ、もう少しこちらへ」
田中に言われ、笑美子はそばに近づいた。田中は金のチェーンを広げ、笑美子の頭を通した。
二〇センチ四方のボードが胸よりわずか下になった。
田中はわずかに首をかしげた。
「おかしいな。少しバランスが悪い」
笑美子はギクリとした。
貴臣純子とは身長が一〇センチ違う上に、バストサイズも二サイズ以上違う。
「そ、そ、そ、それほど変ですか」
笑美子の上ずった声に、田中が笑みを浮かべた。
「いえ、ご心配なく。直前にダイエットされる方もいらっしゃいますから。リバウンドされた方よりも調整は楽です。失礼」
田中が手を伸ばした。一瞬で笑美子は一本の髪を抜かれた。
「後ろを向いていただけますか」
笑美子は言われるままに後ろを向いた。田中はチェーンを持ち上げて数個たわめて、首の後ろで器用に髪の毛で縛った。
「こちらを向いて…… よろしいようですね。お手数をおかけしますが、外す時はご注意願います」
「分かりました。気をつけます」
田中があごを動かすと、ヨリンアム・剛次は組んでいた腕をほどき、扉を開いた。木製の部分は表面だけで、中は見た目とは違う分厚い金属の扉だった。
一歩踏み出して、思い出したように笑美子は田中に尋ねた。
「あ! 名前! まだ名乗ってませんでした」
「名前はいいんですよ」
田中は笑美子を見つめた。
「初めての方ですか?」
「はい」
「今日、ここにお見えになった方はカードだけを確認しています」
「カードを持っていれば誰でもいい、ということですか?」
田中が頭を小さく左右に振った。
「たぶん、そうではないと思います。しかし、それは私ごときが判断することではございません。私の役目は『カードを持ってお見えの方にカード指定のプレートをお渡しする』だけなので」
田中は初めてニッコリと笑った。
「『カードを持って、ここに来れた』というだけで、その方は資格をお持ちです。差し出がましいとは存じますが、ほかの参加者に負けない運を、あなたはお持ちなのだと思いますよ」
「ありがとうございます。少し気が楽になりました」
笑美子は礼を言ってヨリンアム・剛次のそばを通った。通り抜ける時に笑美子はチラッと大男の顔を見た。大男の目が『余計なことを言わずにさっさと行け』というように動いた。笑美子は小走りで中に入った。
笑美子が中に入ったことを見届けて大男が扉を閉めた。
「田中さんよ。あんたにしてはよくしゃべったな。それにあんたの笑顔を初めて見たよ」
ヨリンアム・剛次が振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
『オレも含め、プロを自負するメンバーにしては珍しいことだな…… もっとも、オレにしても、小娘相手になぜあんなにしゃべったんだ?』
ヨリンアム・剛次は醜態とも思える自分の行動を、いぶかしく思った。
閉まった扉の前で、笑美子は立ちすくんだ。
入った先で、正面と左右に廊下が伸びていた。
「広いな……」
両側の壁にある燭台でロウソクが灯っていたが、その明かりだけでは正面の廊下の奥までは見えなかった。
左右に延びる廊下はそれほど長さはなく、どちらも突き当たりの壁がぼんやりと見えていた。
笑美子がロウソクの明かりに照らされて金色に輝く燭台を見ていると、左手の奥で扉が開き、また閉じる音がした。
コツ、コツという足音が聞こえた。
すぐに廊下の突き当りに黒い影が現れた。
ゆっくり黒い影が笑美子に近づいてきた。
笑美子は大きく目を見開いて、影を見ていた。
近づくにつれ、それがゴシック風のドレスを身につけた女性だということが分かった。
黒の上着の襟と袖には細かい花柄が銀糸で刺繍されていた。ウェストは黒の革ベルトで絞られている。そのせいで膨らみが際立つ膝丈のスカートの裾にも、銀糸の刺繍がほどこされていた。
黒い髪をツインテールにして、白いリボンで飾った女性はスカートの両端をつまんで少し左膝を折った。
「いらっしゃいませ。夢の館にようこそお越しくださいました」
笑美子はペコリとお辞儀をした。
「お邪魔します」
赤く塗られた女の唇が、ほんのわずか緩んだように見えた。
「わたくしはミヤビと申します。本館に行くまでの間、お世話いたします。何かありましたら、お申しつけください」
「あたしは妹尾笑美子です」
「せのお、様ですね」
「エミコ…… ポテコでいいですよ」
「それではエミコ様とお呼びしましょう」
様はいらないのに、と思ったが、笑美子は黙っていた。
「どうぞ、こちらへ」
ミヤビにうながされ、笑美子はあとに続いて歩き出した。
「まだ皆様お集まりになられていないので、しばらくお待ちいただくことになります」
「はい」
何人集まるのか、集まって何をするのかを笑美子は聞きたかった。
『でも、招待された自分が何も知らないのも変だよね』
笑美子は少し考えて、言葉を飲み込んだ。
歩きながら、ミヤビが笑美子の顔をちらっと見た。笑美子を安心させるようにミヤビが言った。
「それほど緊張されなくても大丈夫ですよ。エミコ様は今回初めての参加でございますか?」
「え、ええ…… そうです」
「ご心配なさらずとも、毎回、初参加の方はいらっしゃいます」
「初めてなので、ぜんぜん分からなくって。実は…… ここで何をするのかも知らないんです」
ミヤビが微笑んだ。
「本館での詳細はわたくしも存じあげておりません。こちら側で参加者以外に詳しいことを存じている者は、残念ながらおりません。参加者同士が会うことはなく、こちら側で参加者の口から内容が漏れることもない、という話でございます」
「こちら側?」
「さようでございます」
「ミヤビさんも参加しているじゃないですか?」
ミヤビは悲しげに微笑んだ。
「わたくしはあちら側、本館には行けません。行ったことがないのです。本館には本館の、わたくしと同じ役目の者がいると聞いております」
「そうなんですか」
想像以上に大勢が関わっていることに、笑美子は驚いた。
ミヤビは一つの扉の前で立ち止まった。腰に巻かれた銀のチェーンについた鍵の一つを扉に差し込み、ひねった。
「中にどうぞ」
笑美子が中に入ると、その部屋にもすでにロウソクが灯されていた。八畳ほどの部屋に二脚の椅子と小さなテーブルが置かれていた。
「右側がトイレ、左側が脱衣所と浴室になります。沐浴を済ませ、お召し物をお取替えいただきます」
「もくよく? おめしもの?」
女は微笑んだ。
「お風呂で体を清めて、着替えていただきます」
「はい! 分かりました!」
「着替えは、その棚に用意しております」
「分かりました。それじゃ」
「沐浴にお手伝いは必要ですか」
笑美子は少し考えて、勢い良く頭を左右に振った。
「だ、大丈夫です。一人でお風呂に入れます」
脱衣所だけで六畳ほどの広さがあった。笑美子は慎重にパネルを外し、着ているジャージを脱いだ。
浴室は二十畳ほどの広さで大理石でできていた。その半分ほどの浴槽があった。壁に金の燭台がつけられ、浴室内を照らしていた。ところどころに、外国の兵士や女神の像が立っていた。
「すっげぇ…… でっけぇ……」
少しの間、笑美子は裸のまま見とれていた。
ゆっくりと入浴して、笑美子は脱衣所に戻った。
棚には服が入ったカゴが用意されていた。
ミヤビとは違うデザインだったが、用意されていた服もゴシック調だった。
白の下着を身に着けたまでは良かったが、着方が分からない服に笑美子はため息をついた。笑美子は体にバスタオルを巻いて、そっと扉を開けた。
扉の横にミヤビが立っていた。
「すみません。服くらい自分で着れると思ったんですけど…… 着方が分からなくて……」
「いいんですよ。そのために、わたくしがいるのですから。まずは下着をお脱ぎください」
「えッ!」
「ストッキングとガーターベルトを先にご着用いただきます」
笑美子は生まれて初めてガーターベルトを身につけた。
「ブラジャーのサイズが合っていないようですね」
「ブーツもサイズが……」
「おいくつですか?」
笑美子は絶望の表情を浮かべて、答えた。
「二十六センチ、です」
「育ち盛りでございますね。少々お待ち下さい」
ミヤビは部屋を出た。しばらくすると、サイズ違いのショートブーツとブラジャーを持って、戻ってきた。
「これはいかがでしょう?」
笑美子はブラジャーをつけてから、右足にブーツを入れた。
「ぴったりです。ありがとう」
ミヤビの手伝いで、笑美子は身支度を終えた。最後に、金のチェーンの付いたプレートを身につけた。プレートを真っ直ぐに直しながら、ミヤビが言った。
「このあと、本館の部屋に移っていただきます。わたくしの役目は本館の手前まででございます」
「あとはどうしたらいいんですか?」
笑美子の声は心細げだった。
ミヤビはわずかに眉をひそめた。
「申し訳ございません。その後のことは、わたくしも存じませんもので」
「そうでしたね。分かりました」
「では、こちらへ」
ミヤビに連れられて、笑美子は再びほの暗い廊下を歩いていった。
突き当たりの階段を上っていくと、踊り場があり、その先に扉があった。
チェーンについている一回り大きな鍵で扉の鍵を開けたミヤビが、笑美子にお辞儀をした。
「わたくしの務めは、ここまででございます。この先には部屋番号が書かれた扉が並んでいるという話ですので、番号の部屋をお尋ねください」
「13番、ですね」
「さようでございます」
ミヤビが扉を開いた。
「どうぞ」
笑美子が歩いていくと、ミヤビが小声で話しかけてきた。
「わたくしには何もできませんが、ご武運をお祈りしております」
「ありがとう」
笑美子も小さな声で返事をして、ミヤビと別れた。
背後で扉が閉まった。扉の向こうで、鍵をかける音がした。
笑美子が振り返ると、そこはドアノブもキーホールも見当たらない壁だった。継ぎ目があるかどうか撫ぜてみたが、扉の痕跡は感じられなかった。
入った先は明るい廊下だった。天井にライトが仕込まれているのか、天井全体が輝いている。鏡張りの廊下がその光を反射して、両側の白い壁を輝かせていた。
笑美子は足元を見た。ヒールでコツコツと蹴りながらつぶやいた。
「下着が丸見えだ…… 趣味悪い廊下だなぁ……」
軽く開いたスカートの中が廊下に映り込み、下着が丸見えだった。
左側の壁に幾つかのドアが並んでいた。数字を見ながら歩いていくと、6で終わり、廊下に突き当たった。左を見ると突き当りになり、右を見ると廊下が続いていた。ところどころに左に折れる廊下が見えた。
「一つの廊下に六部屋ずつかな?」
そうつぶやいて、笑美子は歩き出した。
二本目の廊下の端は、12番の部屋だった。
「次の列の一番奥だ。きっと」
次の廊下に向かい、右に折れた途端、近くの扉が開いた。
笑美子より少し背の高い、細身の少女が背を向けて飛び出してきた。
「もういや! サライが代わりに出ればいいじゃない!」
「そうはいかないことくらい知ってるでしょう。お姉ちゃん」
「だからって、私ばっかり。あんなゲームやりたくないに決まってるでしょう」
「お姉ちゃん!」
部屋の中の少女が左手を上げて笑美子を指さした。
「なによ! なんで、こんな・目・に…… あら?」
少女が振り返り、笑美子に気づいた。目を丸くして固まっている笑美子を見て、声が小さくなっていった。
サライと呼ばれていた少女が部屋から出てきた。心配そうに笑美子を見ながら、小さい声で話しかけてきた。
「大丈夫?」
「え…… あ、ちょっと驚いただけ」
「ごめんね。びっくりさせて」
サライが謝った。
二人は笑美子と同じ、黒のゴシックドレスを着ていた。美しいプラチナブロンドの髪にシルバーのカチューシャをつけていた。
『手と足が長いなぁ。それにめっちゃ色白いし…… いいなぁ』
笑美子はため息をついた。
「ごめんね。びっくりさせちゃって。お姉ちゃんが外に飛び出すからよ」
「サライが大きな声を出すからじゃない」
笑美子は睨み合った二人のそばに近づくと、そっと近くの少女の首筋に手を伸ばした。
「ヒャウ!」
少女が首をすくめた。見ていたサライが笑いながら笑美子に尋ねた。
「どうしたの?」
「ごめんね。あんまりキレイな髪だから、つい」
「それで触ったの?」
「首まで触っちゃった…… 天使みたいよね。二人とも」
その言葉に触られた少女の表情が和らいだ。少女がクスクス笑い出した。
サライが目を丸くした。
「お姉ちゃん! 機嫌直ったの?」
少女が困ったような、呆れたような表情を見せた。
「だって、この子の顔…… なんだか、もうどうでもよくなっちゃった。そんなに困らなくていいのよ」
「うわぁ…… 天使の声だ」
うっとりした笑美子の表情に、二人は苦笑いを浮かべた。
「ほんと、変な子ね。私、ジュジュのアリサ」
「妹のサライです。よろしくね」
笑美子はおずおずと頭を下げた。
「どうもご丁寧に。KDT24の妹尾笑美子です。ポテとかポテコって呼ばれてます」
「ポテちゃん。可愛いわね」
「いえ、もう…… この格好、気に入ったんだけど…… 反則ですよ」
「何が?」
「なんで、そんなに手足が細くて長いんですか。お人形さんみたいじゃないですか」
アリサとサライが顔を見合わせた。アリサが慰めるように言った。
「まぁ、体型は生まれつきだから。そう言われてもねぇ……」
「ですよね。トレーニングとか食生活でどうにかできるもんじゃないですよね」
「でも、あなただって可愛いわよ」
アリサに言われ、笑美子の浮かない表情がさらに情けなくなった。
アリサは困って見ていたが、急に顔を輝かせた。
「そうだ! 面白いこと教えてあげる!」
サライが小さく頭を下げた。
「ごめんね。エキセントリックな姉で」
「元気ですよね」
「そうでもないのよ。さっきは助かったわ。ごね始めると半日は平気でごねてるから」
アリサがサライの足を軽く蹴った。
「そういうこと、ほかの人に言わないの。ちょっと待ってなさい」
アリサが命令するように、笑美子に言った。サライが申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。わがままな姉で」
「いいんですよ」
戻ってきたアリサは頭に毛布を乗せていた。サライが吹き出した。
「アレを教えるの?」
「褒めてもらったお礼よ。ポテちゃん、これ、かぶって」
「毛布を?」
「手を伸ばして…… サライ、手伝って」
二人は笑美子の上に毛布をかぶせた。
「サライ、そっち側のすそ、そう、広げるように持ってて。ポテちゃん、しゃがめる?」
「しゃがめます」
「ゆっくり、しゃがんで…… 下を見て」
「下? ギャアッ!」
地獄がフタを開けた。
笑美子はびっくりして、へたり込んだ。
「ごめん。大丈夫よ」
「ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかった」
アリサとサライが慌てて毛布を外した。アリサが笑美子に手を伸ばした。笑美子が手を握ると、立ち上がれるように引っ張ってくれた。
笑美子がこわごわ下を見ると、廊下は元の鏡に戻っていた。
「この廊下ね。ワンウェイミラーなの」
ニコニコと笑いながら、アリサが説明した。
「ワンエイミラー?」
「ワンウェイよ。マジックミラーって知ってる? 明るい部屋と暗い部屋が並んでいると、暗い部屋の方からしか見えなくなるっていうヤツ」
笑美子は少し考えて、慌ててアリサを見た。
「じゃあ、覗かれ放題ってことっすかッ!」
「そうね」
笑美子はスカートを押さえた。
「もう遅いわよ。それに下の連中は、そんなこと気にしてないわ」
「それはそれで不愉快ですね。こんな可愛い子が二人もいるのに」
地獄のように見えた下の階の者たちが、誰も見上げていなかったことを笑美子は思い出した。
「男の人が多かったけど、女の人も見えた…… なんですか? あの人たち?」
「『早乙女選抜』のスポンサーよ。ご利益を盗みに来てるの」
アリサの声には憎しみがこもっていた。
「『早乙女選抜』?」
笑美子の声に気づいて、サライが尋ねた。
「ポテちゃんって、今回初めてよね」
「そです」
アリサも気づいたようだった。
「歌舞伎町からポテちゃんが来てるってことは誰が外れたの? まさか、貴臣さん?」
「え? あの……」
笑美子が口ごもった時、後ろから声がかけられた。
「お嬢様がた、時間前は各自のお部屋でお待ちいただけますか」
笑美子が振り返ると、カトーマスクをした黒服が立っていた。ほほの傷を見て、アリサが凄みのある笑みを浮かべた。
「あら、山田隊長じゃない。今回は早いお着きね」
アリサがからかうように言った。山田がつまらなそうに言った。
「今回は面倒を起こされる方が少なかったもので」
山田の返事に、アリサとサライの表情が不機嫌なものに変わった。アリサが声を落として、応えた。
「悪かったわね。面倒を起こす方で。そう…… 来年はあなたが来た方がいいわ。佐藤チームは弱いから」
「考えておきます」
山田の冷静な声にアリサは舌打ちした。
「じゃあね、ポテちゃん。サライ、部屋に戻るわよ」
サライが落ちていた毛布を拾った。
「あとでね。会えるといいね」
小声で笑美子に言うと、サライも部屋に戻っていった。
山田が笑美子を見下ろしていた。
「あまり勝手をなさらないように」
「すみません」
「お部屋は分かりますか」
「はい」
「入ってきた扉から24番までの部屋がこちら側にあります。中央に共同の休憩室があり、その先に25番から48番までの部屋があります」
笑美子はうなだれて聞いていた。
「それぞれの部屋はその番号の人の休憩室になります。そのカードを扉にかざすとロックが解除されます。部屋の床はマジックミラーになっておりませんので、ご安心ください」
「分かりました。あの…… 『早乙女選抜』ってなんですか?」
返事はなかった。
笑美子が顔を上げると、そこにはもう誰もいなかった。
笑美子はトボトボと自分の部屋に向かって歩き出した。
13番の部屋の前に立ってカードを扉にかざすと、小さなカチッという音がした。
笑美子は中に入った。
中には二人の男がいた。ドアの音に気づいた一人が振り返りながら、話しかけてきた。
「おう。遅かったな。ようやく来・た・か?」
しげしげと、男が笑美子を見た。
「誰だ? おまえ?」
男は驚愕した表情で、笑美子を見ていた。
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