サイドストーリー『シングルワード』
第1話「少女は言葉の重さを知る」
「燃えさかる炎! この腕に宿れ! 暴虐の灼熱はすべてを灰にする!」
「氷刃! 刻め! 剣閃! 貫け!」
呪文を詠唱する赤いローブのキャストマジシャン。私は狙いをつけられないように駆け、跳び、接近する。
走りながら詠唱するというのは、意外と難しい。ましてや敵の攻撃を避けようとするならば、至難の業。
それを可能にするのが、接続詞を廃した単語のみの詠唱。
ステップのタイミングに合わせて詠唱することで、機動力をそのままに呪文を完成させることができる。
もちろんそれだって簡単ではない。
敵の動きを見るのに集中してしまうと、つい詠唱が止まってしまう。逆に詠唱に集中すると、敵の攻撃を避けられなくなる。両立させるには、意識しないでも詠唱できるようになる必要がある。
そこまでしてようやく使いこなせたと言えるのだけど……同じ戦い方をするプレイヤーを私は知らない。
つまりこれは、私だけの、キャストマジシャン『アヤカ』の強み。
「閃光! 居合い! 一閃――!」
詠唱が完了する、その瞬間。音もなく真横に現れたソードマジシャンに斬りかかられ、咄嗟に避ける。
「っ……!」
「今のを避けるのかっ」
いいや、避けきれなかった。掠ってしまい、僅かにダメージが入る。詠唱が阻止された。
「オーケー、よくやったぜノーブル! 焼き尽くせ、クラッシュ・フレイム!」
「――――!!」
赤ローブが呪文を唱えきる。伸した腕から炎が吹きだし、私は全力で後ろに下がって距離を取る。
「氷の礫、突き刺され。アイスニードル!」
後ろに大きく飛びながら詠唱、着地と同時に魔法を飛ばす。
ガキンッ!
氷の礫は黒いローブに身を包んだソードマジシャンに弾かれてしまう。
「魔法を避け、追撃の牽制までするとはな」
「構わねぇよ。まだ終わってねぇ!」
ガサッ!
着地した私の真横、右から黄色いローブのキャストマジシャンが現れる。
「我は
少し遅れて、左から緑色のローブ。黄色のローブに合わせて呪文を唱える。
「吹けよ暴風、大地を穿て! 嵐の女神は剣を振るう!」
「我が名はジークフリード、最強の魔法を食らいたまえ!」
「彼の敵を貫け、パワー・ストーム!」
「ブラスト・ブルーサンダー!」
詠唱の完了は同時だった。左右から放たれた魔法を、私は後ろに飛んで避ける。
……黄色ローブの詠唱が無駄に長かったおかげで回避が間に合った。が……。
「ぐっ……」
二人の魔法が目の前でぶつかり、爆発。
その爆風に飛ばされて地面に叩き付けられた。
「フリッツたちの挟撃を避けるか。本当に、見事だ。だが我々の連携の前に散れ、アヤカ!」
黒ローブの剣が迫る。さすがに、避けるのが間に合わない――。
私のことを見事だと言うけれど、相手チームの連携こそ見事だった。
キャストの息の合った連続攻撃で私の足を封じ、ソードが取りに来る。連携の高さはゴールドランククラス。もしかしたらプラチナランクでも通用するレベルだ。
こんな風に、チームで強い相手と戦うと思い出す。
チーム『ワンダーストラグル』。
アリスと出会い、一緒にプレイしていた時のことを。
そして、チームが崩壊してしまった後のことを。
*
「他の魔法とは違う迫力があったのよ。アリスのホーリーランス」
「ちょっ……もうやめてよ、アヤカ」
ダイブゲームセンター、KAGA
ここは私がホームにしているゲーセン。広くてフードコートがあって、巨大モニターで観戦もできる。ブースの数も多く、最高の環境が揃っている。
それもそのはずで、ここはダイブゲームのブースのために建てられた、新しい店。できたばかりで綺麗だし、女性プレイヤーも多い。
一緒にいるのは、チームを組むことになった……アリス。
彼女はここから二駅隣にある、KAGA
このチームを組む前に、私はアリスと対戦したことがある。
あの時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
ホーリーランスの詠唱が始まると、私は身震いし、思わず立ち止まってしまった。
魔法が発動する前から、それが他とは違うものだと感じた。
こんなのはキャストマジシャンズをプレイしていて初めてだった。
さすがプラチナランク、ゴールドランクでは味わえない緊張感があると思った。
特にアリスは、他を寄せ付けない圧倒的な強さだった。
最強と噂されるのも納得がいく。
バケモノと、呼ばれてしまうのも。
その時はまだ、一緒にチームを組むことになるなんて思いもしなくて。
ただただ、彼女の放つ光の槍に目を奪われるだけだった。
というわけで、アリスにホーリーランスの感想を語っていたところだった。
「アヤカ~……大げさに言いすぎ」
「大げさじゃないわよ。それに、自信あるんでしょう? ホーリーランス。大人気じゃない」
「まぁ……ね。呪文、作るの大変だったし。強いって言われるってことは、実用的なものになっているってことよね。……うん、嬉しいかも」
「承認欲求ってやつね」
「ちっ、ちがうから、そういうんじゃないからっ。もう……アヤカって結構いじわるよね」
「そう? 普通よ、こんなの」
私たちのチーム、ワンダーストラグルは全員ネットで知り合ったプレイヤー。アリスとだって、一昨日会ったばかり。一応、これでも言葉は選んでいるつもりだった。
そもそも私の言葉なんて軽いんだから。重く受け止める人なんていない。
「あ、わたしちょっと飲み物買ってくる。アヤカは?」
「それなら私が買いに行くわ。アリスは待ってなさい」
「いいの? ……ありがと。じゃ、席とっておくね」
「よろしく。なにがいい?」
「ん~~、ホットココアで」
私は一旦席を離れ、フードコートに入っている珈琲店でホットココアと、自分用にコーヒーを買う。
「アリス。はい、ココア」
「ありがとーアヤカ。あ、お金。スマホで送るね」
「……いいわよ。奢ってあげる」
「えっ、でも……」
「私は地元だけど、アリスは交通費出してここに来てるんだから。それくらいは、ね」
「アヤカ……ふふっ、ありがとう。アヤカって優しいよね」
「そっ――その分、あとで練習付き合ってもらうから」
私が、優しい?
……そんなこと、初めて言われた。
私は胸の奥がくすぐったいような、へんな感じがして、それをアリスに悟られたくなくて自分のスマホをいじる。
「あ……そうだ。アリス、さっきチサトから連絡があったわ。明日、ここに来るって」
「ほんと? どんな人だろう。ゲームで会った感じだと、わたしたちよりお姉さんって感じよね」
「そうね……たぶん年上でしょうけど」
チーム内でそういう詮索をあまりしたことがない。同じキャストマジシャンズのプレイヤー、年齢差なんて関係ない。それがリーダー・イブキの考えで、メンバー全員がそれに同調した。
とはいえ、こうして実際に会って話をすると考えてしまう。
私は高校二年だけど、アリスも同じか、もしかしたら一つくらい下かもしれない。ちょっと幼いところがあるし。さすがに中学生ではないと思うけど。
もちろん、直接聞いたりはしない。考えはするけど、どっちだって構わないと思っている。
「チサトって、この辺りに住んでるわけじゃないんだよね?」
「そうね。一時間ちょっとかかるみたいよ」
「うわぁ……遠いのに、ありがとうチサト」
「来れない距離じゃないし会ってみたいからって。アリスは、明日も来られる?」
「もちろん! 絶対明日も来る! わたしもチサトに会ってみたい!」
「わかったわ。チサトにそう返事しとく」
「ありがとう!」
アリスは素直な子だなって思う。こうやってすぐに、ありがとうって言うし。
最強だなんだと言われても、中身はこんな可愛らしい女の子なんだから。
それに、対戦した時はわからなかったけど、チームを組んで一緒にプレイしていると、キャストマジシャンズを楽しんでいるのがよく伝わってくる。
楽しくて楽しくて仕方がない。キャストマジシャンズが大好きなんだって。
もっとも……これは後でわかったことだけど、チームだったから笑ってプレイすることができたらしい。野良だと味方からも悪く言われて、笑うこともできなっかった。でもいまのチームなら、伸び伸びプレイできると、アリスは語ってくれた。
なによそれ。
それを聞いた時、私はキャストマジシャンズのプレイヤーの程度の低さに呆れた。
相手の位置がわかる?
そんなのいくらでも対策できるじゃない。少しは頭を使って戦いなさいよ。今時小学生プレイヤーだって作戦を立てて戦うわよ?
味方なのにアリスを叩いてどうするの? 勝ちたくないわけ? それに、同じチームにいるならいくらでも弱点を探れるじゃない。その時は協力して、敵として当たったときに弱点を突けばいいのに。
ホーリーランスが強すぎる?
これこそ意味がわからない。ただのやっかみじゃない。キャストマジシャンズは同じ呪文を唱えれば同じ魔法が発動するのよ? 実際使ってる人もいっぱいいるじゃない。自分の考えた極大魔法が人気なくて使われないから、妬ましいだけじゃないの?
そもそも今は使う人が多すぎて、プラチナランクだと囮で使われるくらいよ? ……アリスは綺麗に決めるけど。
これでアリスの方が叩かれるっていうんだから、アホらしい。
そう思っていたのに。
『アリスとやってると、本当にバトルがつまらない』
アリスを傷付け、その心を折ったのは、私の一言だった。
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