第29話「一歩ずつ、歩み寄った」


「アヤカ……!」

「あ……アリス……」


 決勝戦が終わりブースを出ると、有依子は彩華のもとへ走った。

 二人は向かい合い、そして、


「ごめんなさい!」


 有依子が真っ先に頭を下げた。


「アリス……?」

「あの時! 三ヶ月前のあの時、逃げ出してごめんなさい。ちゃんと、アヤカと、みんなと、話すべきだったのに……わたしはなにも聞かないで、ゲームをやめてしまった。チームを解散させてしまった。ぜんぶ、わたしのせい。だから、ごめんなさい」


 深く頭を下げる有依子を、彩華は呆然と眺める。そして、ぽつりと呟いた。


「……違う。違うでしょう? アリス」


 彩華が一歩、有依子に近付く。


「私があんなことを言ったから……。アリスの心を折ってしまったからでしょう?」



『アリスとやってると、本当にバトルがつまらない』



「リーダーが言ってたわ。そんなの、今だけだって。すぐに対策をしてくるチームが出てくる。環境は変わっていくものだって。でも私は、その環境に取り残されるんじゃないかって、不安で……焦って、つい愚痴を言ってしまった」

「アヤカ……」


 有依子が顔を上げる。


 彩華は前に、


「……わかってたのに! アリスがどれだけ苦しんできたか! なにを言われてきたか! 全部わかった上でみんなチームを組んでいたのに! それなのに、あんなことを言うなんて……」

「ううん。アヤカ、わたしが言わせちゃったんだよ。わたしのせいで、バトルがつまらなくなっていたのは本当なんだと思うし」

「つまらなくなんかないわよ!」

「えっ……アヤカ……?」


 彩華の顔を見て、有依子がハッとした表情になる。


 、彩華は歩みを進める。


「楽しかったに決まっているでしょう? アリスと一緒にバトルするのが、どんなに楽しかったか……! だけど不安もあったから、だから……あんな……。私はいつもそう。自分の言葉に重みがあるなんて思えなくて、酷いことを言ってしまう。心にもない一言を。言ってはいけない言葉を」


 彩華の瞳から涙がこぼれ落ち、頬を伝う。


「だから……悪いのは私よ。アリス、本当にごめんなさい。酷いことを言って、あなたを傷付けた。チームを崩壊させたのは、私」

「あや……か……」


 今度は有依子が、


 お互い、手を少し伸ばすだけで触れられる距離。

 彩華は泣いていた。一度こぼれた涙は、止まらない。


「ごめんなさいっ。アリス、ずっと、ずっと謝りたかった。ごめんなさい……!」

「わたし……わたし! 本当に、ダメだ。本当に弱い。なんで、どうして逃げたりしたんだろう……。ちゃんと話を聞いていれば……。ごめん、アヤカ。ごめんなさいっ! ごめんなさい……!」


 有依子と彩華、二人が


 有依子が彩華を抱きしめる。彩華も有依子を抱きしめ返す。


 二人はしばらくの間、その場で抱き合い、泣き続けた。

 俺たちはそんな二人を、黙って見守っていた。




                  *




 幸いなことに、今回の運営スタッフさんは気を利かせてくれて、バトル終了後から配信をストップしてくれていた。

 もっとも運営の解説者、蒲田さんはバトルが終わると、なにか問題が起きたのか慌てて会場を出て行ってしまったらしいが。

 ……心当たりがありまくる。魔王の魔法を使ったからなぁ。


 優勝の表彰は行われたが、インタビューは後日コメントをくださいと言われて、省略されてしまった。まぁインタビューで魔王の魔法のことを聞かれても困っただろうから、俺たち的には助かった。


 みんなの前で抱き合って泣いた、有依子と彩華の二人は……すべてが終わって落ち着いた後も、恥ずかしそうにしていた。


「そうよね……ネット配信があったのよね。かんっぜんに忘れてた。またわたし、かっこ悪いところを晒しちゃうところだった……」

「仕方ないわよ、あんなバトルをした後だもの。……あぁもう。私、自分がこんなに泣いちゃうなんて思わなかったわ」


 有依子と彩華はテーブルに向かい合って座り、沈み込んでいる。

 ……彩華は前回の印象を払拭するためにも少し晒された方がいいような気がしないでもない。

 一昨日会った時と比べてものすごく素直になっているし。

 でもそうなると号泣している姿を晒すことになるし……やっぱり無理だな。


「だけど、アヤカがあんな風に思ってくれてるなんて思わなかった。一昨日だって、すごく怒ってたし」

「あっ、あれは……。だって、アリス、名前変えてキャスマジ再開してて、しかも大会にも出てるから……。あれでも内心、動揺してたのよ? 謝りたいのに、なんかもう心の中がぐちゃぐちゃになっちゃって」

「……それは本当にごめんなさい。でも、キャスマジを再開したのは」

「わかってるわよ。キャスマジが好きだからでしょう?」

「え……」

「あなたほどキャスマジを好きな人が、そう簡単にゲームをやめられるはずがない。いつかきっと戻ってくると思ったから、私はアリスの対策をしたチームを作った」

「アヤカ……」

「無駄にならなくてよかったわ。……おかえり、アリス」

「うっ……やだ、また泣いちゃうでしょう? もう。……ただいま、アヤカ」


 有依子だけじゃない。彩華の瞳も潤んでいる。

 だけど今度は、お互い顔を見合わせて、笑いながら。


「アリス。私、ちょっと顔洗ってくる」

「うん。……あ、待ってアヤカ」

「なに?」


 立ち上がった彩華を、有依子が呼び止める。


「あの頃はIDで呼び合ってたけど、わたし、天藤あまふじ有依子ゆいこって言うの。ゲームでも、今はユイコだし、できたら名前で呼んで欲しいなって」

「……。私は、芳井よしい彩華あやか。よろしく、ユイコ」

「うんっ。ありがとう、アヤカ」


 彩華は顔を赤くして、早足でお手洗いに消えていく。

 本当に、印象変わったなぁ。



「よかったな、有依子」

「晃太……。うん、ありがとう」


 少し離れて二人の様子を見守っていたのだが、俺は有依子の隣に座る。

 そしてほぼ同時に、有依子の正面に髪の長い、眼鏡を掛けた少女が静かに腰掛けた。


「えっ……あ、もしかして、シオリ、か?」

「ええ。先程対戦した、ロッドマジシャンのはぎ志織しおりよ」

「あ、どうも……。わたしは、天藤有依子、です。こっちは桐村きりむら晃太こうた

「えーっと、よろしく……?」


 俺は軽く会釈をするが……。

 シオリ――志織はじっと有依子を見つめ、いや睨んでいて、このテーブルだけ異様な雰囲気に包まれていく。


「あのー……私に、なにか」

「私は、あなたのしたことを許せない」


 沈黙が耐えきれず、有依子が話を促そうとすると、志織は被せるようにそう言った。


「……アヤカのこと、よね」

「他になにかある? 三ヶ月前、彩華は泣きながら私のところに来た」

「えっ……」

「志織……さんは、彩華とどういう関係なんすか?」


 なんとなく年上な気がして、敬語を使うことにする。


「彩華とは幼馴染みよ」

「幼馴染み!? いたんだ……知らなかった」

「有依子、彩華とそういう話しなかったのか?」

「う、うん。ゲームのことばっかり話してたの。だからこっちも晃太のこととか、話してなかったし」


 なるほど、と納得する。

 一昨日会った時、彩華からしたら「どこの誰とも知らないヤツとアリスがチームを組んでいる!」って状態だったんだな。そりゃ……心の中もぐちゃぐちゃになる。


 志織はようやくこっちをチラッと見て、


「……あなたは、アリスの幼馴染みなの?」

「うーん、それに近いなにかというか、中学から家が隣になった関係っすね」

「なるほど。一昨日、彩華はすごく荒れていた。なんなのあいつアリスのなんなのよ、と」

「は、ははははは……」


 彩華、早く戻ってこないと、この幼馴染みに色々と暴露されるぞ。


「彩華はあの三ヶ月前から、本当に素直になった。以前は、それはもうグサグサと人の悪いところを突きまくる、だったのに」

「ハートクラッシャーって」

「……ちょっとわかるかも」


 わかるのか。どんだけキツい性格だったんだ。


「それが、あの日を境に変わった。私に不安を口にしてくれるようになったし、グサグサ突き刺していたのがチクリというレベルになった。ありがとうと言える子になった」

「そ、そうなんだ」


 本当に早く戻って来た方がいいぞ、彩華。むしろ誰か呼んできてあげて。


「全部、あなたのせい」

「志織さん、でもそれって…………うっ」


 有依子が口を挟もうとすると、ギロリと今まで以上にキツく睨まれる。


「……ん?」

彩華を更正して丸くするつもりだったのに。あなたに全部やられてしまった」

「……んんん?」

「だから私は、アリスのしたことを許さない。……私が言いたかったのは、それだけ。じゃあね」


 呆気にとられている俺たちを気にせず、志織は言いたいことだけ言って席を立つ。

 そこへちょうど、彩華が戻ってきた。


「あれ? 志織。アリス――ユイコとなにか話してたの?」

「ええ。でももう終わったから。行こう、彩華」

「え? あ、ちょっと待ってよ志織、なにを話したのよ? ねぇ、志織?」


 二人はそう言いながら、立ち去ってしまう。


「彩華にも、身近にああいう友だちがいたのね。わたしにとっての晃太みたいな感じ?」

「えぇ? 俺は……まぁポジション的にはそうかもしれないけど、なぁ」


 自分で更正したかったとか思わないし、それで逆恨みしたりしないぞ……。




「いた! あんただろ、さっきのソードマジシャン!」


 突然大声が聞こえ、そっちを見ると、彩華のチームのソードマジシャンが、未咲先輩に食ってかかっていた。


「ん? あ、なんだっけ。ハマグリくん」

「ハマケン! 塩浜しおはまけんだ!」

「そうだった。なにか用?」

「変な剣使って、ずるいぞ! オレの方がぜったい強いのに!」

「……それ、本気で言ってる? 正直、準決勝の香子さんの方が強かったよ」

「なぁ!? なんだと!!」

「あら。アタシのこと認めてくれてるんだ。未咲ちゃん」


 そこへ、当の香子さんがやって来て、話に加わる。


「うん。香子さん、本当に強かったです。ハマシオくんより」

「ハマケンだ!」

「そっか、お姉さん嬉しいわ」

「ぐっ……おい! あんたとあんた! 名前を教えろ!」

「ねぇ、あたしキミより年上だと思うよ」

「アタシはさらに年上よ? アタシとレオは大学生だからね」

「う、ううう、名前を、教えてください」

「ん。清崎きよさき未咲みさき。よろしく」

「アタシは本橋もとはし香子かおるこ。よろしくね」

「あぁ、よろしく。絶対に二人より強くなって……ってなんであんたらが――あなたたちが握手してるんだよ、ですか!」


 ……お姉さん二人に軽くあしらわれているなぁ。ハマケン君。



「なんか、僕らのチームメンバーが迷惑をかけているよね。ごめんね」

「いえいえ、頭をあげてください。こちらも失礼なことをしているみたいで、申し訳ありません」

「そんなことないよ、頭をあげて。あ、僕はクノー、久野くの孝康たかやすって言うんだけど」

「申し遅れました。私は古坂こさか知奈ちなと言います」


 未咲先輩たちのその脇で、知奈と背の高い男性、クノー……久野さんが頭を下げ合っていた。

 結構身長差があるはずだが、クノーが猫背のせいか威圧感は無い。


「久野先輩! オレ迷惑なんてかけてないですよ!」

「知奈ちゃん? 失礼なことってあたしのことじゃないよね」

「まぁまぁ健君、落ち着いて」

「すみません、未咲さんのことです」

「随分はっきり言うようになったよね、未咲ちゃん」

「信頼を置ける人にはハッキリ言った方が良い。そう、姉から教わったので」

「……それなら、ま、いっか」


 さっきまで決勝戦でバトルをしていた相手と、和気藹々と話すことが出来る。

 ひょっとしたら、これがチーム戦、大会の醍醐味なのかもしれない。


「さてと、ちょっと行ってくる」

「晃太? どこに?」

「俺も、謝らないといけないなって、思ってさ」


 この決勝戦、彼が見に来ていないわけがない。香子さんもいるし。

 俺はフードコートの隅に一人佇む、彼の前に立った。


「あぁ、君は。コータ君、だったかな」

「桐村晃太だ。……瓦田かわらだ玲央れお


 チーム瓦版屋のリーダー。動画投稿者、瓦版屋レオ。


「ごめんなさい。一昨日は、失礼なことを言いました」

「晃太君……」

「ネット配信を止めてくれたし、動画の拡散もやめるように呼びかけてくれた。あんたは、なにも悪くないのに。本当にありがとう」

「よせ。俺はアリスのファンとして、当然のことをしたまでだ。動画の拡散阻止は、上手くいって良かったよ。下手したら拡散を助長してしまう危険もあったからな。皆、アリスを追い込んでしまったあの頃の風潮に、思うところがあったのだろう。協力的な人が多くて助かった」

「…………くそう」

「ん? なにか言ったかい?」

「いいえ、なんでもないっすよ。とにかく、ごめんなさい」


 俺は、この人に嫉妬していた。自分にできないことができる、自分にないものを持っている。俺の知らない、有依子のことを知っていた。


 だから嫌いだった。

 敵わないと思い知らされるみたいで、認めることができなかった。

 それは今でも変わらない。嫉妬は消えていない。悔しいと思う。

 でも、嫌いだとは、もう思っていなかった。




「知奈さん、今日はすごくすごく! 格好良かったです」

「とても素敵でした。知奈さん」

ゆうさん、美佐みささん! 見ていてくださったのですね。ありがとうございます!」


 知奈のクラスメイトの、柏田かしわだ祐と米川よねかわ美佐。二人が近付いてきて、知奈と話し始める。

 そこに、


「え、なになに? 二人ともキャスマジに興味あるの? よし、お姉さんのグローブを貸してあげよう! 未咲ちゃんのも貸してあげてくれる?」

「もちろん、香子さん」

「え……い、いいんですか? お借りしても?」

「遠慮しないの。誰かこの子たちのフリーマッチ、付き合ってくれない?」

「私はお二人と同じチームに入ります」

「じゃあ僕もお邪魔しようかな」

「はーっはっはっは! では俺が対戦相手となろう! そこの……ハラヘリ君だったかな? 君も付き合え!」

「ハマケンだっての!」

「すごいです、すごいです! みなさんありがとうございます!」



 わいわい騒ぎ出したみんなを、ぼんやりと眺める有依子。

 俺はそんな有依子のもとに戻り、声を掛ける。


「俺たちも、行くか?」

「……そうね。行きましょ! ほら、アヤカも! こっち来てよ!」



 大会は昼過ぎに終わっていたが、俺たちは夕方までメンバーを取っ替え引っ替えして遊び続けた。

 その時に一度だけ、魔王の魔法抜きで『アリスマジシャンズ』VS『シングルワード』を行ったのだが……。

 結果は、ゴーレムパンチの判定で『シングルワード』の勝利。


 俺たちは切り札を使えなかったし、決勝戦では勝ったからいいんだが……。


 結構、悔しかった。




                  *




 俺たちの地区大会決勝戦のバトルは、ネットで大騒ぎになっていた。


 あの魔法はなんだ? あんなのあったのか? ずるくないか? 勝てるわけないじゃん。


 そんな魔王の魔法への批判はもちろん、ラウンド3で手を抜いていたとか、いいやあれは熱かった、細かいこと言うなよ、と、バトル展開そのものが賛否両論、物議を醸すものになってしまった。

 確かに、最後の有依子と彩華の対決はそう見られてしまっても仕方がない。大会に本気で参加している人から見たら、そんなの決勝でやるなと思うのかもしれない。

 でもお互いが吹っ切れるために。決勝という舞台での対決は、やはり必要だったと思う。


 バトル展開についてはともかく、魔法への批判は予想していたものだ。

 これくらい 騒ぎが大きくなるのも仕方がないと思っている。

 俺たちの使った魔法は、さすがに呪文次第で効果が変わるというゲームシステムの域を越えている。

 運営への抗議の声も多かったようだ。


 正直、いよいよ運営会社が俺のところに来るんじゃないかと、覚悟を決めていたのだが……。

 運営は、こんなお知らせを出してきた。



『次期アップデート内容のテストの際に、一部プログラムが機能をオンにしたままプレイ用サーバーに上がってしまいました。プレイヤーの呪文の判定にそのプログラムが使用されていたことを確認しました』



 つまり俺たちは、たまたま唱えた呪文が次期アップデート内容に適していて、知らずに使っていた、ということらしい。


 


 魔王の魔法と、有依子のホーリーランス・オリジンは、本物の魔法だ。

 偶然アップデート内容に適していたなど、あるはずがない。


『詠唱魔法士キャストマジシャンズ』


 この一連の出来事に、手を引いている


 俺は、そいつに会うために。

 キャストマジシャンズに、ダイブした。

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