第28話「最強の魔法が貫いた」
「魔力の源泉、見えざる渦、黒き力の扉が開く!
溢れよ流れよ、世界に満ちよ! 力を掴み、魔法を編み出す我こそが魔法の王!
黒き力の剣を持ち、魔力の世界の王となる!
纏え、魔王の外套! オーバードブラックフォース!!」
詠唱を終えると、俺の身体を黒き力のオーラが包み込んだ。
渦を巻き、魔力が迸る。辺りに衝撃波を撒散らし、壊れた噴水の瓦礫が吹き飛ばされた。
黒き力は縦に横に荒れ狂うが、次第に収縮を始める。同時に、俺の身体はゆっくりと浮かび始めた。
オーラが、魔力が、一つの形を作り上げようとしている。
「っ……バリア起動!」
敵のゴーレムの後ろにいたアヤカとクノー。クノーがゴーレムに触れて、バリアを発動した。
いくらどんなに強い魔王の魔法でも、ゴーレムのバリアは絶対に破れない。それはゲームのルールであり、冒すことのできない領域だった。
クノーの行動は当然のもので、間違っていない。
それが無駄撃ちになるなど、初見でわかるはずがないのだから。
荒れ狂う黒き力の波動が収まり、創り出された形は――漆黒のマント。
魔力により編み出された黒き力のマントを羽織り、俺は空に飛び上がる。
「え……飛んだ? 魔法? ……撃ってこない?」
「コータ! シオリは第2エリア、右! ハマケンは第1エリア、中央!」
呆然と呟くクノー。そして、ユイコが敵の位置を教えてくれた瞬間。俺は黒い流星となり、敵の第2エリアに突っ込んでいた。
ドゴゴゴォン!
「なっ……えぇ?」
地面をへこませながら着地した、その目の前に。
復帰してきたばかりのシオリ。動揺、動きが止まる。
俺が右腕を真横に伸すと、マントの右半分が手の先に集まり、一本の黒い剣に変わった。
「え? な、なんなの、これ!」
ズバッ!! バシュッ!
一閃、シオリを倒すと、俺は再び空に飛び上がった。
――残り、三秒。
魔王の外套、オーバードブラックフォース。
この極大魔法は、従来の攻撃型でもシールド型でもない。
自己強化の極大魔法。
漆黒のマントを羽織り、空を飛び剣を振るう。驚異を振りまく恐怖の存在。
前世の魔王とは関係ない、俺がイメージした魔王の姿。その顕現。
それが、俺が新たに生み出した魔法、魔王の外套だ。
ただし、そこまで都合の良い魔法ではない。
効果時間はたったの五秒。
実はゴーレムを破壊することもできない。
たったの五秒で敵を倒し、制圧する必要がある。
潜伏し、やり過ごされてしまえば無駄撃ちになる、リスクの高い魔法だ。
だがこっちには、ユイコがいる。敵の位置さえわかっていれば――五秒もあれば充分。
俺は次に第1エリアに落下する。
ズゴゴゴゴゴォ!!
建物を突き抜け、破壊し、ハマケンの眼前に出現する。
「うぉぉ!? なんっだこれっ!」
話している時間は無い。言葉の途中で剣を振り、ハマケンを倒し、再び空へ。
――残り1秒!
最後は敵のゴーレムの後ろに着地。しかしアヤカはゴーレムから離れ、左に逃げていた。追いかけ、その背中に向けて剣を振りかぶる。さすがのアヤカも反応できないはずだ。これなら――!
振り下ろす瞬間、アヤカが振り返り、
「こんなデタラメな魔法でっ! ――え?」
「――!!」
魔王のマントが消え、俺は地面に転がった。
「うっ……間に合わなかったか」
「は……はは! お、驚かすじゃない! 時間切れってところ?」
アヤカが立ち止まり、身構える。
俺は――膝を突いて、アヤカを見上げていた。
「……? もしかして動けないの?」
「…………」
「そう、そうよね、あんなとんでもない魔法……デメリットがあるに決まってる!」
アヤカの言う通りだった。魔王の外套のデメリットの一つ。
魔法の効果が切れた後、反動でしばらく行動不能になってしまう。
「まぁ、な。……でも、おいしいところは譲ってやらないと」
「譲る? ……クノー! こいつをお願い、私はアリスを叩く!」
ゴーレムの側にいたクノーに声をかけ、アヤカが中央に駆け出す。
「え? アリスを? わかった――って、危ない! アヤカちゃん!」
「っ……!!」
ブゥゥゥン!!
横からミサキ先輩がアヤカに斬りかかった。アヤカはそれを紙一重で避ける。
クノーの声さえなければ倒せていた。
「惜しい。……でもよかった。この剣の真価、見せてあげられる」
「くっ、このっ、邪魔しないで!」
ミサキ先輩はアヤカの周りを踊るように跳び回り、斬撃を繰り出す。剣を振り、すぐさま黒い球体の噴射で位置を変え、斬る。その繰り返しだ。
アヤカはダメージを負いながらも必死に避け続けるが、次第に黒いオーラに囲まれていく。
「やっぱり、あんたの剣! 前のままのが、避けにくかったわ! 場に残るオーラだって当たっても大したダメージじゃない。黒い球体の噴射で飛べるみたいだけど、一回剣を振らないといけないみたいね?」
「さすがだね。もう見切られてる。だったら、これはどう?」
「えっ――」
バシュッ!
ミサキ先輩が噴射で上に飛んだと思った瞬間、
パッ――パッ――パッ――!
アヤカの背後に、着地していた。
黒い球体の噴射は一度だけだった。
ミサキ先輩は場に残った黒いオーラを足場にして八艘飛び、空を駆け、アヤカの頭上を飛び越えたのだ。予想外の行動に目が追いつかず、一瞬で背後に着地したように見えた。
斬撃を足場にする。……なるほど、使いこなすのに時間がかかるわけだ。
背後を取ったミサキ先輩。アヤカは完全に先輩の姿を見失っていた。そのまま剣を振り抜けば――。
「させないよ!」
クノーの霧が先輩の視界を覆う。しかし霧で剣は止められない。先輩は構わず剣を振り抜いた。
「うっ……え? クノー?」
「……アヤカちゃん。いまの内だよ」
ミサキ先輩が斬ったのは、クノーだった。
アヤカを突き飛ばし、間に入ったのだ。
「ごめん、ありがとう!」
霧の向こうで、アヤカが駆け出す。
ミサキ先輩が後を追おうとした、その時。
「天上より舞い降りし戦いの女神よ!」
ユイコの声が、響き渡った。
*
「天上より舞い降りし戦いの女神よ!」
ユイコは第2エリアの建物の屋根に登り、詠唱を始めていた。
「ホーリーランス? はは……あははっ! それこそ、私が対策していないわけがないでしょう! アリス!」
アヤカは叫び、素早くゴーレムの後ろに回り込む。そして、
「世界よ凍れ! すべてを閉ざせ!」
詠唱を開始する。シールド極大魔法だ。
「あたし、止めてくる」
阻止に行こうとするミサキ先輩。俺は肩を掴んで引き留めた。
「コータくん?」
「ここは、ユイコに任せましょう」
相手は三人落ちている。アヤカの詠唱は簡単に阻止ができるだろうし、その間にゴーレムの破壊を進めてしまってもいい。残り時間的にも、俺たちの勝ちは決まったようなものだ。
それはきっと、アヤカもわかっているはず。
わかっていて、ユイコの魔法を止めようとしている。
ならば、最後の決着は。二人に付けてもらいたい。
「大丈夫です。ユイコが勝ちますから」
「……そうですね。私もそう思います」
自陣側から、チナが歩いてくる。
「ユイコさんに、任せて欲しいと言われてしまいました。これで、いいんですよね?」
「あぁ。ここで、決着を見届けよう」
「……わかったよ。ユイコちゃんのホーリーランス。しっかり見させてもらう」
冷静に、高貴に。かつ激しく、詠唱を続けるユイコ。
対して、叫び、激昂。興奮し、必死に詠唱をするアヤカ。
この魔法の戦いに横やりを入れるなど、それこそ無粋だ。
「我が剣は神を断つ最強の剣!」
「聖なる光、輝きと勝利はこの右手に!」
「大地に突き立て――呪文が、違う?」
「正義の力、高潔と栄光は左手に!」
いつものホーリーランスとは違う詠唱に、アヤカが戸惑う。
アリスが使っていた、動画で有名なホーリーランスの詠唱。
あれはユイコが、最低限の呪文の長さで、ゴーレムを破壊できる威力を維持できるように作ったユイコの魔法だ。
昨日ユイコは言っていた。このゲームを始めて、真っ先に思いついたホーリーランスの呪文。威力は高いが詠唱が長く、使い勝手が悪かったと。だからアレンジし、今の形にしたのだと。
つまりホーリーランスの呪文には、オリジナルが存在するのだ。
……ホーリーランスだって、俺の魔王の魔法と同じで、別の言語で作られた勇者アリスの魔法のはずなんだがな。
それなのにアレンジ版がきちんと極大魔法ホーリーランスとして機能していたのは、ユイコのセンスによるものだ。
魔王の魔法をアレンジできながったのが、結局俺のセンスが原因だとしたら……ちょっとヘコむぞ。
ただ、ユイコはずっとアレンジ版を使ってきた。そっちに慣れてしまっている。だから決勝が始まる前に練習をしたいと言い出し、朝からブースに籠もっていた。ここの店舗は大会準備で貸し切りだったから、いつもの駅前のゲーセンで。それが、遅れてきた理由だった。
アヤカがどんな対策をしていたとしても、いま唱えているのはオリジナル版、アレンジ版の対策は通用しない。
「くっ……空を、切り裂け! ……時と世界を、止める氷塊は、……何者も通さぬ壁となる!」
突然、アヤカの詠唱がぎこちないものになる。これは……。
「あ……たぶんですけど、今、詠唱を伸しました……」
「えっ? アヤカ……」
アヤカがアレンジ版ホーリーランスの対策を立てていたのなら。
それは短い詠唱で、確実に止められるシールド極大魔法だっただろう。
しかしホーリーランスの詠唱がいつもと違うと気付き、さらにその対策をするために、咄嗟に詠唱を長くした。
……これが、プラチナランクの戦い、か……。
「合わさり、契約! 神の意志を行使する、白き力を我は得る!」
「彼の槍を止めよ!! アイスブレイドワールドウォール!」
アヤカの詠唱が先に終わる。
第3エリアの地面が、一瞬で凍り付いた。
ドスッドスッドスッ!
ゴーレムの前に巨大な氷の剣が三本突き刺さり、その隙間を氷が埋めていく。空に冷気が立ちこめ、大気が凍り、天まで届く氷の壁となった。
シールド極大魔法の中でも、かなり強力なものだと見てわかる。
……だが、それでも。俺はユイコの勝ちを信じて疑わなかった。
何故ならホーリーランスは。魔王の魔法に打ち勝った、最強の魔法なのだから。
「いでよ光の神槍! 裁きの時は来た! 彼の魔王を討ち滅ぼせ!!」
ユイコの頭上に、眩い光が溢れ出す。
目を開けていられないくらいに強く、高潔な、聖なる光。
光は巨大な槍となり、ユイコは両手を挙げて神槍を支えた。
「……これは……。は……はははっ! さあアリス! 勝負よ!」
「アヤカ、終わったら話したいことがあるの。だから……これで終わりにするわ!」
ユイコは両手を振り下ろし、叫ぶ。
「ホーリーランス・オリジン!!」
撃ち出された巨大な光の槍は、氷の壁にぶち当たり、
バキィィィィン! ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
三本の剣を容易く折り、そのままゴーレムの上半身を吹き飛ばし、さらに後ろの建物を抉って第1エリアまで突き抜け、それでも止まらず背後にそびえ立つ巨大な城に大きな風穴を開けていった。
「…………っ!?」
その凄まじい威力に圧倒されてしまい、俺たちは声が出ない。
俺なんか一度見ているはずなのに、度肝を抜かれた。
身震いする。これが、勇者アリスの……真の光の槍。
こんなとんでもない魔法に、打ち勝とうとしているんだな。
俺は自分が越えたいものの強さを、再認識した。
「これが、本当のホーリーランスなのね……。アリス。今度こそ、私の負けよ」
ゴーレムが大爆発を起こし、俺たちの――『アリスマジシャンズ』の勝利が決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます