第27話「魔王は、本物の魔法を創り出した」
「ごめん、アリスに、勝てなかったわ」
「アヤカ。消沈しているの?」
「……シオリ、私は……」
「私は覚えてる。アリスと再会した一昨日のことはもちろん、三ヶ月前にチームが解散した日の夜のことを」
「三ヶ月前……。私はあの時、決めた」
「アリスよりも強いチームを作る。そう言ったから私は協力したし、クノーとハマケンを仲間にした。すべてはアヤカの願いのためだよ。なのに……もう、諦めるの? バトルは終わっていないのに」
「……ふふ。シオリには敵わないわ。そうよ、私はあの日、アリスより強いチームを作ると決めた。決勝でアリスに勝つと決めた。一騎打ちでは負けたけど、バトルは負けていない。まだこれからよ!」
「じゃあ、早く指示を出して。リーダー」
「わかった。……ありがとう、シオリ」
*
「天よ大地よ世界よ凍れ! 正義も悪も等しく凍れ!」
「大地に鳴動、呼び起こせ。
「暴風、猛風、渦巻け大気! 逆風は嵐の運び手、切り裂く風神の一刀!」
第3エリア、ひとまずゴーレムの陰に隠れると、敵が一斉に詠唱を始めた。これは……!?
「おそらく三人とも、極大魔法の詠唱です!」
「姿を見せてるのが、左に二人、右に一人。霧のロッドだけいないね。チナちゃんの言葉を信じるとして、コータくんはバリア待機。チナちゃんは……いけるよね?」
「任せてください!」
向かって左端の方でアヤカが詠唱、ゴーレムのすぐ左でシオリ、右の方でハマケンが詠唱をしている。
ラウンド3で人数有利なら、こうやって一斉に極大魔法を唱えるのは常套手段。しかし、三人とも姿を見せたままなのが不可解だった。まるでロッドで止めてみろと言わんばかりだ。
「罠かもな。チナ、気を付けろ」
「大丈夫です。――古の霊木は万物の象徴、緑の力。永遠を刻む十の星は我が意のままに。魔王の宝杖、ロッドオブエメラルドスター」
チナが詠唱する。杖はすでに変化してあり、魔法を込め直すだけだ。緑色の光が杖の周りに現れた。見たところ、ラウンド2と変わりないように思うが……。
「貫く凍気は吹雪となり、渦巻く冷気は我が力! ――来るわよ」
「今こそ力を振るう時! ――ただの速い弾。気にすることない」
「雷光は
三人の詠唱が進む中、チナがゴーレムの前に飛び出す。
杖を振るい、チナが最初に狙ったのは――シオリだ。
「やっぱりシオリちゃん狙いだったね」
しかしそこへ、ゴーレムの後ろからクノーが飛び出し、シオリの前に霧を張る。
ビィィン……バシュッ!
撃ち出された光弾は、クノーの霧に阻まれてしまった。
やはり、待ちかまえられていた……!
アヤカは避けられるかもしれない。ハマケンも動きが速い。シオリを狙うチナの判断は間違っていなかったと思うが、相手にも読まれていたらしい。
「霧で防げるのはさっきのでわかったから。どれだけ撃っても無駄だよ」
「そうですね、どれだけ同じものを撃っても変わりません。ですが――」
チナがぐっと杖を握り、前に構える。
……杖の周りの光が、減っている。じっと見ていると、光が一つ、二つと、杖に吸い込まれているのがわかった。
「あれは、まさか? でもそんな魔法は……」
アヤカも杖の様子に気付いたようだ。だが、それがなにを意味するのか、わからない。例え勘付いても仲間に指示を出せない。何故ならアヤカは、その魔法をただの速い弾と決めつけていたから。見たことのない、あるはずのないものを、無いと決めつけているから。
チナの魔王の魔法への対応ができなかった。
「この魔法は、ただの速い弾じゃありません! チャージ! フォース・ストライカー!」
「……えっ?」
ドンッ――!
杖から飛び出した、巨大な光球――チナの身体と同じくらいのサイズの光弾は、撃ち出されると同時にクノー霧を吹き飛ばし、シオリに直撃する。
「そんなっ……チャージなんて!」
シオリは後ろに吹っ飛び、あっと言う間にその姿がかき消える。
ラウンド2のダメージが相当あったとは思うが、これは。
「……あ、シオリさん、落ちかけでしたね。チャージ、四発分もいらなかったです」
おそらく、シオリが無傷でもやられていただろう。
さっきチラッと聞いた話では、チナの魔王の宝杖は、ラウンド3では魔法をチャージすることができ、強化して撃ち出せるらしい。例えば今みたいに、四発分の光弾をチャージして、巨大は光弾を放つことができる。しかも一発ずつ撃つよりも威力があるらしい。チャージする時間が必要になってくるが、強力な魔法だ。
もちろん……チャージできるロッドの魔法なんて、今までなかった。
キャストマジシャンズで、初めての魔法になる。
「なっ、なんだい、今の! あり得ないよ! ロッドでそんな威力……チャージってなに!?」
動揺するクノー。ちゃっかりゴーレムの陰に隠れたのは賢明だった。
チナはクノーを狙おうとしていたが、きっちり霧まで出して視界妨害をされたため、杖を右に向けて狙いを変える。
「旋風!
ハマケンが極大魔法の詠唱を捨てて、チナに向かって一直線に駆け出した。悪くない判断だろう。
チナが一発、普通に魔法を撃つが、ハマケンは腕で受け、勢いを落とさず走り続ける。
迫るハマケン。そこへ、
「流転の原動、青き力! 無限に湧き出す魔力を呑み込み、黒き力の刃となれ!」
ミサキ先輩が割って入った。
「魔王の水刃、ブルーオースブラッドブレイド」
「今度は惑わされないぞ! ……ん?」
ミサキ先輩の剣が黒いオーラを放ち――見慣れない黒い球体が二つ、肩の上に浮かんでいた。テニスボールくらいの大きさで、先輩が動くと球も追いかける。
「ま、またヘンなの出してきたな!」
「また惑わされてね、ハマケンくん」
ミサキ先輩が横一閃、剣を振り抜く。ハマケンは後ろに跳んで避けるが、そこにオーラが残る。ハマケンは足をズサァと滑らせ両手を突き、クラウチングスタートのような低い姿勢で大地を蹴る。助走をつけてオーラを飛び越え、先輩に斬りかかった。
キンッ! ザシュ!
「ああっ、おしい!」
「惜しくないでしょ。キミの方が喰らってるから」
ミサキ先輩が剣を打ち払い、流すが、ハマケンは着地と同時に無理な体勢から剣を振り上げて、ミサキ先輩の右腕を薄く切る。ミサキ先輩もハマケンが体勢を整える隙に背中を僅かに斬った。
「へへ。あんた強いけどさぁ。アヤカさんが言ってたように、その魔法じゃない方が強かった、よ!」
ガキン!
ハマケンが言葉と同時に剣を振り下ろす。ミサキ先輩は剣の腹で受け止め、二人は近距離でにらみ合う。
「本当にそう思ってくれてるなら、助かるよ。ムカツクけど」
「ん? どういうこと?」
「こういう、こと!」
ミサキ先輩がぐんっと力を込め、無理矢理剣を振ってハマケンを弾き飛ばす。
そして、
ボシュッ!!
一瞬で、ハマケンの懐に入った。
「…………ん? あれ? なにこれ?」
ハマケンの背中から、ミサキ先輩の剣が突き出ている。
ミサキ先輩は、相手を弾き飛ばすために、強引に剣を振った。とても距離を詰められる体勢ではなかった。
それなのに、一瞬で懐に入り込み、剣を突き刺せたのは――。
「その肩の黒いの……なんか、噴射した?」
「あ、見えてたんだ。ブルーオースっていうんだ。黒いけど」
「名前とか聞いてないよ……」
ふっと、ハマケンの身体が消えた。
ミサキ先輩の肩に浮かぶ、黒い球体。……ブルーオースという名前らしいが、あれがオーラを噴射し、推進力となってミサキ先輩の身体を飛ばしたのだ。
移動距離と速さは普通のジャンプと変わらない。が、どんな体勢、どんなタイミングでも飛ぶことができるため、場合によっては一瞬で距離を詰めたように見えるだろう。
もちろん何度でも飛べるわけではなく、剣を一振りすると一回飛べるそうだ。
このブルーオースも、チナのチャージ同様ラウンド3限定。
(魔王の魔法は強力だ。使うのには魔力がいる)
魔法はラウンドが進むにつれて強くなっていく。それが基本ルールだ。
この場合、ラウンド2までは使用できる魔力が足りず、真の力を発揮できないということだろうか。
つくづく、魔王の魔法は使い勝手が悪いというか、切り札向きだなと思った。
「凍てつく波動、氷の神剣!」
詠唱が聞こえ、ハッとなる。
アヤカの姿を探すが――いない? 第2エリアに下がったのか?
「アヤカはゴーレムの後ろよ!」
後ろから、ユイコの声が届く。
どうやらクノーの出した霧に隠れて、ゴーレムの後ろに移動したらしい。
居場所はわかったが、そこではチナの阻止も間に合わない。
「すべてを砕け、ブリザード・オーラブレード!」
「ゴーレム! バリア起動!!」
俺はゴーレムの足に触れて、バリアを張る。
アヤカの頭上に現れた青く光る巨大な氷の剣が、ゴーレムに振り落とされる。
しかし魔力の壁が現れてそれを防ぐ。氷の剣はガリガリと激しい音を立てて破ろうとするが、やがてバチンという高い音ともに弾かれ、氷の剣は空に溶けていった。
俺はそれを見届けて、ようやくゴーレムから手を離す。
「アヤカちゃん、バリアは使わせた。下がって体勢を整えよう」
「そう、ね。……大丈夫、対策はできるはずよ」
クノーとアヤカはそう言い捨てて、ゴーレムからさらに後ろ、第2エリアの建物に隠れた。今は4対2、人数差的に下がるしかないのだろう。
「チャージ、フィフス・スターライト!」
チナが残った五発分の光弾をチャージし、ゴーレムに撃つ。破壊が第一段階進み、これでようやくイーブンだ。
復帰してきたユイコと合流し、俺たちは四人揃ってゴーレムの後ろに隠れた。
その場にしゃがみ込み、この後の方針を話し合う。
「今の内に、俺たちも極大魔法で畳みかけるか?」
「そうね、それがいいわ。チナちゃん、ミサキ先輩も――」
「あ、待ってください。その……」
「あたしたち、撃てないよ。極大魔法」
「……え? なんでだ?」
「バトル中にこの魔法を使うと、極大魔法が使えなくなるんです」
二人がロッドと剣を持ち上げてみせる。
「あぁ、なるほどな」
「ってなんでコータはあっさり納得してるのよ。そもそも二人の魔法! どうなってるの? それが、前に言ってた切り札……?」
「はい。コータ先輩にいただきました」
「羨ましい? ユイコちゃん」
「べ、別にわたしはっ。というか、そういうことじゃなくてっ!」
「とにかく極大魔法が撃てないんだってさ。俺たちで撃つしかない」
「っ……わかったわよ……」
「それじゃ二人で撃って。あたしとチナちゃんで、向こうのバリアとシールド極大魔法を止めるから」
ミサキ先輩の指示に、みんなが動き出そうとしたところで、
「いや、待ってくれ。ここは俺に任せてもらおう」
俺は立ち上がり、敵が隠れているであろう第2エリアを見る。
まだ全員揃っていないはずだ。使うなら、このタイミングだろう。
「任せてって、コータ? なにをするつもりよ」
ユイコの声に振り返り、俺は宣言する。
「魔王の魔法を使う」
「魔王の魔法……」
ユイコがその言葉を繰り返す。そして、みんな黙り込んだ。
三人ともわかっているから。俺が使う、魔王の魔法がどういうものなのか。
「俺がこれから使う魔法は、かなり特殊なものだ」
「前に使ってたのよりも、ってこと?」
「そういうことだ。だから、後は頼んだぜ。ユイコ」
「う、うん? ……わかった」
ユイコは訝しむように頷いたが、すぐに真剣な顔になって応えてくれた。
「チナとミサキ先輩も。絶対勝とう」
「はいっ。コータ先輩の魔法……とても楽しみにしています」
「どんな魔法でも、しっかり見届けるよ」
二人からは、信頼と期待の眼差し。
杖と剣、二人に渡すことができて本当によかった。
「じゃあ、行ってくる」
俺は三人に手を振って、歩き出す。ゴーレムの後ろからゆっくり前に出た。
「一人……出てきたよ。男の子だ」
「なにをするつもり? 極大魔法?」
中央、ゴーレムの前に立ち、わざとらしく深呼吸してから詠唱を始める。
「……魔力の源泉、見えざる渦――」
昨日俺は、魔力の源泉である黒き力に触れた。おかげで、今まで蓋をされていた魔王の記憶を見ることができ――。ずっと、どうにもならなくて悩んでいたことの答えを得た。
今までの魔王の魔法。ヴォーテックスハンマー、グレイテストカオスウォール。
この二つの呪文は、記録することが出来ない。覚えておくことすらできない。
さすがは魔王の魔法、本物の魔法だからしょうがない、と片付けていたが……。
そもそも、俺たちのこの世界と、前世の魔王がいた世界。言語が違う。
俺は魔王の記憶のおかげで、頭のなかで勝手に翻訳をしていた。
それで魔王の魔法が詠唱できていたのだ。
翻訳した呪文ならば、記録できないのはやっぱりおかしいのだが、そこはどうも黒き力、魔力が関係していそうである。その辺りのことは俺もまで理解できていない。
(黒き力を理解することはできない。魔法を創り出すのは、黒き力を識るための、魔術)
……ということらしい。正直そう言われても俺にはさっぱりだ。
とにかく、いくら呪文の雰囲気をそれらしくしても、魔王の魔法にはならない。
もし例え記録ができ、それをもとに呪文をアレンジしても、それはこちらの世界の言語で作った呪文となり、魔王の魔法ではなくなってしまったはずだ。
だが今の俺は。魔王の記憶を得た俺は。魔王の世界の言語を識っている。
向こうの言語の呪文を知っている。
つまり、今の俺ならば、ヴォーテックスハンマーだってグレイテストカオスウォールだってアレンジできるし、なんなら、新しい魔法だって創り出すことができるのだ。
「黒き力の扉が開く! 溢れよ流れよ、世界に満ちよ!」
いま俺が唱えているのは、新しい魔法だ。
魔王の魔法ではない。俺が創り出した魔法。
魔王の言語でアレンジ、作成した呪文は、キャストマジシャンズ内で本物の魔法になる。
俺だけの、最強の魔法に。
「力を掴み、魔法を編み出す我こそが魔法の王!」
魔王は魔法の王だった。
今なら俺も――ホーリーランスを越える新しい魔法を創りたいという、魔王の気持ちがわかる。
魔法を創り出す、魔術。イメージ通り創り上げ、組み上げる面白さ、奥深さに、俺も魅入られつつあるようだ。
黒き力の、見えざる渦に。すでに俺は呑み込まれているのかもしれない。
「黒き力の剣を持ち、魔力の世界の王となる!」
だけど、それでもいい。俺はこのキャストマジシャンズの世界で――魔王となる。
「あああ、アヤカちゃん、な、なんだろう……あれ」
「止めないと……うぅ」
いつの間にかアヤカとクノーは第2エリアから出て、向こうのゴーレムの後ろから顔を出していた。
だけど、俺の場所から見てもわかる。
足が震えてしまい、それ以上前に出ることができない。動くことができない。
……魔王の詠唱を邪魔するなど、無粋なことは誰にもできないのだ。
さあ見ろ。新たな魔法が、生まれる瞬間を!
「纏え、魔王の外套! オーバードブラックフォース!!」
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