第25話「アリスにも弱点はあった」
「さあ、キャストマジシャン公式大会、地区大会! 決勝戦の始まりだー!」
「お噂は聞いていましたが、テンションが高いですね。今日の解説は、KAGA東迎町店、店長の
「おや?
「彼は……色々と事情があって、別の課に異動になったようです」
「そうですか! 色々な事情だそうです! 仕方ありませんね!」
「はい。それでは、決勝戦。『アリスマジシャンズ』VS『シングルワード』。間もなく開始です」
*
「大地に祈り、森を讃える。杖に宿りし新緑の力。シュート・オブ・ウィル!」
「剣に流れし龍神の力、刃は流水、剣閃は瀑布の如く。疾れ水の太刀、ブルーエレメント・ソード」
決勝戦、ラウンド1。
第3エリアに向かいながら、チナとミサキ先輩が呪文を唱える。
二人ともまだ、いつもの魔法だ。
対戦フィールドは、城下町。敵のゴーレムの後ろに、大きな城が見える。
敵陣と自陣でマップの形は同じなのだが、背景は別。まるで俺たちが城に攻め込んでいるかのようだった。
……前世が魔王の俺には、ピッタリな配置だな。
俺は走りながら、併走するユイコを見る。
黒いローブなのは変わりはないが、その上に白い手甲、肩当て、胸当てと西洋の甲冑を身につけている。いずれも、アリスが身に付けていた鎧の一部だ。仮面も黒から白に変え、目元だけを覆うシンプルなものになっていた。
それは、自分はアリスでありユイコ、もしくはアリスではないユイコ、という意思表示なのかもしれない。
相手のチームの名前は『シングルワード』。
以前ユイコが――アリスとして一緒にチームを組んでいた、アヤカが率いるチーム。
有依子の話では、当時のチーム全員が最上位のプラチナランクだったという。アヤカはキャスマジでトップクラスの実力者ということだ。
新しく作ったチームのメンバーがどれくらいのランクかはわからないが、そのアヤカが選んだメンバーだ、相応に強いだろう。
「みんな、話したとおりアヤカは……えっ? 中央からソードが急接近! 速い!」
「あたしが迎え撃つよ。コータくん援護よろしく」
「了解っす! ユイコ、他は?」
今回、ユイコは敵の居場所がわかるという能力をフルに使うと宣言した。
しかしアヤカはユイコのその能力をよく知っている。なにか対策をしているかもしれない。注意が必要だ。
「ソードの後ろにロッド! あと……右からキャスト、アヤカね。左からもう一人ロッドが来るわ」
「ん、ロッド2枚か。珍しい構成だな」
珍しくはあるが、決して悪い構成ではない。ロッドは相手の詠唱を止めやすい。完全に止めきったところで、キャストが反撃。カウンター向きの構成だ。
「え……? 待って、左のロッドが中央に、中央のロッドが右に?」
「もう出るよ!」
ミサキ先輩が第3エリア、城下町の中央広場に出る。
中央に大きな噴水があり、その上に――相手のソードマジシャン。
広場に出たミサキ先輩目がけて飛びかかった。
ガキィィィィィイ!!
「もらったーーーー!!」
「むっ……ぐっ」
ミサキ先輩がガードするが、高台からの振り下ろしに押し込まれそうになる。
「このっ! 原初の炎よ退けろ! ファイヤーウィップ!」
俺が魔法を撃つと、弾けるように二人の体が離れる。そこへ、
ドン! ドン!
石の礫が2発。それぞれ俺とミサキ先輩に当たった。
左から来ていたロッドがいつの間にかソードの後ろにいる。
髪の長い、メガネをかけていた女の子だ。紫色のローブに、メガネのフレームに大きな飾りを付けたような仮面をしている。
「まだまだー!!」
ガキィン!
再びソードが距離を詰め、ミサキ先輩に正面から斬りかかる。
半袖半ズボン、緑のマフラー、顔は包帯で隠すという、まるで野生児のようなソードマジシャン。一番背の低かった男の子だ。
「しつこいね、キミ」
「絶対倒す! ぜったい穫る!」
まずい、今度はロッドがいるし、援護が難しくなった。いっそのことあのロッド狙いで魔法を撃つべきか?
「冷気よ! 空よ! 礫よ!」
右から詠唱が聞こえる。キャスト――アヤカが、走りながら呪文を唱えていた。
黒いミニのタイトスカートに、黒いタイツ。白いノースリーブのシャツに、短い黒いマント。仮面は目元だけを覆う白いマスクだ。
「私が止めます!」
チナが広場に飛び出し、ロッドでアヤカを狙い撃つ。
緑の光弾が二発、アヤカに襲いかかるが――。
「氷塊――!」
「避けられた……! まだです!」
「――貫け!」
さらに二発撃ち込むが、アヤカはジグザグにステップを踏んで光弾を避ける。
しかも、詠唱を止めずに走り続けている。
「わたしも手伝う! 貫け閃光、棘となれ」
「あっ、それはダメだよ」
アヤカの後ろに、いかにも僧侶といった格好の、背の高い男。
持っている杖を振ると、ふわっとアヤカの周りに霧が発生した。
「まずっ……! ソーン・オブ・ライト!」
構わずユイコは魔法を撃つ。
が、霧に阻まれて光の棘が消えてしまう。
「噴霧系! もう一人のロッドの魔法です!」
噴霧系、今みたいに霧を出すロッド魔法だ。
威力の低い魔法なら防げるし、敵が中に入れば微量のダメージが入る。おまけに視界もやや妨げる。
当然、霧で詠唱を止めることも可能だが、射程が短いし速攻性は低い。詠唱阻止が主な仕事のロッド的に、あまり使われない魔法なのだが……。相手はロッドが二人だ。一人は噴霧系でサポートというわけだ。
「……ダメです、止められません!」
「降り注げ! アイスダスト!」
チナがもう一発光弾を撃つが、間に合わない。霧を突き抜けることはできたが、その時には詠唱が終わっていた。
アヤカの頭上に無数の雹が浮かび上がる。そしてそれは――こっちに飛んできた。
「うおっ……いたたたた!」
痛覚は遮断されているが、つい叫んでしまった。
まともに喰らってしまったが……落とされなかった。意外と威力は低いらしい。
「あぶねっ……ユイコ、今のがっ!」
「そうよ。アヤカの強さは、その身のこなし。キャストマジシャンでありながら、ソード並みに動くわ!」
事前に有依子から話は聞いていた。
高機動型のキャストマジシャン。それがアヤカというプレイヤー。
彼女の強さは、その身のこなしだけじゃない。あれだけ動いていながら乱れない詠唱。言葉を短く句切ることで、テンポ良く唱えられるようにしている。
ただその分詠唱が短くなるからか、やや魔法の威力が落ちるようだ。
「相手は、アヤカさんの強さを十二分に生かすための構成のようですね」
「そうみたいね……!」
アヤカと噴霧系のロッドは一旦後方に下がる。第2エリアの建物に隠れてしまった。見ると、もう一人のロッドも姿を消している。残ったのは、ミサキ先輩と斬り合っているソードマジシャンだけ。
「ユイコ!」
「うん。……三人固まって、中央ね。どうするつもりかしら」
「私、ミサキさんの援護に回ります」
「そうね、お願い!」
チナが呪文をかけ直し、ミサキ先輩の方に走る。
俺とユイコは噴水まで走り、陰に隠れて詠唱を開始する。
「我が手に集え、炎の精!」
「夜を照らす白き月光! ――あっ! チナちゃん、ロッドがミサキ先輩の方に!」
詠唱を始めてすぐに、ユイコが叫ぶ。
「はい! ……あ、どっちのでしょう?」
「噴霧系の方!」
ユイコが言うが早いか、相手のロッドマジシャンが剣をぶつけ合っているミサキ先輩たちの背後に現れた。
「あっ……ミサキさん!」
二人のソードマジシャンが霧に包まれ、ミサキ先輩はすぐに跳び退る。
一瞬だったから、ほとんどダメージはなかっただろう。
「へへっ、サンキュー、クノーさん!」
「いいから。ほら、早く。ハマケン君」
「りょうかい!
どうやら相手のソードマジシャンの魔法が切れるところだったらしい。魔法をかけ直している。ミサキ先輩も、まだ魔法が残っていたが唱え直す。相手の方が効果時間は短いようだ。
「誘え果てに、掴む灼熱! 焼き尽くせ、フレイムレーザー!」
「援護します!」
俺はこの隙に詠唱を終わらせる。同時に、チナが魔法を撃ち出す。
狙いは相手のロッドとソード。霧を突き抜け、灼熱のレーザーと緑の光弾が飛んでいくが――当たらない。地味に霧の視界妨害が効いている。
「すまん、外した!」
「すみません……」
「……ううん。コータとチナちゃんのせいじゃない。相手、二人ともかなり後方に下がってる」
「マジか、速いな」
「そう、速いのよ。あのソードマジシャンとアヤカだけじゃない。全員、常に動いてる!」
そうか――。アヤカの強さを生かすために、全員が高機動型なんだ。だからキャストがアヤカ一人だけなのかもしれない。アヤカのように動き回りながら詠唱というのは、なかなかできるものではないから。
「たぶん、それだけじゃないよ」
「え? ミサキ先輩、それはどういう?」
「ユイコちゃん、アヤカはどこ?」
「あ……しまった、右! 真横からっ! あ、ロッドもその後ろから……さらに……」
「遅い。氷刃! 刻め! 剣閃! 貫け!」
いつの間にか接近していたのか、噴水の後ろにいた俺たちの真横から、アヤカが走ってくる。
「いけない! みんな散って!」
ユイコが叫ぶ。俺たちは全員バラバラに走り出す。
手を横に構えて、短い単語で詠唱するアヤカ。まるでソードマジシャンの呪文のようだ。
チナが魔法を撃って牽制するが、やはり避けられてしまう。
ミサキ先輩が斬りかかろうとすると、また噴水の上から敵のソードマジシャンが降ってくる。今度は受けず、避け、二人は再び斬り合いを始めた。
俺も魔法でアヤカを止めようとするが、詠唱が間に合いそうにない。
そして、アヤカの狙いは――ユイコだ!
「アヤカ……っ!」
「閃光! 居合い! 一閃! 貰ったわよ、アリス。――アイスブレイド!」
アヤカは目の前まで接近し、手を振り抜く。氷の刃が、ユイコを切り裂いた。
「しまっ……!」
その場にユイコが倒れ込む。
さっきと詠唱の長さはそれほど変わらないが、今度は高威力、短射程の魔法だったようだ。一撃でやられた。
「このっ! 貫け灼熱、棘となれ――ぐっ」
――ドンッ!
ソーン・オブ・ファイア。
アヤカに向けて撃とうとしたが、最後まで詠唱ができなかった。
飛んできた石つぶてを喰らい、俺も落とされてしまったのだ。
「甘すぎます」
「さすがだね、シオリちゃん」
背後に、あのメガネの女の子。
戻ってきた男の方のロッドマジシャンが、彼女に声をかけているのが見えた。
さっきのアイスダストで、俺も落ちる寸前だった。ロッドの魔法一発でやられてしまった。
「これ、よくないね。チナちゃん、下がるよ」
「はいっ!」
「逃がさない! ぜったいに!」
「ほんと、キミ、しつこい」
しつこく追いかけてくる相手のソードマジシャンをチナが牽制して、広場から逃げる二人。なんとか建物の陰に入ることができたが、追撃をかわすのに精一杯だ。その間に……。
「大気よ凍れ、氷塊となれ。打ち砕け、押しつぶせ、破壊せよ! アイスハンマー!」
冷静な、落ち着いた声の詠唱が響き。
アヤカの魔法で、ゴーレムが第1段階、破壊された。
そしてすぐに、ゴーレムは第2エリアに入る。ラウンド2。
俺とユイコが復帰する。
「すまん、チナ、ミサキ先輩」
「まずいね。向こう、完全にユイコちゃんの対策してる」
「えっ? ユイコの対策って、居場所がわかることの?」
ドン! ドン!
話している間にも、ゴーレムへの攻撃が止まらない。
俺たちは動きながら話を続ける。
「敵の位置がわかるっていう、ユイコちゃんの能力の弱点を突かれた」
「弱点!? そんなのあったのか?」
俺は驚いた声を上げたが、当のユイコは落ち着いて頷いた。
「……うん。わたしも、こんな弱点があるなんて思わなかったわ」
「それはいったい、なんなのでしょう?」
「敵の位置がわかるのが、ユイコちゃんだけ。ユイコちゃんのというよりチームの弱点」
「ユイコだけ……。あ、そっか。アヤカのチームみたいに、全員で動き回られると」
「他の人にそれを知らせるのが、大変なんですね?」
「そういうこと」
敵の位置はユイコだけがわかる。味方にはそれを口で伝えなければならない。
しかし敵に常に動き回られると、伝え終えた時にはすでに違う場所にいる、なんてことが起きる。実際、ラウンド1でもそういう展開があった。
全員高機動型。アヤカの強さを生かすための構成だと思っていた。だがこの構成は、ユイコの――対アリスのメタ構成だ!
「じゃあ、ユイコの情報抜きでやるしかないな……」
情報を伝えるので精一杯になってしまうと、ユイコ自身の戦闘能力が下がる。敵の位置は最初だけ教えてもらって、あとは戦いに集中してもらった方がいいかもしれない。
そんな俺の提案に、しかしミサキ先輩は首を横に振った。
「――ううん。あたし、思い付いたことがある」
ミサキ先輩が思い付いた案、それは――。
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