第24話「その気持ちを思い出した」
「有依子さん、来ませんね……」
「このまま来なかったらどうするの? 晃太くん」
「…………」
ダイブゲームセンター・KAGA東迎町店
決勝戦当日、俺と知奈、未咲先輩は、フードコートの入口で有依子が来るのを待っていた。
「このままアリスが来なければ不戦勝。一昨日、私が言った通りになりそうね」
「……! 彩華……」
先に来ていたのだろう、彩華がフードコートの奥からやって来る。チームメンバーと思わしき3人を後ろに引き連れて。
まず、一番後ろに男の人。背は彩華より高いが、猫背で困ったような顔をしている。気が弱そうな印象だ。
それから、右手。ストレートのロングヘアー、メガネをかけた女の子。大人しくて真面目そうだ。おそらく彩華と同じくらいの年齢だろう。
最後に左手、背の低い男の子。このメンバーの中で唯一ニコニコ笑っている、元気いっぱいな男の子という感じだ。
「やっぱりアリスは来ない。わかってたわ。……また逃げると思ってた」
「有依子は、逃げない」
俺は彩華の正面に立ち、宣言する。
「必ず来る。有依子は決勝で、お前と戦う」
「言い切るのね。でももう時間がない。遅刻だって許されないわ」
「あぁ。それもわかってる」
俺は信じている。有依子は必ず来る。間に合う。
後ろの入口に目を向け、俺は――『魔王とアリス』が戦った後のことを思い返していた。
*
「あ、気が付いた? 晃太」
「……うっ。ここは……?」
目を開けると、すぐ目の前に有依子の顔があった。
一瞬、自分がなにをしていたのかわからなくなる。
俺は……そうだ、魔王に乗っ取られて、キャスマジにダイブして……。
有依子と、アリスと戦って、魔王は光の槍に敗れた。
……その後、俺は気を失っていた?
目の前の有依子は仮面をしていない。俺もおそらくしていない。つまりここはリアル。
なんだけど、背中に感じるのは、柔らかい草の感触。少し視線を横に向ければ大草原がどこまでも広がっている。明らかにリアルではない光景。
「有依子、俺たちまだダイブしてるのか?」
「うん。仮面取れちゃってるけどね。まだ隔離されてるみたい」
「そうか……。じゃあ俺は、ダイブしながら気を失ってたのか。そんなことってあるんだなぁ」
「わたしはもう、それくらいじゃ驚かないわ」
「はは……ま、そうだな」
静かに、心地よい風が吹き抜ける。
なんて気持ちがいいんだろう。
キャストマジシャンズで、こんなにのんびりした空気が味わえるとは思わなかった。
なにより……なるべく意識しないようにしていたが、頭に感じる、草とはまた違う柔らかい感触。
有依子に膝枕をされている。
こんなのまで再現されるんだな……キャストマジシャンズってすごい。
さすがに恥ずかしくなってきて身体を起こし、俺は有依子の隣に腰掛けた。
「ありがとうな、有依子。おかげで、助かった」
「うん。晃太はもう、大丈夫なの?」
「心配かけてすまん。大丈夫だ」
「ならいいんだけど……あれってなんだったの? 魔王って……?」
「よし、心して聞けよ。実は俺の前世、魔王なんだ」
「……前世が、魔王」
「なんてな。さっきも言ったが、ウソだと思ってもらって構わない」
「ううん、信じる。あんなことがあったし、それに……」
俺は横から有依子の顔を覗き込む。
大草原の向こう、地平線を見つめるその瞳は、勇者の瞳――。
「よくわからないけど、本当な気がする」
「……そうか。ま、有依子のおかげで、その魔王は大人しくなった。だから大丈夫だ」
俺たちは黙って地平線を眺める。
今度は……俺の番だな。
「……有依子は、アリスだったんだな」
「……うん。ごめん、隠してて。実は――」
有依子は語ってくれた。
チームのこと、アヤカのこと、そして……チームが崩壊し、ゲームを辞めることにしたこと。
「アリス……っていうか有依子が辞めたのは、周りのヤツらに酷いこと言われたからじゃなかったんだな」
「うん。でも――」
「とはいえ、かなり無茶苦茶なこと言われてただろ。お前がそれを気にしないわけがないよな。やっぱり半分くらいはそれが理由なんじゃないか?」
「――あはは、さすが晃太。わたしのことよくわかってる」
「そりゃあ、伊達に家が隣りじゃないぞ。中学からだが」
「でも今の、未咲先輩にも同じこと言われた。辛いに決まってるよって」
「未咲先輩が? ……そ、そうか。けどまぁ、それでも辞めなかったのは、有依子がそれだけキャスマジが好きだったってことだよな」
「……えっ?」
有依子が驚いた声を出す。むしろ、気付いていなかったのかと、俺が驚いた。
「だってそうだろ? 未咲先輩とか、肯定してくれる人がいたのも大きいんだろうけどさ、それは心が折れなかった理由だろ? ゲームを続けたかったのは、キャスマジが好きだからだろ。そうじゃなきゃどれだけ認めてくれる人がいたって、とっくに辞めてるよ」
「…………」
バサッ。
突然、有依子が後ろに倒れ込んだ。
「お、おい? どうした、有依子」
有依子は仰向けになり、腕で目元を覆っている。そして、震える声で……
「……そうよ……わたし、このゲームが好きなんだ……。大好き、だから……続けて……」
「…………」
「晃太に誘われた時も……もう絶対にやらないって決めてたのに。……プレイしていた時のこと、思い出しちゃって。……楽しそうに話す晃太を見て……晃太と一緒にバトルしたら、絶対、楽しいって……。だから、断り切れなかった。断ることなんてできなかった。わたしは、キャストマジシャンズが好きだから」
「……だったら、無理にでも誘ってよかったよ。知奈や、未咲先輩にも会えたわけだし」
「あはは……」
有依子が笑って、袖で少し目元を拭って体を起こす。
「それも、知奈ちゃんに言われた。再開しなければよかったなんて、言わないでって」
「うぉ、マジかよ……。俺が言いたいこと、だいたい二人に言われちゃってんのな」
「そんなことないわ。晃太は晃太の言葉で、わたしを助けてくれた。……ありがとう」
「……おう」
有依子の目に、光るものが見えて……俺はなんだか恥ずかしくなり、空を見上げた。
色々遅くなったけど、俺も、有依子を助けられたんだな……。
「ね、明日の決勝戦なんだけど」
「ん? あ、あぁ」
俺は慌てて、有依子の方を向く。もう、いつもの有依子だ。
「わたし、本当は迷ってた。このままキャスマジを続けていいのかどうか」
「そんなの、やりたいかどうかだけだろ?」
「うん。でもね、わたしは……バトルで、敵の位置がわかるから」
「あぁ、そういやそうだっけ。でもだからって、やっちゃいけないってことはないだろ?」
わかってしまうものはしょうがない。どうやってわかるのかわからないが、目を逸らせるもとのは限らないんだし。やるな、というルールだってない。
だけど有依子は首を横に振る。
「キャスマジは、わたしみたいな人を想定してゲームを作っていないでしょう?」
「そりゃ……そうだな」
自分でも、そんなルールはないと思ったばかりだ。頷くしかなかった。
「アヤカがバトルがつまらないって言ったのも、今ならちょっとわかるの。……でもね」
有依子は立ち上がり、草原を少し歩く。俺も立って、有依子の背中を見つめた。
「それくらいでなにを言ってるんだろうって思った」
「……ん?」
「だって、もっととんでもないものを見ちゃったもの。晃太の魔法はそんなものよりずっとすごいよ」
有依子の言葉に、俺は一瞬思考が止まったが――
「くっ……はっはっは! 言われてみれば確かにそうだ! 本物の、魔王の魔法だからな!」
「でしょ? それにね」
有依子が振り返り、俺に向けて拳を突き出す。
「わたしはその魔王の魔法を、撃ち破ったのよ?」
「……言うじゃないか、有依子。だったら俺は、その上を行ってやるぜ」
俺は有依子に近付き、自分の拳を有依子に合わせる。
「俺たちが揃えば、最強だ」
「アヤカにだって、絶対に負けないわ。でも、そのためには――」
*
「……有依子は必ず来る。約束したからな」
「約束……?」
俺は彩華に向けて拳を突き出した。
「決勝戦で、彩華に勝つ。ってな」
「……言うだけなら、そんなの」
「言うだけじゃないわよ!」
後ろから声が響き、全員の視線が向く。
そこには、腰に手を当てて立つ有依子の姿。走って来たのか息が切れているが、胸を張り堂々としている。
「アヤカ。わたしたちが優勝を貰う。……全力で、戦うから」
「そう。だったらこっちも……絶対に、アリスを倒すわ。覚悟しなさい」
きびすを返し、彩華たちのチームはフードコートの奥へと帰って行く。
が、一人だけ――メガネの子だけ、その場に残った。
「…………?」
「……あなたが、アリス」
「そうだけど、ええと……なにか?」
有依子が尋ねると、
「なんでもありません。それでは」
そう言って頭を下げ、女の子は彩華たちの方へと歩いて行ってしまった。
「有依子先輩! よかった、間に合うと信じていました」
「待ってたよ。有依子ちゃん」
「知奈ちゃん、未咲先輩。ごめんなさい、お待たせしました!」
女の子が立ち去ると、二人が有依子に駆け寄る。
有依子が知奈の頭を撫で、未咲先輩は二人まとめて抱きしめた。
俺は……さすがにそれに加わることはできないから、有依子の前に立ち、尋ねる。
「有依子、いけそうか?」
「うん。時間もらったからね。バッチリ、ものにしてきたわ」
「……よし。じゃあいっちょ、優勝もらいに行くとするか!」
キャストマジシャンズ公式大会、地区大会。
決勝戦が、いよいよ始まる。
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