第23話「魔王の魔法は勇者に敗れた」



 ――気が付くと、俺はキャストマジシャンズにダイブしていた。




                  *




――)



 夜になっても人格魔王が頭の中でうるさかった。

 事情を説明しろと言っても「見付けた」と「戦え」しか言わない。ついにぶっ壊れたか?


 準決勝のあと、頭痛が酷く……俺は一人で帰れると言ったのだが、心配だからと知奈が家の前までついてきてくれた。それだけ、端から見て酷かったらしい。


 有依子がアリスだとわかって、本当なら詳しい話を聞きたい。

 10時過ぎに有依子から着信があった時は、思わず取りそうになったが……。

 今の状態で有依子と話をすれば、せっかく少し治まった頭痛が酷くなりそうで、申し訳ないが通話に出なかった。


 ――。


 それが、キーワードだったように思う。

 戦えというのも、アリスと戦えということなんだろう。

 だけど、なにか嫌な予感がするのだ。言われるがままに有依子と戦うのはやめておいた方がいい。本能的にそう感じていた。


 頭痛も、声も、夜中になっても止まらない。頭痛はなんとか我慢できるが、眠れるとは思えなかった。それよりも頭の中で戦え戦えと言われ続けるのが厄介だ。うるさくて眠くもならない。


 俺は気を紛らわせるために、ずっとネットを見ていた。

 ネットダイブする気にはならなくて――ダイブ自体に危険を感じて、俺はプロジェクターモードで壁に画面を映し、情報を集めていた。


 まず、今日の……日付的にはもう昨日の、準決勝の映像。

 本来ならバトル後に決勝進出チームのインタビューが入る予定だったみたいだが、あんなことがあって配信自体が中止。配信のアーカイブも俺たちの地区だけ公開しないことになったらしい。機材トラブルという名目で。

 もちろん実際は機材ではなく、プレイヤー間のトラブルだ。

 俺たち……特に有依子と彩華のやり取りがバッチリ映っていて、さすがにプライバシーの侵害だろうと抗議の声が上がっていた。


 ……その抗議をしたのが、瓦版屋レオなわけだが。

 彼は自身の動画配信ページで、今日のことをこう書いている。



 みんなにお願いがある。

 今日の準決勝の映像、どうか拡散しないで欲しい。

 バトル部分は構わないが、その後の映像はプライバシーの侵害に当たる。

 撮り続けた運営に俺は抗議し、アーカイブの公開は中止になったが、配信をキャプチャーした動画が広まってしまっている。


 原因の発端は俺にもある。

 俺が彼女を問い詰めなければ、こうはならなかったかもしれない。

 みんなも知っての通り、俺はアリスのファンだ。アリスのバトルを研究する者だ。

 決してアリスの正体を暴きたかったわけではない。


 あんなことになってしまい、説得力が無いのは承知だ。

 それでも、信じて欲しい。あんな形で明かされることを、俺は望んでいなかった。


 だから頼む。どうか、拡散を止めて欲しい。



「なんだよそれ……あんたのせいじゃないだろ……」


 俺が知らなくて、気付けなかったから。彼が教えてくれたのだ。

 そもそも彩華は決勝の相手だ。何もなくても、インタビューの時に鉢合わせていた。

 彼は本当に、なにも悪くない。


「くそっ……なんでだよ」


 こんな発言をすれば、知らなかった人も動画に興味を持ってしまう。余計に拡散してしまう。だけど、彼の発言に付いたコメントは……。



・俺はレオさんを信じるぜ。つーか運営の責任だろ、こんなの。

・配信を止めなかった運営スタッフが悪い。むしろ興味津々で撮ってただろ。

・後からきたあのアヤカとかいうの誰?

・そもそもアリスって誰? 知らないんだけど。

・最強って言われてたヤツ。でももう三ヶ月も経ってんだぞ。環境変わってるから。

・俺はこいつらと戦ったことがあるが、強かった! それだけでいいだろ。変な騒ぎにするんじゃねぇよ。

・ガハハ! とにかく動画の拡散には反対だな!

・だな。俺、通報しまくってる。

・ていうかアリスかわいくね? あ、俺はアリス肯定派でしたー。

・俺も俺も。いやマジで。当時の叩きは異常だっただろ。

・私、アリスに憧れてゲーム始めたよ。叩かれてるって知ってショックだった。

・あれは見てて気分悪かったよな。とりあえず拡散阻止手伝おうぜ。



 肯定するものが、かなりを占めていた。

 その中には拡散阻止だけじゃなく、アリスを肯定する意見も多く見られる。


 実際に拡散された動画は次々と消されていき、対抗するようにしつこく投稿されていたのも勢いを無くしていた。今では、消されていないのを探す方が大変なくらいだ。


 彼の言葉には影響力があり、確かに効果があった。


「ちくしょう、本当なら……俺が……」


 俺が、有依子を守りたかった。

 配信を止めるのも、拡散を止めるのも。

 有依子がアリスだって、気付くことができるのも。


 なんで、俺じゃないんだ。



(戦え! ――を見付けた! アリスだ! アリスと戦え!)



 ついに声は、はっきりと『アリス』と戦えと言い出した。


「いい加減にしろよ! なんだよっ、魔王の記憶って!」


 俺はイスから転がり落ちるように降り、床に頭を打ち付ける。

 そしてそのままぐりぐりと、頭なんて潰れてしまえと強く押しつけた。


 最強の呪文? 魔王のことを知りたい?

 いまはそんなのどうでもいい!

 俺は有依子の力になりたい。有依子と戦ったりしない、こんな頭痛に振り回されてる場合じゃないんだ、なんて言われようと戦わない絶対に戦わないだからお前は黙ってろ!


(戦え! アリスと戦え!! 戦え!!)



「あぁぁぁぁぁッ!!」



 声が大きくなり、俺は床を転がり仰向けに倒れる。天井の灯が眩しい。チカチカするのは、眩しいからか頭痛のせいか。


 時計を見る。まだ3時。朝まで……保つのか?

 保ったとして、俺は……。


「くそ……ぜったいに、戦わない。堪えてやる」



 それから俺は、声と頭痛に苦しみ床をベッドをのたうち回り、数時間を過ごす。


 やがて朝を迎え……俺はスマホを握りしめていた。



「有依子、頼みがあるんだ」



 だめだ……だめだだめだ! やめろ! ここまで必死に耐えたんだぞ! だから! だけど……もう、限界だ……。



……




 俺の記憶は、そこで途絶えている。


 そして――気が付くと、俺はキャストマジシャンズにダイブしていた。




                  *




「彼の巨人を貫き砕け!! ホーリー・ランス!!」


 有依子がホーリーランスを唱える。それを、


「打ち砕け、魔王の鉄槌! ヴォーテックスハンマー!!」


 魔王の鉄槌が撃ち落とす。


「うそ……ホーリーランスが……」

「そのようなホーリーランスで、この私が倒せると思ったか! アリスよ!」

「晃太……? いったいどうしちゃったのよ」


 キャストマジシャンズにダイブしていた俺は、有依子にホーリーランスを唱えて欲しいと頼んだ。……いや、撃てと、命じた。


 いま俺の身体――アバターを動かしているのは、言葉を発しているのは、魔王。

 俺は意識だけがそこにあり、自分では何もできない。戦いの様子を見ることしかできなかった。

 要するに、俺は魔王に乗っ取られていた。


 くそう、そういうのは無いんじゃなかったのかよ!



「晃太も知ってるでしょ? 今のがわたしが作った、完璧なホーリーランスよ?」


 ああ、知ってる。よく知っている。

 間違いない、本物のホーリーランスだ。

 それなのに、まるで以前の未咲先輩との勝負のように、ヴォーテックスハンマーに打ち破られてしまった。


「いいや、嘘だ! お前は持っているはずだ。ホーリーランスを!」

「えっ……」


 次の瞬間、辺りが真っ暗になる。



――システムに危険を感知しました。プレイヤーを隔離します――



 ……は? グリモワールか? 隔離?


――隔離エリアに移動しました。ここでの戦いは――


 アナウンスの後、フィールドが変化する。

 溶岩が冷え固まった岩石の地面。暗く、周囲のところどころにマグマが流れ、その明りによってのみ辺りが照らされている。見たことのない、火山のような――地獄のようなフィールド。


「なによこれ、どういうこと?」


 隔離と言うから強制終了かと思ったら、違った。

 戦いは記録されない……誰からも見られない場所に移された?

 AIグリモワールがそう判断したのか? 戦いを止めるべきではないと。


「くっくっく、気が利くじゃないか。さあ、舞台は整ったぞ! ホーリーランスを撃て! アリス!」

『撃つな! 強制終了しろ、有依子!』


「えっ……? 今の声は……? 強制終了?」


 聞こえた――?

 声として発することはできなかったが、俺の声が有依子に届いた。


『有依子、こいつの言うことを聞くな! 強制終了しろ!』

「晃太、なの? どういうこと? 強制終了って……」

「逃げることは許さん。アリス」


――隔離中のため強制終了ができません。バトル終了までお待ち下さい――


 まるで魔王の声に答えるかのように、グリモワールのアナウンスが流れる。

 強制終了不可とか、あり得ない。どうなってるんだ……。


「晃太なのよね? じゃあ、わたしの前にいるのは……?」

『信じられないと思うが、そいつは魔王だ。俺は乗っ取られたんだ!』

「乗っ取られた?! ウソでしょ、そんな」

『ウソだと思っても構わないから、こいつと戦うな!』

「でも……これ、トレーニングモードよ? 時間切れなんてない。どうやって終わらせるのよ」

『それは……』


 有依子の言う通りだ。トレーニングモードに制限時間は無い。

 このままではいつまで経っても終わらない。


「晃太……乗っ取られてるのよね。もしかして、昨日の頭痛も?」

『あぁ、そうだ! 有依子がアリスだって認めた時から、戦え戦えってうるさいんだよ!』

「あ……。そっか。あはは、知奈ちゃんの言う通りね」

『なんだ? なんのことだ?』

「なんでもない。晃太、任せて。要は倒せばいいんでしょ?」

『そうだが……いやダメだ! 魔王の言うことなんか聞くな! それに!』


 ヴォーテックスハンマーに撃ち落とされた光の槍。

 ホーリーランスでは、魔王を倒せない……。


『もし倒せなかったら、なにが起きるかわからないんだ! 俺は、有依子を巻き込みたくない!!』


「晃太……」


 前世が魔王。魔王の記憶があるだけだと思っていた。

 だけど記憶を管理する人格魔王は、結局俺の意志に反して暴走を始めた。

 この状態で有依子が負けたら、本当にどうなるかわからない。なにが起きてもおかしくない。魔王が、なにをするかわからない。


「大丈夫、晃太」

『え……?』


 正面に立ち、前を向く。俺を――魔王を見つめる瞳には、もう戸惑いの色は無い。

 魔を貫く聖なる光を宿し、凛々しく立つその姿はまさしく、俺が憧れたアリスだ。


「こいつが……魔王が、

『それは、どういう――?!』


 唐突に、後ろに引っ張られる感覚。


「ようやくやる気を出したようだな。……ご苦労。


 なっ……しまった、有依子にやる気を出させるために、わざと俺の声を伝えたのか!


「ならば私も、光の槍のために編み出した魔法を唱えよう!」


 さらにぐんっと、後ろに引っ張られ、真っ暗な空間に放り出される。

 なにも見えない。なにも聞こえない。黒い、なにかがうねっている。

 これは……


 呑まれる――。


 見えない黒き渦が、俺を呑み込もうとする。

 あぁ。俺は理解する。

 これこそが

 俺の意識は黒き力と一体になろうとしている。

 本来ならこの黒き力を少しだけすくい上げ、利用する。

 それが魔王が生み出した魔法の力。

 だが俺はその術を知らない。

 まさに為す術無く、呑み込まれるだけ――。


『――――――ッ!』


 突然、真っ白な光が射した。

 暗闇を明るく照らす光は闇を追いやり、俺の意識を引き上げていく。

 これは……この光を、俺は知っている。


「今、助けるからね、晃太」


 有依子……。


 眩い光が、有依子の頭上に煌めいている。

 それは、一つの巨大な槍となり――。




「いでよ光の神槍! 裁きの時は来た! 彼の魔王を討ち滅ぼせ!!」


「そうだ、それこそが真のホーリーランス! 光の神槍、防いでみせよう! 出現せよ、魔王の障壁! グレイテストカオスウォール!」


 無駄だ、それでは防げない――。


「ホーリー・ランス!!」


 光の槍が放たれる。

 闇の壁が蠢き、包み込もうとするが――もはや、その時点で勝負になっていなかった。

 闇は光に触れた途端霧散し、槍は止まることもなく壁を切り裂いていく。


「――ッ!! ハッハッハ! そうだ、これこそが、光の槍!」


 光の槍が目の前に迫り、視界は白く、光が爆発した。そして――






「魔王よ、今一度、問おう!」


 魔王の前に立つのは、金色の髪の美しい女性。純白の鎧、光の槍を携えた――勇者アリス。


「何故、人ならざる者、魔物を生み出した! 魔法だけならば、あなたは人々から敬われ尊ばれる存在になっていたというのに!」


 それは違うと、今の俺にはわかる。黒き力に触れたからわかる。

 魔法と魔物は、一対の存在なのだ。


「答えろ、魔王!」


 魔法を使えば、魔物が生まれる。

 魔物に意志は無い。ただ自分とは違う存在を襲うだけだ。

 だから魔王は、魔物を統率する魔法を創り、一つの場所に集めた。

 不毛の大地、人の住めない活発な火山に魔物を隔離した。

 さらに新たに生まれる魔物がこの場所に限定されるように、世界そのものに魔法をかけた。


 まさに……彼こそが、魔法の王だった。


「お前も知っているだろう。私の魔法に対する欲求を。、それだけだ」


 魔王はアリスに真実を語らなかった。誰にも、話さなかった。

 彼の魔法は、魔法の王が創りだした魔法は、誰にも理解することができない。

 彼が語らなければ、誰にも真相を解くことができないのに。


「本当に……そんなことのためにっ!!」


 魔王がどうして真実を話さなかったのか、それはわからない。

 いや……もしくは、話さないことこそが。魔法に対する欲求だったのか。


「ならば! わたしはあなたを討ち滅ぼす!」

「よせ、師匠など。今のお前は、勇者なのだろう? そして私は、魔王だ」

「うぅ……何故だ……何故だぁぁぁぁっ!!」


 アリスが光の槍を掲げると、光が増幅し、辺りを眩く照らしていく。

 魔王も、黒い障壁を広げ、迎え撃とうとする。


「そうだ、その力だ! 神と天の力による魔法を! 私にぶつけろ!」

「くっ……彼の魔王を討ち滅ぼせ、ホーリーランス!!」

「さあ! 防げるか、グレイテストカオスウォールよ!」


 二つの魔法がぶつかり合う。

 結果は、さっきと同じだ。あっさりと魔王の障壁は破れ――。


「これほどまでかっ……! くっく、はっはっはっ! アリスよ! 私がいなくなれば、すべての魔物は滅びる! そして、魔法も失われていくだろう!」

「な、なに? 師匠、それはどういう……」

「アリス、私は必ず、お前のホーリーランスを越えてみせよう! さあ、――――――よ。共に行くぞ! 生まれ変わり、!」

「待て――!」



 こうして魔王は、桐村晃太に転生したのだ。




                  *




(すまなかったな。手荒な手法だった)


 いや、それで済むと思ってるのかよ。


(仕方がなかったのだ。魔王の望みは、ホーリーランスを越える魔法を創り出すこと。そのためには、実際にお前に見せなければならなかった)


 魔王の魔法が、ホーリーランスに敗れるところを、か。


(だがアリスの存在は、魔王の記憶を大きく揺さぶる)


 戦え戦えうるさかったのは、早くそれを俺に見せろって急かしていたんだな。


(なにより、魔王はアリスとの戦いを楽しみにしていた。自分を越える魔法を手に入れた、勇者アリスとのな)


 戦いたくてしょうがなかっただけかよ! 本当、魔王ってやつは……。

 だいたいなんでアリスの役が有依子なんだよ。

 いや、また魂が似てるとか言うんだろ? 自分のIDを同じアリスにしちゃうくらいだからな。


(いいや――


 ……ん?

 生まれ変わり?


(似ているのではなく、正真正銘アリスの転生だ)


 転生って、マジかよ……。もしかして有依子も、こんな風に会話してたりするのか?


(それはない。アリスの記憶は残っていない。あるのは、ホーリーランスの詠唱だけだろう)


 なるほどな。ていうかじゃあ、なんでお前は、魔王の記憶はしっかり残っているんだ?


(先程見ただろう。魔王の望みは、生まれ変わりホーリーランスを越える魔法を創り出すこと。そのために前世の記憶は必須)


 あぁ、そういうことか。

 そうだな……俺は、魔力の源泉、黒き力を知った。今の俺なら、


「できるはずだ。ホーリーランスを越える魔法を」


 創り出すことが。

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