第22話「わたしは逃げ続けている」
「なんか、つまんないわ」
「アヤカ? つまんないって、もしかしてキャスマジが?」
「違うわよ、チサト。チームのランクマッチよ。毎回毎回、同じ展開ばっかり」
「あ~~まあねぇ。楽に勝てていいじゃない」
「楽ならいいってもんじゃないでしょ? アリスに群がってきた敵を倒すだけなんて、面白くもなんともない」
「しょうがないよ。アリスは有名人だからねぇ。噂も広まっちゃってるから、狙われまくり」
「それはわかってる。でも、こんなバトルばっかりじゃ、自分が弱くなりそう」
「はは、アヤカはストイックね」
「チサトは気楽過ぎるのよ。こんなバトルが続くなら、ソロのランクマッチをやった方がいい。アリスとやってると、本当にバトルがつまらない」
「――――――っ!!」
「ちょっと、アヤカ! イブキにも言われたでしょ? あなたはもっと自分の言葉に……えっ…………アリス? うそ、もしかして今の聞いてた?」
「なっ……アリス?」
「ごめん、なさい……」
「え……あっ、アリス! 待って――待ちなさいよ! 逃げないでよ! ねぇ、アリス!!」
ごめんなさい。
それが、わたし、
わたしはその場から逃げ出して、一切の連絡を断ち切り。
キャストマジシャンズを辞め、アリスではなくなった。
アヤカの言う通りだ。わたしはずっと、こそこそと逃げ続けている。
*
わたしはダイブゲームセンターから逃げ出した。
覚悟はしたつもりだった。
準決勝、ラウンド3。わたしが本気で戦えば、瓦版屋レオがわたしに気付く。
当然、KAGA
わたしはそれよりも、みんなで勝つことを選んだのだ。
だけど蓋を開けてみれば。
バトルの後、わたしはみんなの後ろにずっと隠れていた。
情けなく怯えていた。
バレるのが恐ろしくて。アヤカと会うのが……怖くて。
チーム『ワンダーストラグル』は、強いと噂のプレイヤーにリーダーのイブキがネットを通じて声を掛けて作られたチームだった。イブキもチサトも、もちろんアヤカも、ハイレベルなプレイヤー。ランクマッチでその時すでに最上位のプラチナランクになっていた。
最強のチームになる。四人とも、期待に胸を膨らませていた。なのに……。
敵に『アリス』がいるとわかると、対戦相手はこぞってわたしを狙ってきた。
相手の居場所がわかる、ホーリーランスが強い。一番厄介なプレイヤーを真っ先に倒そう。それになにより『アリス』を倒したという功績が欲しい――。
そんな相手の心理を逆手に取り、わたしが囮になって三人に倒してもらうという作戦で、チームは勝ち続けることができた。
アヤカの言う通り、ワンパターンなバトル展開が続いた。
『アリスとやってると、本当にバトルがつまらない』
その言葉で、わたしは気付いてしまった。
わたしがチームにいると、ゲームがつまらなくなる。
バトル展開がおかしなものになってしまう。
だからわたしは、チームから、ゲームから、逃げ出してしまった。
やがてイブキから、
『キミがゲームを辞めるなら、このチームは終わりにするよ』
そんなメッセージをもらい、わたしは完全にキャストマジシャンズを辞めた。
「そっか。それで、さっき逃げちゃったんだ」
「……はい」
外に出てすぐに未咲先輩に追いつかれ、連れ戻されるかもって掴まれた腕を振り解こうとしたけど、今日はこのまま一緒に帰ろう、と言われて……意表を突かれて頷いてしまい、わたしは黙って先輩に従った。
わたしたちは一言も話さずに、地元の
「アリスは、周りに酷いことを言われたから、それで辞めたんじゃなかったんだね」
フリーマッチやソロのランクマッチでなにを言われても……まったく辛くなかったわけではないけれど、心は折れなかった。
だけどアヤカの一言は、わたしの心をポッキリ折り、今でも突き刺さっている。
「じゃあ、あの時……あたしがなにかをしてもしなくても、関係なかったんだ」
「あっ……」
以前、未咲先輩が話してくれたことを思い出す。アリスと一緒のチームにマッチングされた時のこと。
『アリスがキャスマジを辞めたって噂が流れ出したのは、その少し後だった。あたしがあの時……もっと……。せめて、あたしはあなたに憧れているって、きちんと伝えられていれば……』
「わたし……未咲先輩の話を聞いて、思い出したんです。あの頃はチームを組む前で、わたしもやっぱり余裕がなくて……名前までは覚えてなかったんですけど、でも、わたしのために怒ってくれた人が、確かにいた」
「有依子ちゃん……」
「未咲先輩。ありがとうございます。わたしが心折れなかったのは、先輩みたいな人がいるんだって、わかったからです。すべてのプレイヤーが酷いことを言うわけじゃないって、未咲先輩のおかげでわかったんです。だから……あの時、怒ってくれて、ありがとうございます」
「…………」
「あはは……アリスがこんな情けないやつで、幻滅しました? わたしは最強なんかじゃない――あっ」
――言葉の途中で、未咲先輩に抱きしめられた。
「あ、あの、せんぱい?」
「あたしは、ずっとアリスに憧れてた。格好良くて、強いアリスに。あたしは呪文の詠唱が苦手だから、同じキャストは無理だったけど、ソードマジシャンとして隣に立ちたいと思ってた。その夢が叶っているんだってわかって、嬉しいよ。でもね」
未咲先輩がぎゅっと、より強く抱きしめてくれる。
「……今は、先輩のあたしに弱いところを見せてくれる、かわいいかわいい後輩ちゃん。あたしは知ってるよ。意外と恥ずかしがり屋で、すぐ顔が赤くなる。気弱なところもあって、強く押すと断れない。優しい女の子。それが有依子ちゃんだよ。あたしが信用して、チームを組んだのは、ここにいる有依子ちゃんだよ」
「せん、ぱい……」
堪えきれず、涙がこぼれる。一度流れたら、もう止めることができない。
「わたし、本当は……辛かったんです。化け物とか……人間じゃないとか言われるのが、苦しかった……っ! 辛かったです……!」
「うん。そうだよね。辛いに決まってるよ」
「うぅ……あああぁぁぁ……!!」
わたしが泣き止むまでずっと。未咲先輩は、わたしのことを抱きしめてくれていた。
*
「晃太先輩は、頭痛が治まるのを待って帰りました。ですが、完全に治まったわけではないみたいです。少しフラついていたので、先輩のお家まで付き添いました」
「えっ……知奈ちゃん、晃太のこと送ってくれたの? ごめん、ありがとね……」
「いえ、私も心配でしたから……」
家に帰り、夜。わたしは思い切って知奈ちゃんに通話をして、さっき未咲先輩に話したのと同じ話をした。その後に晃太の様子を聞いたんだけど、頭痛がそんなに酷いとは思わなくて驚いてしまった。大丈夫かな……晃太。
「それで、先程の有依子先輩のお話ですが」
「あ、うん……」
AIスピーカーから聞こえる知奈ちゃんの声に、居住まいを正す。
「有依子先輩が……アリスがキャストマジシャンズを辞めたのは、アヤカさんの言葉が原因なのですよね?」
「原因というか、きっかけかな」
「どちらでも一緒です! 悪いのは、そんなことを言ったアヤカさんです。有依子さんが気にすることはないじゃないですかっ」
この子にしては珍しく、声を荒げていた。怒ってくれているんだ。
でも……違うんだよ、知奈ちゃん。
わたしは諭すように、ゆっくりと話す。
「知奈ちゃん。アヤカはね、本当のことを言ってくれただけなのよ。例えその時わたしが聞いていなくても、アヤカがそう思っていたのは間違いないから。同じことなの」
「それ、は……でも……」
「きっと、あとの二人も同じことを思っていたと思う。結果チームを崩壊させちゃったから、みんながわたしのことを恨んでいてもしょうがない」
「そんな……それこそ、有依子先輩のせいじゃないのに……」
あぁ、知奈ちゃんは優しい子だ。通話じゃなくて目の前にいたら、頭を撫でているところだ。
だから思わず、わたしは知奈ちゃんにこんなことを言ってしまう。
「やっぱり、わたしはキャスマジを再開するべきじゃなかった」
「えっ……」
チームを終わりにすると聞いた時、わたしは二度とキャストマジシャンズをやらないと決めた。
だけど……晃太。
あいつが、キャスマジに興味を持ってしまった。一緒にやろうと誘ってきた。
しかもよりによって『アリス』の動画を見たって、興奮した様子で語ってくるから……。
次の日の、グローブを買いに行くときの楽しそうな晃太の顔。手に入れた時の嬉しそうな顔を見たら、わたしも買わずにはいられなかった。
「考えが甘かった。いつかはバレちゃう。いつかは見付かっちゃう。ユイコのまま、隠れてゲームを続けることなんてできないのに。わたしは……」
どうして勘違いしてしまったんだろう。
大会に出るなんて、以ての外なのに。
きっと上手く行く。みんなと一緒なら大丈夫って、思ってしまった。
結局こうやって、迷惑をかけている。
「…………うっ……」
「……? 知奈ちゃん? もしかして、泣いてる……?」
そう聞くと、声を押えて泣くのがスピーカー越しにはっきりと伝わってきて、わたしは動揺してしまう。
「ち、知奈ちゃん? どうして泣いてるの?」
「ゆ、有依子先輩が、酷いことを、言うからです」
「ひどいこと? え、わたしが?」
「はい。……もし、有依子先輩がキャストマジシャンズを再開していなければ……私はみなさんと、お会いしていません」
「あっ……」
「きっと今でも、好きなことを好きと言えずに、隠れてゲームをしていたと思います。
「知奈ちゃん……」
「私はそんなの嫌です。晃太先輩と、未咲さんと……有依子先輩と、一緒にゲームがしたいです。だから、やるべきじゃなかったなんて、言わないでください……」
わたしは……知奈ちゃんの優しさに甘えて、なんて酷いことを言ってしまったんだろう。
今すぐ知奈ちゃんのもとへ行って、謝って、抱きしめたい。
「ごめん……ごめんね、知奈ちゃん。もう言わない、絶対に言わないから……ごめん」
「うぅ……はい……」
わたしはやっと、三ヶ月前に自分がなにをしたのか、本当の意味で思い知った。
黙って、逃げて、アヤカたちとの会話を拒否した。
みんな、言いたいことがあったかもしれないのに。なにも聞かずに去ってしまった。
だから……アヤカは怒っていたんだ。
「申し訳ありません、突然泣き出してしまって」
「謝らないで、知奈ちゃん! わたしが悪いんだから。ね?」
「……はい。あの、ところで有依子先輩。決勝戦は……どうするのですか?」
「あ……うん。そうよね、わたし……」
大会の決勝戦は明後日だ。わたしは……。
「……決勝戦、対戦相手はアヤカさんのチームです」
「えっ……えぇ? アヤカの……そう、そうよね」
よく考えれば当然ことだ。強さに対してストイックなアヤカが、公式大会に出ないわけがない。新たな仲間を集めて、出場しているはず。
そして、アヤカのチームが負けるはずがない。
準決勝までに当たらなかったのなら、決勝でぶつかるのは必然。
アヤカと戦う――。
だめだ、わたしはまた逃げ出しそうになっている。でも……。
「ちょっと、時間くれる? ……晃太と、話してみるから」
「はい。それがいいと思います」
「でも晃太……怒ってるわよね」
「晃太先輩がですか……?」
「うん……。わたしが、アリスだって認めた時。すごく険しい顔になったから」
あれは正直、ショックだった。悪いのは隠していたわたしだけど、でも晃太ならわかってくれるんじゃないかって……あぁ、ここでもわたしは甘えている。
「あの、それって頭痛のせいじゃないですか?」
「……頭痛?」
「はい。あの辺りから、晃太先輩の様子がおかしかった気がします」
「そう……。そうなの、かな」
「ですから、そこは気にしなくていいと思います。頭痛は心配ですが……」
「……そうね。あとで通話してみる。ありがと、知奈ちゃん」
「いえ、とんでもないです」
本当に、通話なことが悔やまれる。わたしは知奈ちゃんの頭の代わりにAIスピーカーを撫でた。
「今日はみんなに迷惑かけまくりね。……知奈ちゃんのことも泣かせちゃった」
「それは……。もし気になるのでしたら、一つお願いがあります」
「うん? なになに、なんでも言って?」
知奈ちゃんからのお願いなんて、滅多にあることじゃない。
できる限りなんでも聞いてあげなきゃ。
「わたし、実は呪文書を作っていまして」
「キャスマジの? まぁみんな作るわよね」
「自分のではなく……アリスの呪文書です」
「へぇ……え?」
「アリスが使った呪文をノートに書き出して、いつも持ち歩いています」
「い、いつでも? 持ち歩いて?」
「私はやっぱり、アリスが憧れのプレイヤーなんです。アリスの呪文書をブースに持ち込むと落ち着くんです。おそらく自分の呪文書よりも」
「……なんかそれ、恥ずかしいんだけど……。それで? お願いは?」
恥ずかしくて照れてしまい、わたしは先を促す。
「この、アリスの呪文書に……サインをもらえませんか?」
「…………サイン?」
「はい。……だめですか?」
「サイン……サイン、ね。……いいわよ、サインでもなんでもする。約束したものね」
「はい! ありがとうございます!」
とんでもなく恥ずかしいけれど、でも……悪い気はしない。
憧れのプレイヤー……か。
期待に応えなくっちゃね。そのためには――。
知奈ちゃんとの通話を終えて時計を見ると、もう夜の10時を回っていた。
時間的に晃太にかけるか迷ったけど、
「頭、痛かったみたいだし……寝ちゃったかな」
晃太は通話に出なかった。
色々あって疲れていたのか、わたしはそのままベッドで眠ってしまう。
そして翌朝……。
「有依子、頼みがあるんだ」
晃太からの通話。わたしは一気に目が覚めた。
「頼みが……ぐっ……あるんだ」
「う、うん……。なに?」
呻くような声に、わたしは不安な気持ちになる。
大丈夫? と聞きたかったけど、まずは晃太の話を聞くべきだと思った。
まだ頭痛が酷いのかもしれない。もしかして、病院に連れていって欲しいとか?
おばさん、いないのかな……。
だけど晃太は、予想外の言葉を口にした。
「俺と……戦ってくれ」
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