第21話「俺はなにも知らなかった」


「待ってくれよ。もうなにがなんだか……」


 準決勝の対戦相手だった瓦版屋レオはあのホーリーランスの動画の投稿者でアリスの対戦相手で、よりによって有依子のことをアリス本人だと指摘したと思ったら、突然現れたツインテールの女の子が見ればわかる有依子はアリスで有依子もその子を知っていて――


「だめだ、なにがどうなってるのか理解できない。……だから有依子、まず、これだけ聞かせてくれ」


 向かい合う有依子とツインテールの女の子。

 俺は二人の間に割って入り、有依子の目をじっと見つめる。

 サングラスのせいで視線はわからないが、有依子も俺の目を見ていると思う。



「有依子は、アリスなのか?」


「…………うん」


 有依子が頷いた瞬間。



――)


 ――なに?



 人格魔王の声が聞こえ、ズキンと頭痛が走った。

 その痛みに思わず顔をしかめてしまい、有依子はなにか勘違いしたのか目を逸らしてしまう。



「もういい? アリス、あんた――とりあえずその格好やめなさいよ」

「でもアヤカ、あっ……」


 ツインテールの女の子、アヤカが有依子の帽子とサングラスをむしり取り、ぽいっと手元に投げて寄越す。


「変装はもう必要ないでしょ? 私に見付かったんだから」

「それは……そう、だけど」


 有依子が認める。サングラスや帽子はやっぱりオシャレじゃなくて……変装。

 瓦版屋レオはアリスを見たことがなさそうだった。有依子が顔を隠しておく必要はない。

 有依子は最初から、このアヤカって子にバレないように、サングラスなんてかけていたんだ。


 それはつまり――今さらかも知れないが――間違いなく二人が顔見知りだということの証明だった。


「……なぁ、君は、有依子とどういう関係なんだよ……」

? ふぅん、それがアリスの本名ね」


 もう、それが質問の答えのようなものだった。有依子の名前を知らず、ゲームのIDだけを知っている。


「私はで、アリスと一緒にキャスマジやってたのよ」

「なっ……」


 そして、わかっていても驚いてしまう。

 このアヤカという子は、アリスの……有依子のゲーム仲間。


「もっと言えば、この子とチームを組んでいたわ」

「チ、チーム? ほ……本当なのか? 有依子」

「…………」


 有依子は俯いたまま、なにも答えてくれない。

 ゲーム仲間というだけでも驚きなのに、チームを組んでいた?

 有依子が? ……が?


「そういえば、聞いたことがあります」


 代わりに答えてくれたのは、それまで黙っていた知奈だ。


「レジェンド・アリスがチームを組んだという噂が、一時いっとき流れたのです」

「あぁー……うん。あったかも」


 その話に同意する未咲先輩。


「……俺がアリスのこと調べた時は、そんなの出てこなかったぞ」

「はい。流れたのが本当に一時いっときだけだったからでしょう。……そのすぐ後にアリスが引退したという話が出て、そちらが盛り上がってしまい、チームの噂は埋もれてしまいました」

「あたしも忘れてたよ。引退の話が出て、チームの話はデマだったってなったから」

「あぁ……」


 そういう流れなら、そうなってしまうだろう。納得した。が……。


「な、なんか、知奈と未咲先輩、冷静だよな? 有依子が……アリス、だったのにっ」



――。――)



 ズキンと、再び頭痛が走る。

 自分でアリスの名前を口にした途端だ。


「んー……あたし、実はそうじゃないかって、思ってたから」

「……え?」

「有依子ちゃんの動きとか、視野が広いところとか。アリスと似てると思ってた。……でも本当にそうだったってわかって、まったく驚いていないわけじゃないよ。これでも」

「そう、なんすか……。あれ、知奈もそうなのか?」

「は、はい……。有依子先輩の呪文の作りが、アリスの呪文に似ていると思っていたんです。なので、もしかしたら……と。でも、私も未咲さんと同じです。とても驚いています」

「あぁ……ははは、まったく気付いてなかったのは、俺だけってことか」


 アリスの動画を見て、憧れてたクセに。

 こんなに近くにいたのに、わからないなんて……。


「こ、晃太! ごめん、わたし、隠してて……ごめんなさい」

「有依子……。別に、隠してたこと、攻めたりしないって。気付かなかった俺がバカだなぁとは思う、けどな。それに……お前にも、なにか事情があったんだろ? アリス……っ!」


――! !)


 再びの頭痛。なんだってんだよ、いったい……。

 俺は頭を押え、テーブルに手を付く。


「晃太先輩……? 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、ちょっと頭痛がするだけだ。問題ない……」

「晃太……」

「大丈夫だって、お前のせいじゃ、ない……」


 大丈夫と言ったものの、頭痛がどんどん酷くなる。

 今はもっと、有依子の話を聞きたいのに。


「可哀想。アリス、あんたがコソコソしてたのがいけないんじゃない」

「アヤカ……。わたしは……その」


 アヤカが、なにか余計なことを言っている。止めなきゃ……。


「どうして戻ってきたの? あんた、、忘れたわけじゃないでしょう?」

「…………」

「コソコソ復帰して、あんたなんなのよ? しかも大会に出るなんてさ。だったらどうしてあの時逃げたのよ!!」

「…………っ!」


 有依子が怯えた顔で後ずさるのが見える。

 もうやめろ……やめてくれ。



「あのさぁ。お取り込み中のとこ悪いんだけど、あなたたち……映されてるわよ?」



 香子かおるこさん――。

 ……え? 


 顔を上げて、解説ブースの方を見る。

 解説の二人はテーブルから身を乗り出し、マイクを持ったまま黙ってこっちを見ている。そしてその前にいる、配信用の小型カメラを持ったスタッフがこっちを向いていて――。


「あっ……あああぁ……!!」


 有依子が限界だった。呻くような声を漏らし、出口に向かって駆け出してしまう。


「ま、待て、有依子……」



――!)


「――だったら静かにしてろよ!」



 強烈な頭痛が走り、俺は叫んでその場に蹲った。


「こ、晃太先輩?!」

「知奈ちゃん、晃太くんについてて。有依子ちゃんはあたしが追う」

「は、はい! わかりました」

「お、俺も……有依子のところに……」

「ダメです、座ってください!」


 追いかけたくても、ガンガンと頭が割れるように痛くて動けない。

 知奈に支えられてなんとかイスに座る。



「ふぅ。決勝戦は、不戦勝になりそうね」

「なん、だと……?」


 アヤカが近付いてきて、テーブルの上から俺たちを見下ろす。


「私はアヤカ。芳井よしい彩華あやか。決勝戦の、あんたたちの対戦相手よ」

「決勝の……」

「でもあんたはそんな感じだし、なによりアリスが来ないでしょ?」

「有依子が……来ない?」


 俺は出口に視線を向ける。もう、有依子も未咲先輩の姿も無い。出て行ってしまったようだ。


「有依子先輩は来ます!」


 知奈がアヤカの正面に立つ。身長差で見上げる形になってしまうが、知奈はキッとアヤカを睨みつけた。


「来ないわよ。対戦相手が私だと知れば、アリスは来ない。また逃げ出すのよ、あの子は」

「そんなこと……」

「――そんなことない! 有依子は、絶対に来る! 逃げたりなんかしない!」


 少し頭痛が治まってきた。俺も立ち上がり、アヤカを睨みつける。


「ふん。あんな情けなくなったアリスに、なにかを求めても無駄よ」


 そう言い残し、アヤカはくるっと背を向けて、歩き去っていく。

 追いかけて、もっと話を聞きたかったが……。


「うっ……」


 またズキズキと痛み出した頭に、手を押えてイスに座ってしまう。



「なんだか、大変なことになっているな」


 そこへ、瓦版屋レオがやってくる。


「アヤカはここをホームにしているプレイヤーだ。まさかアリスとチームを組んだことがあるとは思わなかったな。……しかし本当に大丈夫なのか? アリスは」

「……うるせえ。有依子は大丈夫だ。あんたに心配されるまでもない」


 くそ……なんか、この人相手だと口が悪くなるな。

 頭が痛いのもあって、歯止めが利かなくなっている。


「また君はそんな口の利き方を! レオさんはカメラを止めるよう抗議してくれたんだぞ!」

「…………」

「マキノ、やめろ。……コータ君だったな。俺はアリスの研究者、言ってしまえばファンだ。決勝は君たちのチームを応援したい。なにより、俺たちを破ったのだ。負けて欲しくないからな」

「わかってる。絶対に負けない。……あんたらのためじゃないけどな」


 決勝戦は明後日、またこの場所で行われる。

 それまでになんとかしなくてはならない。


 有依子と、


(――! !)


 魔王を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る