第20話「戦う姿が似ていた」


「エリアの左端にキャストがいる。真ん中、ゴーレムの後ろににもう一人のキャストがいるけど、こっちはバリア待機ね。ロッドがゴーレムより前にいて、様子を窺ってる。ソードは……右から回り込んで来てるわ」


 第3エリアに飛び出す前に、ゴーレムの後ろからユイコが状況を見てくれる。相変わらず視野が広い。よく見えるよなぁ。


「ユイコちゃん。ソードはきっとチナちゃん狙いだよ」

「えっ、私ですか? あ……そうですね、詠唱阻止の阻止ですね」

「そっか、それなら――」


 三人は簡単に作戦を決めて、動き出す。

 ちなみに俺はというと、バリア待機だ。ラウンド3開幕極大魔法は無さそうだが、念のためもう少し待機する。


 ドン、ドン、ドン!

 チナが右に寄り、迫ってくるソードマジシャンに森の中から魔法を撃つ。

 さすがに森の中からではまともに狙いを付けられず、簡単にかわされてしまう。


「ふふん、やっぱりそこね! ――宿れ炎神えんじん! 我が剣は汝の拳! 炎の剛剣、打ち砕く烈火の一撃となれ! フレイムレッド・ソード!」

「カコさん、任せましたよ。――大気に漂う不可視の者よ!」


 相手のソードマジシャンが呪文を唱え、剣に炎を纏わせる。

 左端のキャストマジシャンが、それに合わせて詠唱を始めた。


 カコと呼ばれた女剣士は、弾丸の如く森の中に飛び込み、剣を振るう。

 その力強い一撃はまさに剛剣。


 ガキィィン!!


「いると思ったよ!」

「うん。来ると思った」


 ミサキ先輩が剣を受け止める。

 相手のソードマジシャンも読んでいたようだが……。


「あんたとは決着をつけないとね! ……ん? ロッドの子は?」


 森の中、右側には二人のソードマジシャンしかいない。


「チナちゃんならあたしの後ろに隠れてるよ」

「ウソよ、いないじゃない――あっ、しまった! !」


「集い無限の剣となり、彼の者を――な、なにっ?! 何故こっちに!」

「詠唱阻止、間に合いました!」


 カコが気付いて叫ぶと同時に、左側、キャストマジシャンのマキノの詠唱をチナが止めた。

 右で魔法を撃ったチナは、そのままダッシュで左に移動していた。ミサキ先輩が相手のソードを引き付けている間に、ロッドの魔法で詠唱を阻止する。作戦通り、上手くいった。


「あんまりよろしくない状況だねー。どっちのフォローに回ろうかな」

「ショーヘイ! こっちはいい、落ちかけのカコさんを!」

「そうするよー」


 中央にいた敵のロッドが動き出す。それに合わせて、ユイコが広場に飛び出した。


「影よ、深遠より訪れし闇よ!」

「うわ、やっぱ変更。こっちを止めるよー」


 ロッドマジシャン、ショーヘイがユイコに向けてレーザーを二発撃つ。

 しかしユイコは詠唱しながら魔法を避ける。


「さっきまでと動きが違うよ。なにこの人」


 三発、四発と次々と撃っていくが、なかなか当たらない。


「罪深き彼の者を追え! ……っ!」


 七発目がユイコの足下に突き刺さり、避けようとして体勢を崩してしまう。

 そして飛んできた八発目が肩に辺り、ユイコの詠唱が阻止されてしまった。


「ふう、やっと当たった……」

「そうね。でももう、?」

「……あ」


 相手のロッドマジシャンの魔法は、装弾数が八発のはず。

 俺は気付かなかったが、ラウンド2で全弾ばらまきをした時に八発だったとチナが教えてくれた。


 キャストマジシャン・マキノはチナが、ソードマジシャン・カコはミサキ先輩が抑えている。そしてロッドマジシャン・ショーヘイが、ユイコのおかげで無力化した。

 ようやく、俺の出番だな。


「我が手に集え、炎の精!」


 ゴーレムの後ろから出て、広場中央に駆け出す。


いざなえ果てに、掴む灼熱!」


「レオさーん、極大魔法が来るかも……あ、違うや。これさっきと同じ呪文。えっ?」


「焼き尽くせ、フレイムレーザー!」


 狙うは、魔法を撃ち尽くしたロッドマジシャン、ショーヘイ。

 ゴーレム狙いだと思ったのか反応が鈍い。一拍遅れて避けようとするが、俺の放った熱線が彼の身体を貫いた。


「あぁー……。しまった。やられました」


 相手のロッドマジシャンを倒した。これで、こっちの極大魔法が狙いやすくなる。



「ハッハッハッハ!! 思ったよりやるじゃないか! だが――?」



 敵側の森の中から、キャストマジシャン、レオの声が広場に響き渡る。

 最初はゴーレムの後ろにいたが――今は、どこだ?



「我が魔法を止められる者は最早いない! いくぞ! 物陰に潜む者! 穿つ真なる闇の顎!」


「コータ先輩、ユイコ先輩! 極大魔法の詠唱です!」


 まずい。居場所がわからないから阻止は難しい。シールド極大魔法を唱えるか、後ろに下がってゴーレムのバリアを使わなければ。間に合うか――?


「我とすべての影を呑み、光蝕む闇とな――」

「貫け暗黒の影、棘となれ。ソーン・オブ・ダーク」


 隣に並んだユイコが、短い呪文を唱えた。

 冷静に、迷い無く、一点を狙う。

 相手ゴーレムの右後方、茂みに向かって黒い小さな棘が飛んでいく。


「ぐっ……馬鹿な、この俺の完璧な潜伏がバレていただと!?」


 ――茂みからレオが転がり出てきた。


 茂みといっても結構小さい。伏せていないと隠れられない。あんな大仰な台詞と呪文を伏せた状態で言っていたなんて、普通思わない。


「ユイコ、よくわかったな……あれ?」


 隣にいたはずのユイコが、いつの間にかいなくなっている。そして、



「暗黒より出でよ赤き月の魔神!」



 詠唱――。森の中まで戻って、ユイコが詠唱を始めた。


「邪悪なる闇、深淵の力! 破壊と破滅はこの両手に!」

「このっ……させるものか! 呑み込め闇! 浸食せよ暗黒! 何者も通さぬ昏き壁よ!」


 レオが膝を突いて体を起こし、シールド極大魔法の詠唱を始める。

 俺は咄嗟に、彼に向けて腕を伸ばし――。


「月光を纏え。真紅の閃光は闇を切り裂く破壊の剛槍。彼の巨人を破壊せよ!」

「すべてを喰らう暗闇の――…………?」


 レオは詠唱を途中で止めてしまう。俺も、詠唱阻止のための呪文を唱えられなかった。


 この状況……

 アリスの、ホーリーランスの動画に。


「なにやってんのよ、レオ! 早く魔法を! ――ううん、間に合わない、バリア使って!」


 カコの檄が飛ぶが、レオは動けない。

 すぐ側にゴーレムがいるのだから、触れればバリアが使えるのに。

 彼は森の中に現れた、巨大な闇の槍を呆然と見つめていた。



「ダーク・ジャベリン!!」



 撃ち出された闇の槍は、森を突き抜け、そびえ立つゴーレムに突き刺さり――



 ドオオオォォォォォン!!



 大爆発を起こし、ゴーレムの胸から上が吹き飛ぶ。残った下半身も木々を薙ぎ倒しながら地面に沈んでいく。


 ゴーレムの完全破壊。俺たちの勝利が確定した。



 森から出てきたユイコの姿を見て、俺はぼんやりと思う。


 ――あぁ、ユイコの仮面、色は違うけどアリスのと同じ形なんだ。




                  *




 地区大会、準決勝は俺たち『アリスマジシャンズ』の勝利だった。


「くっ……! レオさんがこんなところで散るはずがないっ。なにかの間違いだ!」

「よせ、マキノ。俺たちは負けた。相手の方が強かった。それだけだ」

「なにカッコつけてんのよ、レオ。あんたが最後バリアを使わなかったからじゃない」

「カコさんの言う通りですねー。あとマキノさん声デカイです」


 ブースから出るとすぐに、そんな会話が聞こえてくる。内容的に、対戦チームの『瓦版屋かわらばんや』のようだ。


「やっぱり、のようですね」


 向こうの四人を見ながら、知奈が呟く。


「本物? そういや知奈は、あの人たちのこと知ってるんだっけ」

「知っているのはリーダーのレオさんだけですが……。晃太先輩は気付いていると思ってました」

「へぇ? 俺も知ってる人なのか……?」

「わかりませんか? あの人は――」


「すまない、カコ、ショーヘイ。あの状況……ん? 


 俺と知奈がそんな話をしていると、向こうもこっちに気が付いた。

 そしてリーダーのレオが目を見開き、こっちに走ってくる。


「うわ、なんだ? なんか因縁付けに来るのか?」

「返り討ちにしよう」

「物騒です、未咲さん」

「わっ…………!!」


 ドタドタと音を立てて走ってくるレオのせいで、周りからの注目も集めてしまう。

 彼は俺たちの前に立つと、両手を広げて話し始める。


「君たち! アリスマジシャンズだな? ユイコというプレイヤーに会いたいのだが」

「……有依子に?」


 ちらっと見ると、有依子は帽子を深く被って俺たちの後ろに隠れてしまっている。

 俺はそっと壁になり、レオを睨みつける。


「あんた、さっきのチームだろ? 有依子になんの用だよ」

「お前っ。なんて口の利き方を! まさかレオさんを知らないのか?」

「レオさん知らないとかモグリっすねー」


 後ろからチームのメンバーが追いついてくる。

 真っ先にそう言ってきたのは、おそらくマキノ。その後がショーヘイだろう。


「レオさんはキャストマジシャンズ内で一番有名なプレイヤーだぞ!」

「一番有名って、アリスじゃないのか?」

「そのアリスが有名になったのも、だからねー」

「ん……?」


 レオのおかげで、アリスが有名になった……?

 その言葉で、俺はようやくピンときた。


「あ……あぁぁぁぁ! そうだ思い出した! あんた、ホーリーランスの動画の……アリスの!!」


 あのホーリーランスの動画を投稿したのはアリス本人ではない。

 対戦相手が投稿していたのだ。

 瓦版屋レオ。動画の中身しか目に入っていなかったが、確かにそんな名前の動画投稿者だった気がする。


「なるほど……ある意味、有名だ」


 ホリーランスの動画には彼自身も映っている。再生すればイヤでも彼のことが目に入る。


「いかにも、俺はあの動画の投稿者。それだけじゃない、他にも12本、アリスの動画を上げているぞ」

「それだけマッチングしてたってことだよな。それもすごいな……」

「そうだろうそうだろう。俺は家に帰ると毎日動画をループ再生している。この界隈で一番のアリス研究者だと言っても過言ではない!」

「は、はぁ……」


 毎日動画ループって、ちょっと狂気じみてないか。怖いぞ。


「……で、そのアリス研究者さんが、どうして有依子に?」

「そうだ! さあ、どいてくれ。後ろにいるんだろう?」

「イヤだ。先に用件を言えよ」

「お前! いい加減、口の利き方に気を付けろ!」

「一応これでもレオさんは大学生だよー」

「だからって……!」


「はい、あんたたちそこまで」


 マキノとショーヘイの頭にチョップが入った。

 彼らの後ろから、少し背の低い女の人が現れる。

 髪は長めのストレートなウルフカット。おそらく彼女がなのだろう。


「ごめんね。わかるかな、アタシがカコ。本橋もとはし香子かおるこだよ。こっちのバカが瓦田かわらだ玲央れお。こっちの二人のバカは槙ノ原まきのはら和晶かずあき浜口はまぐち庄平しょうへい。よろしくね」

「よ……よろしく、おねがいします」

「おい香子かおるこ! 俺の本名をバラすなといつも言っているだろう!」

「はいはい。それよりレオ、この子の言う通りだよ。ちゃんと用件言わなきゃ。警戒しちゃってるよ。ていうかなんなの? アタシらもわかんないんだけど?」

「む、わからないか? ここまで言えばわかると思ったんだがな」

「わからないわよ。ねぇ?」


 カコ……香子さんが、俺に同意を求める。俺はこくこくと頷いた。

 しかしそれを見ても、レオは不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。


「ふむ、おかしいな。…………いや、そうか。。チームメンバーのことだから、聞いていると思っていた」

「なんのことだ?」


 アリスの研究者だというのがそのまま用件になる。レオはそう言いたいみたいだが、俺はさっぱりわからない。

 わからないのは、俺がその理由を知らないから? ……



「いいだろう、説明しようじゃないか。……俺はアリスの動画を毎日見て、その動き、詠唱を誰よりも知っている。だからわかるのだ。君たちのチームメンバー、ユイコこそが……」


 まさか、という考えが頭を過ぎる。そんなわけがない。



「俺が追い求めるレジェンド。!」



 辺りがしんっと静まり返る。


 ユイコが……

 頭はまだ、そんなわけがないと否定している。


 だが……さっきのバトルの展開。あれは、ホーリーランスの動画そのもので……。

 状況だけじゃなく、有依子がアリスに似ていたと思わなかったか?

 だからレオだけじゃなく、

 有依子がアリスと同じ形の仮面をしていたのも、偶然じゃないとしたら……。


「ゆ……ゆい、こ?」


 俺はそっと後ろの有依子に目を向ける。

 さっきと同じで、隠れるように帽子を手で押え――震えている。



「動画とかそんなの関係ないわよ。



 突如、新たな声が響いた。


 どいて、とレオを突き飛ばして現れたのは、一人の女の子。

 レオの取り巻きが騒ぐが、レオ自身がかまわんと言って制する。


 女の子の身長は未咲先輩と同じくらいで高めだ。服装は黒いジャケットに中は白いシャツ、黒のショートパンツ。大人っぽく見えるが、顔立ちがやや幼い。髪型のツインテールも幼い印象を強めている。年齢は俺たちとそう変わらないんだろう。


 ツインテールの女の子は俺の肩を掴み、ぐいっと横に退けようとする。

 突然過ぎて――有依子のことで衝撃を受けていて――俺はあっさり道を開けてしまった。


 女の子は有依子の前に立つと、腕を組んで仁王立ちになる。



「やっぱりアリスね。なにそのカッコ。変装のつもり?」

「――っ! アヤカ……やっぱり、来てたんだ」



 俺はもう、まったく状況が理解できなかった。

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