第19話「勝つことを考えていた」


 ユイコが倒された。

 もちろん、今までやられたことがないわけではない。倒された回数は少ないが、ゼロではなかった。

 だけど、ラウンド1であっさりやられるのは初めて見た。


 ミサキ先輩の判断で、全員第2エリアまで下がる。人数不利の状況で第3エリアの広場で戦うのは得策ではない。大事なのはゴーレムに魔法を撃たせないこと。第2エリアの森に陣取り、完全に守りに入ることでゴーレムへのダメージはなんとか防ぐことができた。


 対戦相手は、キャスト二人にロッド、ソード。こちらと同じ構成。

 キャストの二人とロッドは同じ黒いローブに身を包み、それぞれ金、銀、胴の仮面を着けていた。おそらく金色の、最初に魔法を撃ってきた彼、レオと呼ばれていた男がリーダーなのだろう。

 ソードマジシャンだけは印象が違い、真っ赤なアオザイに身を包んだ女性プレイヤー。ミサキ先輩の流れるような身のこなしとは正反対、ダメージ覚悟で大ダメージを狙ってくる豪快なタイプだった。


 ラウンド1をなんとか凌ぎ、ラウンド2。ユイコが復帰してくる。


「みんな……ごめんなさい」

「気にすんな。ゴーレムは無傷だ。勝負はこれからだぜ」

「そうそう。ここから巻き返す」

「相手は統率が取れていますね。私たちが第2エリアで守りに入ると、無闇に突っ込んできませんでした」


 そう、敵は第3エリアと第2エリアの境目でじりじりと前線を上げようとしていた。第2エリアはこちらに地の利がある。カウンターを狙ったけどダメだった。第2エリアで食い止めることができたのを良しとしなければならない。


「でも次はこの戦法は使えないよ」

「そうっすね。ラウンド2は……」


 ズシン、とゴーレムが一歩踏み出す。

 ラウンド2はゴーレムが第2エリアに入る。射程の長い魔法なら第3エリアからでもゴーレムに攻撃が届く。守りに入っていては勝てない。


「打って出ないとな。いけるか? ユイコ」

「う、うん。……もう、大丈夫」

「いつも通り、あたしが突っ込むから。フォローよろしく」

「わかりました」

「今度はやってやるぜ!」

「…………うん」


 反応の薄いユイコに、俺はチナとミサキ先輩と顔を見合わす。

 やっぱり、大丈夫ではないな。

 原因はわからないが、ユイコはどうも本調子じゃない。

 頭に被ったフードをしっかり抑え付け、第3エリアの方を窺っている。まるでなにかに脅えているみたいだ。



「……それじゃ、いくよ」


 ミサキ先輩が広場に出ると、そこには二人のキャストマジシャンが待ちかまえていた。


「闇よ沼よ力を授けよ、物陰より襲いかかる影の凶刃! ダーク・ニードル!」

「風よ大気よ力を授けよ、中空より降り注ぐ風の砲弾! ウィンド・ブラスター!」


 金色の仮面のレオが、伸ばした腕から大きな影の針を飛ばす。

 銀色の仮面、マキノと呼ばれていた男の頭上から緑色の光に包まれた空気の塊が打ち出される。


 飛び出したミサキ先輩はそのまま横に跳び、二人の魔法を避けようとする。が、そもそも魔法は先輩を狙っていなかった。魔法は森の中に突っ込んでいく。


「これ……ユイコちゃん!」

「避けろ、ユイコ!」

「――っ!」


 狙いはユイコだ。

 ユイコは咄嗟に転がって、風の塊を避ける。が、影の針が僅かに曲がってコースを変え、転がった先のユイコの足に当たる。やられはしなかったがダメージは入った。


「おっとレオさんに近付かないでくださいねー」

「むっ……キミ、ほんと厄介だね」


 隙を突いてキャストマジシャンに近付こうとしたミサキ先輩は、後ろにいたロッドの牽制に合い、距離を取らされてしまう。


 でもこれで三人の位置がわかった。あとはソードマジシャンが――


 そう思った瞬間、転がって避けたユイコが立ち上がり、そのまま後ろに飛び退いた。



 ガツンッ!



 突如、木の陰から飛び出した鮮やかな赤。

 ユイコの倒れていた場所に剣が振り下ろされる。

 潜伏していた敵のソードマジシャンだ。


「さすがに読まれちゃったね。でも、この距離なら!」


 ソードマジシャンがユイコに追い打ちをかける。

 まずい、距離を詰められる――。


「弾けろ炎、爆ぜよ焔! 噴煙を上げろ、ヴォルカニック・ボール!」


 俺はソードマジシャンとユイコの間を狙って、魔法を放った。

 炎の球が緩やかに弧を描く。ソードマジシャンが足を止め、眼前に火球が落ちた。


 ボンッ!


 爆発音と共に白煙が噴きだす。

 もうもうと立ちこめる煙は目くらまし。吸って苦しいとかはないんだが、つい突っ込むのを躊躇ってしまう量の濃い煙だ。


「今の内に逃げろ、ユイコ!」

「待ちなさい! このくらいの目くらましでアタシが止まると――」

「カコさんごめんなさい! !」

「えっ、うっそ、うわっ!」


 ガキン!


 剣と剣がぶつかり合う音が、白煙の中で響いた。


「惜しい」

「や、やるわねっ、あんた!」


 ミサキ先輩だ。こっちに戻ってきて、後ろから斬りかかったらしい。

 しかし相手も味方の声に振り返り、咄嗟にガードしたようだ。

 倒すことはできなかったが……この状況はチャンス!


「我が手に集え、炎の精!」


 白煙が晴れていく。俺は敵のソードマジシャンに向けて腕を伸ばす。


「コータくん、こっちより向こう!」


 ――え?


「大気に漂う不可視の者よ!」

「物陰に潜む者よ!」


 広場の方から詠唱が聞こえる。


「集い無限の剣となり――グッ!」

「影から影、闇から闇へ」


「コータ先輩、一人は止めました! ――きゃっ」

「君は僕が相手をしようかー」


 第3エリア側でも動きがあった。チナがマキノと呼ばれていた方の詠唱を止めたが、そこでロッドの横やりが入り、もう一人の詠唱を止めることができない。


いざなえ果てに――」


 俺は詠唱を続けながら、森を駆けて広場に出る。


「――掴む灼熱!」


「繋げ三つの暗黒の矛!」


 詠唱しているキャスト、レオに腕を向けるが――ダメだ、唱えきられる!

 レオの腕は上を向いている。狙いはゴーレム。ならば……。



「ダーク・トライデント!」

「焼き尽くせ、フレイムレーザー!」



 レオの腕から三つの闇のレーザーが飛び出し、俺たちのゴーレムに突き刺さる。

 一拍遅れて赤いレーザーが空中でクロスし、敵のゴーレムに刺さった。


 ドドンッ!


 着弾点が爆発し、お互いのゴーレムにダメージ。胸の辺りがべこんとへこみ、破壊が一段階進んだ。

 咄嗟に狙いを変えたのが上手く行った。ダメージ量は違うかも知れないが、イーブンにはできた。


 だが安心するにはまだ早い。すぐに振り返り、後方のミサキ先輩たちの様子を確認する。

 二人のソードマジシャンは剣をぶつけ合っていたが、敵の方が大きく距離を取った。


「一旦引くわ。ショーヘイ、援護お願い!」

「はーいっと。深海を漂う海の神よ。杖に込めるは凝縮されし海神の針。レーザー・オブ・シー」

「させません。大地に祈り、森を讃える。杖に宿りし新緑の力。シュート・オブ・ウィル」


 ロッドの二人が同時に魔法を込め直す。だが魔法を撃ち出すのはショーヘイと呼ばれた敵のロッドマジシャンが早かった。しかも――


「全弾ばらまきだよー。カコさんいまのうち」


 狙いをつけず、魔法を連打される。レーザーは細いため直撃はないが、長いから掠って多段しやすい。

 こっちが怯んだ隙に、敵のソードマジシャンが第3エリアへ駆け出す。


「待って」

「待つわけないでしょ! ――うん?」


「原初の炎よ、退けろ! ファイヤーウィップ!」

「逃がしません!」


 森を抜け広場に出ようとしたところを、俺とチナで追撃する。


「うわったたたたたっ! あーもう、余計なダメージもらった!」

「あらら、向こうのロッドも冷静だねー。こっちこなかったかー」


 敵のロッドは魔法を撃ち尽くしていた。追撃はないと踏み、逃げようとするソードマジシャンを攻撃することにしたのだ。

 こっちもロッドのレーザーが少し掠ったが、相手のソードマジシャンはそれ以上にダメージくらっているはず。おそらく落ちる寸前だ。

 上出来。俺とチナは顔を見合わせ、ガッツポーズを作る。



「ふん。悪くない判断だが……。足手まといを抱えながら、俺たちに勝てるつもりか?」

「な、なんだと?」


 金色の仮面、レオが広場の端に立ち、両手を広げて笑い出す。


「クックック、ハーッハッハッハ! どうやってここまで勝ち上がったか知らないが、我が魔法に臆した魔術士など、取るに足らん! ラウンド3で決着をつけてやろう!」


 大仰な身振りでそう宣言すると、後ろに下がって姿を隠す。敵は全員、第2エリアの森の中だ。

 対してゴーレムは一歩ずつ歩を進め、間もなく第3エリアに入ろうとしている。



「あのレオっての、なんかムカツクやつだなぁ」

「ごめん……あれって、わたしのことだね」


 ラウンド2、敵はユイコをチームの穴だと思ったのか、集中攻撃をしてきた。

 おそらくそういうことなんだろうが……。


「ま、なんとかなったな」

「……え?」

「うん。今度はユイコちゃんを守りきった」

「来るとわかっていれば、対処はできますね」

「み、みんな?」


 ユイコが困惑した声を出すが、俺たちは笑って応える。


「なんか調子悪いんだろ? 正直ピンチだが、なんとかしてやるさ」

「誰にだって調子が悪い時はあるから。そんな時は、みんなでカバーをする。それがチーム戦のいいところ」

「私たちは強かったから勝ち上がれたんです。今回も勝ってみせましょう」

「あっ……」


 俯いて、自分の手を見つめるユイコ。


「だいじょうぶ。ソードマジシャン、あたしのが強い。……もあるし」

「はい、ミサキさんの方が強いと思います。それに……そうですね、……」

「ま、そういうわけだからさ。ユイコ、今回は俺たちに任せろ」


 もうすぐラウンド3。敵は一旦下がり、立て直しているところだろう。

 今度はどんな戦法で来るか――。


「すぐに極大魔法が飛んでくるかもな。誰かバリア待機した方がいいか」

「それなら、私が――」



「待って、みんな」



 作戦を立てていると、ユイコの声に遮られる。

 振り返ると、ユイコは被っていたフードを外すところだった。

 口元しか出ていない、金色で縁取られた漆黒の仮面が姿を現わす。


 ……あれ? この仮面、どこかで見たような……。


「ありがとう。ラウンド3はちゃんと戦う。わたし、本当にもう大丈夫だから」


 さっきまでの弱々しい声じゃない。しっかりした声に、俺は安堵の息をついた。


「ふう、やっといつものユイコに戻ったな」

「……わたしバカだった。みんな、このチームで勝つことを考えているのに。わたしだけ、別のことを考えてた。……だけどもう、今度こそ大丈夫」

「そこんとこ、詳しく聞きたいけど時間がない。いくぞ」

「うん。ありがとう、コータ。チナちゃんも、ミサキ先輩も、切り札……ってなんのことかわからないけど、それは取っておいて」

「ユイコ先輩……! はい!」

「頼もしいね。わかったよ」



――ゴーレムが第3エリアに入りました――



 ラウンド3が始まり、俺たちはそれぞれ動き出した。

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