第18話「準決勝が始まった」


「さあ、キャストマジシャン公式大会、地区大会! 準決勝の始まりだー!」

「テンション高いですねー。今日の解説はダイブゲームセンター・KAGA東迎町とうげいちょう店、店長の石塚いしづかさんと、私、運営スタッフの羽田はねだがお送りします」


 大会準決勝から、公式サイトでそれぞれの地区大会の様子が配信される。

 ゲーセンの店長と運営スタッフがきちんと解説まで入れてくれるようだ。


 このダイブゲームセンター・KAGA東迎町店は、いつもの城岡しろおか駅前店よりも広い。

 向こうがもともとのゲームセンターを改修したのに対し、こちらはダイブゲームセンターのために立てられた建物だ。予めフードコートが併設され、巨大な観戦用モニターがバトルの映像を流し続けている。ブースの数も多く、中も綺麗なため、城岡駅前店のが近いのにこっちをホームにしているプレイヤーもいるらしい。


 店長さんとスタッフが解説をするスペースは、フードコート内に作られていた。モニターも今は二人の姿が映されている。


 ぶっちゃけ、解説とかやられても魔王の魔法が使いづらいだけだ。

 配信だけでも困るのに、解説なんて不安しかない。


 ……まぁ、いざとなったら関係ない。躊躇無く使うと決めているが。


「では準決勝に進出したチームを発表します! まずはAブロック、KAGA城岡駅前店からのエントリー、チーム『アリスマジシャンズ!』」


 俺たちのチームが呼ばれ、フードコート内でパチパチと小さな拍手が上がる。

 地区大会の準決勝、しかも初の大会。名前が知られているわけでもないから、これくらいが普通だろう。


「ねぇ、なんでこの名前にしちゃったのよ」

「いいだろ、アリスマジシャンズ。ていうかまだ言うのかよ、有依子」

「だって……むー」


 俺たちのチーム名は『アリスマジシャンズ』になった。

 俺が出したこの案に、知奈と未咲先輩は文句なし大賛成だったが、有依子だけは最後まで反対していた。結局他にいいのが浮かばず、時間も無かったから多数決、アリスマジシャンズに決まった。

 しかし決まった後も有依子が度々不満を漏らしていた。……ここまで嫌がるのは想定外だ。強引に通したのは間違いだったか、と思わなくもない。


「ま、もう変えられないから諦めてくれ。……ていうかそれより、俺は有依子のその格好の方が気になるんだけどな?」

「えっ!? ふ、普通でしょこんなの!」


 有依子は自慢の長い髪を纏め上げ、頭に被ったキャスケット帽に隠してしまっている。さらにサングラスまでかけ、店内だというのに外そうとしない。


「なんか変装してるみたいだぞ」

「へっ、へへへへ変装なんかじゃないわよ! オシャレよオシャレ! もう晃太はわかってないんだから」

「……まぁいいんだけどさ」


 オシャレと言われればまぁそうなんだろうけど。やっぱり気になる。


「おまたせしました。晃太先輩、有依子先輩」

「おまたせー」


 そこへ、知奈と未咲先輩がブースから戻ってくる。

 確認したいことがあると言って、二人はトレーニングモードに入っていたのだ。

 十中八九、例の魔法のことだと思う。二人はどんな話をしてきたのだろう。


 その前に俺と知奈でトレーニングモードに入っていたのもあり、有依子は不思議そうに首を傾げていたが……俺はとぼけるしかなかった。すまん、説明できないんだ。


「おかえりなさい。もうすぐ準決勝よ」

「うん、そうだね。ねぇ、朝から気になってたんだけど、有依子ちゃんのそのおかしな格好は勝負服? 勝負メガネ?」

「ち、ちがいます未咲先輩……。うぅ、そんなにおかしい? 知奈ちゃん」

「えっと……その、いつもと違うと言いますか」

「変って言いたいみたい」

「うっ……そっか……知奈ちゃん……」

「い、言ってません! 未咲さんっ」


 そんなやり取りをして、笑い合う。いや有依子は恥ずかしそうにテーブルに突っ伏しているが。

 準決勝前だけど、俺たちはいつも通りだった。これなら今回も――



 ――ワアァァァァ!



 フードコート内に歓声が上がり、俺たちは四人ともビクッとする。


「な、なんだ?」

「対戦相手のチーム名が発表されたみたいですが、すみません、聞き逃しました」

「あたしたちみんな聞いてなかったけどね」

「有名な人なのかしら?」


 明らかに俺たちと反応が違った。

 キャストマジシャンズで有名な人と言われても、アリスくらいしか思い浮かばないが……。


「この店舗で有名な人とか」

「あー、そっかそういうのもあるか。先輩の言う通りかも」

「だとしたら、強いということですね」



『それでは! 両チーム、ブースに入って準備をお願いします!』



 解説のその声に、俺たちは顔を見合わせて立ち上がる。


「よし、気合い入れていくぞ!」




                  *




 準決勝、対戦相手のチーム名は『瓦版屋かわらばんや』だった。

 変わった名前だな、と思うと同時に、どこかで聞いたことある気もした。

 どこだったか……。


「う……そ……」

「ん? どうした、ユイコ」

「なんでもない、なんでもないわよ」


 ゲーム内でユイコは、仮面の上にフードでさらに顔を隠しているため、顔色がまったくわからない。それでも、なんでもないはずがないとわかった。


「本当に大丈夫か?」

「だいじょうぶ。ほら、始まるわよ」



――カウントダウン。5、4――



 カウントが始まってしまう。仕方ない、ユイコの言葉を信じるしかない。


「それにしても、まさか瓦版屋さんとは思いませんでした。盛り上がるわけです」

「チナちゃん知ってるんだ」


 チナとミサキ先輩の会話が聞こえてくる。どうやらチナは相手を知っているようだ。


――3、2――


「はい、有名ですよ。コータ先輩も知っていますよね?」

「えぇ? 俺は――」


――1、バトルスタート!!――


 話の途中でカウントダウンが終わってしまう。


「とりあえずバトルだ! いくぞ!」


 フィールドは俺が一番最初にプレイした、森林マップ。

 マップはランダムで選ばれるが、隠れる場所の多いキャスト有利なマップを引いたようだ。


 俺たちはいつも通り、最前線、第3エリアに向かって走り出した。

 走りながら、さっきチナが言ったことを考える。


「んー……確かにどっかで聞いたことある気がするんだが」

「こ、コータ! 今は集中しなさいよ!」

「わかってるって。相手が誰だろうと、勝つだけだからな」

「その通り」

「はい。すみません、余計なことを言ってしまって。集中します」


 第3エリアはもう目の前だ。気合いを入れ直す。


「大地に祈り、森を讃える。杖に宿りし新緑の力。シュート・オブ・ウィル」

「剣に流れし龍神の力、刃は流水、剣閃は瀑布の如く。疾れ水の太刀、ブルーエレメント・ソード」


 チナとミサキ先輩が呪文を唱える。今はまだ、二人とも魔王の魔法は使わない。

 俺とユイコは速度を落とし、後衛に回る。まずはミサキ先輩に先陣を切ってもらい、チナにはそのフォロー。状況に応じて俺たちが魔法を使う。あとは敵の動き次第。

 さあ、どう来るか――。


「物陰に潜む者よ! 影を喰らえ闇を吐け! ダーク・ストライカー!」


 早い……!

 敵のキャストが真っ先に呪文を唱えてきた。

 闇の塊がこっちに飛んでくる。

 が、さすがに距離があり、弾速も遅い。俺たちは簡単に避けることができた。


「牽制だよ。まだこれからだと思う」

「そうですね」

「このまま後手に回りたくないな」

「…………」


 俺は第3エリアの広場に少しだけ顔を出し、対戦相手を確認する。

 ――いた。広場の端、森の手前に、たった今呪文を唱えたキャストマジシャン。

 真っ黒なローブに身を包み、派手な金色の仮面を付けている、男のプレイヤー。


「コータくん、危ない!」

「――うわっ!」


 ズババッ!

 正面右から青いレーザーが飛んできた。ロッドの水属性魔法だ。

 チナの光弾と違い、レーザー型は掠っても多段ヒットしてしまう特徴がある。


 魔法が飛んできた方を見ると、キャストマジシャンと同じ黒いローブの男が立っていた。


「やっぱり出てきましたよ。さすがレオさんっすねー。おっと」


 ミサキ先輩がそのロッドマジシャンに斬りかかるが、読まれていたのか後方に下がって避けられてしまう。

 距離を取り、当てるのではなく近付けさせないためにレーザーを撃つ。巧い。さすがのミサキ先輩も攻めあぐねていた。


 姿を見せた敵の2人は、揃って黒いローブを纏っているが、ロッドマジシャンの方は仮面が茶色で――あれは、銅か?



「このままじゃ相手のペースだ。俺たちも動こう。まずはミサキ先輩のフォローを――」

「ユイコ先輩、あぶないです!」


 その声にハッとなって振り返ると、いつの間にか突っ込んできていた相手の女ソードマジシャンが、ユイコに斬りかかろうとしていた。

 そこへチナが魔法を飛ばし、ソードマジシャンは転がって回避。間一髪ユイコは斬られずに済んだ。


「ユイコ! ぼーっとしてんな!」

「あ……う、うん、ごめん」


 そのかん、ユイコは呆然と立ち尽くしていた。やはり様子がおかしい。


「なんかボケっとしてるのがいるね。マキノ!」

「力よ集え、大気に満ちよ。彼の者を吹き飛ばせ、ウィンド・バースト!」

「あっ……!」


 四人目。もう一人の男のキャストマジシャンが近くにいた。風の塊は、ユイコではなくチナを吹き飛ばす。威力は低いのか、やられてはいない。

 ちなみにこの人もまったく同じ黒いローブだった。銀色の仮面をつけている。

 紅一点であるソードマジシャンだけは、赤いアオザイに同じ色の仮面をつけていた。


「マキノ、ナイス! さあもらうよ!」

「避けろユイコ! くっ……!」


 ソードマジシャンが炎を纏った剣を振りかざし、再びユイコに斬りかかろうとする。今度はユイコも避けようとするが、どうにも動きが鈍い。


「原初の炎よ退けろ! ファイヤーウィップ!」


 俺は相手のソードマジシャンに向けて炎の鞭を放つ。

 剣を振り下ろすよりも早く、魔法が相手の肩に命中する。

 よし、ユイコ、今のうちに離れろ――



 相手のソードマジシャンが、ニヤリと笑うのが見えた。



「――――!!」


 だめだ、敵は剣を振り上げたままだ。体勢がまったく崩れていない――もしかして、魔法の効果か?

 ソードマジシャンの魔法には、身体能力を補助する効果もある。例えばミサキ先輩がいつも使っている魔法には、身のこなしを柔らかくし、移動速度がやや上がる。

 呪文によって効果は違うらしく、中には多少のダメージなら体勢が崩れなくなる魔法もあるという。


 ファイヤーウィップは相手を倒しきれる魔法じゃない。

 敵はダメージ覚悟でユイコを倒すつもりだ。


「ユイコォォ!!」

「う……うぅ……」


 ズバッ――


 赤く燃える炎の剣が、真っ直ぐユイコに振り下ろされた。

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