第15話「やっぱりお嬢様だった」


「知奈ちゃん、来ないわね……」

「約束の時間すぎてるよ」

「一応、連絡入れといたんだけどな」


 翌日。俺たちはいつものフードコートに集まって、知奈が来るのを待っていた。

 3回戦は明後日だ。昨日の反省点もある、それまでにバトルの回数を重ねておきたい。

 午後1時に集合というメッセージは送っておいたが、知奈からの返信はなかった。


 やっぱり、昨日のアレのせいだろうか。

 偶然通りかかった、2人の女子中学生。おそらく知奈の友だちなのだろう。会話の内容から思うに、キャスマジをやってることは隠しているみたいだった。


 だとすると、このまま来ないなんてことも……?

 ……いや、知奈に限ってそれはないな。そこは信じている。


「知奈は真面目だし、なにかあれば連絡くれるはずなんだけどな」

「そうね。私もそう思う」

「知奈ちゃん、遅れるって連絡もないのは珍しい」

「ね、ブースの方に行ってみない? そっちにいるかも」

「んー……そうだな、見に行ってみるか」


 休みの日はいつもこうしてフードコートに集まっているが、平日はだいたいブースに集合だ。間違える可能性はゼロではない。が……隣なんだから、いなければこっちを覗くよな。

 とはいえ、ここでいつまでも待つというのも辛いものがある。有依子と未咲先輩もそうなのだろう、揃って立ち上がった。



 出口に向かうと扉が開き、外のもわっとした暑い空気が流れ込む。そして、


「ん? あ、知奈」

「えっ……あっ、えっ?」


 入口前で、ウロウロしていた知奈と目が合う。

 知奈はすぐに顔を赤くし、いまにも泣き出しそうな顔で左右に首を振る。


「わ、私、その、あの、えっと、ええっと……」


 おぉ……。こんなに慌てふためく知奈は初めてだ。新鮮というか、かわいらしい。

 思わずそんな感慨にふけっていると、知奈がダッと後ろを向いて駆け出してしまった。


「……って、ちょっ、知奈!?」


 おかげで反応が遅れた。慌てて腕を伸ばそうとすると――すぐ側で風が走った。


 ガシッ!


「知奈ちゃん、なんで逃げるの」

「ああぁぁ……未咲さん……」


 風は未咲先輩だった。一瞬で知奈に追いつき、後ろからがっしりと肩を掴んで止める。


「さすがね、未咲先輩……」

「だな。……とりあえず知奈、話を聞かせてくれないか?」


 未咲先輩に両肩を掴まれ、くるんとこっちを向かされた知奈。観念したのか、小さくはいと答えて頷いたのだった。




                  *




「先程は逃げだそうとして、すみません。それから昨日は……本当に、申し訳ありませんでした」


 フードコートの中に戻った俺たち。知奈は一人テーブルの脇に立ち、深々と頭を下げた。


「知奈、別に怒っちゃいないからさ。ほら座って」

「はい……」


 頷いて、俺の正面、未咲先輩の隣に座る。


「知奈ちゃん、なんで逃げたの」


 未咲先輩がさっきと同じ質問をする。


「それは……みなさんにお会いするのが気まずくて、中に入れずにいたら、突然晃太先輩たちが出てきたので……気が動転してしまいました」


 正直に答える知奈。こういうところは、しっかりしているというか真面目というか。


「気まずいか。それってやっぱ、昨日のことでか?」

「……はい」

「会話、ぜんぶ聞こえてたんだが……」

「も、申し訳ありません、晃太先輩。咄嗟とはいえ、勝手に親戚にしてしまい」

「あ、あぁ。あれはちょっとビックリしたが」


 遠い親戚のお兄さん。よくよく考えたらすごい言い訳だ。よくそれで納得してくれたものだ。


「なぁ、知奈。もしかしてキャスマジやってること、友だちに隠してるのか?」

「っ…………」


 そう聞くと知奈はひどく悲しそうな顔をして、肩を落とし俯いてしまう。


「はい……。正確には、ダイブゲーム自体、やっていることを隠しています」

「キャスマジだけじゃなくて、ダイブゲームを?」


 知奈は顔を上げ、説明をしてくれる。


「私の通う学校は、峰白みねしろ女子学校という、私立の中高一貫校なのですが」

「あ、わたしは制服でわかってたよ。あそこお嬢様学校よね」

「へぇ、そうなのか。峰白女子って学校は聞いたことはあったけど」

「あたしも知らなかった」


 そういえば知奈の通っている学校の話は聞いたことがなかった。

 いつも会えばゲームの話ばかりだ。

 でもきっと、どこかお嬢様学校に通っているんだろうなと思ってはいた。


「お嬢様学校……。そうですね、一般的にそう言われているみたいです。実際、裕福なご家庭の子が多いようです」


 知奈もその一人だろ、とは突っ込まないでおく。……と思っていたら、


「知奈ちゃんもでしょ?」

「わ、私は、それほどでも……」


 未咲先輩がずばりと聞いてしまう。

 知奈は照れているが、きっとその通りなんだろう。


「……先に言っておきますと、学校でダイブゲームが禁止されているわけではありません」

「あら。そうなの? わたしてっきり、校則があるのかと思った」

「そこまで厳しい校則はありません。ですが……、やるなと言われているそうです」

「親にってことか? なんでまた」

「身体によくない、成長や脳の発達を阻害するなど、悪い噂を信じているご家庭が多いようです」

「げ、今時そんなの信じてるのかよ」


 ネットダイブが出始めた頃にそんな噂が流れたが……科学的にハッキリと否定され、誰も話さなくなったと思っていた。


「残念ながら……。ですから、私のクラスにダイブゲームをプレイしている人はいません」

「そういうことね。やっとわかったわ。知奈ちゃんがダイブゲームを隠そうとしてた理由」

「そんな環境なら、バレたらなにを言われるかわからないもんな」

「…………」


 知奈はますます悲しそうな顔になり、また俯いてしまう。


「ふぅん……。じゃあ知奈ちゃんの家は? ダイブゲームして大丈夫なの?」


「あっ、そうよ! もしかして知奈ちゃん」

「家にもダイブゲームのこと隠してるのか?」


 未咲先輩の指摘に、俺と有依子はハッとなる。

 今の流れからして、当然知奈の家も禁止されて……。


「いえ、私の家は大丈夫です。両親とも、私がダイブゲームをやっていることを知っています」

「っと、そうなの? 理解のあるご両親なのね」


 有依子がそう言うと、知奈はようやく少しだけ笑顔を見せる。


「実は……去年まではとても厳しかったです。おそらくどこの家よりも」

「そうなの……? 去年、なにかあったの?」

「はい。私には姉がいまして、去年高校を卒業し大学入学と同時に、家を出て一人暮らしを始めました」

「……ん? それがなにか関係あるのか?」


 大学に入り一人暮らしをする。割と普通のことだと思うし、これまでの話とどう繋がるのかわからなかった。


「姉は、こう言って出て行きました。、こんな時代遅れの厳しい家にはいられない、と」


「うわぁ……すごいな。知奈のお姉さん」

「ご両親、ビックリしたんじゃない?」


 知奈は苦笑いをして、


「ビックリというより、かなりショックだったみたいです。家を出て行くとは思わなかったみたいで。最後にはダイブゲームを許可するからと引き下がったのですが、姉の意志は変わりませんでした」

「すげー……。あ、だから知奈はダイブゲームができるのか?」

「はい。実は姉は家を出る前からこっそりダイブゲームをしていまして、私も時々姉のグローブを借りて、ID登録なしでプレイしていたんです。姉の一件以降は、自分のグローブを購入し堂々とできるようになりました」


 ゲーム用ダイブグローブデバイスは、一応人の貸し借りができる。ただし生体認証を行っているため、ID登録ができずデータを残すことができない。体験版をプレイする感じになる。


「キャストマジシャンズのグローブは、4月の私の誕生日に、姉がプレゼントしてくれたものです。だから、本当は……」


 再び知奈は、泣き出しそうな顔になる。


「……堂々と隠さずに、グローブを着けたいんです」


「知奈……」


 俺は勘違いをしていた。

 知奈が悲しそうな顔をしていたのは、自分がなにかを言われるのが怖いんじゃない。


 お姉さんから貰ったグローブを隠さなきゃいけないことが辛いんだ。



「いつか、堂々と着けられる日が来るさ」

「え……?」

「そうね。これだけ流行っているんだもの。禁止するなんて、お姉さんの言う通り時代遅れよ」

「あたしはキャスマジを始めてから、より身体が動くようになったよ」

「先輩、それまじっすか?」

「ほんとほんと。だから身体によくないなんてデマだよ」


「みなさん……」


 知奈の瞳が潤んでいく。だけど顔は、もう悲しそうじゃない。

 俺は知奈に笑顔を向け、


「よっし、バトルしにいくか! 3回戦に向けて頑張らないとな!」

「はいっ。……本当に、ありがとうございます」


 立ち上がり、出口に向かう。

 俺が先を歩き、後ろでは知奈を挟んで有依子と未咲先輩がなにか話していた。

 フードコートを出て空を見上げると、大きな入道雲に陽が隠れている。それくらいじゃ暑さは変わらず、相変わらず湿気も多くて蒸し暑い。ちょっと歩くだけで汗が出てくる。

 とっととエアコンの効いているブースに入ろう。



「今日も暑いですね」

「そうですね。あら? あの方は……」



 それは、俺たちがゲーセンの前に立った時だった。

 聞き覚えのある声に、俺は振り返る。



「やっぱり、昨日の方ですよ、米川さん」

「古坂さんもご一緒ですね、柏田さん」


 知奈のクラスメイト……!


「ハッ、知奈……!」


 一瞬固まってしまったが、ハッとして知奈を見る。

 2人の存在に気付いた知奈は、石のように固まっていた。

 そして、やがて――



「い……」


「……い?」



!!」



 ――大きな悲鳴を上げて、駆け出した。


 その声に、俺たちはもちろん、周りの人たちも固まる。

 知奈の足はあまり速くなかったが、姿が見えなくなるまで一歩も動けなかった。


 あんな大声でるんだな……。さすがに未咲先輩もぽかんとしていた。

 そして周りからの視線がとっても痛い。そういう意味でも動けなかった。


「ど……どうしたのでしょうか、古坂さん」

「なにか、あったのでしょうか……心配です」


 君たちに見られちゃったからなんだけどな。よりによって、ゲーセンに入ろうとするところを。

 俺は頭をかきながら溜息をつく。

 こうなったら……しょうがないな。


「なぁ君たち。知奈……古坂さんの、お友だちだよな?」

「ひっ、な、なんですか?」


 うわ、女子中学生に怯えられた。ぐさりと来るな……。


「なにやってるのよ晃太……。ねぇ、少しお話聞かせてもらえないかな。このおにいさんが、そこで奢ってくれるから」

「おい有依子? あ、いや、そうだな。いいぞ、なんでもこい」


 こうなりゃヤケだ。フードコートならそんな高いのは無い。


 中学生の2人はまだ少し警戒をしている。

 無理もないが……困ったな。なんとか話をしておきたいんだが。


 どうしたものかと思っていると、ずいっと未咲先輩が横から入り込む。


「あたしからもお願いするよ。知奈ちゃんのこともあるし、話聞かせて欲しいな」


「は、はいっ。私でよければ!」

「なんでも聞いてくださいっ」


 ……2人はあっさり落ちたのだった。

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