第16話「悪く言われたくなかった」


 俺たちは女子中学生ふたりを連れ込むことに成功した。


「中は涼しくてすごく快適ですね、米川さん」

「いただいたお飲み物も冷たくて美味しいですね、柏田さん」


 もちろんフードコートに。


 未咲先輩のおかげで警戒は解けたが、実はこっそりスマホの防犯ブザー機能を使おうとしていたらしい。

 最近の防犯ブザーは高性能で、半径50m以内の通信機器がすべてマークされ、不審人物の特定、目撃証言の収集に利用される。……それによって離れたところから声をかける事案が発生したらしく、有効範囲を倍の100mにするかどうか議論中だと前にニュースで見た。


 向かって左に座る、抹茶フラペチーノを飲んでいるのが柏田かしわだゆう。前髪ぱっつんな姫カットで、古風なお嬢様な印象。知奈よりも幼く見える。

 右に座りアイスココアを飲んでいるのは米川よねかわ美佐みさ。髪を頭の左側で結んだ、いわゆるサイドポニー。知奈を含めた3人の中では一番背が高く、お姉さんな印象がある。


 2人を見ていると、ばっちり米川美佐と目が合う。


「本当に良かったのですか? お飲み物の代金……」

「ん? あぁ、いいよいいよ。それよりこんな店でよかったか?」


 フードコートに入っている店は、当然それなりだ。2人には口に合わないんじゃないかと不安だった。


「私は全然問題ありません。抹茶、すごく好きですから」

「なにか誤解なされているようですが、私たちもこういうお店、普通に入ります。こちらのフードコートは初めてですが」

「あ、そうなの?」

「はい。私たちの通う学校はいわゆるお金持ちの家庭が多いですが、お小遣いは有限なのです」

「そうなのです。すごくやりくりが大変です」

「なるほど……すまん、偏見だった」

「いえ、お金持ちなのは間違っていませんので」

「そうですね、米川さん。まちがってはいません」

「…………」


 なんとも複雑な気分になって何も言えなくなってしまった。

 この話はもうやめよう。



「よし、本題に入ろう。ぶっちゃけ話ってのは、知奈のことなんだが」

「はい。私もすごくお聞きしたいと思っていました。古坂さんのことを名前で呼ぶ、あなたはいったい……」

「古坂さんは遠い親戚と仰っていましたが、本当はどういったご関係なのですか?」

「うがっ……そうか、そこが気になるか」


 やっぱり遠い親戚という言い訳は厳しかったみたいだぞ、知奈……。


「俺たちのことを説明する前に、まず――」


「やはり、古坂さんとをしているのですか?」


「――んん?」


 おつきあい? それって、


「違う、違うぞ!」

「違うわよ! そんなんじゃないからね?」


 言葉の意味を理解して慌てて否定すると、隣に座っていた有依子も立ち上がってぶんぶんと大げさに手を振る。


「柏田さん、これはいったいどういうことでしょうか」

「思ったよりすごく複雑そうですよ、米川さん」

「いや、だから……」


 あぁもうやりにくいな。

 頭を抱える俺と有依子。その横で、涼しい顔をしている未咲先輩が、ずずずーっとアイスコーヒーをすする。


「……ね、とりあえずこの人の話聞いてあげて」

「はい、かしこまりました清崎さん」

「お話を聞きます。清崎さん」


 君ら、なんでそんなに未咲先輩には従順なの?

 まぁでも、ようやく話を進められる。


「さっき、見たよな。ここの隣に入ろうとするところ」

「……はい。ここのお隣は、確か」

「ダイブゲームセンター……という、お店ですよね?」

「お、さすがにそれは知ってるんだな。ああ、このダイブグローブデバイスを使って、ダイブゲームをする場所だ」


 俺はグローブをテーブルに置く。

 2人の視線がグローブに集まる。


「これが……噂の……」

「もしかして、古坂さんも……?」


「そういうことだ。知奈も、ダイブゲームをプレイしていて、俺たちはそのゲーム仲間なんだよ」


「…………」

「…………」


 俺がそれを告げると、2人は黙り込んでしまう。視線はグローブに注がれたままだ。

 いったいどんな反応をするのか、固唾を呑んで見守る。


 やがて――


「こ……」

「これ……が……」


 ガタン!

 2人が突然立ち上がった。



「これが本物のダイブグローブなのですね!」

「初めて……初めて実物を見ました! すごいです!」



「……へ?」


 2人は目をきらきらと輝かせ、テーブルに手を付き身を乗り出して、グローブをマジマジと見ている。

 思わぬ反応に、俺たちはぽかんとしてしまった。


「ふ、ふたりとも、ダイブゲームはやるなって、言われてるのよね?」


 辛うじて有依子が訪ねると、


「はい。ネットダイブすらも禁止されています」

「なので初めて見るのです! はぁ……すごい、いったいどうなっているのでしょう」


「なぁ有依子、この反応……どう思う?」

「どうもなにも……思ってたのとぜんぜん違う反応だし……」


 有依子の言う通りだ。

 古坂さんがダイブゲームをやっているなんて! みたいに驚くのを想像していた。

 それどころかこれは……。


「ね、ふたりはダイブゲームを嫌ってるわけじゃないんだ?」


 未咲先輩が聞くと、2人は揃って頷く。


「はい。親にやるなと言われているだけです」

「興味自体はもちろんあります。むしろ、世の中に取り残されている気がして、不安を感じています」


 2人の答えに、俺たちは顔を見合わせる。そういうことなら――。


「なぁ、ちょっと2人に協力っていうか、お願いしたいことがあるんだが」




                  *




「昨日は本当に、申し訳ありませんでした」


 翌日。今回はゲーセンの中で待ち合わせをした、俺たちチーム4人。

 真っ先に知奈が深々と頭を下げた。


「もういいって、昨日さんざん謝ってただろ」

「はい。ですが、お会いしてきちんと謝罪しなくてはと思いまして」


 昨日の夜、さすがに知奈から通話で謝罪があった。

 突然のことにパニックを起こしてしまい、自分でもどうして悲鳴を上げてしまったのかわからないと言っていた。


「ま、入口前で見られただけだからさ。そんな気にすることないだろ」

「きっとわかってないよ、あのふたり」

「……そう、ですね。そうかもしれません」


「そそ、そうよそうよ! さあ知奈ちゃん! 気を取り直してバトルしましょう!」

「え? は、はい」


 俺と未咲先輩が有依子に白い目を向ける。

 しかし有依子は気付かず、


「3回戦は明日だからねー! 昨日のことなんて気にしないで、がんばらないとー。ふぁいと!」


 もういい、有依子、もう喋るな……。


「あの、晃太先輩。……有依子先輩の様子がおかしくありませんか?」

「有依子はいつもあんなもんだ。頑張らなきゃいけないのは本当だしな」

「あっ。そうですよね。はい、頑張りましょう」


 なんとか誤魔化し、俺たちはそれぞれブースに向かう。

 知奈が中に入るのを確認し、俺は有依子と未咲先輩に目配せをしてから中に入った。


「さて……上手く行くといいが」


 俺はグローブに電源を繋ぎ、キャストマジシャンズにダイブした。




                  *




「あ、コウタ先輩。今日はフリーマッチなんですね。ミサキさんとユイコ先輩がなかなか入って来ませんが……」

「なんだろうな。ま、のんびり待とうぜ」

「はい……」


 さすがにちょっと手間取っているみたいだな。


 知奈のアバター衣装は、最初に会った時から変わっていない。

 白いローブ、青いマント。頭に乗せた小さなシルクハットに、目元だけ隠したピンクのマスク。

 そのマスクのせいではっきりとは見えないが、さすがに怪訝そうな顔をしている。

 なにか話をして間を持たせるべきか迷っていると、



「あぁ、入れたみたいです」

「私もです。よかった、うまくできて」



 聞こえてきた声に、知奈は手にしていたロッドをがしゃんと落とした。


「えっ……あ……え?」


 戸惑い、口をぱくぱくさせる知奈を他所に、2人はぐるぐると辺りを見渡している。


「すごい、すごいです! これがダイブなのですね」

「森ですよ、柏田さん! 森が本物の森のようです!」

「とてもすごいです、米川さん!」


 2人はもう大はしゃぎだ。わかる。初めてフルダイブのゲームをした時、感動したよなぁ。無駄に走り回ったりしたっけ。


「あ……の……どうし、て……? お二人が……?」


 状況の理解が追いついていないらしい。落としたロッドをそのままに、ふらふらと歩き出す。


「昨日、あのあと2人と話をしてな。家で禁止されているだけで、ダイブには興味があったらしいんだ」

「ダイブに……」


 知奈は立ち止まり、ゆっくりと俺の方を見る。


「別に嫌ってなんかいなかったし、むしろ目をきらきらさせてダイブグローブを見ていたぞ?」

「…………ほ、ほんとうに……?」

「ああ。だから有依子と未咲先輩のグローブを貸して、実際にダイブしてもらったんだ」


 やり方は教えておいたが、ブースには1人しか入れない。ちゃんとマッチングできるか不安だったが、なんとかできたようでよかった。

 俺は落としたロッドを拾い上げ、知奈に手渡す。


「知奈、だから隠す必要なんてないんだ」

「隠さなくて……いい? 晃太先輩……。ダイブゲームが……私の大好きな、このキャストマジシャンズの世界が……?」


 知奈のその言葉に、あぁ、なるほど、と納得した。

 知奈がダイブゲームのことを隠していたのは、お姉さんからもらったグローブのことだけじゃなかった。

 自分の好きなものを悪く言われるのも、嫌だったんだな。


「見てみろよ。あれが、悪く言う風に見えるか?」


 知奈が2人に視線を向ける。



「呪文? 唱えるんですよね、米川さん」

「呪文……。火炎よ舞いの如く吹き荒れよ、フレイムダンス」

「すごいです米川さん! 火が出ましたよすごいです! その呪文どうしたのですか?」

「天藤さんに教えていただきました。……まるで、魔法使いですね!」



 嬉しそうに、楽しそうにはしゃぐ2人を見て、知奈はようやく笑みを浮かべる。


「……そうですね。絶対、悪く言うことはなさそうです」



 このあと、この4人でバトルに挑んだが、当然ボロ負け。

 それでもみんな、楽しそうに笑っていた。




                  *




「古坂さん、今日はすごく楽しかったです」

「ダイブゲーム、とても素晴らしいですね」

「はい。お二人とダイブゲームができて、嬉しかったです」


 ブースを出て、3人で話をしているのを俺たちは見守っていた。

 1戦だけだったが、ダイブゲームの良さが伝わったようだ。


「古坂さん、お強いのですね。すごくびっくりしました」

「あちらのみなさんと、チームで戦っているのですよね?」

「はい。そうなんです。実は私たち……」


 知奈はちらりとこちらを見て、また2人に向き直る。


「今プレイしたゲーム、キャストマジシャンズの大会に出ているんです」

「大会ですか……!」

「すごく楽しそうです!」

「はい! 明日、地区大会の3回戦があります。よければ、お二人も――」


 そこで言葉を止め、知奈は言い直す。


。よければ、見に来てくださいませんか?」


 2人の目が見開いていくのが、ここからでもわかった。


「はい、もちろんです。古坂さ――知奈さん」

「必ず行きます! すごく楽しみです、知奈さん!」



「……よかったな」

「うん。わたしちょっと泣きそう……」

「おいおい。って、あれ? 未咲先輩、泣いてる?」

「知奈ちゃん、よかったね。知奈ちゃん、知奈ちゃん」


 はらはらと涙を流しながら(相変わらずの無表情のまま)名前を連呼する未咲先輩。

 意外と涙もろいのか。



 柏田、米川が帰ったあと、俺たちは3回戦に向けてチームバトルを何戦かした。

 とはいえ、もう明日だ。疲れが残らないように、早めに解散することになった。


「……あの、晃太先輩。少しいいですか?」

「ん? なんだ?」


 別れ際、知奈に呼び止められる。

 有依子と未咲先輩は気付かずに歩き出していた。


「ひとつ、お願いがあるんです」

「お願い? 珍しいな。なんだ?」


 もしかして、魔王の魔法のことだろうか。

 呪文のことを聞かれても、答えられないんだが。


「明日の3回戦に勝つことができたら……」

「勝つことが、できたら……?」


 知奈が真剣な顔で見上げてくる。そして、



、呪文を教えてください」



 予想外のお願いが、飛んできたのだった。

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