第14話「熱い夏が始まっていた」
「チナちゃんあそこよ! 詠唱始めたキャスト!」
「はい! ユイコ先輩、任せてください」
俺たちは今、廃寺院フィールドでバトルをしている。
崩れた建物や瓦礫が多い廃墟エリアと、逆に遮蔽物がほぼ無い広い庭園エリアが混在し、場所によって戦い方を変える必要のあるマップだ。
瓦礫に隠れて詠唱をしていた敵のキャストに向けて、チナがロッドで魔法を連射する。
緑の光弾が6発。瓦礫を抉り、後ろのキャストに命中する。
「2発ヒットです、倒し切れていません」
「うっ……! もうバレましたか!」
飛び出したキャストを追うように、ユイコが前に出る。
「影よ、深遠より訪れし闇よ――」
「そこだ。かかったな!」
潜んでいた敵のソードマジシャンがユイコに飛びかかった。
炎を纏った剣を両手に持ち、ユイコの頭上に振り降ろす。
ガキィィィン!!
「そうはさせないよ」
「なにっ、割り込んだ!?」
ミサキ先輩が間に入り込み、相手の剣を受け止める。
青く光る直刀をぐるんと捻り、打ち払い、剣を真下に受け流す。相手が体勢を崩し前屈みになった隙に、半歩下がり、後ろに剣を振りかぶる。
「――ハッ!」
長いポニーテールが走る。
敵が慌てて身体を起こす瞬間を狙って、先輩は胴を薙ぎ払った。
「さすがです、ミサキ先輩!」
「ユイコちゃん、わざと前に出て自分を囮にした?」
「先輩が入ってくれると信じてました。それよりコータ! 早く詠唱しなさいよ! もう時間が無いから――」
「わかってる!」
瓦礫に隠れていた俺は、目の前に迫る敵のゴーレムに向けて詠唱を始める。
「我が手に集え、炎の精! 誘え果てに、掴む灼熱!」
右腕を伸ばす。手のひらに炎が集まっていく。
「させません!」
どこからか、さっきに後ろに逃げたキャストの声が響く。
「それを防げば僕たちの勝ちです! 風よ、悠久の時を流れし古の風よ!」
詠唱。おそらくシールド極大魔法だ。
ゴーレムのダメージはこっちの方が大きい、このまま守りきられると負けてしまう。
「暴風は神の怒りを代行し、厄災を退ける力となる」
敵が長い詠唱を続けるのに対し、俺は、
「焼き尽くせ、フレイムレーザー!」
呪文を唱えきる。
ヴン……という低い音が響き、手のひらに集まった炎が膨張する。次の瞬間、真紅の光線が飛び出し、敵のゴーレムに直撃した。
「あっ……しまった……」
唱えたのは極大魔法じゃない、普通の魔法だ。
敵のキャストが詠唱を止め、ゴーレムの前に飛び出し呆然と見上げる。
レーザーはゴーレムの肩に突き刺さっていたが、ボンッと煙をあげて爆発、一拍遅れてズシンと地響きを起こした。
敵のゴーレムの右腕が、肩から無くなっていた。地響きは、右腕が落ちた時の衝撃だ。
「やったわ、コータ! ゴーレムが3段階まで壊れた。これなら――」
――ゴーレムが中央に到着! ゴーレムアタックに入ります!――
「あぁ、そんな……勝ってたのに。僕の判断ミスだ……」
「ばーか気にすんな。お前以外やられてたんだ、ああするしかねぇよ。むしろやられてたオレたちのせいだ」
その場で項垂れる敵のキャストに、ようやく復帰してきたもう一人のキャストが声をかけている。
「くっそ、2回戦負けか。おい、おまえら! 次も勝てよ!」
「……! あぁ! 必ず!」
彼が拳を掲げるのに合わせて、俺も拳を上げた。
この夏に始まった、キャストマジシャンズ待望の公式大会。
告知は6月の頭にされていたから、4人でチームを組むことが決まるとすぐに、エントリーしようという話になった。
ただし、エントリー条件はチームランクマッチで『シルバーC』ランク以上。
ランクマッチはランクが上がると、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナと称号が上がっていく。
さらにゴールドまではC、B、Aの3段階に分かれている。
つまり『シルバーC』という条件は、ブロンズランクを抜けたチームのみということだ。
俺たちは慌ててランクマッチを始め、無事エントリー期限までにシルバー入りを果たし、地区大会への参加が決まった。
……エントリー多数で抽選だったらしい。当たってよかった。
大会は7月の終わり、夏休みに入ってすぐに始まった。
俺たちはその間もランクを上げていて、シルバーAになっていた。
俺も一ヶ月プレイをし、少しはマシになった。
覚えやすく使いやすい呪文を厳選したオススメ呪文書を知奈に作ってもらい、必死にそれを覚えた。
おかげでさっきのような極大魔法と見せかけて普通の魔法で攻撃、みたいなことができるようになったのだ。
……魔王の魔法に関しては、この一ヶ月なにも進展していない。
密かにトレーニングモードでアレンジを試すも、どうにも上手く行かない。
そもそも呪文を記録できないのだから、アレンジもなにもないんだが
大会で魔王の魔法を使っていいものかどうかも考えなくてはならなかった。
記録に残ることのない呪文を頻繁に使えば、さすがに問題になる。
じゃあ、まったく使わずに戦うのか? と問われれば、答えはノーだ。
いざという時は躊躇せずに使う。そう決めていた。
本当なら、なにも気にせずに魔王の魔法を使いたい。自由に魔法を使いたい。
アレンジをしてみたい――。
魔王は、魔法を生み出した、魔法の王だったという。
ならばアレンジくらいできなくてはおかしい。
そう思って試行錯誤していると……時々、感じることがあった。
――なにかが、足りない。
俺がアレンジできないのは、なにかが欠けているからじゃないだろうか。
蓋をされた魔王の記憶。そこに、足りないなにかがある。
そんな気がしてならなかった。
大会はもう始まってしまったが、早くなんとかしたい問題だった。
*
「なんとか2回戦突破か。いやぁヒヤヒヤしたぜ」
「最後は有依子先輩の作戦が上手く行きましたね」
「さ、作戦って、わたしはちょっと指示しただけよ?」
「それで勝てたんだから、ケンソンしない」
バトルを終えて、ブースの外に出る俺たち。
地区予選1、2回戦はどこのブースからも参加できるため、いつもの駅前のゲーセン、KAGA
後日行われる3回戦は、電車で2駅先の
今日は夏休みだから、全員私服。
俺はTシャツに水色の半袖シャツを引っかけただけのだいぶラフな格好。悪く言えば手抜き。
有依子はノースリーブの黒いブラウスに膝まである薄手の白いロングカーディガン。下はベージュのレギンス。
未咲先輩は緑色のキュロットに、トップスは白い半袖のニット。
知奈は長袖の白いブラウスに紺のスカート。丈は膝下まである。ちょっと暑そうだが、日焼け止めも兼ねているらしい。
それぞれ手には鞄を持ち、中にはノートが入っている。ゲームで使う呪文書だ。
今の時代、紙のノートなんてほとんど使われていない。学校の授業だってタブレットだ。
唯一国語の授業では、毎回10分間の文字の書き取りがあってノートを使用する。字が書けなくならないように、練習しろということらしい。
以前はそれを面倒くさく感じていたが、最近はそうでもない。
実はキャストマジシャンズのおかげで、今ノートが売れているらしい。みんな手書きで呪文を書いているからだ。
それこそスマホでも良さそうなものだが、紙のノートに手書きの方が呪文書っぽい、という理由で流行っている。もちろん後でスキャンしてバックアップは取っているが、確かにこうして物として存在していると、自分で呪文書を作っているんだって気持ちになれる。
なので書き取り練習も、字が上手くなるようにとしっかりやるようになった。
ブースに呪文書を持ち込む人は多い。終わったあとすぐに呪文を書けるように。もしくは、お守り代わりに。今回は大事なバトルだったから、俺たちもみんな持ち込んでいた。
ちなみに、知奈はどんなバトルの時でもブースに持ち込んでいた。すぐに記録を取りたいらしい。勉強熱心だな、俺も見習わなければ。
「そうだ。知奈、未咲先輩、フードコートで軽く今日のお祝いしません?」
「いいけど、反省会でしょ? 3回戦に向けての」
「……そうっすね」
地区大会はトーナメントで、最後まで行けば5回戦うことになる。確かに、まだ祝うような段階ではない。
むしろこれからどんどん強い相手と当たるようになる。気を引き締めなくてはならない。
「未咲さんの言う通りですね。今日のバトル、私も反省するところの多いバトルでした」
「知奈は十分活躍してただろ。……ていうか前から気になってたけど、知奈って未咲先輩を呼ぶ時はさん付けだよな」
清崎先輩のことは、IDがミサキということもあって、みんな名字ではなく名前で呼ぶようになった。俺たちは未咲先輩と呼んでいるが、知奈だけは未咲さんだ。
「はい。未咲さんにそう呼んで欲しいと言われまして」
「え? そうだったのか?」
2人は帰る方向が一緒だ。色んな話をしながら帰っているらしい。
その時にそういう話になったわけか。
「未咲先輩、俺たちは先輩でいいんすか?」
「キミたちは別に。そのままでいいよ」
「はぁ……ならいいけど」
「線引きがよくわからないわね……」
同じ学校だからか?
それか、なにか拘りがあるのかもしれない。
「あの、晃太先輩と有依子先輩も、さん付けの方がいいですか?」
「ん? んー……」
「わたしはそのままでいいかな。なんか、それで呼ばれ慣れちゃったし」
「俺もそうだな。今のままでいいぞ」
「そうですか。では、わかりました。晃太先輩、有依子先輩」
有依子の意見に同調したが、俺は……知奈には先輩って呼ばれたかったからだ。
理由は自分でもよくわからない。響きがいいというか、なんかいいのだ。
言葉にできない、説明できないから有依子の意見に乗ったわけだ。
「あぁそうだ。それで、知奈はどうだ? まだ時間大丈夫か?」
時計を見ると、まだ3時過ぎ。さすがに大丈夫だと思うが、一応確認する。
「そうでした。はい、私も是非――」
「あら? あちらにいるの、古坂さんでしょうか」
「ええ、そのようです。古坂知奈さんですね」
知奈の後方からそんな声が聞こえ、知奈の動きがピタリと止まった。
見ると、セーラー服を着た女の子が二人、こっちを見ている。
あれは確か、知奈の中学の制服だ。平日にキャスマジをやる時に何度も見ているから間違いない。
「どうしましょう、お声をかけてみますか?」
「でもお連れの方がいるみたいです」
ひそひそと話しているつもりかもしれないが、全部聞こえている。
知奈はギ、ギ、ギ、と音がしそうなカクカクした動きで顔を上げ、不自然な笑みを浮かべた。
「すみません、少々用事が、できました。今日はこれで、失礼しますね」
「お、おう……?」
知奈はお辞儀をすると、そのままくるりと、顔を見せずに振り返る。
そして姿勢良く、お淑やかに、ゆっくりと2人の少女の元へと歩いて行く。
「まぁ、やっぱり古坂さんでした」
「こんにちは、古坂さん」
「はい、こんにちは。
「ええ、二人で図書室に。……古坂さん、後ろのお連れのみなさんは、よろしいのですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「古坂さん、お聞きしてもいいですか? あちらの方は、お知り合いですか?」
「…………」
知奈は一瞬黙り込むが、すぐに答える。
「はい。遠い親戚のお兄さんと、そのお友達です」
「……へ?」
「まぁ、遠い親戚の」
「そうでしたか」
「はい。私はこれから帰るところですが、お二人は?」
「私たちも帰るところです。ご一緒してもよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
知奈は一度もこちらを見ることなく、2人と一緒に歩き出す。
俺はたちがぽかんと眺めていると、
「……ところで、古坂さんはここでなにをなさっていたんです?」
「帰り道に通りかかっただけです」
最後に、そんな会話が聞こえた。
「晃太くん、知奈ちゃんの親戚だったの?」
「違いますよ。大昔のものすごーく遠い親戚の可能性はゼロではないっすけどね」
「いったい、なんだったのかしらね……」
残された俺たちは、ただただ首を傾げるしかなかった。
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