第13話「そして、呪文を授けた」


「アリスは、敵の現在位置を正確に言い当てることができたみたいです」

「敵の……位置を?」


 ホーリーランス以外にもう一つ。アリスが強い理由を知奈が教えてくれたが、俺はすぐには理解できなかった。


「できたみたい、じゃなくて、できたよ。同じチームになったからあたしは知ってる。あそこに敵がいると教えてくれた場所に、本当に敵が隠れていて、味方はそこに突っ込むか魔法を撃ち込めばよかった」

「マジか……すげぇな」


 知らなかった。どうやらまだまだ勉強不足だったようだ。帰ったらそれを意識して動画を見直そう。


「ホーリーランスよりも、そっちのが叩かれていたと思う。不正をしているから敵の位置がわかるんだろうって」

「それは……」


 アリスは不正などしていない。

 俺は信じている。

 だけど……本当に敵の位置がわかるのなら、疑いたくなる人の気持ちもわかった。


 俺も魔王の魔法を使っているから。記録することのできない呪文を。

 下手をすれば不正だと思われかねないと、俺自身が思っている。


「知ってる? アリスを叩いていたのはね、対戦相手だけじゃない。味方もなんだよ」

「……え? あっ、そうか……」


 アリスのその強さがわかるのは、敵よりも味方だ。

 味方に敵の位置を知らせていたのなら、不思議に思う人が出てくるだろう。


「あたしがアリスと一緒になったのは、もうそういう噂がかなり出回っている頃だった。あの時の会話は、今でも忘れてないよ」




『うわっ、本当にわかるんだな。すげー、けど気持ちわるっ』

『ダイブゲームってチートできんの?』

『なっ……やめろよ、なんでそんなこと言うんだ! アリスが不正なんてしてるわけない!』

『おおっとアリス信者がいたぜ。やべーやべー』

『チートじゃないの? ふーん。それでこんなに敵の位置がわかるとか……かよ』

『……っ!』

『な、なんてこと言うんだ!』

『い、いいよ。いつものことだから。気にしないで。ほら、もうすぐ敵が復帰してくるよ』

『アリス……』




 清崎先輩はが教えてくれた、会話の内容。

 俺は手が白くなるほど強く拳を握っていた。

 知奈は顔に手を当てて、泣き出しそうだ。

 有依子は……ハッとした表情で、清崎先輩を見つめている。


「アリスがキャスマジを辞めたって噂が流れ出したのは、その少し後だった。あたしがあの時……もっと……。せめて、あたしはあなたに憧れているって、きちんと伝えられていれば……」


 先輩の気持ちが、痛いほどわかる。

 もしかしたら、アリスは辞めなかったかもしれない。自分の気持ちを伝えられていたら、辞めるのを思いとどまってくれたかもしれない。悔やんでも悔やみきれなかっただろう。


「先輩のせいじゃ……ないですよ。先輩は、悪くありません」


 意外にも、そうやってフォローを入れたのは有依子だった。


「有依子ちゃん。……うん。あたしがなにかを言ったとしても、アリスの決断は変わらなかったかもしれない。だけど……さ。やっぱり悔しいでしょ。悔しくてたまらなかったよ。だから、あたしは」


 清崎先輩が顔を上げ、キッと睨むような目をする。


「あたしは、キャスマジで


「先輩、だからソロ専門に……?」

「うん。あたしがフリーマッチでも絶対にタッグを組まない理由。あたしは独りで強くなって、最強になって、そして――」


 そこまで言って、先輩は肩を落とし、俯いてしまう。


「――強くなって、あたしがアリスを名乗れば、本物のアリスが気付いてくれるかもしれない。そう思ったんだ」

「清崎先輩……」


 先輩はゆっくりと顔を上げて、俺を見る。


「キミにアリス本人かって聞かれて、あぁそんな風に聞かれるくらいになったんだって思った。じゃあそろそろ名乗ってもいいのかなって。……だから、そうだよって答えた。ウソをついたんだよ」


 清崎先輩、あんまりウソとかつかないタイプに見えたから、どうしてそんなことをと不思議に思っていた。でも目的があったんだ。アリスを再び、キャスマジの世界に呼ぶために。自分のことを気付いてもらうために。それって……。


 俺はテーブルの両端を掴んで、身を乗り出した。


「先輩っ! 俺も、先輩と同じ想いです。アリスと対戦したり、一緒に戦ったりしてみたくてキャスマジを始めた。もう辞めちゃってるけど、でも強くなれば、アリスと同じ高さに行くことができれば! もしかしたらって思ってたんです」


「こ、晃太? そんなことも考えてたの?」

「まぁな。可能性は薄いから、有依子には話したことなかったけど」


 強くなる目的として、密かに考えていたのだ。

 今は辞めていても、いつか再開するかもしれないから。


「あっ、あの!」


 今度は知奈がテーブルに身を乗り出してくる。


「私もアリスは憧れの人です。ホーリーランスが有名ですけど、他の呪文もとっても素敵で、カッコ良いんですよ。お二人みたいには考えていませんでしたが、そうですね、いつか……復帰してくれるかもしれません。その時は、私もアリスと一緒に戦いたいです」

「知奈……! 先輩、俺たちはいわば同志ですよ。アリスファンクラブと言えなくもない!」

「ちょ、晃太!? えぇぇっ?」


 またなにか有依子が慌てふためいているが、もう気にせずに続ける。


「だからやっぱり、先輩も一緒にキャスマジやりませんか?」

「先輩が一緒にプレイしてくれたら、4人になります。チームが組めますよね」

「おぉ、そうだチームだ! チームのランクマッチもあるんだもんな」

「はい。それで上位になれば目立つこともできます。アリスの目にも留まるようになるかもしれません」

「いいぞ、ナイスだ知奈! 先輩、どうですか! いいアイデアじゃないっすか?」

「そう……だね。チームランクの上位は、すごく目立つから。だけど」


 先輩はそこで一度言葉を切り、俺と知奈の顔を見る。


「ごめん。あたしはやっぱり、ソロでやるよ。キミたちは同志だけど、あたしはこれまでずっとこの信念を通してきたから。このまま突き進んでみるよ」


「そんな、清崎先輩……」

「ごめん。どうしても、あの時のことが忘れられないんだ。敵も味方も信じることができなくなった、あのバトルが」


 先輩は申し訳なさそうに、頭を下げる。

 すぐに顔を上げたけど、その時の先輩の瞳には、真っ直ぐで強い意志が宿っていた。

 そんな目を見たら、もうなにも言えなくなってしまう。


「…………」


 だけど、本当にそれでいいんだろうか?

 敵も味方も信じることができないから。独りで戦う。


 俺たちのことは同志だと言ってくれたし、少しは信じてくれていると思う。

 だけど、信念をひっくり返すには至らない……。



(これは、だ――)



 ……え? 今のは……。



「長々と話しちゃったね。でも、そういうわけだから。あたしはそろそろ帰るよ」


「――待ってください、清崎先輩」



 立ち上がろうとする清崎先輩の手を取る。


「晃太くん?」

「帰る前に、ちょっと付き合ってもらえませんか?」




                  *




 キャストマジシャンズ、トレーニングモード。

 俺と清崎先輩はブースに入り、ダイブしていた。

 今回は2人だけだ。知奈と有依子はフードコートで待ってもらっている。


「それで? なにをするの?」

「一つ、使ってみて欲しい呪文があるんです」

「呪文? あたしはそんなのいらないよ」

「そう言わずに。先輩は俺に負けたんすよ? これくらい付き合ってくださいよ」

「むっ……。じゃあ、しょうがないね。いいよ」


 ずるい言い方だなと思ったが、教える魔法が魔法だ。これくらいがちょうどいい。


「それで? どうすればいい?」

「俺が呪文を言うので、続けて詠唱してください」


 これから先輩に伝えるのは、


 呪文の内容はわかっている。今までの魔法と違い、この呪文は頭に残っている。記録に残せるかどうかはわからないが、記憶にはある。


 今朝見たばかりの、剣士と魔王の夢。

 剣士の声しか聞こえない夢だったが、ついさっき魔王の声もわかるようになった。

 あるいは魔王の声だけ忘れていたのを、思い出したか。


 あの会話の最後に、魔王は呪文を唱えていたのだ。


「……コータくん?」

「…………」


 先輩にその魔王の魔法を唱えさせる。


 だけどここにきて、少し不安になった。

 果たして上手くいくんだろうか。唱えさせて問題はないんだろうか。


 今朝にあの夢を見て、さっき呪文を思い出し、俺はすぐに先輩に授けることを思いついた。なにより使。清崎先輩にこそ相応しい魔法だ。


 そもそもこのタイミング、そうしろと魔王が言っているようにしか思えなかった。


 ただ、それならどうして清崎先輩なのだろう?

 ――。



(否。生まれ変わりではない)



 ……そうなのか。じゃあ、どうしてだ?


(生まれ変わりではないが、魂が似ている。この者なら、呪文を扱えるだろう)


 魂が似ている? またよくわからないことを言い出したな……。

 でもまぁ、魔王のお墨付きってわけだ。それなら大丈夫だろう。



「すみません、先輩。では、いきます」


 俺は一度目を瞑る。

 目蓋の裏に浮かぶのは、長髪の剣士。

 魔王の記憶の殆どが蓋をされている。彼がどういう立場なのかは会話から想像するしかないが、おそらく側近の剣士だろう。

 国に憤りを感じ魔王に忠誠を誓う男を、魔王も信頼していた。


 目を開けると、そこにはポニーテールの女剣士。

 魂が似ているというのはわからないが……少しだけ、雰囲気が似ているなと思った。


 俺は先輩の目を見つめ、呪文を口にする。


「流転の原動、青き力」

「……流転の原動、青き力」


 先輩は戸惑いながら、剣を抜く。反りのない片刃の剣、直刀だ。


「無限に湧き出す魔力を呑み込み」

「無限に湧き出す魔力を呑み込み」


 手にした剣が、黒いオーラに包まれていく。魔力の源泉である黒き力を吸い上げ、呑み込み続ける。二つの力が混じり合い、一つの形を生成する。


「黒き力の刃となれ」

「っ……黒き力の、刃となれ!」


 開いた左手で頭を抱え、先輩は苦しげな顔になる。

 俺から先輩へと、呪文が流れ込んでいくのを感じる。


 俺が右手を掲げると、先輩も同じように剣を掲げた。


 もう、俺がこの呪文を唱えることはできない。

 黒と青の力は剣に宿り、もはや呪文は先輩のものだ。


 清崎先輩が叫ぶ。



「魔王の水刃すいじん、ブルーオースブラッドブレイド!」



 ドンッ――!!


「くっ……!」


 剣に稲妻が落ちたかの衝撃に、俺は吹き飛ばされそうになった。

 黒き力が暴れ狂い、ビリビリと大気を震わせている。青き力が地を蠢き、低く大きな地響きを立てる。

 世界を揺るがした衝撃は、次第に静まり落ち着いていく。

 そこでようやく先輩の剣を目にすることができた。


 直刀だった先輩の剣は、まったく違う形になっていた。

 波打つような黒い鍔に、蒼い細身の両刃の剣。刀身の中心部に埋め込まれた漆黒の宝石が黒いオーラを吐き出している。


 これだ。夢の中で剣士が受け取った剣は、間違いなくこれだった。

 よかった、上手くいったんだ――。


 呪文を受け渡すことに成功した。後は、先輩にを告げればいい。



「やっぱり清崎先輩は、俺たちと一緒にキャストマジシャンズをやるべきだ」



「えっ……? あたしは、独りで……」


 呆然と剣を見ていた先輩は、呟くように答えた。

 先輩の信念は変わらない。だけど、俺は言葉を続ける。


「独りで強くなる、ですか? そうっすね、先輩は強いですよ。味方を信じない、ある意味敵が7人いるような状況で、あの強さです。さすがとしか言いようがありません」

「…………」

「でも、アリスには及ばない。

「……絶対に、追いつけない?」

。先輩、アリスはどんなに酷いことを言われても、味方に敵の位置を知らせていたんじゃないですか?」

「あっ……」


 さっきの話を聞いて、気になっていたことだ。

 味方から酷いことを言われるのなら、アリスは黙って独りで戦えばいい。

 本当に嫌なら、もっと早くにそうしていたはずだ。

 だけどすでに噂の広まっていた、先輩が当たった時でさえも、アリスは味方に情報を伝えている。


「アリスはちゃんと、

「っ……! そうだとしても! アリスにあんなことを言ったヤツらを、バケモノと呼んだヤツらを! 信用なんてできるもんか!」

「だから俺たちとやろうって言ってるんですよ! 俺と、有依子と、知奈で! チームでやれば信用できるじゃないですか!」


 叫び返すと、先輩はビクッと身を竦める。

 俺は一歩近付いて、剣を持つ先輩の手を両手で取る。


「清崎先輩。この剣は、俺の信頼の証です」

「信頼の……」


 かつて魔王は、剣士のために、魔法で剣を創り出した。

 普通の人間でありながら、魔王に味方してくれる剣士に。

 信頼の証として、魔剣を授けた。


 だから俺は、キャストマジシャンズでも使えるように、剣ではなく呪文そのものを授けることにした。ソードマジシャン、清崎先輩が使うべき呪文として。


 先輩に信用してもらうための、証として。


「あたし、呪文を覚えるの苦手なんだけど、この呪文はいつでも唱えられる気がする。……魔王の、水刃……」


 先輩は呟くようにそう言うと、後ろに下がって俺から離れる。


「こんな魔法を知ってる、キミはいったい何者なの?」

「俺ですか? これを言うと信じてもらえなくなるかもしれませんが、俺の前世、魔王なんすよ」

「前世が魔王? なにそれ」


 剣をぶんっと振る。青と黒のオーラが宙に残り、やがて霧散する。


「こんなすごい剣を貰っちゃったら、断れないね」

「先輩……っ!」


 先輩は剣を持った手を真っ直ぐ伸ばし、魔王の水刃を水平に構える。


「魔王、か。……いいよ、あたしもキミたちを信用する」


 清崎先輩は笑顔で、そう答えてくれた。




                  *




「結局、なにがあったんでしょうか」

「さあ……。晃太、なにも教えてくれないのよね」


 清崎先輩と会話を終えてフードコートに戻ると、



「やっぱりみんなとキャスマジやるよ。よろしくね、有依子ちゃん、知奈ちゃん」



 先輩はそう言って、早速4人でフリーマッチに入ることになった。


 今は5連戦してようやく今日はここまでとブースを出たところだ。

 いつの間に晴れたのか、綺麗な夕陽が空を染めている。


 ちなみに先輩は魔王の水刃を使わなかった。どのくらい強いのか見たかったが、使いこなすのに時間が欲しいと先輩は言っていた。

 魔王の魔法による魔剣だし、やはり扱いが難しいのかもしれない。



「ねぇ有依子ちゃん」

「えっ?! な、なんですか?」


 突然有依子の後ろに忍び寄った先輩が、耳元に囁くように呼びかける。有依子は驚いて飛び上がった。


「有依子ちゃんって、あんなに強かったんだね。驚いたよ。前にバトルした時、キャストを倒しに行こうと思ったらぜんぶ晃太くんで、有依子ちゃんと対面できなかったんだよね」

「お、俺はまだ初心者ですからっ!」


 俺がおどけると、有依子は少し笑ってから応える。


「あの時は……わたし、強いソードの人がいるなって。普通に対面したら負けると思って、近寄らないようにしてたんです」

「へぇ……?」

「え? 先輩、なんですか? わたし、なにかおかしかったですか?」

「有依子ちゃんさあ、それってもしかして……」


 清崎先輩が、じっと有依子を見つめる。

 有依子は慌てて目を逸らした。


「そんなわけないか。やっぱなんでもない」

「そ……そう、ですか。ほっ……」


 何故か胸をなで下ろす有依子。

 そんな有依子を見て、清崎先輩は――珍しく、口元にはっきりと笑みを浮かべていた。


「んん? 先輩、なにが……」

「あ、知奈ちゃん一緒に帰ろう。家、向こうなんだよね?」

「はい。晃太先輩、有依子先輩。今日もありがとうございました。失礼しますね」


 知奈は礼儀正しくお辞儀をして、清崎先輩は手をぶんぶんと振って一緒に去っていく。


 先輩がなにを言おうとしたのか、なにがそんなわけないのか気になったが、スルーされてしまった。

 仕方がない。俺と有依子は2人の背中を見送って、並んで歩き出した。



「今日は、色んなことがあったな」

「……そうね」

「アリスって、やっぱすごいよな。色んな人に影響を与える存在だったんだ」

「…………」


 清崎先輩はアリスのファンだった。知奈もアリスに憧れてると言っていた。

 そして俺も、アリスをきっかけにキャストマジシャンズを始めた。


「だけど敵からも味方からも叩かれてたんだよな、アリス。そりゃ、辞めちゃうか……」


 味方を信じてゲームを続けていた。それでも、いつかはきっと限界が来てしまう。


「俺がその頃やってればなぁ。ふざけんなって、言ってやったのに」

「ねぇ、晃太」

「ん? なんだ? 有依子」


 日が落ちて、薄暗くなっていく街並み。黄昏時。

 隣を歩く有依子の表情が見えなくなる。

 夕陽の赤が黒く染まりだす空を見上げながら、有依子は呟いた。



「アリスが辞めた理由、本当にそれだけなのかな」



「……有依子?」

「なんでもない。忘れて。……ほら、暗くなってきたし、早く帰りましょ」

「あぁ……」


 結局、有依子がどんな顔をしていたのかわからなかった。


 けどこの時の有依子の言葉は、俺の心にいつまでも引っかかり続ける。

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