第12話「戦って、先輩は語ってくれた」
「つまり、清崎先輩はアリスではなかったと……そういうことで、いいのでしょうか?」
「うん。ウソついてごめん」
知奈がそう聞くと、清崎先輩はあっさり認めた。
ゲームを終え、俺たちは隣のフードコートに場所を移した。なるべく周りに人のいないテーブルを4人で陣取る。
清崎先輩は相変わらずの無表情だけど、この潔さ、もう観念したという感じなのかもしれない。
知奈はまだ多少驚いているみたいだ。疑念を抱いていたとはいえ、こんな風にあっさり認めてしまうのは意外だったようだ。
そしてやっぱりよくわからないのは有依子だ。甘いキャラメルを食べはずが塩キャラメル、いやこれただの塩の塊だ、しょっぱい! みたいな複雑な顔をしている。
なにか言いたそうに口をもごもごとさせるが、すぐに俯いてしょんぼりする。その繰り返し。本当によくわからない。
そして、俺はというと……。
「桐村晃太くん。キミはどうして、あたしがアリスじゃないってわかったの?」
「…………」
この問いに、どう答えたらいいか迷っていた。
正直に言えば、直感だ。この人はアリスじゃない。アリスのホーリーランスじゃない。
極大魔法を撃ち合った時に、瞬間的に気付いたのだ。
だから……。
「……こないだは、清崎先輩がホーリーランスに絶対の信頼を置いているのを見て、プレイングもすごく強いから、もしかしてと思って聞いたんです。アリス本人ですか、って」
先輩は黙って聞いてくれる。
アリスのホーリーランスではないと思ったのは本当に直感だ。だけど、先輩がアリスではないと思ったのは、理由のある直感だった。
俺はそれをそのまま答えることにした。
「今日、もう一度極大魔法をぶつけ合って……。ホーリーランスを唱える清崎先輩と、動画で何度も見たアリスの姿が、重ならなかったんです。同一人物じゃないって、思いました。……そんな理由じゃ、ダメですかね?」
ちらりと清崎先輩を見る。
言ってみて、これじゃ納得してくれないだろうな、と思った。
とはいえ、アリスのホーリーランスじゃなかったから、というのはもっと理由にならない。
ゲームシステム的に、同じ呪文を詠唱すれば同じ魔法が発動するのだ。誰が唱えても同じホーリーランスになる。
先輩の詠唱は完璧だった。それなのにアリスのとは違ったなんて言っても、みんなに不思議がられてしまうだけだ。そもそも、違うと感じたこと自体がおかしな話なのだから。
(しかしあれは、偽のホーリーランスだった)
魔王の記憶……か。
だけどどうして、人格魔王が偽とか本物とか言い出したんだ……?
前世が魔王とわかっただけで、俺はまだ全然魔王のことを知らない。
じっと黙っていた清崎先輩が、小さく口を開く。
「……そっか」
「先輩……?」
「ぜんぜん、ダメじゃないよ。むしろその理由で納得した。そっか、あたしに『アリス』を名乗る資格なんて……やっぱり、ない」
先輩はそう言うと、少し俯いてテーブルを見つめる。
無表情……いや、さすがにわかる。寂しそうな、顔だ。
「清崎先輩。聞いてもいいですか。俺がアリス本人かって聞いた時、どうして肯定したのか」
「……うん、いいよ。ちょっと長くなるけど」
先輩はそう前置きして、話し始めてくれた。
「そうだな、どこから話そう。……キミたちは、アリスがキャスマジを辞めた理由、知ってる?」
「え?! な、なんで、アリスの話に?」
何故か有依子が慌てる。ちらちらと俺の方を見てくるが……。
「私は知っています。ネットで広まっている、噂の範囲内ですが」
「俺も、一応。ネットとかで叩かれまくったからですよね、アリスが」
「し、知ってたの? 晃太?」
「なんだよ、有依子。……あぁ、俺が知らないと思って慌てたのか?」
「うっ……まぁ、そう、よ」
「さすがにネットでアリスのことを検索すればいっぱい出てくるからなー。初めて動画を見て有依子と通話した後に、他の動画を探したんだが……その時にな」
あの日、動画を見るだけじゃなく、アリスのことも調べていたら寝るのが遅くなったのだ。おかげで寝坊することになったわけだが。
「そうですね、アリスの辞めた理由は一時期かなり話題になっていました。アリスで検索すれば、辞めた理由もセットで出てくると思います」
「知奈ちゃんの言う通り。今も時々議論されてるから」
清崎先輩はテーブルの上でぎゅっと拳を作る。心なしか、視線も鋭くなったように思う。
「あの~……。アリスが辞めた話と……先輩のことと、なにか関係あるんですか?」
有依子がおそるおそるという感じで尋ねると、
「関係あるに決まってるよ!」
突然の大声に、辺りがしんとなる。フードコート中の視線を集めてしまう。
「……ごめん」
「いえ、わたしの方こそ……ごめんなさい」
2人が謝り合い、周りから興味が外れるのを待って、先輩は話を続ける。
「関係あるんだよ。あたしは、アリスのファンだったから」
「あ、ああ、アリスの、ファン、ですか?」
また有依子があたふたし始める。
有依子って、アリスの話題になるとおかしくなるんだよな。
先輩は気にせず、頷いて話を続ける。
「うん。あたしが今でもキャスマジをやってるのは、アリスのファンになったからなんだ」
意外ではなかった。アリス本人じゃなかったとはいえ、ホーリーランスの完璧な詠唱と、絶対の信頼。ファンと言われて、むしろ納得だ。
「こないだ晃太くんには話したけど、わたし本当はパルクールをやってみたいんだ。でも危険だからって周りに止められててね。もっと自由に体を動かしたいのに、それができない」
それを聞いて、俺はハッとなる。
「だからダイブゲームなんですね、先輩」
「ダイブゲームならそれができるからね。誰にも文句を言われないし。特にキャストマジシャンズは臨場感がすごくて何度もプレイした。そのうちにゲーム自体も面白く感じるようになって、強くなりたいと思うようになった。……そんな時、アリスの動画に出会った」
「もしかして、あのホーリーランスのですか?」
「うん。一番有名なやつ。動画なのに思わず身震いしたよ。衝撃だった。こんなに強い人がいるんだって。こんなにカッコ良い人がいるんだって。だから……」
先輩は目を瞑り、はっきりと口元に笑みを浮かべて続ける。
「いつか、対戦してみたい。同じチームで、隣で戦ってみたいって、思った」
「先輩……」
それは俺がアリスに対して思ったことと、まったく同じだった。
先輩は目を開けると、もとの無表情に戻る。
「だからあたしは、頑張ったよ。キャストタイプは性に合わなくてソードにしたけど、少しでもアリスに近付きたくて、強くなった。アリスと当たりますようにって、何度もゲームをプレイした。そしたら……」
「えっ、もしかしてアリスと当たったんですか?!」
俺が勢い込んで聞くと、先輩はこくんと頷く。
「うん。フリーマッチで、同じチームになれた」
「ま、マジっすか?! いいなー!」
「すごいです、清崎先輩」
「うそ、本当に? え、えええ?」
三者三様、驚いた声を上げるが、先輩は表情を変えず――むしろ、真剣味を帯びた声で話を続ける。
「それがあったから、あたしはアリスが辞めた理由を理解できた」
「あ……」
アリスが辞めた理由。ネットで見たそれを思い出し、俺たちは黙り込む。
「アリスがどう叩かれていたか、知ってるよね」
「はい……。異常なほど強い、なにか、不正をしているんじゃないかって……」
「もっと酷いことも言われてたよ。アリスは本当に強かったから」
知奈と先輩の言う通りだった。
チートだとか、運営に特別に強化してもらっているとか、テストプレイヤーなんじゃないかとか、根拠の無い噂が飛び交っていたらしい。
「でも、強いだけでそんな風に言われるなんてなぁ……」
「……晃太くんは、最近始めたんだっけ。じゃあ、どうしてアリスが強いのかまでは知らないのかな」
「えっ……? ホーリーランスが強いからじゃないんすか?」
「晃太先輩、アリスが最強とまで言われていたのは、それだけじゃありません。もう一つ、理由があるんです」
「ちょ、ちょっと待って、2人とも。今はその話は……」
「おいおい、いいだろ有依子。……知奈、教えてくれないか」
止めに入った有依子を制し、知奈に尋ねる。
知奈は一瞬有依子を見たが、すぐに俺の方を見て答えてくれた。
「アリスは、敵の現在位置を正確に言い当てることができたみたいです」
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