第11話「魔王はわかっていた」


「くどいぞ。俺はお前に付くと決めたのだ。――


 腰に剣を携えた、長髪の男が睨んでいた。

 しかしすぐに口元に笑みを浮かべ、視線を彼方へと向ける。


「確かに、普通の人間で魔王に味方するヤツは俺くらいだ。だが俺から言わせれば、あの王に付く方が狂っている。この世界に魔法を生み出したのは、お前だというのに」


 しばらく間があって、剣士がこちらを向く。


「ふんっ。そうだな、お前は気にしないのだろう。誰が魔法を生み出したかなど関係ない、か。……それでも俺は、許せないんだよ」


 グッと腰の剣を握る。視線は再び、彼方へ向けられている。


「あぁわかっている。勇者となった彼女と、剣を交えることになる。その覚悟はできている。……いいや、戦いたいのだ。各地の魔物を倒して回り、強大な力を得た彼女と」


 再び間があって、剣士が驚いた顔でこちらを向く。


「お前……いったい、なにをして――。……ハハッ、そんなこともできるのか! やはり魔法を生み出した、魔法の王はお前だよ」


 剣士が近付いてきて、右手を伸ばす。


「いいだろう、俺もお前に忠誠を誓う。その剣――頂くぞ」




                  *




 土曜日。今日は、約束した清崎先輩との再戦の日だ。


「……ヘンな夢見た」


 内容はしっかり覚えている。

 長髪の剣士が一人で語っている夢。


「違うな、話し相手がいたんだ」


 剣士の声しか聞こえなかったが、所々間があった。誰かとの会話だったんだ。

 そしてその誰かとは、魔王――。


「……魔王の記憶ってわけか。こないだ言ってた、流れ込むってこういうことか?」


 人格魔王の返事はないが、おそらくそうなのだろう。


「はぁ…………まぁいいや、それより、今日は清崎先輩だ」


 俺はベッドから起き上がり、支度を始めた。




 清崎先輩との再戦はすぐには行われず、今日、土曜日にという話になった。

 ……先輩の部活の都合で。放課後が空いていなかった。


 いつもの駅前のゲーセンに向かうと、店の前で有依子と知奈が待っていた。


「おはようございます、晃太先輩」

「晃太、遅いわよ」

「うぃっす。……遅くないだろ。約束の時間の10分前だぞ? ていうか中入ってればいいのに」


 6月の終わり。曇り空で日は射していないが、蒸し暑い。ゲーセンの中ならエアコンが効いているはずだ。


「私は入りましょうと言ったんですが、有依子先輩が……」

「中にもう、清崎先輩がいるのよ」

「ん? 先輩がいると入れないのか?」


 そう言うと、有依子は気まずそうに顔を伏せてしまう。

 代わりに知奈が尋ねてくる。


「あの、晃太先輩。本当に清崎先輩が、アリスなのですか?」

「わからん。でも本人がそう言ってたし、あの強さだからな」

「はい。アリスのタイプはキャストでしたが、ソードに転向して再開していたとしても、おかしくはありません。ですが……」


 知奈はそう言って、顎に手を当てて考え込んでしまう。

 黙ってしまった2人に、俺は小さくため息をついた。


 2人がなにを気にしているのか、俺にはまったくわからなかった。

 知奈が疑念を抱くのはまだわからないでもないんだが、有依子の方は意味不明だ。

 火曜日に先輩と屋上で話した時だって、転がり込んできたくせにダッシュで逃げ出した。それ以来先輩とは距離を取り、話題に出すと今みたいに黙り込んでしまう。


「ん~……ま、今日の再戦でなにかわかんだろ! ここでウダウダしててもしょうがない。とっとと中に入ろうぜ」

「……そうですね」

「わかってるわよ……」


 2人が顔を上げて頷くのを待って、俺はゲーセンの中に入る。

 入ってすぐ、自販機の前で、先輩はストレッチをしていた。


「ん、待ってたよ。桐村晃太くん」

「やっとちゃんと名前を覚えてくれましたね、清崎未咲先輩」

「うん。ホーリーランスを破った相手だから。ちゃんと覚えた」


 先日俺を探す時に壮絶に間違えていたんだが、突っ込まないでおこう。


「さっそくやりますか?」

「そうだね。じゃあ……」


「あっ、あの!」


 俺たちがブースに向かおうとすると、有依子に呼び止められた。


「わたしも入っていいですか? 見るだけでなにもしませんから!」

「私も、お願いします。観戦させてください」


 2人揃って、頭を下げる。俺は2人に近寄り、


「いいのか? ……俺は、あの極大魔法を使うぞ?」


 魔王の魔法を。2人が、恐いと言っていた魔法を。


「そんなの大丈夫よ。それよりも……」

「見届けたいんです。お二人の魔法が、再びぶつかった時、どうなるのか」


 有依子は俯いてしまうが、知奈はじっと俺の目を見てそう答えた。


「あたしは別にいいけど。どうする?」

「俺も、2人が見たいって言うなら」


「……! ありがとうございます、晃太先輩、清崎先輩」

「…………」


 こうして、俺たちは4人でトレーニングモードに入ることになったのだった。




                  *




 清崎先輩のIDはミサキだった。ゲーム中は敵のIDが見えないからわからなかったが、俺たちと同じで本名でやっていたらしい。

 リアルではショートカットの先輩が、長いポニーテールに変身する。前は印象が全然違うと思ったが、同一人物だとわかって改めて見ると、なるほどと納得できる。背は俺より少し高く、顔立ちは仮面で見えないけど先輩っぽい。なにより長いポニーテールであってもボーイッシュな雰囲気は損なわれていない。



――ゴーレムが第3エリアに移動しました――



 トレーニングモードではゴーレムの位置を自由に設定できる。

 ゴーレムがどのエリアにいるかで魔法の強さが変わる。状況を固定して各ラウンドの練習ができるようになっているのだ。

 今回は極大魔法の撃ち合いのため、第3エリア、ラウンド3に設定した。


「それじゃ、行きますか」

「……うん。いつでもいいよ」


 フィールドは障害物がなにもない、トレーニングモード専用の荒野エリア。

 距離を置き、俺と先輩は向かい合う。ユイコとチナは俺の後ろで見ている。


 静まり返るフィールド。

 先輩はいつでもいいと言ったが、俺は遠くの先輩の目を見つめ、タイミングを計っていた。呪文を詠唱するだけ、誰からの邪魔も入らない状況で、タイミングもなにもないのはわかっている。だけどまるで、どちらが先に銃を抜くか――そんな決闘のような空気があった。


 高まっていく緊張、ピリピリとした空気。

 それはダイブゲームでも感じることができるものだ。

 世界が閉じ、意識が相手一人だけに向く。集中していく。


 緊張はやがて、最高潮を迎え――。



「天上より舞い降りし戦いの女神よ!」



 先に銃を抜いたのは――詠唱を始めたのは、清崎先輩だった。


 さあ、魔王。一度引き出したものは、容易に引き出せるんだろう?

 あの時の、魔王の障壁の呪文を――





 ……なに?


 視界が黒く、赤く明滅する。頭の中に呪文が流れ込む。頭痛はない、意識を保っていられる。だけど呪文の内容を識ることはできない――。

 渦を巻く呪文を、禍々しい力の奔流を、ただ吐き出すことしかできない。



「魔力の源泉、死の象徴は黒き力! 世界の根源、生の象徴は赤き力!」



 これは、この呪文は、魔王の障壁ではない。グレイテストカオスウォールではない。


「聖なる光、正義の力! 輝きと勝利はこの腕に!」


「旧き炎より生まれし大いなる影は真なる闇! 両極の力は今ここに、我が拳となる!」


 同時に呪文を詠唱していく。俺の、この呪文は――。



「刃向かう者は前に立て! 覚悟を刻み受けてみよ!」


「……っ!? いでよ光の神槍! 裁きの時は来た! 彼の巨人を貫き砕け!!」


 真っ黒な渦が頭上に現れた。禍々しい真なる闇。黒き、赤き、力の渦。

 対して先輩の方には、光の槍。聖なる力だ。


 魔王……何故、この呪文を……?


 だめだ、これ以上頭に留めておけない。俺は拳を突き上げ叫ぶ。



「打ち砕け、魔王の鉄槌! ヴォーテックスハンマー!!」



 渦から黒柱が生え、天を突く。空は暗雲に覆われ、赤い雷光が走った。

 黒き力と赤き力が天上で拳となるのを感じる。

 俺は漆黒の拳に赤いいかずちを纏い、地上に振り下ろした。


「違う魔法? ふざけるな! 攻撃型の極大魔法に、光の槍が負けるわけがない!」


 あの清崎先輩が、怒りを露わにして叫ぶ。


「そんなもの、撃ち破ってやる! ホーリー……ラアァァンス!!」


 咆哮、光の槍が放たれた。


 ズガガガガガァァァァッ!!


 空中で拳と槍がぶつかり合い、衝撃波を撒き散らす。


「行け! ホーリーランスは最強なんだ!! その拳を貫け!」


 激昂する先輩とは対極に、俺は信じられないくらい冷静だった。

 あぁ、どうして魔王の障壁ではなく、鉄槌――ヴォーテックスハンマーなのか、わかった。

 魔王は判断したんだ。ヴォーテックスハンマーで十分だと。


に、障壁は不要だ。拳にて、へし折ってやれ)


 これは、本物のホーリーランスではない。つまり――。



「……清崎先輩。本当に、、ですか?」

「……っ!!」



 次の瞬間、光の槍はぐにゃりと折れ曲がり、パキンという甲高い音を立てて破裂したのだった。

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