第10話「剣士は正体を明かした」


 キャストマジシャンズの極大魔法は、二種類ある。

 一つはゴーレムを完全破壊するための攻撃的な魔法。魔法が発動し、ゴーレムに当たった時点で勝利が確定する。


 もちろん防ぐこともできる。


 まず、ゴーレムのバリアを展開し、ガードをさせる方法。

 バトル中、ゴーレムは一度だけどんな魔法もガードできる。

 どのラウンドでも使うことができるが、ほとんどの場合ラウンド3、極大魔法のために使う。

 ただし使うにはプレイヤーがゴーレムに触れる必要があり、手を離したりやられてしまうとバリアも消えてしまう。効果時間中ずっと触れていなくてはならず、その間そのプレイヤーは魔法が使えないというデメリットがある。状況によってはバリアを使えずに終わってしまうバトルも多い。


 もう一つは、こちらも極大魔法をぶつけること。

 もちろん相手より強力な魔法を撃たなくてはならない。基本的に先に詠唱を始めた方が強い魔法になるため、これは滅多に成功しない。


 そこで登場するのが、二種類目の極大魔法。

 防御に特化した、シールド型。

 これも相手の極大魔法より強くなくてはダメだが、シールド型は攻撃の極大魔法より短い詠唱で高い耐久力を持つ。後出しでも間に合う可能性が高い。

 区別するために、シールド極大魔法と呼ばれている。



 魔王の障壁、グレイテストカオスウォールは、シールド極大魔法だった。

 しかしあそこまで大規模な極大魔法は、今までにない。

 これも……魔王の魔法の再現。


(あの程度なら、障壁を使うまでもなかった)


 あの程度って、ホーリーランスだぞ。

 ていうか、なんで勝手に呪文を流し込んできた?


(強き魔法をぶつけ合う。それこそ、魔王の望み)


 望み……? 強き魔法って、ホーリーランスのことか?


(いいや。あれは、ホーリーランスではなかった)


 なに言ってるんだよ、詠唱もアリスが唱えた呪文そのままだったし、正真正銘ホーリーランスだったぞ?


(…………)


 そこでだんまりかよ。

 本当に俺が生み出した人格なのか?


 あの時……軽く暴走してたように感じたぞ。


(……お前は二つ、魔王の魔法を手に入れた)


 ヴォーテックスハンマーと、グレイテストカオスウォール。

 相変わらず呪文の内容は覚えていないし、動画は音声が途切れていた。

 手に入れたという実感は薄い。


(これから少しずつ、魔王の記憶が流れ込むだろう)


 魔王の記憶?

 あの時みたいに、また呪文が流れ込んでくるって意味か?


(直にわかる――)


 そう言ったきり、魔王の記憶の管理人、人格魔王は黙り込んでしまった。




                  *




「それにしても、やっぱりあのソードマジシャンの人強かったよな」


 翌日、火曜日。昼休みに有依子と昨日のバトルの話をしていた。


「そうね。……晃太のシールド極大魔法の方がインパクト強かったけど」

「そ、それはもう置いとこうぜ」


 ブースから出た後、当然有依子と知奈に詰め寄られた。


「さっきの魔法なんなのよ!」「さっきの魔法なんなんですか!」


 俺は答えに詰まった。魔王の魔法だなんて言えないし、人格魔王から話を聞く前だった。……聞いてもよくわかっていないが。


「咄嗟に思いついた呪文を詠唱したらとんでもない魔法になったんだ」


 と、答えるしかなかった。ウソではない。……が、納得してもらえたとは思っていない。

 それでも突っ込んでこなかったのは、二人の感想が「怖かった」からだろう。

 ヴォーテックスハンマーの時と同じように、詠唱の段階からもう恐ろしかったと言っていた。


 魔王の魔法は、やはり最強だ。

 普通に強くなるのは必要なことだと思うけど、やっぱりなんとか使いこなす方法を模索したい。



「とにかく俺のことはいいからさ。あのソードマジシャンの人、有依子から見てどう思った?」

「……あの人、昨日のバトルで一度もやられていないのよね」

「そういえば、そうだったな……」

「わたしも追い切れなかった。対面回数が少なかったのもあるけど、なにより動きが速くて」

「ダイブゲームって、自分の身体能力関係ないんだよな?」

「そうよ。むしろ運動できる人ほどヘンに限界を作っちゃう場合もあるって」

「あぁ、その話、前にネットで見たな。でも確か――ん?」


 突然、教室が騒がしくなった。俺たちと同じように座って話していたヤツらが、バタバタと席を立ち廊下を覗いている。


「なんだ? 誰かいるのか?」

「さあ……」


 俺たちが首を傾げて教室の入口を見ていると、急に群がっていたクラスメイトたちが端に避け、道を空ける。

 何事かと思っていると、騒ぎの中心人物がひょいっと顔を出した。



「ここに天藤晃太って人いますか? あ、古坂だったかも」

「俺は桐村です! 清崎先輩!」




                  *




 俺は清崎先輩に連れられて、屋上に来ていた。

 有名な清崎先輩が誰かを捜しているってだけであの騒ぎだったのに、屋上に連れ出したもんだから今頃下は大変なことになってそうだ。正直、戻るのが怖い。


「それで、どうしたんすか? まさか先輩の方から訪ねてくるとは思わなかったですよ」

「決まってるでしょ。あなたに、

「……再戦??」


 思わぬ答えが返ってきた。再戦って、なんのことだ?


「忘れたとは言わせない。キャストマジシャンズ、昨日のバトルで対戦したでしょう」

「え……えぇ? 先輩いたんすか!? タイプなんでした?」


 昨日は一戦しかしていない。間違いなくあのバトルだが……先輩らしき人はいなかった。

 ……いや、待てよ? まさか……。


「タイプはソード。自分を斬った相手も覚えてない?」


「なっ……はぁぁぁぁ?! ウソだろ、あのソードマジシャンが……清崎先輩?!」

「あれ? 気付いてなかった?」

「気付かないっすよ!」


 青髪の剣士姿。

 そうだ、ゲーム内で髪型を変えることができるんだった。現実ではショートカットだから結びつかなかった。


 でも納得いった。

 ダイブゲームでは、運動できる人は自分で枷を作ってしまう場合があるらしいが、逆に身体を動かすイメージが染みついているから無駄のない動きができる人もいるそうだ。

 清崎先輩は後者だろう。


「私はすぐに気付いたよ。キミたち背格好同じで、名前呼んでたから」

「でしょうね。……先輩があのソードマジシャンだったのはわかりましたけど、再戦ってどういうことです?」


 先輩は相変わらずの無表情で俺を見つめてくる。

 いや、少し、睨んでるのか……?


「キミはあたしのホーリーランスを防いだ」

「……はい」


 魔王の魔法で。

 唐突に流れ込んできた呪文を、吐き出すように詠唱した。


「知ってる? ホーリーランスが、どうしてここまで有名になったのか」

「アリスが愛用していたからじゃ」

「それだけじゃない。あの呪文は、どれだけ短い詠唱で極大魔法になるかを追求した呪文。下手にアレンジすると上手くいかなくなる、完璧な呪文。だから使う人が多い」

「……そうだったのか」


 詠唱の長さと魔法の強さのバランスが取れた呪文。

 だからこそ強かったんだ。


「本当ならキミの詠唱より早く唱え終わるはずだった。だけど……唱えられなかった。たぶん、あたしは気圧けおされてしまった。ホーリーランスは最強の魔法なのに」


 清崎先輩の顔が、一瞬だけ歪んだ。今はもとの無表情だが……。

 当たり前だけど、先輩に感情がないわけではない。顔に出にくいだけで、思っていることはある。


 先輩は、ホーリーランスが敗れたのが悔しいんだ。



「それで再戦ってわけですか」

「うん。トレーニングモードで1対1でいいから」

「えっ? タイマンっすか!?」


 キャストマジシャンズには、呪文を試すトレーニングモードがある。

 1人でもできるし、8人までなら同時に入ることもできる。1対1など対面の練習をしたりするのにも使われるらしい。

 俺はまだ使ったことがないが……よく考えたら、魔王の魔法もトレーニングモードで試してみればいいんだよな。


「って、待ってくださいよ。俺、初心者っすよ? 何度も先輩にやられてるのに、タイマンなんて意味ないっすよ」

「まともにやろうなんて思ってない。キミを斬っても意味がないのはわかってる」

「っ……むぅ」


 自分で言っておいてなんだか、改めて相手に言われると悔しい。


「極大魔法をぶつけ合う。あたしはホーリーランスを撃つから」

「へ? あぁ……なる、ほど?」


 それだと今度は、昨日のバトルと同じ結果になると思うんだが。


「ホーリーランスが負けたのは、あたしが詠唱を躊躇ったから。今度はきちんと唱えきる。あんな……魔法に、撃ち負けたりしない」

「清崎先輩……」


 ホーリーランスに絶対の自信があるんだ。

 その気持ちはわかる。俺だって、アリスの動画を見てキャストマジシャンズを始めたんだ。アリスと対戦してみたい、一緒に戦ってみたいという気持ちは、魔王の記憶を得た今でも変わらずある。ホーリーランスへの憧れは消えていない。


「わかりました。いいっすよ、タイマン。ただ、一つ聞いていいですか」

「なに?」


 清崎先輩のあの強さと、ホーリーランスに対する信頼。

 たぶん違うだろうとは思うけど、俺は聞かずにはいられなかった。



「もしかして清崎先輩って……?」



 先輩の表情は、やはり変わらなかったと思う。

 しばらく間をおいて、じっと俺の目を見ながら答えた。



「うん。そうだよ」



「えっ――」


 ――バンッ!


 俺が声をあげようとした瞬間、勢いよく屋上入口のドアが開く。


「せ、先輩が、アリスって……。えぇぇぇぇぇぇ?!」


 転がり込んできた有依子の声が、屋上に響き渡った。

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