第8話「先輩の密かな趣味だった」


「清崎先輩も、ダイブゲームとかするんすね……」

「うん。あたしの密かな趣味」


 ダイブゲームセンターで再会した、清崎未咲先輩。

 彼女はそう言うと、右腕を挙げてダイブグローブを見せてくれた。

 中心に黒いラインが入った、白いグローブ。肘の辺りに有名なスポーツメーカーのステッカーが貼ってある。


「そのグローブは――」

「ちょっと晃太っ! なんで清崎先輩と親しげに話してるのよ」


 ぐいっと、後ろから有依子に袖を引っ張られる。さらに後ろには、やや隠れるようにして知奈。


「親しげって、普通だろ?」

「接点無かったでしょ。昨日ぶつかっただけなのに」

「まぁそうなんだけどな。実はさっき――」


 俺はプールで清崎先輩に会ったことを2人に話した。



「なるほどね、プールで……」


 有依子は俺がよく泳ぎに行っていることを知っている。色んなスポーツをしている清崎先輩と鉢合わせてもおかしくない、と納得してくれたようだ。


「晃太先輩、泳ぐのが趣味なんですね。ちょっと意外です」

「そうかぁ?」


 知奈、それは俺が運動しているように見えないってことか?


「もういい? あたしはそろそろゲームに」

「あ、先輩待って! そのグローブって、もしかしてキャスマジですか?」

「そうだけど。キャストマジシャンズ」

「おぉ……。意外ですね、先輩」

「うん……? そうかな?」

「確かに意外よね……。あ、すみません。わたし、一年の天藤有依子です。こっちは――」


 有依子と知奈がそれぞれ自己紹介をする。

 先輩はうんうんと頷いて、


「有依子ちゃんに知奈ちゃんね。知奈ちゃんは、キミの妹?」


 と、俺の方を向いて言う。


「違いますよ。名字違うでしょう」

「キミの名字、なんだっけ?」

桐村きりむらです! 桐村晃太ですよろしくお願いします!」

「うん、わかった。でも妹じゃないのなら、中学生の知奈ちゃんと、どういう関係?」

「あ、あの、私、先輩たちとここで知り合ったんです」

「そうそう、たまたま同じチームになって、それから一緒にバトルに行くようになったんすよ」

「フリーマッチでってこと?」

「はい。そうです」


 キャストマジシャンズには、ゲームモードがいくつかある。

 俺たちが3人でプレイしているのはフリーマッチ。友だち同士でタッグを組んだり、比較的自由に遊べるモードだ。

 それとは別に、強さを競うランクマッチがある。一戦毎の勝敗が重要になってくる、ガチでバトルをするモードだ。慣れてきたらこっちにも挑戦してみたい。


「3人はゲーム仲間なんだ」

「ゲーム仲間……そうっすね。あ、そうだ。先輩もどうです? 一緒にやりませんか?」


 正直、清崎先輩がどんなプレイヤーなのかすごく気になっていた。タイプはなんだろうか? どんな呪文を唱えるのか――。


「ううん、やらない」

「えっ……」


 先輩は素っ気なく、きっぱりと。相変わらずの無表情で答えた。

 俺はそれでも、一応食い下がってみる。


「フリーマッチでいいんで……一戦だけでも、ダメっすか?」

「うん。あたし、ソロでしかやらないって決めてるから。ランクマッチは個人のでしかやらないし、フリーマッチでもタッグは組まない」


 清崎先輩はそう言い切ると、呆気に取られている俺たちに構わず、ブースに入っていってしまった。



「徹底したソロ専門、みたいですね……」

「残念ね。わたし、先輩の戦うとこ見てみたかったわ」

「あぁ、俺もそう思って誘ったんだ」


 まさかあんな風に断られるとは。

 ソロ専門か……なにか、理由でもあるのかな。


「しょうがないわよ。晃太、わたしたちも早く入りましょ? 遅くなっちゃう」

「おっと、そうだな」


 プールに寄ったのもあって、もうあまり時間がない。俺たちはともかく、知奈を遅くに帰すわけにはいかなかった。



 ブースに入り、自分のグローブを見つめる。

 ……結局、魔王の魔法については現状どうしようもない。

 普通に強くなって、魔王の魔法も使いこなせるようになるしかないんだ。

 拳を握り、決意して。俺はキャストマジシャンズにダイブした。


「あ……しまった」


 有依子、知奈とタッグを組んで、フリーマッチに入ったところで思い出す。

 ダイブする前にネットで呪文を見ておこうと思ったのに、忘れていた。


 本当は、なんとかして魔王の呪文をアレンジしたい。

 魔王の呪文書を作ってみたいが――



(魔王は――だった。すべての魔法の始まり、原初の魔法を生み出した)



 唐突に、人格魔王が語り出す。

 なんだよ、急に。すべての魔法の始まり……?


「どうしたのよ、コータ。早く前に行くわよ」

「あ、あぁ。すまんすまん」


 気が付くとバトルが始まっていた。俺は急いで駆け出す。


 人格魔王は、前世の記憶の管理人だ。

 無駄なことは言わないはず。絶対、なにか意味があるはずだ。あるんだろ?


 ……問いかけても答えてくれないのは、そこから先は自分で考えろってことか?

 自分で生み出した人格のクセにめんどくさい。


 気にはなるが、今はバトルに集中しよう。


「よしっ。今日はもう少し活躍するぞ。えーっと……赤き力、熱さと灼熱の……」


 第3エリアに入り、詠唱を始める。

 結局昨日と同じように、魔王の呪文の雰囲気を自分流で言葉にしてみることにした。

 口にしてから、熱さと灼熱って詠唱的に微妙だったか? と後悔する。

 やはり他の呪文をもっと参考にしなきゃダメだ――


 ――視界の端に、青い剣閃。


「ハッ――!!」


 やばい、と思う間もなかった。

 気合いの籠もった声と共に、視界が赤く染まり自分がやられたのがわかる。


「早すぎだろぉ……」


 敵の接近にまったく気付くことができなかった。

 倒れながら、自分を斬った相手を見上げる。そこにいたのは……。


「っ……こいつはっ」


 流水のように滑らかに舞うポニーテール。

 青い光を纏わせた反りのない刀。

 昨日も対戦したソードマジシャンだった。

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