第7話「魔王の魔法は問題点が多かった」
『打ち砕け、魔王の鉄槌! ヴォーテックスハンマー!!』
知奈のメッセージを見て、自分でもバトルの動画を確認した。
何度見直しても詠唱に入ったところで音声が途切れ、最後の部分で戻る。
しかも、呪文の内容を覚えていないのは俺だけだと思っていたが、知奈もこの最後の部分しか覚えていないらしい。
(記録に残すのは難しい――)
人格魔王が言っていたことの意味が、ようやくわかった。
「いやいやいや、それはさすがにないだろ?」
魔王の魔法が、ゲームシステムにも介入したっていうのか?
魔法を再現しただけじゃないのか……?
だけど、心のどこかで納得もしていた。
自分の頭にも残らなかったあの呪文が……動画に、記録に残るとは思えない、と。
(あるいは、裁定者の判断か)
「裁定者? ……AIグリモワールか?」
グリモワールが、残すべきではないと判断した?
俺自身が納得したように、AIも同じことを思ったっていうのか?
そんな馬鹿な。……と、切り捨てることができない。
グリモワールは魔王の魔法を再現した。
よく考えればとんでもないことだ。
そのとんでもないことをしたAIがそういう判断をしたとしても……おかしくない。
このとんでもなさ、AIの凄さがわかるのは、今のところ俺だけだ。
あの魔法の正体が魔王のものだとわかっている、俺にしかわからない。
普通の人は、ただの不具合(ただし原因不明の)だと片付けてしまう。
(好都合――だろう?)
「まぁ……な」
本格的に調査をされると、困ったことになる。
したところでなにも出てこないだろうし、もし俺のところに来られても話せることなんてない。
前世が魔王なんです、なんて言えないからな。
とりあえず知奈には、俺も細かいところを覚えていないから今度な、と返事して謝っておいた。きっと不思議がっただろうけど、そうやって誤魔化すしかない。
今はそれよりも、目の前にある別の問題を考えなくてはいけないのだ。
*
翌日。学校が終わると、俺は一人で市営プールに来ていた。
ここにあるプールはワイワイ遊ぶためのものではなく、50メートルの競泳用プールだ。小さい頃スイミングスクールに通っていた俺は、辞めた今でもたまに泳ぎたくなってここに来る。
泳ぐのは好きだった。腕を、足を、全身を動かすことで、すーっと前に進んでいく。平泳ぎは体を縮め、ぐっと伸ばし、推進力を得て前に進む。この伸びをした時の浮遊感と水の流れに乗っている感覚が好きなのだ。体を動かして突き進む。走るのとは違う、水の中を泳ぐこの感覚が気持ち良い。
水の中でぼんやりと思い出すのは、昨日のバトル。帰り際の、2戦目の方だ。
俺は、初バトル以上になにもできなかった。
ラウンド1、ラウンド2はもちろん、ラウンド3で極大魔法を撃つこともできなかったのだ。
なんとかダメージ判定のゴーレムパンチに勝つことができたけど、それは有依子と知奈の活躍のおかげだった。
「ぷはっ」
50メートル、あっと言う間に壁に手が付いて顔を上げる。
「最強の魔法を手に入れたんだけど……なぁ……ぶくぶくぶく」
誰にも聞こえない小さい声でぼやく。
俺は魔王の魔法を、最強の呪文を手に入れた。だがそれは……。
(魔王の使っていた魔法に半端なものなどない)
つまり魔王の魔法は、どれも極大魔法級だということだ。
ラウンド1、ラウンド2で唱えても、極大魔法にはならない。強力な魔法にはなるだろうが、詠唱が長いから阻止されやすい。というかされた。
ラウンド3だって、相手は極大魔法を一番警戒する。容易に唱えさせてくれない。まずは、安全に詠唱できる状況を作らなくてはいけない。そのためには普通の魔法が必要になる。どんなに最強でも、極大魔法しか使えないんじゃどうしようもない。
(魔王はそれでも最強の存在だった)
そんなの当たり前だ。魔王のいた世界では、戦いにルールなんてないんだから。
キャストマジシャンズというゲームの中では、強力な魔法が使えるだけでは勝つことができない。
「……思った以上に、記録ができないってのが痛いな」
記憶にも記録にも残らないということは、その呪文をアレンジすることができないということだ。短くし、通常魔法として使うことができない。
それっぽい雰囲気の単語で呪文を唱えてみたが、上手くいかなかった。……どうも俺のセンスにも問題があるらしく……ショックだ。
つまるところ、俺は最強の切り札だけを持った初心者なのだ。昨日はそれを思い知らされた。
よく考えれば当たり前のことなんだが、最強の呪文を手に入れたとテンションが上がっていたのもあって、少し落ち込んでしまった。
まさかこんなに使い勝手が悪いと思わなかったぞ、魔王の魔法……。
そんなことがあって、俺はゲーセンに行く前にここに来たわけだ。泳いで、気持ちを切り替えるために。
「ねぇ、先に行っていいかな?」
「あ……はい! すみません」
壁に背中をつけてぼうっとしていた俺は、前から泳いできた女の人に気が付かなかった。
たぶん休憩しているようにしか見えなかったと思うが、女性は断りを入れてから反対側へ泳いでいく。
「あれ? 今の……どこかで見たことあるような」
キャップを被っていたし、一瞬だったから自信がない。
でも、見たことがある気がする。
「ま、いっか。もう少し泳いで、ゲーセンに行こう」
俺は疲れすぎない程度に往復して、プールからあがる。シャワーを浴びて、髪と体を乾かし着替えてロビーに出ると――。
「あっ! 思い出した、清崎先輩だ!」
「……うん?」
プールの中で見かけた女の人、清崎先輩の姿を見付けて、俺はつい叫んでしまったのだった。
*
「あたしのこと、呼んだ?」
「え、あっ、すみません! つい」
どこかで見たことがある。それが誰だかわかって、つい声を出してしまった。
当然相手にも聞こえてしまい、彼女――清崎先輩が、俺の正面に立つ。
確かフルネームは
黒髪のショートカットが少し茶色がかって見えるのは、プールの後だからだろうか。身長はやっぱり俺より少し高いかも。相変わらず無表情で、いきなり名前を呼ばれて怒っているのかどうかもわからなかった。
「キミ、あたしのこと知ってるの?」
「俺、同じ学校の一年です。桐村晃太っていいます」
「ふぅん。そっか。同じ学校だから知ってたんだ」
それで納得してしまったらしい。先輩はロビーの自販機へと歩いて行ってしまう。俺はなんとなく後を追った。
「同じ学校ってだけで、名前まで知ってることには疑問を感じないんすか?」
「ん? んー……あぁ、それもそうだね」
先輩はパックのコーヒー牛乳を買って、ストローを刺して飲み始める。
俺も同じのを買ってみた。プールの後のコーヒー牛乳だ。
お互いしばらく黙って飲んでいたが、先輩はストローから口を離すと、
「ま、別におかしいことはないんじゃない? そういうこともあるかなって」
「はぁ……」
もしかしたら、今までも似たようなことがあったのかもしれない。先輩の名前は有名だから。こういうことがあっても、あんまり驚かなくなったのかも。
「キミもプールで泳いでたの?」
「はい。……って、覚えてないっすか? 俺がぼうっとしてたから、追い抜いていったの」
「……そんなこと、あったっけ」
「ありました。ていうか、昨日ぶつかったのも覚えてない?」
「ぶつかった?」
「ほら、駅前のゲーセン近くで」
「あー……あったね。そっかキミ、あの時グローブ持ってた人」
グローブ? と思ったが、そういえば買ったばかりのダイブグローブデバイスを手に持っていた。先輩、手元をじっと見ているなと思ったけど、グローブを見ていたのか。
「昨日はすみませんでした」
「ん? ううん。あたしもよそ見してたから」
そうだったのか、と納得する。気を遣ってくれたのかもしれないけど、先輩はむしろ気にせずに本当のことを言うタイプな気がした。
「清崎先輩、ここにはよく来るんですか?」
「うん。泳ぎたくなった時はね」
「へぇ。さすがっすね。泳ぐの好きですか?」
「さすが? ……泳ぎが好きというか、あたしは体を動かすのが好き。水泳は全身運動だから、スポーツの中でもかなり好きな部類かも」
「わかります。全身を使って泳ぐ。前に進む。あれがいいんですよね」
「キミ、見所あるね」
清崎先輩は飲み終わったパックをゴミ箱に捨てる。って飲むの早いな。
「あたしはね、本当はもっともっと体を動かしたい。学校でできることじゃ物足りない」
「そうなんですか? 例えば、どんなことがしたいんです?」
「パルクールとか、やってみたい。この辺りじゃ危険だから、色んな人に止められるけど」
「パルクールって、ビルとか飛び移っていくやつでしたっけ」
「そこまで危険なことはしないよ。もっと低い場所、塀とかを跳び越えて走る、障害物競走みたいな感じ。猫みたいに、高低差関係無く真っ直ぐ走るの」
「はぁ……。でも確かに、危ないっすね。車とか人にぶつかりそうだし」
「そう。でもだからと言って、広くて安全な場所だと障害物が密集していないから、やりがいがない」
「うーん……難しい問題っすね」
「そうなの。あたしはもっと、自由に動き回りたい。なんにも縛られずに、全身を使って。だから……」
そこで、先輩は言葉を切ってしまう。
「先輩?」
「ううん、なんでもない。いつか、この街を駆け回ってみたいな」
「ははは……無茶はしないでくださいね」
この先輩、いつか本当に駆け回りそうで怖いな。
「それじゃ、あたしは行くところがあるから。また泳ぎたくなったら、会うかもね」
「そうですね……って、その前にたぶん学校で会うんじゃないっすか?」
「……そうだった」
先輩はそう言うと、手を振ってロビーから出て行ってしまった。
俺は残りのコーヒー牛乳を飲みつつ、
「始めてちゃんと話したけど、思ったより面白い先輩だな」
清崎先輩と話をした、なんてクラスで言ったら羨ましがられるかもしれない。
よし、明日自慢してやろ。
あの感じなら、学校で会っても挨拶してくれそうだし。……さすがに覚えてくれたよな?
「おっと、俺も急がないと。有依子たちを待たせちまうな」
俺はパックを捨てて、駅前のダイブゲームセンターへ向かう。
ゲーセンに着く頃にはもう日が落ち始めていた。急いで中に入ると――入ってすぐのところに人がいて、ぶつかりそうになってしまう。
「うおっと、すいませ……あれ? 清崎先輩?!」
「うん? あれ、また会った」
思った以上に早く、清崎先輩と再会したのだった。
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