第6話「これもなにかの縁だと思った」


「知奈ちゃん、どのくらいキャスマジやってるの?」


 飲み物を買って戻ってきた時には、有依子はもういつも通りだった。

 3人でテーブルを囲って話すのは、当然キャスマジのことだ。


「私は発売日からやってます。でも、それほどやり込んではいません……」

「そうなの? 詠唱阻止、すごく上手かったわよ」

「あぁ、初心者の俺でもわかった。バシバシ止めてたもんなぁ」

「そ、そうですか? ありがとうございます」


 知奈は顔を赤くして縮こまってしまう。

 それを見て有依子は知奈の頭をぽんぽんする。


「自信を持っていいと思うわよ、知奈ちゃん。ただ闇雲に止めてたんじゃない。弱めの魔法はスルーして、ゴーレム狙いとか強力な魔法を撃ちそうなのだけ止めてた。その判断がすごい的確だったわ」

「へぇ……そうだったのか」

「そ、それは……えっと」


 ますます照れてしまう知奈。有依子はよしよしと頭を撫でている。

 ……有依子、一人っ子だもんな。妹みたいに可愛がりたいんだろう。


「よっぽどバトル経験がないと、あそこまで的確に詠唱阻止できないわよ」

「い、いえ、本当に経験はそれほどでもなくて……。きちんと阻止できたのは、相手のキャストの人が唱える呪文を聞いたことがあったからなんです」

「ん? それってやっぱりバトルの経験ってことじゃないのか?」


 同じ魔法を使う相手とバトルしたことがあるからわかった、という意味なら経験だろう。と思ったんだが、知奈は首を横に振る。


「そうではなくて……ネットです。おそらくネットに上がっている呪文書を使っていたんだと思います」

「え? そうだったの? わたしはわからなかったなぁ」

「んん? どういうことだよ。呪文書って……公式ページに載ってる魔法だったのか?」


 キャストマジシャンズの公式ページに、この呪文を詠唱するとこういう魔法が発動する、という呪文集があるのだ。基本的な魔法が揃っているため、それだけでも十分バトルが可能。呪文書と呼ばれている。


「公式のではなく……個人がアップしている呪文書です」

「個人で……呪文書を?」

「ごめんね知奈ちゃん、こいつ本当に初心者で。あのね晃太。公式以外でも、個人で公開している呪文集があるのよ。みんな自分で使った呪文は記録しておくものだから」

「そうですね。自分の呪文書を作るのは、キャストマジシャンズの基本です」

「お、おう、そうなのか」


 呪文書か……なるほど。確かに、どんな魔法が発動したのか記録しておけば、今後のバトルで役に立つだろう。俺の場合、魔王の呪文書になるわけだ。

 ……いやダメだ、呪文を覚えていないんだった。ヴォーテックスハンマーという名前の魔法だったことしかわからない。

 管理人、魔王の人格は、容易に引き出せると言っていたが。


(記録に残すのは難しいだろう)


 ん? どういう意味だ……?


「向こうのキャストも2人だったわよね。同じ呪文書だったの?」


 俺がそんなことを考えている間も、会話は続く。

 人格魔王の言ったことは気になるが、ひとまず会話に集中しよう。


「いえ、別々の呪文書です。多少アレンジはしてありましたが、以前ネットで見たもので間違いなさそうでした。おかげで、何の魔法を唱えようとしていたのかわかったんです」

「なるほどな、呪文を知っていればそういう判断もできるわけか」

「待って、知奈ちゃんサラっと言ったけど、ネットにどれだけ呪文書が上がってると思ってるのよ。有名な人が作った人気のものは覚えていてもおかしくないけど……たぶん、そうじゃないでしょ?」

「は、はい。おそらくあまり閲覧されていない呪文書です。私もたまたま見たことがあったというか……」

「そうなのか? ……いや、たまたま見た呪文書を覚えてるって、やっぱすごいだろ」

「それは、その……」


 知奈はさっき以上に恥ずかしそうに、顔を真っ赤にする。

 呪文を知っていれば知っているほど有利になる。……俺の場合、公式にあるのを覚えるのが精一杯かもしれない。たまたま見た呪文なんて覚えていられない。


「わ、私……呪文書を見るのが好きなんです。有名なのはもちろんチェックしていますし、バトルで一緒になった人の呪文はなるべく記録するようにしています。なのでその、人より少し覚えている魔法が多いんだと思います」

「へぇ。なぁ有依子、やっぱ有名な呪文って少しは覚えておいた方がいいのか?」

「ん~~そうね。自分でも使えるわけだし。呪文の内容で魔法の効果を予想できれば一番いいと思うけど、そのためにも呪文を知っておく必要はあるわね」

「なるほどな。じゃあ……知奈は呪文に詳しいんだよな? なにかオススメはないか? これは覚えておいた方がいい、みたいな呪文」

「そうですね……」


 知奈は顎に手を当てて思案顔になるが、すぐにパッと顔を上げて答える。


「やっぱり一番有名な、アリスの極大魔法ですね」

「ああー! あれか、あれは覚えてるぜ。ホーリーランスだろ?」

「はい! ……さすがレジェンド・アリスですね。始めたばかりの晃太さんも知っているなんて」

「それがさ、そもそもキャスマジを始めたきっかけがアリスの動画だったんだよ」

「詠唱阻止からホーリーランスを決める動画ですか?」

「そうそう! あれがカッコ良くてさー。あんな風に極大魔法を唱えてみたくなったんだ」

「わかります。私も憧れました、アリスのホーリーランス。ただとても有名な魔法なので、なかなか唱えさせてくれないんです」

「そっか、バレバレだもんな。詠唱阻止されやすいのか。でもいつかそれで勝負を決めてみたいよなぁ。……ん? どうした、有依子」

「……なっ、なんでもないわ」


 有依子は両手で顔を押さえ、頭をテーブルのしたに潜り込ませて――隠れて? いた。

 なにやってるんだ……。


「あの……。私、有依子さんにお聞きしたいことがあるんです」

「へ? わたし? ……っと。なにかしら?」


 慌てて頭を上げて、隣りに座る知奈を見る。知奈の方も、じっと有依子を見つめる。


「有依子さん、グローブは買ったばかりなんですよね」

「そうね、さっき買ったばかりよ」

「でもプレイしたことがあると、バトルの時に仰ってましたが……」

「あぁ、有依子は前にちょっとだけやってたらしいんだ」

「……ちょっとだけ、ですか?」

「そう! ちょっとだけよちょっとだけ。すぐに辞めちゃったんだけど、晃太がどうしてもっていうから、グローブ買い直したの」

「そうですか……」


 知奈はさっきと同じように、顎に手を当てて考え込む顔になる。

 有依子の今の答えに、納得していないような感じだ。


「ち、知奈ちゃん? どうしてそんなことを?」

「……あ、すみません。有依子さんが、とても初心者とは思えない動きでしたので」

「あ、あはは……わたし、もともとゲームが得意なのよ。だからかな?」

「それだけでなく、まるで相手の動きが見えているかのような状況判断。あれは……まるで……」


 再び知奈は有依子をじっと見つめる。有依子は少し引きつった顔で、目を逸らすことができない。やがて――知奈は目を伏せ、小さく首を振る。


「すみません、なんでもありません。そうですよね、そんなはず、ないですよね……」

「…………」


 知奈の呟きに、ようやく有依子は目を逸らした。


「……なぁ、ふたりとも、なんの話だ?」

「なんでもないって知奈ちゃんが言ってるじゃない」

「ん~……まぁそうだけどさ」


 それ以上有依子も知奈も話そうとしない。俺は気になったが、首を傾げるしかできなかった。



「ま、いいや。話は変わるんだが……知奈」


 改めて知奈の方を向くと、知奈も背筋を伸ばして向き合ってくれた。


「はい、なんでしょう」

「ここのブースにはよく来るのか?」

「そうですね、家も学校もこの辺りですので」

「あ、そういや聞いてなかった。知奈は中学生だよな?」

「はい。中学三年生です」

「お、一個下か。俺たちは高校一年だ」

「そうなんですね。では……先輩、ですね」

「キャスマジだと知奈のが先輩だけどな。……でさ」


 ここで知奈と会って、話をして。

 思い付いたことを切り出してみる。


「また一緒にやらないか?」

「それは、キャストマジシャンズを……ですか?」

「もちろん。どうだ?」


 初プレイで同じチームになって、こうしてバトル後にも会うことができた。

 きっと、これもなにかの縁。

 お茶が終わったら「はいさようなら」では、寂しいだろう。


 知奈はちらりと、有依子を見る。ふたりはばっちりと目が合い、有依子はビクッとして怯むが、目を逸らさなかった。

 やがて知奈がこっちに向き直り、


「はい、お二人がよろしければ、是非……また一緒にキャストマジシャンズをやりたいと思います」

「よっしゃ。なぁ、有依子もいいだろ?」

「わ、わたしは別に? 知奈ちゃんみたいに強い人なら大歓迎…………ハッ!」

「いいぞいいぞ、有依子も続ける気になってくれたみたいだな!」

「続ける気……ですか?」

「いやぁ有依子がさ、一度辞めたからかなんなのか、あんまり乗り気じゃなかったんだよ。最初の1回しか付き合ってくれないんじゃないかって、ちょっと不安だったんだ」

「そうなんですか……。あの、有依子……先輩。もし無理をしているのであれば……」


 しまった~~! という感じで頭を抱えていた有依子だが、知奈に見られているのに気が付いて咄嗟に答える。


「む、無理なんてしてないわよ? さっき言った通り知奈ちゃんなら大歓迎! ……ああもう、わかったわよ! やるわよキャスマジ! やってやるわよ!」

「さすが有依子だぜ。そう言ってくれると思ってたんだ。これも知奈のおかげだ。ありがとな」

「わたしはなにもしていませんが……でも、有依子先輩と一緒にキャストマジシャンズができるのは、ちょっと楽しみです」

「うっ……。早まったかしら……」


 その後、俺たちはお互いアドレスを交換し合って、もう一回だけキャスマジをやってから帰ることにした。



 そして、その日の夜。

 早速スマホに知奈からのメッセージが届く。


『こんばんは、晃太先輩。一つお聞きしたいことがありまして、メッセージを送りました』


 なんだろう? と思っていると、続きのメッセージが届く。


『今、最初のバトルの動画を見ていたんです。晃太先輩の極大魔法を記録しておこうと思いまして』


「さすが、研究熱心だな」


 でもそうか、キャスマジは後でバトル動画を見ることができるんだった。

 例えあの呪文が頭の中に残ってなくても、動画を見ればいいんだ。


『ですが、晃太先輩の詠唱のところだけ、音声が途切れてしまっているんです。良ければ呪文を教えていただけないでしょうか?』


「……え?」

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