第5話「魔王の魔法は恐ろしかった」
「すごかったわね、晃太の魔法。まさか本当に決めちゃうと思わなかった」
「ま、まぁ……な」
ゲームを終えた俺たちは、ゲーセン隣のビルにあるフードコートで一息ついていた。
ここの利用客はゲームのプレイヤーが多い。グローブをしている人があちこちにいる。俺と有依子もグローブをつけたまま、コーヒー片手に向かい合ってテーブルに座っていた。
「最初は結構失敗するのよ。詠唱が短くて極大魔法にならなかったりね。だからみんな、有名な詠唱を覚えておいたりするんだけど」
詠唱する呪文はオリジナルである必要はない。誰かが使った呪文をそのまま使うこともできる。極大魔法を唱えきるのは大変だ、失敗すれば折角のチャンスを潰すことになる。確実に発動する呪文を覚えておく人は多い。
だが俺が唱えた呪文は……。
「晃太、なにか元ネタがあるの? わたしが知らないだけだったのかな」
「いやぁ……一応、オリジナルだ」
「ふぅん。晃太にあんな詠唱センスがあったなんてね。その前に使った呪文は酷かったけど」
「ハ、ハハハ……」
俺が唱えた、魔王の魔法。
正直、詠唱内容ははっきり覚えていない。意識を保つのに精一杯だったし、流れ込んできた言葉を吐き出しただけだ。頭の中に呪文の内容は残っていなかった。
(安心していい。一度引き出したものは、容易に引き出せる)
頭の中に声が響く。
この声がなんなのか、今ならわかる。
こいつは俺の中にある魔王の記憶そのものだ。
意識とかではない、記憶を管理するための――人格?
(魔王の記憶すべてを解放してしまえば、お前の脳はパンクし、破壊されてしまう。そうならないように封をし、管理するために、一時的にお前自身が生み出したのだ。記憶から、読み取った、魔王の人格)
なにが魔王の人格だ。ただの管理人なんだろ?
(それを言うなら、そもそも人格ですらない。便宜上そう呼んでいるだけで――)
もういい。さすがに頭がおかしくなりそうだ。頭の中でいつまでも会話をしているわけにはいかないし。
魔王の人格については理解できたけど、こんなの端から見たらただの中二病だよな……。
俺が黙ってしまうと、有依子はさっきの魔法を思い出していたのか、嘆息し、
「……ものすごい威力だったわよね。正直、ちょっと怖かった」
「…………」
『打ち砕け、魔王の鉄槌! ヴォーテックスハンマー!!』
拳を突き上げると、頭上の渦から黒い柱が生えた。柱はぐんと伸び、空を切り裂き天を突く。同時に辺りが暗くなり、空は黒雲に覆われ、雷鳴が轟き赤く光った。
黒き力と赤き力は天上で塊となり、魔王の拳となる。俺が腕を振り下ろすと、漆黒の拳は赤き雷光を纏って地に落ちていく。
魔王の鉄槌はゴーレムの頭上に突き刺さった。凄まじい轟音と爆風、ゴーレムはぐにゃりと風船のように押し潰され、破裂した。
その結果に、敵も味方も――俺自身も、声を失い呆然としていた。
それは、魔王の魔法の完璧な再現だった。
本物の呪文で、本物と同じ魔法が再現されたのだ。
AIグリモワールは、呪文から魔法を完璧に読み取ったことになる。
(あの世界において、魔王の魔法が再現可能だとわかった。つまりお前は)
俺は、最強の呪文を手に入れた――。
「晃太? なにニヤニヤしてるのよ」
「へ?! あ、いや、なんでもないぞ」
つい考えていることが顔に出てしまったようだ。
魔王の魔法があれば、俺は、このゲームで最強になれるかもしれない。
レジェンド・アリスと同じ高みに上れるかもしれないんだ。
もう辞めてしまっているらしいが、そこまで行けば、もしかしたら……。
そんな淡い期待に、また笑みが漏れそうになる。
俺は誤魔化すためにも、話題を変えることにした。
「そうだ。俺のことよりも有依子だろ」
「え? わたし?」
「実は結構やってただろ? ちょっとだけとか言ってたけどさ。すげー詳しいし、強いし」
「えっ?! や、やってないわよ! あれくらい普通! 普通なんだから!」
「そうは見えなかったぞ? ……でもま、有依子はもともとゲームが上手いんだよな」
「そうそう……そうよ。わたしは晃太よりゲーム上手いんだから、あれくらい普通なの」
「へいへい」
おそらく「ちょっとだけ」よりは多い「普通」レベルでやってたんだろうけど、どうもそれを言うのが恥ずかしいらしい。あんまり突っ込むと面倒くさくなりそうだから、そういうことにしておくか。
「あ、あの……」
2人でそんな話をしていると、後ろから小さな声。
振り返ると、背の低いおかっぱ頭の女の子がいた。白いブラウスに赤いリボンタイ、黒いロングスカートという、深窓のお嬢様かと思うような格好だ。
目が合うと行儀良く頭を下げる。本当にお嬢様かもしれない。小学生……いや、どことなく大人っぽい雰囲気がある。中学生だろうか。
「突然すみません。コータさんと、ユイコさんでしょうか?」
「そうだけど、なんで俺たちのこと……」
「あっ、さっき一緒だった子?」
有依子はわかったようで、椅子から立ち上がって身を乗り出す。
さっき……?
「……あぁ! 味方の女の子! たしかチナだっけ」
「は、はい。そうです。先ほどはありがとうございました」
「へぇ、同じ店舗だったのね」
マッチングされるプレイヤーはランダム。同じ店舗のブースに入っているとは限らない。むしろ、同じ方が珍しいらしい。
「ふたりのお名前が聞こえたので、つい声をかけてしまいました」
マッチングしたプレイヤーは敵も味方も登録したIDの名前が表示される。俺と有依子はそのまま「コータ」と「ユイコ」で登録したから、この子もわかったようだ。
この子のIDは「チナ」だったが……。
「あ、申し遅れました。私はチナ、
「お互い本名でやってたんだな。俺はコータ。桐村晃太だ。よろしくな」
「わたしは天藤有依子よ。よろしくね、知奈ちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる女の子――知奈。やっぱり礼儀正しい子だ。
「知奈ちゃん、ほら隣り座って座って。さっきのバトルのこと話してたのよ」
「あっ……はい。ありがとうございます」
知奈はちょこんと有依子の隣に座った。少し緊張しているようだ。
「先ほどのバトルと言えば……晃太、さん。すごい魔法でしたね」
「いやぁ、それほどでも」
話題が戻ってしまった。
さっきのバトルの話で、あの極大魔法に触れない方がおかしいが。
「あんな魔法は初めて見ました。属性もわからなかったですし、なにより、その……怖くて。ゲームが終わるまで、動けませんでした」
「わかるわ。わたしも怖かったから」
「そうでしたか。よかった……。本当はわたし、さっきのことがどうしても話したくて。お二人がここにいないか、探していたんです」
「知奈ちゃん……」
知奈はほっと胸をなで下ろしている。どうやら緊張していたのではなく、さっきの魔法の恐怖が残っていたようだ。
魔王の魔法。それが本物の魔法だと知らなくても、恐怖を感じる。
さすがは魔王……ってわけか。
「晃太の呪文。詠唱始めた時から、他の魔法とは違うって思ったのよね。思わず身震いがしたわ。なんかこう、迫力が……」
言葉の途中で有依子は固まってしまう。視線はテーブルに注がれたまま、表情も口元も、なにかを言おうとした状態で止まっている。
「…………」
「……? 有依子? どうした?」
声をかけても反応がない。じっと固まったまま。
「有依子さん……?」
「おい! どうした、大丈夫か?」
「……あっ」
心配になり肩を揺さぶると、ようやく有依子は顔を上げた。
「ご、ごめんごめん。なんでもない、大丈夫よ。あはは……」
笑って誤魔化す有依子。
なんでもないようには見えなかったが……。顔色も心なしか悪いような気がする。
「あっ、知奈ちゃん。飲み物はいいの? 一緒になにか買いに行かない?」
「え? あ、はい。そうでした。なにか買わないと……」
そう言って二人で席を立ち、売店の方へ行ってしまう。
まだコーヒー残ってるぞ、とは言えなかった。
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