第4話「そして、前世を理解した」


「これが……キャストマジシャンズの世界」


 初めてキャストマジシャンズにダイブをした俺は、ありきたりだが自然とそう呟いていた。

 目の前に現れた広大な森。日射しが差し込んで中は明るいが、奥までは見通せない。穏やかなひだまりとその向こうの闇に対する畏れが、神聖な雰囲気を生み出していた。

 一歩踏み入ると、土を踏む感触、草木の匂い。風が吹き木々の葉が一斉に鳴り、この森が生きていると感じる。

 現実の都会暮らしではなかなかお目にかかれない光景に、俺はただただ感動していた。


「初心者丸出しね、コータ」

「……いいだろ、別に。こんなにリアルに感じるとは思わなかったんだ」


 フルダイブのゲームは初めてじゃない。五感の再現(痛覚以外)は今や普通の技術だ。

 でもこのキャストマジシャンズの、フィールドの臨場感は……他を圧倒しているように思う。


「そうね……。久しぶりにダイブしたけど、ここの臨場感は一番だと思う」


 ユイコが空を見上げるのを、俺は隣で見ていた。

 結局ブースに入るまで、有依子の顔は曇りっぱなしだった。それでも俺に付き合って、ゲームに入ったわけだが……。


 プレイヤーの姿は、みんな自分の見た目そっくりなアバターになる。が、顔は仮面で覆われてしまう。プレイを動画に残すこともできるためか、顔は基本的に隠されているのだ。


 この世界を見て、有依子が今どんな顔をしているのか。仮面の下の表情は見ることができない。

 だけど少なくとも、不快な表情ではなさそうだ。



「おっ、なんか初心者っぽいな」


 声をかけられ振り返ると、そこには背の高い、ガタイのいい男の人が立っていた。

 このゲーム、基本4人でチームを組む。俺と有依子が組んでゲームに入ったため、あとは見知らぬプレイヤーが2人マッチングされる。

 彼は仲間の1人のようだが……姿を見た瞬間、俺たちは呆気に取られてしまった。


 まず、上半身が裸だ。その上にレザーアーマーを身に付けるという、魔法使いというより世紀末の戦士のような格好だった。仮面はハチマキのように頭に巻くタイプ。目隠しみたいだが目元は開いている。


 一方俺たちは、口元だけが出ているシンプルな仮面にフード付きのマントと、まさに初期装備。

 仮面のデザインと服装は好きに変えることができるから、この男の人みたいな格好も可能っちゃ可能だが、いきなりで度肝を抜かれた。


 なにより極めつけは、ハチマキ仮面が巻かれた頭。スキンヘッドである。

 確か髪型も変えられたはずだから、実際にスキンヘッドかどうかはわからないが……。


「オレのIDはライトだ。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」


 ライト……ライト、ね。なるほど。どの意味のライトなんだろうなぁ。

 俺たちは一度顔を見合わせてから、頭を下げた。


「コータ、です」

「ユイコ……です」

「おう。ま、気楽にいこうぜ気楽に。がっはっは!」


 男の人――ライトは豪快に笑う。きっとゲームの外でも豪快な人なんだろう。



「あ、あの……」


 控えめな声が聞こえ、ライトの後ろにもう1人いるのに気が付いた。

 ライトとは対照的な、小柄で可愛らしい女の子。彼の体が大きくて隠れてしまっていたのだ。

 真っ白なローブに青いマント、白い小さなシルクハットを頭に乗せている。仮面は目元だけを隠すピンク色のマスク。変わった組み合わせだが、これはこれで可憐な感じだ。


「チナです。よろしくお願いします」

「よろしくね、チナちゃん。わたしは……ユイコ」

「俺はコータ。実はこれが初めてのバトルなんだ、よろしくな」

「なんかオレの時と違くないか? ま、いつもそうなるんだけどな。ガハハッ」


 ライトの言葉に3人で苦笑いをしていると、



――間もなくバトルを開始します――



 アナウンスが流れた。

 いよいよ……始まるんだ。


「コータだったな。ルールくらいはわかってるか?」

「一応、動画は何本か見たし、公式ページも見ましたよ」


 そう答えて、俺はすぐ隣りに出現した巨大なゴーレムを見上げる。


 キャストマジシャンズのバトルルール。

 まず、4対4のチーム戦だ。個人の成績は関係無く、チームの勝利を掴まなければならない。

 目的は、相手チームのゴーレムを破壊すること。

 お互いのチームに一体ずつ配置されるゴーレムは、バトルが開始されるとゆっくりと前進し、フィールドの中央を目指していく。ゴーレムが中央に辿り着く前に破壊することができれば、勝ちとなる。

 どちらのゴーレムも破壊されずに中央に到着した場合、ゴーレム同士の戦いが始まる。

 拳と拳をぶつけ合い、損傷の多い方のゴーレムは吹っ飛ばされて粉々になる。

 破壊できなくても、よりダメージを与えた方が勝ちというわけだ。

 この判定のことを公式ではゴーレムアタックというが、見た目からゴーレムパンチと呼ばれているらしい。


「よし、じゃあ問題ないな。開幕まで上がるぞ」


――カウントダウン。5、4、3――


 カウントが始まる。

 俺たちは頷き合い、正面を向く。



――2、1、バトルスタート!!――



 始まると同時に、俺たちは真っ直ぐ走り出した。

 マップは自陣と敵陣に分かれていて、手前から第1エリア、第2エリア、第3エリアと範囲が区切られている。つまり第3エリアは敵陣の手前、最前線。

 ゴーレムの移動はゆっくりで、第1エリアを1分、第2エリアと第3エリアは2分ずつかけて歩いて行く。バトルはどんなに長引いても5分で終わるようになっているのだ。

 ちなみにプレイヤーの魔法の威力は、ゴーレムがエリアを進むごとに強力になっていく。第3エリアでは激しい魔法が飛び交うようになる。


「コータ、開幕はとにかく敵を自陣に入れないこと。こっちはできれば敵陣に踏み込むこと」

「おっけー、ユイコ。やっぱやってただけあって詳しいな」

「き、基本よ基本! これくらい当たり前なだけだから!」


 確かにそうかもしれないが、初心者は初動なんてわからない。明確に示してくれるのはありがたいのだ。そういう指示ができる時点で、俺からしたら十分詳しい部類に入る。



「私たちのチーム、タイプのバランスが上手く分かれてますね」

「おっ、そうだな。オレは剣で、嬢ちゃんはロッド。そっちの2人はキャストか」

「じょ、嬢ちゃん……」


 チナとライトが話しているタイプとは、プレイヤーが使う魔法の種類のことだ。

 マジシャンタイプが正式名称だが、『タイプ』だけでみんな通じる。


 マジシャンタイプは3つ。

 まず、ベーシックなキャストタイプ。キャストマジシャン。俺とユイコがこのタイプだ。

 攻撃するのに必ず呪文の詠唱が必要。詠唱中にダメージを食らうとキャンセルされてしまう。

 詠唱中に呪文の長さを調整したり内容を変えることで、咄嗟に魔法の威力や種類を変えることができる。一番柔軟に魔法が使えるタイプだ。その分アドリブ力が試されるが、それができるプレイヤーほど強い。

 3つのタイプの中で、一番ゴーレムにダメージを入れることができる。


 次にソードタイプ。ソードマジシャン。ライトがこのタイプだ。

 いわゆる魔法剣。最初から武器として剣を持っていて、魔法を纏わせて戦う近接タイプ。

 詠唱は剣に魔法をかける時だけ。一定時間で効果が切れ、かけなおす必要がある。

 魔法を纏わせないと相手にダメージを与えられないのと、魔法の属性を予め決めなければならず、途中で変えることができないのがデメリット。違う属性の詠唱をすれば魔法は失敗になる。

 射程は短いが、対人攻撃力は一番。代わりにゴーレムには攻撃が通りにくい。


 3つめはロッドタイプ。ロッドマジシャン。チナがこのタイプ。

 杖を最初から持っている。ソードタイプは剣に魔法を纏わせるが、ロッドタイプは杖に魔法を込める。呪文により決められた回数分魔法を込め、詠唱無しで撃てるのだ。使い切ったら呪文を詠唱し、魔法を込め直す。銃のリロードみたいなものと考えればわかりやすい。

 キャストタイプの魔法に比べて威力が下がるのと、魔法の属性は変えられるが攻撃の種類は変えることができないのがデメリット。例えばファイヤーボールのように球型の魔法を飛ばすように杖を設定したら、属性を変えても球型の魔法しか使えない。詠唱で違う型の呪文を唱えてしまうと、上手くリロードできず少ない回数しか魔法が使えなかったりする。

 相手を倒すのには向いていないが、攻撃が早いため詠唱阻止するのに向いている。また、ソードよりはゴーレムに攻撃が通る。



「溢れる光は神の怒り! すべてを切り裂く烈火閃光! 今こそ輝けライトセイバー!」

「大地に祈り、森を讃える。杖に宿りし新緑の力。シュート・オブ・ウィル」


 ライトとチナがそれぞれ呪文を詠唱し、戦闘の準備をする。


「もうすぐよ、コータ。大丈夫?」

「もちろんだ。任せろ」


 第3エリア、最前線。森の中から、開けた場所に出る。


 いよいよ、魔法を使える――!




                 *




 戦闘不能時のルールを説明しよう。


 バトル中に敵にやられても、条件付きで復帰することができる。

 ゴーレムの位置が第1エリアの時にやられたら、ゴーレムが第2エリアに辿り着くと復帰できる。

 第2エリアの場合でも同じで、第3エリアに入るまで待たなければならない。

 第3エリアだけは特殊で、やられたあと一定時間待つと復帰できる。

 どの場合でも第1エリアの後ろからリスタートするため……後半ほど移動のタイムロスが生まれる。なるべくやられないようにするのが勝つためのコツだった。

 ちなみに公式名称ではないが、この区切りをそれぞれラウンド1、ラウンド2、ラウンド3と呼んでいる。



 で――なんでこの説明を今したのかと言うと。

 このラウンド1とラウンド2で、俺はまったくなにもできずにやられたからだ。



 ラウンド1。


 最前線に飛び出し、魔法を詠唱しようとした瞬間、自分の斜め前方に敵がいるのに気が付いた。しかもソードタイプ。こっちに突っ込んでくる。


 まずい、こういう時は……そうだ、短い呪文で足止めをするんだ。

 なんて考えている内に、敵は素早く懐に入り込んできた。


 速い。速すぎて、相手を見失いかけた。

 長い髪を一本でまとめたポニーテールの先端だけが目に入り、辿って視線を下に向けた時にはもう遅い。

 低い姿勢からの斬り上げ。青く光る刃が一閃。俺の体は真っ二つになった。



 ラウンド2。


 復帰後、急いで戦線まで上がるが、今度は飛び出さない。

 手前で詠唱を始め、森の中から魔法を撃とうとしたら――


 ザシュッ!


 後ろからぶった切られた。

 倒れながら振り向くと、長いポニーテールが目に入る。

 さっきのソードタイプだ。

 潜伏し、戻ってくるのを待って斬りかかったのだ。



 どちらもユイコとライト、チナがフォローしてくれたおかげで、劣勢にはならずに済んだ。ラウンド1では俺がやられたと同時にライトがソードタイプを追い払ってくれたし、敵のキャストタイプをチナが詠唱阻止、ユイコがトドメ、という素晴らしい連携を見せてくれた。ラウンド2は先のソードタイプが最後まで残っていたが……こちらの優勢で終わった。


 ちなみにラウンド1とラウンド2で全滅しても、そこでゴーレムが完全に壊されることはない。

 ゴーレムの損傷には3段階レベルがあり、ラウンド1では第1段階まで、ラウンド2では第2段階までとなっている。

 プレイヤーの魔法は、ゴーレムの進行度で強さが変わっていく。ラウンド1よりラウンド2の方がゴーレムを破壊できるわけだ。

 ラウンド3で3段階目まで壊せるが完全破壊にはならない。完全破壊をするためには極大魔法を成功させるしかないのだ。


 極大魔法はゴーレムが第3エリアに入れば、タイプに関係なく使用することができる。

 上手くいけば一発逆転もある。


 じゃあ第3エリアまでなにもしなくていいのでは? と思うかもしれないが、そういうわけにもいかない。

 ゴーレムの損傷レベルで、ラウンド3での復帰時間が長くなる。途中で破壊を進めていた方が、ラウンド3で有利に戦うことができる。


 そしてバトルは、ラウンド3。

 復帰した俺は、初めて魔法を使った。



「燃えよ炎! 熱く熱く焼き尽くせ! ヘルフレイム!」



 俺としては完璧でカッコイイ最高の呪文だったと思うのだが、AIグリモワールの判定は厳しかった。しょぼい火炎放射が手のひらから出ただけで、敵にまったく届いていない。

 もっともそれが囮になったようで、飛び出したキャストタイプをユイコが倒してくれた。


 俺はその様子をぼうっと見ながら――


「あぁ……そうか」


 ――唐突に、理解したのだ。



 俺の前世、魔王だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る