第2話「興奮して我慢が出来ず電話した」


「物陰に潜む者! 穿つ真なる闇の顎!」


 どこからか聞こえてくる、呪文の詠唱。

 しかし唱えている魔法使いの姿は見えない。


「我とすべての影を呑み、光蝕む闇とな――」

「貫け閃光、棘となれ。ソーン・オブ・ライト!」


 被せるように別の詠唱。

 開けた広場に騎士のような格好をした魔法使いが飛び出し、光の棘を森の中に撃ち込んだ。


「ぐっ……詠唱阻止だと?! 潜伏がバレていたのか!」


 棘は隠れていた魔法使いに見事刺さり、呪文の詠唱を止めた。そして、



「天上より舞い降りし戦いの女神よ! 聖なる光、正義の力! 輝きと勝利はこの腕に!」



 次は、詠唱を止めた魔法使いの番だった。

 しかし隠れていた魔法使いが広場に飛び出した時には、すでに相手の魔法使いは姿を消している。同じように身を隠し、詠唱しているのだ。


「し、しまっ……! 呑み込め闇! 浸食せよ暗黒! 何者も通さぬ昏き壁よ!」

「いでよ光の神槍! 裁きの時は来た! 彼の巨人を貫き砕け!!」

「すべてを喰らう暗闇の――だめだ間に合わない!」


 魔法使いは闇の壁で相手の魔法を防ごうとするが――詠唱が間に合わない。

 森の中、眩い光の槍が現れる。


「ホーリー・ランス!!」


 撃ち出された光の槍は森を突き抜け、そびえ立つゴーレムに突き刺さり――



 ――勝負は、光の槍を放った魔法使いたちの勝利だった。




                  *




有依子ゆいこ、キャストマジシャンズってゲーム知ってるか?」

「えっ、キャスマジ?!」


 机の上に置かれた全方位AIスピーカーから、予想外に驚く有依子の声が響いた。

 スマホとリンクして通話をしているのだ。


「お? 略称まで知ってるんだな。やったことあるのか?」

「いやっ、その、ちょっとだけよ? 話題になってたから少し触ってみただけっていうかっ――いったぁっ!」


 悲鳴と共にバタバタとなにかが落ちる音。

 スピーカーが音の位置で相手の動きを再現してくれるから、慌てて立ち上がって手をぶつけてうずくまっているなと、だいたいわかった。

 まったく、なにしてるんだか……。


「大丈夫か? なんかすごい音がしたぞ」

「手ぶつけて、机の上の本が落ちただけ。……あーもう、なんで落ちるのよ」


 そそっかしいなぁ。俺は有依子に聞こえないように、こっそり笑った。


 さっき見た動画に異様に興奮してしまった俺は、我慢ができずスマホを手に取った。

 通話の相手は隣の家に住む天藤あまふじ有依子ゆいこ。夜10時を回っているけど気にしない。気にする間柄でもない。なにより有依子ならこの興奮をわかってくれると確信していた。

 ……動画を見て興奮して我慢が出来ずに女の子に電話をかけた。それだけ聞くと、かなり変態っぽいな。見ていたのはゲームの対戦動画なんだが。


「やったことあるなら話が早いな。どんなゲームかわかるんだろ?」

「……一応ね。でも本当にちょっとよ? ちょっとしかやってないからね?」

「わかったって。やけにそこにこだわるな……」


 詠唱魔法士キャストマジシャンズは、VR・多人数協力型対戦ゲーム。最新のダイブグローブデバイス専用のゲームだ。

 ゲームの内容は、魔法使いになって魔法を撃ち合う、4対4のチーム戦。

 それだけならありがちなゲームだが、独特のシステムが普通じゃなくしている。


「魔法を使うには呪文を唱えなくちゃいけないって、すげーシステムだよな。ボイスコマンドではないんだろ?」

「そうよ。唱えた呪文をAIが読み取って効果を決定する。キャスマジの一番のウリね」


 詠唱した呪文の内容によって発動する魔法が決まる。

 このゲームの基本システムであり、有依子の言う通り一番のウリだ。

 それを可能にしているのが、


「AI……なんだっけ、グリズリーとかなんとか」

よ」


 プレイヤーは好きなように呪文を詠唱していい。AIの……そう、グリモワールが内容を読み取り、判断し、詠唱に則した魔法が発動する。

 詠唱は長ければ長いほど強くなる。が、同じ言葉の繰り返しで長くしても強くならない。

 また、適当に唱えても弱い魔法になる。紡ぐ言葉になんらかの意味と関連性を持たせ、変化と勢いをつけ、しっかり唱えきることで勝利を掴む強大な魔法を生み出せるのだ。


 このゲームシステムは中高生と、呪文を唱えてみたい大人たち(いわゆる中二病を燻らせていた大人たち)の間で大ブレイクした。


 唱えた呪文が魔法になる。詠唱魔法士キャストマジシャンズ。


 それが、ゲームのキャッチコピーだった。


「なぁ、これってつまり、ちゃんと呪文を唱えなきゃ攻撃もできないってことだよな」

「厳密にはそうでもないんだけど……基本的にはそうね。『炎よ! ファイヤーボール!』とかでも魔法になるけど、小さい火の玉が出るだけでダメージは与えられないわね」

「なるほどな。やっぱ面白そうだな、キャスマジ」

「……晃太あんたまさか」


 さすが有依子。俺が言わんとすることを理解したらしい。


「ああ。有依子、キャストマジシャンズ、一緒にやらないか?」

「やっぱりー!! ! わたしはやらないからね!」

「……あれ?」


 てっきり乗ってくれると思ったのに。有依子はぎゃーぎゃー喚きだした。


「なんでだよ? やったことあるならグローブも持ってるんだろ?」

「な……ないわよっ。処分しちゃったから」

「げっ、マジかよ。もったいねー」


 ゲームをするのに必要な、ダイブグローブデバイス。

 肘まであるグローブで、内側には電子回路が張り巡らされている。このグローブを付けることで電子回路が肌に触れ、アクセス、電脳世界にダイブできる――ということらしい。詳しい仕組みは俺もよくわからない。とにかく、グローブデバイスを装着し、電源ポートに繋ぐことでダイブができるのだ。

 ただしゲーム毎に専用のデバイスが必要なため、新しいゲームが出る度にグローブが増えていく。ゲーム好きのヤツの家に行くと、いくつもグローブが吊されている。

 グローブは安価な物ではない。1万もしないけど……俺の少ない小遣いからすると十分高価な物だ。


「どうするかはわたしの勝手でしょ。だいたいなんで急にキャスマジなのよ。確かに流行ってるけど、晃太、興味無さそうだったのに」

「まあなー。剣とか振り回すゲームが好きだからさ。魔法のみってのがな」

「あんた、せめてもうちょっと調べなさい。もあるのよ?」

「魔法剣?! マジかよ、そういうのもあるのか!」

「まったく……」


 さっきの動画ではそんなの使われていなかったから、知らなかった。

 後で公式ページをしっかり見ておこう。


「ま、剣のことはともかくとしてさ。……俺、間違ってたよ。魔法使いもかっけぇな! さっき対戦動画見て考えを改めた。こんな面白そうなゲームならもっと早く手を出せばよかったよ」

「ふぅん……。ち、ちなみに? 晃太が見た対戦動画って? ……誰の?」

「お、気になるか? 有依子も見たら考え直すかもな。検索すればすぐ出てくるぜ。って人の動画」

「ぶふっ!!」

「ん? どうした?」


 突然吹き出して、けほけほ咽せ始める有依子。


「な、なんでもないわ。ふ、ふーん? あとでちょっと見てみようかしら?」

「見ろ見ろ。絶対やりたくなるぜ!」

「……そんなに、すごかった?」

「おうよ! カッコよかったなー。勝負を決めたホーリーランス! あれがやばかった」


 金の縁取りがされた純白のマスクに、同じく真っ白な西洋の甲冑。魔法使いと言うよりは騎士のような格好の女性プレイヤー、アリス。

 乱れ舞う、美しい金色の長い髪。撃ち放つ光の槍。彼女の最後の魔法に、俺は心が震えた。ビリビリと痺れるような感覚だった。自分でもよくわからないが、居ても立ってもいられなかった。俺もあんな魔法を撃ってみたい。そして、いつか……。


「あぁ~~! もう1回見たくなってきた。とにかくカッコよかったんだ!」

「……ふぅん、そっか」

「その人、コメントでレジェンドとか言われてたぞ」

「れ、れじぇんど?」

「発売から3ヶ月しか経ってないのに伝説だもんな。すげぇよ。なんでそう呼ばれてるかわかんないけどさ。レジェンド・アリス!」

「…………」


 動画を見たばっかりだから、アリスがどんなプレイヤーなのかまだ調べていない。動画を投稿していたのもアリスではなく、その対戦相手だったし。

 でもきっと、とんでもなく強いからレジェンドなんだと思う。


「いつか、対戦できるかな。アリスと」

「……無理よ」

「おいおい、無理ってなんだよ。わかんないだろ。ていうか有依子、アリス知ってるのか?」

「えっ!? い、いま、思い出したのよ。知ってるって言っても、噂程度なんだから」

「あぁ、なるほどな。レジェンドだもんな。やってたら噂くらいは聞いてるか」

「そうそう! そうなのよ。レジェンドって聞いて思いだしたの! ……でね、思い出したから、無理って言ったの。その人、もう辞めちゃってるから。キャスマジ」

「えっ……? もうプレイしてないってことか?」

「だからレジェンド。伝説なんでしょ」

「あぁ!! ってことか? なんてこった……もったいない」


 憧れのプレイヤーはすでに去っていた。

 新しいゲームは次々に発売されていく。ある程度やったら次のゲームへ、というのはおかしな話ではない。3ヶ月も経っているんだ、わからないでもない。

 でもキャスマジは今がブームなんじゃないだろうか? 発売当初はここまで騒がれていなかった気がするし。俺が動画を見てみようと思ったのだって、クラスでプレイしている友だちがじわじわと増えてきたからだ。きっと、これからもっとプレイヤーは増えていくだろう。本当のブームはまだまだこれからかもしれないのだ。

 それなのに、アリスはブームになる前に辞めてしまっていた……。


「ショックだな。対戦もだけど、一緒にチーム組めたら楽しいだろうなって思ったのに」

「なっ……。そんなこと考えてたの?」

「どうすれば知り合えるか、わかんないけどさ。あの惚れ惚れするプレイを隣りで見れたら最高だぜ。有依子も動画を見たら絶対同じこと思うはずだ。だからさ、やろうぜ。な?」

「~~っ!! ちょ、ちょっとだけ、考えてあげる」

「よっしゃ! 経験者が側にいると助かるぜー」

「まだやるって言ってないわよ? 考えるだけよ?」

「有依子、明日グローブ買いに行くの付き合ってくれよ」

「ひとの話聞いてる? ていうかそれくらひとりで行きなさいよ」

「まあいいじゃん。日曜で暇だろ?」

「暇じゃないっ。……はぁ、もう。しょうがないわね、わかったわよ」

「じゃ、明日10時頃な。動画見といてくれよ」

「見ないわよ!」

「なんだよ、さっきは見てみようかなって言ってたじゃん」

「う、うるさい!」



 ――ピー。通話が終了しました。――



「うお、切りやがった。なんなんだよ……」


 いつも通りっちゃいつも通りだったが、今日はよくわからないポイントでキレていた気がする。

 もしかして、キャスマジに嫌な思い出でもあるのか?


「ん~……ま、いっか。一緒にゲームやってみたらわかるだろ」


 考えるだけと言ってたが、こういう時大抵付き合ってくれるのが有依子だ。

 もちろん本当になにかあったんなら、無理強いするつもりはない。

 それを見極めるためにも、明日は有依子に付き合ってもらいたい。


「よっし、寝る前にもう一回だけさっきの動画を見よう。……あと、公式ページも」



 一回だけと言いつつ、いくつもアリスの対戦動画を漁ってしまい、すっかり寝るのが遅くなった。


 おかげで翌日、


「晃太! 有依子ちゃん来たよ! いつまで寝てんの!」

「げっ、しまった!!」


 有依子が訪ねてくるまでぐっすり眠ってしまった。

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