魔王の詠唱~キャストマジシャンズ

告井 凪

『アリスマジシャンズ』

第1話「その時、唐突に目覚めた」


 俺の前世、魔王だ。


 唐突に理解した。

 桐村きりむら晃太こうた。人間として生を受けもうすぐ16年になるが、その前は別の世界で魔王をやっていた。

 前世で勇者に討たれた後、魂がこの世界に流れ着き、一般家庭の子供に宿った。

 それが俺というわけだ。


 客観的に見て、こんなことを考え出した俺は頭のおかしなヤツだろう。

 誰だって思う。遅めの中二病だなって。


 でも違う。本当に、唐突に理解したんだ。

 魔王だったと。強烈な自覚が自分の中に生まれた。

 疑いようのない、いいや疑うことの許されない、だけど漠然とした……魔王の記憶。


 そうだ、自分の中には魔王の記憶がある。自由に引き出すことはできないが、確かにあるのがわかる。





 そんな声が頭に響いてきたけど、俺は正気だ。

 頭の中の声が言うことが、俺には理解できる。納得できる。

 何故なら俺は魔王だったから。


 唐突に理解した。

 だけど、本当に唐突過ぎる。なんで今、こんな時に覚醒した?



「コータ? どうしたのよ、ぼーっとして」

「……あぁ、すまん。ユイコ」


 森の中。あちこちから火が上がり、地面が抉られ、木々がなぎ倒されていた。

 目の前では、巨大なゴーレムがゆっくりと歩を進めている。

 ここは戦場のど真ん中。現実ではあり得ない、激しい戦闘の爪痕を目の当たりにしている。


「敵は二人やられてる。極大魔法のチャンスよ」

「そうだな」

「本当にわかってる? 敵のゴーレムを破壊できれば、このゲームわたしたちの勝ちなんだから」

「わかってるって」


 俺は今、『詠唱えいしょう魔法士まほうしキャストマジシャンズ』というゲームをプレイしている。

 ダイブグローブデバイス専用、VR・多人数協力型対戦ゲーム。

 ヘッドセットはもういらない。グローブを装着するだけで、人は魔法の世界に飛ぶことができる。

 初プレイ、ワクワクしながら呪文を詠唱した瞬間――魔王の記憶に目覚めたのだ。



(魔法を使うというリアルな感覚に触発されたと思われる。あるいは――)



 頭の中でまたゴチャゴチャ言い始めた。そろそろ、うるさい。


 俺の前世が魔王だったというのなら――。


「ユイコ、俺が極大魔法を唱えてみていいか?」

「え? んー、そうね。初めてならやってみたいわよね。どうぞ?」


 このキャストマジシャンズというゲームは。

 唱えた呪文の内容によって、発動する魔法が決まる。

 詠唱が長ければ長いほど、強力な魔法になる。

 極大魔法と呼ばれる最強レベルの魔法を唱えられれば、相手のゴーレムを破壊、勝利が確定する。


 つまり、魔王が使っていた呪文なら……きっと、恐ろしい威力の魔法になるだろう。

 魔王の記憶が、活用できるかもしれない。



(使ってみたいの間違いだろう?)



 本当にうるさいな……。いいから、呪文を教えろ。



 瞬間、ズキンという痛みと共に、頭の中に言葉が流れ込む。視界が黒くなる。赤くなる。世界が、渦を巻く。自分の中には留めておけない、禍々しい力の奔流を感じ……俺は呪文を吐き出した。



「魔力の源泉、死の象徴は黒き力! 世界の根源、生の象徴は赤き力! 旧き炎より生まれし大いなる影は真なる闇! 両極の力は今ここに、我が拳となる! 刃向かう者は前に立て! 覚悟を刻み受けてみよ!」



 真っ黒な渦が頭上に現れる。禍々しい真なる闇。黒き、赤き、力の渦。


 意識が吸い込まれそうになる。これが、……。


 身体が震え、俺は拳を突き上げて叫んだ。



「打ち砕け、魔王の鉄槌! ヴォーテックスハンマー!!」




                  *




 俺の前世は魔王だった。


『詠唱魔法士キャストマジシャンズ』


 ゲームをプレイ中に俺は前世の記憶に目覚めた。



 では、そもそもどうしてこのゲームをやることになったのか?


 時を少し遡り――具体的には昨晩まで戻って話をしよう。


 俺がキャストマジシャンズに興味を持ったのは、一本のプレイ動画がきっかけだった。

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