第3話

 長距離武器の高野散、中距離武器の比叡斬、そして短距離武器のオソレンジャー。一か所にまとめておいた方が絶対に効率が良いと思うのに、日本列島はなぜにこんなに細長いのだろう。珍しく新幹線の指定席に座って窓側を眺めながら、僕は考える。ゾンビ害が酷いのは主に平野部だ。多分次の奴――薔薇十字ロザリアの狙いは関東平野だろう。ゾンビ達に支給されている携帯端末で至急逃げろとは電文を打っておいたが、楽観視するゾンビは一定数いるだろう。関東平野は広い。まさか自分の所でなんて、考えもしないだろう。だがゾンビのいる場所は大体決まっている。町の北側に配置されるゾンビバラックやゾンビアパートだ。ゾンビだってだけで入居資格が得られるから、最近はわざとゾンビにしてもらう老人も増えているらしい。年金を払え。とは未成年の僕には言えないか。


 しかし薙刀か、どう攻略したものだろう。相手は薙刀の扱いに長けていないから、鉄ごしらえの鞘でどうにか凌ぐか。うとうとしていると仙台から上野と言う異様に長い時間が過ぎ、上野からはあっという間に東京である。しかし東京も広い。僕は学校で配布されている地図帳を開いた。ふむ、まったくわからん。


「オソレンジャー、お前何か感じるか?」

「流石にこう遠くてはのう……おお、オルガンから聞いたぞ。東京には『やまのてせん』と言うぐるぐる回るだけの電車があると! それに乗って見付ければよいのではないか!?」

「あー……それは確かに、効率的かも」


 ありがとう楽隠居。危ないネットジャンキーも役に立つ。


 電車になると電光掲示板が次の駅やCMを流していて、田舎者の僕は少し面食らった。車内にテレビ。そうか、通勤ラッシュが大変な人たちはこう言うのを見てぎゅうぎゅうされるのを我慢しているのか。ほー、と見ていると、突然オソレンジャーが鍔鳴りを始めた。ぎゅっと竹刀袋の外から握りしめて鎮めるけれど、この反応は――。


『次は池袋ー池袋でございます』

「いったん降りるぞ」

「うむ」


 東京の駅は地獄だった。看板はあるが西口側は看板と出口が山ほどあって何が何やら訳が分からなかった。大体なんだ東が西武で西が東部って。東西南北自体解らん。ここはどこだ。俺は誰だ。オソレンジャーの鍔鳴りの強弱がなければ完全に迷子でお巡りさんも駅員さんも捕まえられなかっただろう。お前にこんなに感謝したのは初めてだよ、オソレンジャー。

 どこだか解らないホームに立ち。電車に乗る。しかし少し過ぎたところで鍔鳴りは止まってしまった。あれ? としゃきしゃき降ると、かたかた鍔がなる。

『通り過ぎたようじゃのう』

「ってことは戻らないといけないってこと?」

『じゃな』

 何度か同じことを繰り返して、僕はやっとそれに気づく。豊島園、と言う駅との分岐があるのだ。これかと手を打って。豊島園に向かう。名前も知らない駅だが、携帯端末で探したとこにろよると遊園地があるそうだ。あと温泉。温泉良いなあ、さっさと片付けて温泉に浸かっていきたい。

 コトコトと意外とゆっくり走る電車が付いた駅前には、なんとスターバックスがあった。八戸まで出張ればあると言われている伝説の茶店だ。いや青森にも出来たんだっけ。何を隠そう、僕は関東初上陸なので、その佇まいを見るだけでひれ伏したくなる。そして向かいには遊園地、としまえんという奴だろう。そちらにはあまり興味わかなかったので、ちょっと急な坂を下りて適当にぶらつく。映画館があった。


 映画館。映画館だと!? 下北半島にはなくなって久しいものだぞ、しかもしねこん……とか言う凄い奴だぞ。何がどう凄いのか、今の僕には表現ができない。これは青森から人口減るわ。特に下北郡。恐山しかないんだから。それも冬には閉山するんだから。田舎の雪を舐めちゃなんねー。いや本当に。


 情報によると夜陰に紛れての襲撃が多いと言うので、僕は映画を一本見ることにした。クリスティーの『オリエント急行の殺人』だ。昔テレビでやっていたのを見たきりだなあ、なんて懐かしみ……は、しなかった。俳優は総とっかえだったからだ。それでも面白かった。ポップコーンとジュースのLサイズを経費で落とせる日が来るなんて、思わなかった。キャラメル美味しい。助手として楽隠居も連れて来てやれば良かった。まあ、僕はゾンビしか切れないし、あいつはゾンビ以外しか殺意を向けないだろうから、意味はないだろうけれど。


 約二時間の映画を見終わると、日はとっぷりと暮れていた。そし鬼が出るか蛇が出るか、僕は竹刀袋からオソレンジャーを出す。かたかた言うのはゾンビがいる証。そして、同族がいる証でもあると言う。高野散。比叡斬。この島国をゾンビから守る、三大霊嬢。


 飛び掛かって来たのは、黒いスカートだった。


「ッ!」


 長い取っ手に五十センチはあろう刃。薙刀だ。人がいなくて良かった、さすがに警察にお世話になるのは嫌だ。鞘が鉄ごしらえなのも僥倖だった。向こうは、持ち手は桐のようだけれど、どうだろう。赤い目に憎しみを乗せて僕に向かってくる少女は、ふわふわのパニエでスカートを広げ全身の服を真っ黒にし、いわゆるところのゴスロリと言う格好をしていた。歳は、化粧がきちっとされていて解らないけれど、僕より一つか二つ年上だろう。髪は長い金髪、ストレート。乱れたそれを流しながら、チッと可愛い顔で彼女は。

 薔薇十字ロザリアは。

 僕を睨みつけた。


「打ち刀ってこはオソレンジャーね。話はきいたことがあるわ。幕末に打たれた最後の宝刀」

「いや、元は大脇差だったらしいんだどね。削られ過ぎてこうなった」

「わけわかんない。ともかくあんたか来たって事は政府が動いたのね」

「……まあね」

「あははははははははっ!」


 彼女は哄笑する。周りにはあまり人がいなくて、僕達のように映画館の前でテンション上がってるゴスロリ娘を気にする人は少なかった。警察も近くはない。まあちょっと僕は恥ずかしい。あまり煩くしないで欲しいな、と僕は鞘を付けたままのオソレンジャーを構える。

 彼女は少しだけ、笑いをひっこめた。


「三大霊嬢は人間を切れない、だから鞘ごしか。甘いね君。そういえば名前は?」

「……朔望月咲哉」

「あたしはロザリア。薔薇十字ロザリア。まあ覚えといてよ。すぐ忘れちゃうかもだけどねっ!」


 長物の武器の基本は突きだ。繰り出されたそれは的確に僕の喉を狙っていたけれど、目線を読んでいたのでぎりぎり避けられる。この一杯を避けられるかどうかが問題なんだろう。ヒュゥッと長い金髪を靡かせて、にんやり彼女は笑う。


「中々やるじゃない。それでも刀を抜く気はない?」

「君はゾンビじゃないからね」

「あはははははっわけわかんないっ! こんなとこで襲われて死ぬかもしんないのに刀は抜かないの? わけわかんないっ!」


 ゾンビ以外にオソレンジャーは使わない。

 それは前任者との約束だ。


「ふっ」


 僕は一足飛びで薙刀の内側に入り、その桐の持ち手を思いっきりに鞘で叩いた。みし、と音はするけれどまだ折れない。後ろに飛んで、ロザリアは跳躍した。そのまま映画館の屋上まで飛んでいく、白いパニエが見える。三大霊嬢の所有者は極端に身体能力が上がる。流石に人目に付くと思ったのだろう、僕も少し助走をつけて壁を走って屋上へ向かう。しかし無駄に長い建物だな。ちょっと息が切れる。

 タンッと音を立てて屋上に降りると、その隙を逃さずロザリアは僕の腹を狙ってきた。鈍らとは言え鉄に腹を突かれて僕は転げる。ロザリアはふっと息を吐いて、薙刀を下ろした。


「君ぐらいの頃にねえ、私には親友がいたんだ」


 くすくす笑いながら、げほげほ咳が止まらない僕に語り掛けるでなく、自分のために歌うよう彼女は話す。


「失楽園リルカって言ってね。明るくて友達が多くて私もその友達の一人だった。親友だった。死にざまを見せるぐらいの、親友だったわ」

「、……」

「通りがかりのゾンビに肩をバリっと噛まれてね。不思議よねえ、ひどい傷だったのにもうゾンビ化しちゃってたリルカからは血が一滴も出てなかったの。おかしいわよねえ。人間じゃないわよねえ。ゾンビよねえ」


 くすくすと彼女は笑う。


「リルカに呼び出されてね、廃ビルの屋上に行ったの。施錠も何にもされてない不良債権なビル。リルカ笑ったわ。さよならって。そこから落ちて脳みそぐちゃぐちゃ、とてもじゃないけど蘇生なんて望めなかったわ」


 笑いが止まる。


「そんな有害な生き物を生かしておく必要なんかないじゃない」

『確かにのう』


 同意したのはオソレンジャーだった。


『奴らは増殖を繰り返す病原菌のようなものじゃ。一匹見たら百匹殺せと言われる人種じゃ』

「あははははっわけわかんない、霊嬢の方が先に同意するんだ、あははははっ」

『それを殺してお前は何を得た? ロザリアよ』

「え」

『友の仇を打ったのか? それともただゾンビすべてを恨んだのか?』

「あたし――あたしは、」

『そもそも友の仇などわかるまい。だから皆殺しにしているのであろう? みんな殺せばいつかは当たる。お主はゾンビ殺しに向いておる』

「っ、オソレンジャー黙れ」

『穏やかに暮らしているゾンビ達の脅威には、なってものう』

「ちがうあたしは――リルカの為に、リルカの為に」


 僕はまた一歩踏み込む。

 桐の持ち手は今度こそ割れて、比叡斬の切っ先は屋上のどこかに飛んで行った。


「なまくらじゃなく鉄の棒としての鞘なら、人間にも有効だからね。君の動機は薄かったんだよ、薔薇十字ロザリア。その薄っぺらい使命感で何人のゾンビを殺してきたか、数えると良い。世の中には悪いゾンビが沢山いる、それは真だ。そうでないのもまた、真だ」


 僕はオソレンジャーを竹刀袋に入れて、映画館から飛び降りた。

 誰も全員が犯人じゃない。だけど彼女には誰も全員が犯人だった。

 まるで映画だな、と、僕は映画館の隣にある温泉に入った。



『比叡斬を使えるほどの能力と言うことで、薔薇十字ロザリアの罪状は抹消、これからは国で働いて貰うことになったよ』

「緩い国ですね」

『それが我が国の良い良い所さ』


 相変わらず飯時に電話を掛けてきた県知事は上機嫌そうだった」


『すっかり従順になったらしくてね、寺の坊主たちも扱いやすいと評判だよ』

「比叡山に突っ込んだんですか」

『餅は餅屋だよ』


 適度に訳が分からない。


『もっともゾンビ殺しがトラウマで今はレプリカの薙刀もつかめないようだが、いずれは動いてもらう予定だ』

「はあ」

『めでたしめでたし、と言うところだよ』

「聞いて良いですか」

『私のスリーサイズかい?』

「いえ。薔薇十字は結局、何人のゾンビを秘したんですか」

『1854人。関東はゾンビが多いからねえ』

「それだけ殺せば満願成就か……」

『咲哉くん?」

「いえなんでも。それでは」


 かちゃん、と受話器を置く。今日の夕飯は油淋鶏だ。楽隠居はネグレクト歴が長かった所為か飯が美味い。ネギだれが絶品だ。


「ちなみに咲哉君、日本のゾンビってどのぐらいいるの?」

「一万弱って言われてるね」

「その二割を殺したのか」

「すげーわな」

「すげーわね」

「わしとて幕末の時代には山と打ち殺したのだぞ!」

「はいはい。オソちゃんすごい」

「むー!」


 殺して。

 殺して殺して殺して。

 その果てには何が待っているんだろう。

 まあ、良いゾンビだけが生き延びてくれればそれで良いかと、僕は楽隠居の脚に刻まれた百合の入れ墨を眺めた。

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戦え! 恐山戦士オソレンジャー2 ぜろ @illness24

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